シンデレラの夜・7

 
「これは、プライス卿。」

大佐の言葉に、これがここの主人、レックス・プライスだと知る。

「すまないね、呼んでおいてから、ろくに相手も出来なくて?」
やっと一通り招待客への挨拶を済ませたら、君の姿がみえなかったので
たぶんここだろうと、目星をつけてきたんだよ。
そう言って、卿は笑ってみせた。

「何たって、今日の客の中では、唯一ここが目当ての客だろうからね、君は」
もちろん、ここの蔵書を閲覧したい人物は沢山いるがね。
今日は私があまり相手を出来なそうなので、意識的に呼んでないんだよ。
言いながら近づいてくる彼に、ロイは立ち上がって挨拶をする。

「さすがに素晴らしいコレクションですね、今感服していた所です・・・彼女と一緒に」
ロイの言葉に、やっとプライス卿はロイの後ろに隠れた小さな影に気付いたようだ。
「おや?この部屋には珍しいお客様だね。・・・これはこれは、美しいお嬢さんだ」
卿の言葉に、慌ててエドも立ち上がる。

「はじめまして。閲覧させて頂いています」
ぺこんと頭を下げると、初老の伯爵は笑みを浮かべた。
「いやいや、若い人が興味をもってくれるのはうれしいよ。ところで・・・どなただっかな?」
まさか、息子の為に来た女性の中に、ここに興味があるものがいたとは思っていないらしく、
どうやら、招待客の連れだと思っているようだ。

「いえ、あの・・・招待客ではないんですけど・・・・」
一応 『息子の嫁候補』 として入ったことになっている自分が、
会場ではなくここにいるのは、不自然に思われるか・・・と、少々遠慮がちに答える。
「おお、これは失礼・・・・・」
伯爵は、やはり少し驚いたような顔をしてから、自分の顔を見つめた。
そして、何故か今度は大佐の顔と交互に見比べる。

・・・・・妙な間・・・・・?
なんなんだろう?やっぱり招待客以外の人はここに居ちゃいけなかったとか?
エドが少々不安になってきたとき、やっと伯爵は口を開いた。

「なるほどなぁ、将軍の言っておられた事はこのことか・・・・・」

将軍・・・という名前に、ロイも首を傾げる。
「将軍が・・・・・なにか?」
「君を始めて引き合わせてもらったパーティ後、将軍と電話で話す機会があってな」
その時に、大佐を 『息子の為のパーティに招待した』 と告げたらしい。
それを聞いた将軍の言葉は。
『それは、ちょっとマズイかもしれんなぁ』
そういつもの、飄々とした笑い声を向けられて、理由を聞いてみると。

「彼が行ったら 『息子の嫁候補を根こそぎ持っていかれるぞ?』 と忠告されてな」

どうやら 『根こそぎでは』 なかったが・・・・極上のを持っていかれたな?
苦笑しながら、伯爵は2人を見つめた。

「?!」
つまり・・・嫁候補として来たオレを、大佐がたらし込んでここにつれて来たってこと?!
いや、連れてこられたのは本当だし・・・・・・・あながち間違ってもいないけど(汗)
先ほどまでの、何度かあった甘い雰囲気を思い出し、エドの頬はほんのりと赤くなった。

「将軍も、お人が悪い・・・・」
ロイは、少々困ったような顔をして伯爵を見る。
「そこまで、非常識ではないですよ。・・・確かに彼女をここに連れてきたことは認めますが」
そう言って、エドの方を見る。
「彼女は、最初からご子息でなく、あなたのコレクションがお目当てだそうですよ?」
そう言って、ロイは微笑む。
突然、こっちに振られて、エドは焦った。

「す、すみません。その・・・そういうパーティだとは知らなくて・・・・・」
今日来れば、此方の本を読めるって聞いてきたんです。
そう、エドは告白した。

おこられっかなぁ?

自分を見つめている伯爵の顔色を見る。
沈黙に耐え切れず、助けを求めるようにチラっと大佐の方を見てしまった。
・・・・・・それが、まずかったらしい。

ふむふむ、と理解したように伯爵は頷いた。
「なるほど・・・・・でも、手が早いのは確からしいな」
とっくに手に入れたらしいね?
そう言われて、エドはボボッと真っ赤になった。

「手に入れられてませんっ!!」

つい、ムキになって大声を出してしまう。
そんなエドに、伯爵は面食らったように顔をした。

「伯爵様。私はともかく・・・お嬢さんをからかうのは良くないですよ?」

苦笑しながらロイが言うと、伯爵は素直に謝った。
「いや、つい。・・・・・すまないね、お嬢さん?」
「い・・・・え。大声出して、すみません・・・・」
お嬢さんと呼ばれるのに、抵抗を感じながら、俯いた。
気に入られれば、本を貸してくれるかもしれないのに・・・怒鳴ってどうすんだ?!
感情を押えられない自分を、反省する。

「ところで、何の本を読んでおられるのかな?」
テーブルの上の本を覗き込んだ伯爵は、一通りタイトルに目を通す。
「なかなか、難しい物を選んで読んでいるようだね・・・お嬢さんも錬金術師なのかな?」
「えっと・・・・・はい」
この本の内容を知っている伯爵に、誤魔化しても仕方ないだろう。
そう思い、素直に返事をする。
「嬉しいね、こんな可愛い錬金術師さんに出会えるとは・・・腕前のほど、見せてはいただけないか?」
「えっ・・・?」
「どうかな・・・・?」
「・・・・・はい」
こんなことをしている時間は無い・・・と思いつつ。
親しくなって損はない人だ。
なんと言っても、この本を検索するのは時間がかかる。
できれば、何度か通わせてもらいたいというのが、本音だ。
・・・・・・たとえ、毎回女装する羽目になっても、だ(涙)

「何でもいいんですか?」
「ああ、お任せしよう」
それじゃあ・・・と、いつも通り両手を合わせようとして・・・・・ハッとした。

『大佐がいるんだった!!』

練成陣なしで練成できる者など、滅多に居ない。
『やっべー、自分でバラすとこだった・・・・』
冷や汗をかきながら、伯爵を見上げる。
「チョークか何か、貸してもらえますか?」
「おお、これは失礼」
そう言うと、伯爵は棚の引出しから、チョークを一本取り出した。
「これでいいかね?」
「ありがとうございます」

『練成陣書くの、久しぶりだな・・・・・』
エドはしゃがみ込むと、大理石の床に、陣を書いていく。
『なんだか、緊張するなぁ』
久しぶりの手書き。
おまけに2人の錬金術師に見つめられ、少々緊張しながら書き上げた円に両手をついた。

青白い、まばゆい光に包まれたかと思うと、次の瞬間床盛り上がってきて、人型になった。
そこには、大理石で出来た伯爵の像が立っていた。
『よっしゃ、成功!』
エドは、胸をホッと撫で下ろす。

「これはこれは、見事だ・・・!!」
伯爵は、まるで自分がもう一人居るかのような、精巧に出来た像に、感嘆の声を上げた。
アルには 『ディテェ―ルに問題がある』 などと、よく言われるが。
今回は見本を目の前にしているし、我ながら良く出来たとおもう。
「本当に、すばらしい腕前ですね」
ロイの言葉に、ますます気を良くするエド。
「いやいや、感服したよ」
そう言って、伯爵はニッコリと笑う。

『これは・・・・チャンスかも?!』

言うなら、ここだ!と決心して、口を開く。
「あの・・・・・伯爵様。お願いがあるんですが?」
「なにかな?・・・・・すばらしい術を見せてくれたお礼に、できることはさせてもらうよ?」
「あの、ここの本は素晴らしい物ばかりで、とても今日だけじゃ読み終わりそうも無いんです」
できれば・・・・読み終わらなかった分を、貸し出してはもらえないでしょうか?

エドは、伯爵を見上げて、そう願い出た。

「貸し出しは、遠慮願いたいな」
これらは、私が何十年も掛けて、心血注いで集めた物なのだよ・・・・・
そう言って、その頃の事を思い出すように、プライス卿は瞳を閉じた。
エドの顔に落胆の色が広がっていく。

「だが、ここに通って読む・・・・・というのなら、喜んで」
「本当ですかっ?!」

途端に、エドの顔は喜びに輝く。
通わせてもらえば、もっと沢山の物を検索できる。
そのたび女装しなければならないのは、疲れるし、泣けてくるが・・・・・
それでも、この蔵書をまた読めるという魅力の方が、勝っている。

「だが、かなりの数があるし、結構な時間が掛かるだろう?・・・そこで提案があるんだが?」
「はい?」
「ここの本を思う存分読む、いい方法だよ」
「はぁ・・・・・・」
もしや、泊り込んで・・・・・ってことだろうか?
それは普段なら願ったり敵ったり・・・・ってところだが。
女装で・・・・となれば、話は別だ。
化粧など、自分では出来ないし、泊り込めばボロも出そうだし・・・・
そんなふうに考えたエドだったが、次の伯爵の言葉に、目を大きく見開いた。

「当家に嫁に来たまえ?」

『シンデレラの夜・7』



伯爵様登場。
名前は、某漫画の貴族様の名前。その人のコレクションは絵画だったけど・・・
伯爵様、初出演で爆弾発言。さぁ、エドは嫁に行ってしまうのか?!(爆笑)



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