「え?もう一度いいかしら?」
「ですからぁ・・・・・・・・大佐とエド、婚約しちまったんス」
久々の休暇を終えて――――
気持ちも新たに早朝出勤してきたリザに、夜勤だったハボックは開口一番、
上司と、彼女が弟のように可愛がっていた子供の婚約を報告した。
リザは瞬きをした後、口元に苦笑を浮かべた。
「あの噂、とうとうそこまで進展してしまったの?」
呆れた口調でそう言うリザに、ハボックは力なく首を横に振って見せた。
「噂の話じゃないっス」
「え?」
「中尉がご実家に帰ってる間に、あの二人・・・・・本当に婚約しちまったんスよ」
二人の間に、しばし沈黙が流れた――――――
『理想の結婚』
<その2 ”攻防戦”>・・・1
東方司令部の正面入り口。
軽いブレーキ音と共に、軍用車が止まる。
後部座席には、ロイとエド。
二人はセントラルからたった今帰ってきたところだった。
出迎えた兵士が後部座席のドアを開けると、先にロイが降り立つ。
降り立った途端、今までポツリポツリと僅かばかり地面を濡らしていた雨が、急に雨足を強めだした。
それに気付いた兵士が慌てて傘を取りに行こうとするのを、ロイは右手を上げて静止する。
困惑する兵士を横に、ロイはもっていた黒いコートを広げて頭から被り、
続いて降りてきたエドを、コートの脇を広げて中に招ねく。
「エディ、こっちにおいで?そのままだと、濡れてしまうから」
「え?い、いいよっ!こんな雨くらいなんとも――――――」
「駄目だ。風邪でも引いたらどうする?いいから、おいで。」
途端、顔を赤くして抗議の科白を口にしたエドだったが、ロイにやんわりと微笑んでうながされ―――
益々顔を赤くしながらも、彼は小さな体をロイの傍らに滑り込ませた。
そのまま二人で身を寄せて雨の当たらぬ屋根のある所までたどり着くと、
ロイは頭からコートを外して軽く水分を掃い、屈んでエドを覗き込んだ。
「ああ、少し髪が濡れてしまったね。執務室にタオルがあるから、乾かしてやろう――――」
降りる時に少し濡れてしまった蜂蜜色の前髪を、ロイが優しく掻き分けた時、
横からスッと白いタオルが差し出される。
二人揃って差し出された先を振り返ると、そこにはホークアイ中尉。
「・・・・・・・・・お帰りなさいませ」
「ただいま、中尉。―――なんだか、たった数日なのに随分と久しぶりに会った気になるな?」
「同感です」
笑みを浮かべるロイと、無表情で受答えるリザ。
その後で、エドは内心の緊張を押えるように、二人に気付かれない程度に小さく息を吸った。
『最後の攻防戦だな』
心の中でそう呟きつつ、自分にも差し出されたタオルを受け取って、前髪を拭いた。
******
「ご婚約されたとか?」
執務室に到着するなり、リザは開口一番そう切りだした。
「もう耳に入ったのかい?やれやれ、私から直接言うつもりだったのだがね―――――
私達が汽車に揺られている間に、情報が流れていたようだな・・・ヒューズか?」
「私が聞いたのはハボック少尉です。・・・・・少尉はアームストロング少佐から」
「なるほど。急だから驚かせてしまっただろう?
すまないね・・・・・君は丁度休暇中だったし、帰ってからちゃんと言うつもりではいたんだ」
差し出された手にコートを渡しながら、ロイはそう言い訳するが―――――
「丁度、ですか?」
「―――――偶然に、だな。・・・・・揚げ足を取らないでくれたまえよ?」
氷の視線を寄越すリザに、ロイは肩を竦めて返す。
だが、茶化した態度にもリザの表情は崩れることはなかった。
「セントラルに行っていらしたとか」
「ああ。もう知っているようだが、大総統に婚約の報告をしてきた」
「正式でもない婚約を報告―――――ですか」
「正式にするために、だよ。・・・私はエドワードに只の恋人ではなく、婚約者になって欲しかった。
だが、私たちは生憎男同士だ。そんなものは認められる訳がない。
ならば認められるように懇願するしかないだろう―――――――――大総統閣下に」
だから、セントラルまで行って来た。
閣下は快く了承してくださったよ。法改正もしてくださるそうだ。
これで私達は、晴れて正式に婚約者として認められた。
―――――ロイはそう言ってリザを見つめた。
「―――――――理由をお聞きしても?」
「婚約の理由など、一つだろう?―――――――――彼を愛しているからだ」
「先日まで『あのクソ餓鬼』とか『口のききかたを知らない豆』などと仰っていたように思いますが?」
ンな事いってたのか、このクソ大佐!!
今まで二人の会話を黙って聞いていたエドは、途端にロイをギロリと睨みつけた。
睨まれたロイは、困ったように顔を顰める。
「中尉、酷いじゃないか・・・・・・・・エディに嫌われたらどうしてくれる?」
そう言いながらロイはエドに近づき、頬をするりと撫でる。
「ごめん、エディ・・・・・あの時は君の素晴らしさが分っていなかった。
いや―――――多分、心の中では分っていたんだ、ただ、認めたくなかったんだよ」
認めてしまったら、君に惹かれていく己の心まで認めなくてはならなくなる。
だが、あの頃はその心構えが出来ていなかったんだと思う。
だから、無意識に悪あがきとして、そんな暴言を吐いてしまったのだな。
私もまだ青いということか―――――――
そう言ってすまなそうに自分を見つめるロイを見つめ返しながら、エドは感動していた。
・・・・・・・・・もちろん、科白自体に感動した訳ではないが。
『すげえ口八丁・・・・・・・・よくもまぁ、咄嗟に次から次へと出てくるもんだ』
アンタ、軍人なんかやってんの、勿体ねぇよ?
役者にでもなれ、役者!!アドリブもこなせて、舞台に引っ張りだこだぜ?
そんなことをつい本気で思ってしまう。
「・・・・・・・ばーか」
ロイをじっと見つめてから、エドはそれだけ言うと、ロイの視線から逃れるようにフイっと顔を背ける。
そのまま背を向けてソファーまで進み、長椅子に腰を降ろして俯いた。
―――――これは、ロイから授けられた技。どうやらこうしていると『照れている』ように見えるらしい。
だが・・・・・実を言うと、本当に少し赤面してしまっている。
だって、演技と分ってはいても―――――コイツの科白と行動は、本気でこっぱずかしい。
照れるというよりは、その科白自体が聞くに堪えなくて、体中を掻き毟りたいくらい恥ずかしいのだ。
「君は本当に照れ屋だね」
すっかり決り文句になった科白を、甘さを滲ませた声で呟くと、
ロイは自分の椅子に戻って行って腰を降ろした。
契約が成立した日から――――――
ロイは周囲対してアピールする為に、『恋人同士』として振舞いだした。
それはもう、カンペキ。パーフェクトと言ってもいい。
先ほど司令部に入ってきた時のように、人目のあるところでは常にエドをエスコートしつつ、
要所要所で甘い言葉を吐く。
そのかいあって、たった数日で二人の事は東方司令部どころか、軍部中に知れ渡る。
軍部一の色男と、軍部内スーパーアイドル(笑)の恋に、どこもかしこも大騒ぎ。
軍部内はロイを慕う女性たちの嘆きと、エドファンの男達嘆きとが共鳴して、えらいことになった。
昨日大総統府を訪れた時も、どよめきで迎えられ、常に二人の周りはざわめきがつきまとったほどだ。
当然、急な二人の進展に、複数の疑惑の目が二人を追うが、
ロイが完璧に恋人として振舞い、エドが恥ずかしさで本当に赤面してうろたえてしまう為、
その様子を見て、かえって認めざるを得なくなる始末。
もちろん、側近達を信じ込ませることにも成功。
弟も、あの男が丸め込んだ。
ヒューズ中佐は微妙だが、大佐が話をつけてきたようだし―――――ここまでは、本当に順調だ。
だが、最後の難関は、やっぱりこの人だろう。
『でも、本当に中尉まで騙せんのかな・・・・・?』
再び始まる中尉との攻防戦を眺めつつ、エドは契約成立後の怒涛の日々を思い出していた。
始まりました、第二章!
結婚前のそれぞれの阿鼻叫喚(笑)を書いていきたいと思います。