「さあ、どうぞ?」
「・・・・・・・・・・・・オジャマシマス」
姫君を迎え入れるように、恭しく玄関ドアを引いて誘うロイに顔を引くつかせつつも、
今日はここに泊まる以外道がないのは重々承知しているので、暴れるのは我慢した。
室内に踏み入ると、家主の不在だった家は当然ながら真っ暗。
でも、程なくドアを閉める音と共に、照明のスイッチが入れられ室内は光に包まれた。
眩しさに一瞬目を閉じて―――――再び開けると、そこには綺麗に整えられたリビング。
いや・・・・・綺麗というよりも、あまり生活感がないといったほうが正しいか?
コイツ、本当にここに住んでるのか?
そんな疑問が湧き、コートの脱いでいたロイに声をかけた。
「なぁ、なんか綺麗過ぎねえ?・・・男の一人暮らしなんだろ?」
「ん・・・・・・?ああ、掃除してくれた後だからな」
「へ?・・・なんだ、通ってくる女でもいんの?オレ、今日本当に泊まっても良いのか?」
家庭を持つ気は無いなどといいつつ、結局内縁の妻らしきものはいるのか?
そう呆れつつ見上げると、口元にからかいの色を浮かべて、ロイは答えた。
「通いの家政婦が来てくれるんだよ――――そんなに妬かなくても、かなり『年上』の女性だよ?」
「誰が妬くか!!・・・・・それにしても、生活感がねぇな」
「そうだな・・・・・ここは、寝に帰るようなものだからね。食事はほとんど外で済ますし、
洗濯は家政婦が持ち帰ってクリーニングしてくれるし」
本当に使っているのは寝室とバスルームぐらいだと、ロイは笑った。
「あと、女のとこに泊まってくる事も多いからだろう?」
「おや、バレたか」
「バレバレだっつーの!」
べーっと、舌を出してみせるエドに、ロイはクスクスと可笑しそうに笑ってソファーを指差した。
「まぁ、私の生活に興味があるなら、追々分るよ。なんと言っても、結婚するんだからね?
――――――とりあえず座りたまえ」
二人の将来について話し合おうじゃないか、ゆっくりとね?
にっこりと――――こちらに向かって寄越す『未来の夫』のエセくさい笑顔に、
エドは、心底嫌そうに顔を歪めた。
『理想の結婚』
<その2 ”攻防戦”>・・・2
契約が成立した直後――――
ハプニングがあり、弟や側近達に早速ながら『デキちゃってます報告』をする嵌めになった。
そしてその日の夜、
エドは宿には帰らず、ロイの業務が終了するのを待って彼の家を訪問していた。
何故なら・・・・・何の準備もないまま、弟も知る事となってしまったので、
口裏を合わせた後でなくては宿に帰れなくなった為である。
『確かにアイツの示した提案に頷いたのはオレだけど・・・もう少し心の準備くらいさせろよなぁ』
心の中で文句をいいつつ、コートを脱いでソファーに腰を降ろすと、
キッチンに消えていったロイが、トレーを抱えて戻って来た。
「君の飲めそうなものは、紅茶とミルクぐらいしかなかったのだが――――」
「紅茶!!」
「・・・・・だろうと思ってね、紅茶を入れてきたよ」
「分ってんなら、わざわざ聞くな!」
「やれやれ、折角お茶を入れてきてやったというのに、大柄な妻だ」
先が思いやられるよ?
そう言いながら、ロイはエドの前に紅茶を置いた。
「・・・・・・・・まだ、妻じゃない」
「ああ、婚約者・・・・・だね」
ニヤリと笑うロイに、顔を顰める。
「アンタ、何でそんなに楽しそうなの?」
「言っただろう?『楽しむぐらいの気持ちで臨め』と」
あんまり気張っていると疲れるし、違和感が出てすぐにバレてしまうよ?
そう言ってロイも一人掛けのソファーに座ると、優雅に足を組んでブランデーのグラスに口をつける。
どこか余裕の態度にカチンときながらも、こちらだけキリキリしているのも馬鹿らしい・・・と、
少し力を抜き、紅茶のカップを手に取って、長椅子の背もたれに背を預けた。
「早速だけどさ・・・・・いつから付き合ってたことにすんだよ?
―――――正直、いままでアルの前でアンタを誉めたことなんて、無いぜ?」
誉めるどころか、実は『貶し』オンリーだった。
さっきはショックを受けて帰ってしまったアルだが、今ごろきっと不審がっているに違いない。
ボロクソ言っていた相手を、今更『実は愛してました』なんて、弟は信じてくれるだろうか?
そんな疑問をロイにぶつけた。
「ボロクソって・・・君ね。仮にも上司である私を―――――――――――まぁ、いい。
・・・そうだな、私のほうも似たようなものだ。きっとあいつ等も今ごろは不審がっているに違いない」
ロイだとて、いままでエドを意識しているような素振りをしたことなどあるわけもなく。
側近達も今ごろは困惑しているだろうと思われた。
「以前から思いあっている――――などという設定にするのは無理があると思う。
それに、大きく事実と異なるとボロが出る可能性が高くなるからな。
だから、お互いが気になりだしたのは、先日二人の事が噂になった頃からにしよう」
今まで、心の奥底では相手の事が気になっていた二人。
だが、お互いにそれを自覚するにはいたっていなかった。
そんな中あの噂が流れ―――――やっと、相手を意識するようになっていったが、
結局その気持ちを認められぬまま、『噂を消す』ためにしばらく会わない約束をして別れた。
しかし・・・別れた後、二人の心の中に焦燥感が芽生える。
しばらく会えなくなると思った途端、心の中に浮かんだもの―――それは、苦しいほどの切なさ。
そこで、二人は互いに『愛していた』と言う気持ちを自覚する。
行動をおこしたのは、私から。
堪らず君を呼び戻して、告白。
自覚はしたものの敵わぬ恋と諦めかけていた君は、喜びに打ち震えつつ『同じ気持ち』だと告白。
そして、思いが通じ合った恋人達は、執務室で感動の抱擁。
幸せに浸りつつ、愛称を決めたりしてラブラブな会話をしている時に、あいつ等が部屋に乱入。
決定的な場面を見られた二人は、隠したりせずに堂々と愛を貫こうと思い、皆に告白するに至る――
「・・・・・とまぁ、こんなシナリオはどうだろうか。―――――――鋼の?」
ロイが朗々と語り上げてエドに目をやると・・・ソファーの上で自分を抱きしめて震えている彼。
その顔色は、苦手な牛乳を一気飲みしたかのように、蒼い。
「いや・・・・・・・・・・・その、聞いただけで悪寒が・・・・・」
つーか、『喜びに打ち震える』とか『感動の抱擁』とか、そんな表現はいらん!
付き合いに至るまでの流れを言えばいいだけなのに、何故妙な脚色を入れるんだ?
・・・・・・・やっぱり、コイツは(ホモじゃなくても)絶対変態だ!!
――――心底気持ち悪がってるエドに、ロイは少しムッとしたように答えた。
「失礼な奴だな。私に告白されるなど、女性なら失神モノのシュチュエーションだぞ?」
「オレは女じゃねーもん・・・・・・気持ち悪いけど・・まぁ、それなら何とかなる・・・・・かもな?」
今の話なら、何とかつじつまは合うかもしれない。
「ああ。今まで君が私につれなかったのは、『認められなくて、無意識に』とでも言っておけばいい。
私も君を『豆』呼ばわりしてからかっていたのは、愛しさの裏返し・・・ということにしておくから」
「だぁれが、豆だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!この変態無能男!!」
「そっちこそ、誰が無能かっ!!」
「へん!無能の方しか否定しない所をみると、やっぱり変態なんだな!?」
可愛い顔して可愛くないことを言いながら、思いっきり舌を出してみせる子供に、
大人は、青筋を幾つも浮かべながらも・・・・・何とか大人の理性で我慢して。
だが、次にからかいの色を浮かべてニヤリと笑い、立ち上がってエドに近づく。
「百歩譲って変態の気があったとしても、君みたいな可愛くないガキは襲わないから安心したまえ」
彼に覆い被さるように長椅子の背に手をかけて
そして、耳元に口を寄せる。
ああ、それとも・・・・・本当は襲って欲しくてそんな事を言っているのかな?
途端、固まる体。
顔色をなくして、首をぶんぶんと横に振る様は、否定を現しているのに、
『そんなわけあるか!!』と返す声は弱弱しく、碌に抵抗も出来ないでいる。
しかも、こんな科白には免疫がなく恥ずかしいのだろう。蒼かった顔へ徐々に朱が入る。
『ふむ・・・・・・』
先ほど執務室でも思ったのだが、どうやら彼は私の声に弱いようだ。
耳元で囁いてやると、途端に抵抗できなくなる。
もちろん女性たちには大好評で、彼女達も良くこんな反応を寄越してはくれるが、
まさかこんな豆に効くとは思わなかった。
「・・・・・・・これは、使えそうだな」
フッと笑いを漏らすロイに、
エドは戦々恐々としながら、ロイの腕の下で固まったまま聞き返す。
「は・・・・・・・?な、なにが!?」
「いや、君の演技力がいささか心配だったのだがね・・・・・これなら問題なさそうだ」
「へ!?」
困惑顔になったエドから身を離して、ロイは自分のソファーに戻る。
そして座りなおして、にっこりと笑った。
「その天然の可愛らしさがあれば、演技力など要らないということだよ」
「てんねん??かわいらしさ???」
「ああ、自分では分らないものかもしれないね――――――
私の科白に返してくるその反応が初々しくていい。これなら演技いらずで周囲を騙せそうだ」
「・・・よくわかんねぇけど、とにかく特に気張ってアンタを好きな振りしなくてもいいってことか?」
「ああ、君はそのままでいい。君の場合、急に態度が変わるのは余計に不自然に見えるし」
但し、科白が恥ずかしいからといって殴りつけたりするのだけはよしてくれよ?
それはさすがにラブラブ設定に合わない。
そうだな、返答に困った時は俯いててくれ。それだけで、照れているように見えるから。
ロイはそう言って、またグラスに口をつける。
「ふーん。わかった・・・・・・」
なんだかやっぱり手の上で踊らされているような不快感に口を尖らせながらも、
こう言うことに不慣れな自分には、上手くやる自信はあまりないし。
やはりここはこの男に任せるしかないだろうと、頷いた。
「んで?実際の明日からの予定は?」
「ああ、まずは―――――明日の朝、君の宿に一緒に行こう」
「宿?」
「結婚するとなれば、まずは君の弟に許しをもらわなければいけないだろう?」
そこがクリアできなければ、君は前に進めないだろう?
そう言うロイをじっと見つめて、エドは深く頷いた。
『今夜は、大佐のとこに泊めてもらうから』
ここに来る前に電話でそう告げた時の
『そう・・・・・分った』
という―――どこか沈んだような、そして強張ったような声が耳から離れない。
一人にされて、寂しいのだろう。
付き合ってると告白した途端外泊か!との、怒りも感じたかもしれない。
それでも引き止められたり、告白の真相を追究されたりしない所を見ると、
アルフォンス自身も、まだこの問題に向き合う覚悟が出来ていないのだろう。
だから、まずアルが納得するように説明しなければならない。
―――――――――――――たとえ、それが最愛の弟を騙してしまうことになっても。
エドの口から、知らず知らずのうちにため息が漏れる。
ずっと全てを共有していた弟。
それが、秘密を持ってしまったお陰で、なにか・・・『溝』が出来てしまったような気がして、辛い。
だが、引き返すわけには行かないのだ。
エドがぎゅっと拳を握り締めた時――――――
「大丈夫だよ」
聞こえた、いつもより柔らかい声に顔を上げる。
いつの間に立ち上がったのか、ロイがまた近くにいて、するりと頭を撫でてきた。
「大丈夫。ちゃんと彼が納得するように話をするから。もちろん傷などつかないように・・・・・ね」
また見透かされてしまった―――――
こんな大人の余裕が、なんだか堪らなく悔しいと思う。
頭に置かれた手をピシリと払い落として、睨みつける。
「はん!オレが真剣に言えば、あいつはちゃんと信じてくれる。アンタの手なんかかりねーよ!」
「いやいや、大事なお兄さんを嫁にもらうんだからね?私からもちゃんと許しを請わなければ」
「お兄さんを嫁・・・・・・って、やっぱりその辺がどうにもこうにもおかしいよなぁ」
ニヤリと笑うロイに、脱力するエド。
その時玄関のベルが鳴る。
先ほどの科白はどこへやら?途端に『アル!?』などと叫びながらうろたえるエドに、ロイは苦笑する。
「食事がきたんだよ。・・・・・・お腹が減ったろう?先ほど頼んでおいたんだ」
ロイが玄関に行ってドアを開けるのを、壁の影に隠れて覗き見ると、
やはりデリバリーの食事を提供する店の店員だった。
『この心臓に悪い日々に耐えられんのかな・・・・・・オレ』
しゃがみこんでいると、ロイが荷物を抱えて戻ってきた。
「・・・・・何故こんな所で小さくなっているのかね?」
などと言う男の脛に、今度こそ蹴りを入れて。
エドは食事が入った袋を奪って、さっさとソファーに戻って中身を広げだした。
******
一心不乱に食事を片付けていくエドをチラリと見て、ロイは話し掛けた。
「一緒に夕食――――――なにやら、恋人同士っぽいねぇ?」
「デリバリーのメシを喰うだけのどこが?」
いつものペースが戻ってきたようなつれない答えに、ロイは笑いながらつついてみる。
「明日の科白はやっぱり、『お兄さんを私にください、必ず幸せにします!』がいいかなぁ?」
途端にブッと噴出し、ゲホゲホと咽るエドを見ながら、
どこか楽しげに――――――明日の予定に考えを巡らすロイだった。
大佐がやっぱり性格悪っ!?(笑)
んでも、それなりに可愛がってるし、心配もしているみたいです。
次回はアルのところへ乗り込み?