雨の音に気がついて、顔を上げた――――



もとより眠ることは叶わぬ体だから、眠っていた訳ではないけれど
己の思考の中に入り込んでいた為、雨音に今まで気が付かなかったのだ。
窓の外に視線をやると、雨粒と白んだ戸外。

「朝に、なってたんだな・・・・・」

雨雲のせいでいまだ薄暗かった為、夜が明けたのが分らなかった。
今日は静か過ぎるから・・・・・・余計に気付けなかったのかもしれない。
そう思いつつ、アルは窓を伝う雨粒を見つめた――――――




『理想の結婚』 <その2 ”攻防戦”>・・・3




普段も――――夜は、静寂の中で一人夜明けを待つ。
誰と話すこともなく、眠って意識を手放してしまうことも出来ずに、長い夜を経て朝を迎える。
でもいつもなら、すっかり寝入ってしまっているとはいえ、隣りには兄が居た。
会話がなくても、そこに兄が居る―――――ただ、それだけで孤独な夜は乗り越えられた。

寝ていても、昼と同じようにくるくると表情を変える兄。

眉間にシワを寄せて唸っていると思うと、次ににっこりと笑う。
静かに寝息を立てているかと思えば、急にガバリと上半身を起こし、
何事か怒鳴りつけてから、また糸が切れたように倒れこんで寝てしまう。
そして―――悪夢にうなされる時も、僕が呼びかけるとしだいに表情が和らいで、また眠りに落ちる。

眠りながらもよく動き回る兄の、捲り上げられたタンクトップを元に戻し
跳ね除けられた毛布を掛け直して、『しょうがないな』と苦笑する。
そして・・・・・苦笑しながら思うのだ。


『しょうがない』と世話を焼きつつ、救われているのは自分だと。


こんな体でも、兄が必要としてくれるから生きていける。
『絶対元に戻してやる』と、兄が抱きしめてくれるから、耐えられる。

僕が兄を支え、
兄が僕を支えてくれる。

だけど――――――


兄は、僕以外の支えが欲しかったのかもしれない・・・・・・


僕だけじゃ、兄の辛さを支えて上げられないのは、薄々気付いてた。
だって、兄はいつも僕に罪悪感を感じ続けているのだから。
責任感の強い兄だから、尚更辛かったと思う。

だから、いつか兄が拠り所を見つけられたら、喜んで後押ししてやろうと思っていた。
思っては、いたけれど―――――――


「まさかさぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・あの人だとは、思わないじゃない」


拗ねたような声が、室内に響く――――
もし、彼の体が生身だったならば、きっと口が尖っている事だろう。

静寂の夜。
闇の中に果てしなく沈んでいきそうな思考を浮上させる為に、アルには日課にしていることがある。
それは、『明るい未来を想像する事』。
二人で元の体に戻った後のことを、あれこれ想像して楽しむのだ。
僕は、動物が好きだから・・・・・・獣医になりたい。
兄は、やはり錬金術を極めようと没頭するのだろうか?
元に戻れたら、もちろん恋だってしたい。
明るくて、元気が良くて、優しくて――――働き者な女の子と恋をして結婚できたら、いいな。
出来ればウィンリィが良いんだけど・・・・・・・・これは、兄にも秘密。

そして・・・兄は、どんな女の人と恋をするんだろう?

乱暴に見えて傷つきやすく、つめたいそ振りを見せても、本当は優しい兄。
そんな兄のことを良く分ってくれる人がいい。
好みを聞いても、こんな話題が苦手な兄はすぐに話を逸らしてしまうけど、
優しくて、でも真が強くて―――――兄を支えてくれる人が現われればいいなぁ。
お互い恋をして、違う道に進んで。結局、離れ離れになってしまうのかもしれないけれど・・・・・
―――――出来たら、気軽に行き来出来る距離に居れたら、最高に嬉しい。
もちろん、兄さんのお嫁さんとも絶対仲良くする!!
どんな人かはまだ分からないけれど、可愛くて優しい人だといいな・・・などと、思っていたのに。


『あれはないじゃない・・・・・兄さん!!』


アルは思わず拳を握り締めた。

あの人を嫌いな訳じゃないけど、
けどっっ!!
・・・・・・・・・・・・・・今まで見ていた幸せな夢、ぶち壊し。
いや、勝手に夢見てただけだけどさ・・・・・でも、すっごく悔しいんですけどっ!?

ジタバタと体を揺り動かした後、
アルは突如、カクン・・・・・と、糸が切れたマリオネットのように力を抜いてうな垂れた。

でも本当は――――――――少し、こんな予感もしてた。

『あの人』と限定していた訳ではないけれど、『男の人』はある程度覚悟していたのだ。
だって、弟の僕が言うのもなんだけど・・・兄さんって―――――――――凶悪に、可愛い。
実の弟がドキリとする時があるくらいだから、他人なら尚更。
それを恋愛感情まで発展させる人がいるだろうことは、群がるファンからも容易に想像できていた。
そしてそんな人にほだされて・・・・・そういうカップルになっちゃうってこともありえるのかな、と。

―――だけど、兄の日々の反応を見て『大丈夫』とも思っていた。
だって、本当に同性には興味なさそうだったんだ。
女の子にはある程度反応は示していたし・・・・・結局は女性を選ぶと思っていたのだけど。


『まぁ、”あの人”・・・・・・・・・・・・強烈だからなぁ』


強烈な存在感、絶対的なカリスマ。
確かに当の兄も、反発しながらも憧れを感じているのでは―――――とも思っていた。

そこまで考えて、でも・・・・・・と、昨日から何度目かの疑問に首を捻る。


憧れはあったとしても・・・兄さん、あの人に『恋愛感情』なんて、本当にあったのかなぁ?


どうにも納得いかずに、うーんとひとつ唸った時、ドアノブがガチャリと音を立てて回った。

『兄さん?』
凝視していると、ノブが回りきり、ゆっくりとドアが開けられていく。
すぐに開ききるドア―――――――そこから身を滑り込ませてきたのは、やはり兄だった。


「兄さん・・・おかえり」
「アル。・・・・・ただいま」

『おかえり』と言う言葉に、少し嬉しそうに顔を緩め返事を返して寄越した兄。
だが、すぐに気まずそうに視線を彷徨わせてから、ひとつ深呼吸をし、意を決したように見つめてきた。


「少し、話があるんだけど、いいか?」


真っ直ぐ見つめてくる琥珀色の瞳を見つめ返して、アルはコクンと首を縦に振った。



******



「大佐は?」

兄が椅子に座るのを待って、そう聞いてみた。
それにピクリと体を震わせたものの、何事もなかったかのように取り繕った兄は、ひとつ咳払いをした。

「外で、待ってる」
「え?この雨の中に?」

この雨の中を一人外で待たせていると知って、アルは焦ったように口を開いた。

「入れてあげなくていいの?雨に濡れたら、無能になっちゃうんじゃない!?
あの人の錬金術って、馬鹿の一つ覚えみたいに焔だけだし、
敵の多い人だから、湿気たマッチ状態のまま一人で置くのは心配だよ!!」
「・・・・・・・・・・・・・アル、やっぱりアイツとのこと、反対なんだな?」

困ったように顔を曇らせる兄に、ハッとする。
どうやら、無意識に刺が出てしまっていたみたいだ、失敗失敗。
慌てて、取り繕うようにアルは両手を横に振って見せた。

「ごめん、つい。・・・・・・でも、反対っていうわけじゃないんだ。ただ、戸惑ってて」
「――――うん、まぁ・・・普通そうだよな、ごめん」

バツが悪そうに頭を掻く兄に、ちゃんと冷静になって話を聞かないと・・・と気を取り直した。

「あのさ・・・・・また同じ事聞いちゃうけど、本当に大佐のこと、好きなの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・うん」
「そう・・・でもさ、兄さん今まで全然そんな素振りみせなかったじゃない?」

本当に兄があの人の事を好きというのなら、もちろん認めるしかないけれど、
兄は、今までそんな事おくびにも出さなかった。

――――恋愛事にかなり不慣れな兄は、恋愛ネタでからかわれただけで真っ赤になる人だ。
いつだったか、セントラルで馴染みのドーナッツ屋の店員を見つめていたから、
『あのお姉さん、好みなの?』と聞いてみたことがあった。
そりゃあ盛大に真っ赤になって怒鳴り散らして走り去ってしまい、後で探すのに苦労した。
ちょっと意識しただけの人のことで、あんなに過剰反応する兄が、
大佐への気持ちを僕にも悟られないように隠していたと言うのが、どうにも腑に落ちない。

「えと・・・その、前からなんとなく気になってはいたんだけど・・・自覚したのは、この頃なんだよ」
「この頃?」
「んと・・・だからな・・・・・・・・・・
 ●あの噂の時気がついて。
 ●認められなくって、しばらく会わないことにして別れて。
 ●今回大佐に呼ばれて告白されて同じ気持ちだって分って。
 ●喜びに打ち震えつつ・・・・・・・あ、これはいらなかった!
と、とにかく!!――――――――そんな訳で、付き合うことになったんだ」

「・・・・・・・・・何でそんなに箇条書きみたいになってんの?」

まるで・・・シナリオがあって、言わされているみたいだよ?
そう聞いてみると、ダラダラと冷や汗をかく兄。
――――――――――どうにも不信感が募る。

「ち、違う!!ただ・・・・・・その・・・・・・オレはっ!!」
「――――彼は、こういうことは不得意だからね、どう説明したらいいか分らないんだよ」

だから、こう説明したら?と、私がアドバイスしてやったんだ。
それをそのまんま言うから、不自然に聞こえたんだね―――――

突然聞こえてきた声に振り向くと、いつの間にやら・・・ドアの所で苦笑しつつロイが立っていた。

「た・・・・・ロイ!」
「ごめん、エディ。君が呼んでくれるまで待とうと思ったんだけれど、どうにも心配になってね」

驚いたようにエドがロイに駆け寄る。
そんなエドの頬に手を添え微笑むロイ。
その笑顔を・・・どこかホッとしたような仕草で見上げる兄に、アルは少し複雑な気分になった。

「すまないね、アルフォンス君。勝手に上がりこんで」
「いえ・・・・・・こちらこそ、雨の中をお待たせしてすみません」
「いや。――――――ところで、私の話も聞いてもらえるかい?」
「はい」


聞いてやろうじゃないか。


・・・・・・・・・・どうにも、娘の恋人と対峙する父親のような気分になりつつ、
アルは気合を込めて、ロイを見つめた―――――――




『・・・・・・・・・・・・・・・い、居心地わりぃ・・・・・・』


向かい合う、弟と婚約者を見比べながら
ただ一人、エドだけが所在なさげにうろうろと部屋の隅を行ったり来たりしていた。




アルも少し寂しくて妬いているようです(笑)
次回こそ、義兄・義弟対決?
いや、うちはほのぼのサイトなんで、流血はしません(笑)


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