部屋の隅でウロウロしていたら、大佐が苦笑しつつこちらを振り返った。


「エディ、悪いがアルフォンス君と二人きりで話をさせてもらって良いかな」
「え?・・・・・でも・・・・・」
「彼と男同士、腹を割って話をしたいんだ」
「オレも男だっつーの」
「そう言う意味じゃないだろう・・・」

苦笑するロイに、エドは口を尖らせた。
意味がわからない訳じゃないけど、心配なのだ。
なんだかアルは臨戦体制だし。
おまけに、この男が何を言い出すのかが――――――――――ものすごーく、不安。
ここは居心地が悪いが、二人きりにするのは・・・・・ためらうエドにアルが声をかける。

「兄さん、僕も大佐と二人きりで話がしてみたいな」

悪いけど、下のレストランでまっててよ?
丁度モーニングが始まるころじゃない?
――――――だから、席を外してて。

大佐どころか弟にも言われ、エドはしぶしぶ部屋を後にした。




『理想の結婚』 <その2 ”攻防戦”>・・・4




「さて、ここに私が来たのは他でもない・・・・・エドワードとの事で、君に許しをもらいたいからだ。
同性ということで・・・・・君は、やはり反対なのだろうな?」

エドが出て行ったのを確認してから、そう切り出したロイを、アルは真っ直ぐ見つめた。

「同性云々以前に、許すか許さないかは、あなたの態度次第です」

僕には、あなたが兄を好いていたようには見えなかったんですけどね?
愛も無いあなたが兄を幸せに出来るとは、到底思えませんし。
幸せにしてくれないような人に、大事な兄はやれませんよ。
キッパリとそう言い放つアルに、ロイは苦笑した。

『敵意むきだしだな・・・・・ブラコンの弟は、やはりブラコンか。さて、どうするか――――』

ギンギンに睨みつけてくる視線を感じつつ
何か打開策がないか・・・?と、さり気なく部屋に視線を走らせ観察する。
部屋は、いつも兄弟が寝泊りしているクラスの宿にしては、小奇麗だった。
調度品は簡素ながらも、掃除が行き届いていて、なかなか良い宿だ。
兄弟の荷物は部屋の隅に置いてあるエドの古びたトランクだけ。
あとは、サイドテーブルの上に図書館のラベルが貼られた錬金術書が数冊。
男の二人旅とはいえ荷物はかなり少ない。彼等が未だつつましい生活を送っている事が窺えた。

『ふむ、特に話題の助けになるようなものはない・・・・・・・か』

そこまで考えて、ふとロイの目にあるものが止まった。
それは、二つあるベットの片方の枕もとに無造作に置いてある本。
小さな文庫本は錬金術書ではなく、何か軽い読み物のようだ。
目を凝らしてタイトルを盗み見ると、『Miracle of love』と言う文字。
覚えのあるそのタイトルと装丁は、以前に付き合った女がハマっていた恋愛小説と同じ物。
確か、ずっとただの幼馴染だと思っていた二人が、突然激しい恋に落ち、
紆余曲折を経て、苦難を乗り越えて最後には結ばれる・・・・・といったストーリーだった。
エドワードがそんな物を読むわけがないから、この弟のものだと思われた。

『そう言えば、彼はかなりのロマンチストだと鋼のが言っていたな』


ならば、簡単。


ロイは一度俯いてニヤリと笑ってから、沈痛な表情を作って、顔を上げた―――――

「君にとって私は、突然現われた・・・・・大事な兄を騙して攫う、悪漢なのだろうな」
「やはり、騙してるんですか!?」

声を荒げて拳を握り締め、身を乗り出すアル。
そんな彼を見て、ロイはただ静かに首を横に振った。
そして、ロイはおもむろに発火布の手袋を外してテーブルに置く。
戦闘モードに入りかけていたアルは、その仕草に毒気が抜かれたように再び姿勢を戻した。
アルが少し静まったらしいことを確認して、ロイは言葉を続けた。

「突然彼を好きだと言い出した私を、君が疑うのも無理はない―――――
確かについこの前までは、彼の事をそんな風に見たことなどなかった」

目を伏せたまま立ち上がって、ロイは窓の側まで進む。
窓の外に目をやりながら、淡々とした口調で彼は続けた。

「だが・・・『まるで雷に打たれたように心が痺れる瞬間』があるなど、私自身も知らなかったのだよ」

くるりと振り返って、ロイはアルをじっと見つめ―――――そして、言った。



「アルフォンス君。君は、『運命』を信じるかね?」



******



「エドワード君、今日は進まないねぇ?具合でも悪いかい?」

朝食の時間が始まり、チラホラと宿の客がレストランに集まってきて、それぞれテーブルにつく。
エドは端っこのテーブルに一人でつくと、朝食を注文した。
程なく運ばれてきたオムレツはほかほかと湯気をたててとても美味しそうなのだけれど、
どうにも食欲が湧かなくて、端っこをフォークでつついてからすぐに止め、テーブルに突っ伏していた。
それを見咎めた宿の女将が、心配して声を掛けてきてくれたのだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・うん、ちょっと胃の辺りがキリキリと」
「そりゃあ大変だよ!お医者に行くかい?」
「いや、そこまでは・・・ごめん大丈夫。ちょっと心配事があってさ」

そのまま黙り込むエドに、女将は心配そうにしながらも、厨房に帰っていった。



しばらくして。
そのままテーブルに突っ伏していたエドに、再び女将が声を掛ける。

「エドワード君、本当に大丈夫かい?」
「え?・・・・・・・・ああ、うん」
「食べられないようなら無理しなくてもいいんだよ?」
「あ、ごめん。折角美味しそうだったのに冷めちゃったよな。つか、もう閉める時間だよね、わりぃ!!」

朝食を出し終えたら、このレストランは昼まで一旦閉めてしまう。
よく見ると、周りの客は既に食事を終え部屋に帰ってしまっていて、いつのまにか自分一人きり。
自分のせいで閉めるに閉められずにいたのだと分って、エドは慌てて食事を掻き込み出した。
食欲がないと思っていたのだが、最初の一口を飲み下すと・・・だんだんと食欲が湧いてくる。
やはり心配事があっても、腹は、減るときゃ減る。
開き直りのような気分でどんどんと胃を満たしていくにつれ、なんだか気分も落ち着いてきた。
最後のプチトマト頬張り、エドはふぅと息をついた。

「・・・・・うまかった。やっぱり朝食はちゃんととらねーとな。ごちそうさん」
「なんだか落ち着いたみたいだね・・・はい、コーヒー」

ありがとうといいながら、コーヒーに砂糖をいっぱい入れて飲むと、本当に気分が落ち着いた。

「余計なお世話かもしれないけどさ・・・・・何があったんだい?」

いつも元気なアンタが、そんな風になるなんてさ?
何度も宿泊している為、エドを良く知っている女将は息子を心配するようにエドを覗き込む。

「あ・・・・・・ええとさ。ごめん・・・・仕事のことなんだ」
「仕事?―――――そりゃあ、あたしなんかが聞くわけにはいかないねぇ」

女将はそう言ってため息を吐いた。
詳しいことは言っていないが、軍の関係者であることは彼女も知っているのだ。

「気にしないで。まぁ・・・・・・・なるようになるからさ」
「そうかい?うん――――アンタならきっといい方向に事を進められるよ!
あたしには何にもしてやれないけどさ・・・これ、サービス」
「うわっ、おばさん特製のラズベリーパイ!?これうまいんだよな〜、サンキュ!!」

美味そうに頬張り出すエドに、女将も嬉しそうに微笑んで。
カウンターからコーヒーのポットとマグカップを持ってくると、エドのカップに2杯目を注ぎ
自分のカップにも残りを注ぐと、エドの向かいに座った。

「もっとあるからお代わりしておくれ。後で弟や部屋に来てたお客にも持っていってあげなよ!
・・・あ、そういえばさっきアンタの部屋に上がっていったのって、マスタング大佐じゃなかったかい?」

でてきたロイの名前に一瞬手を止めて・・・でも、エドは何事もなかったようにカップを口に運んだ。

「うん。オレの後見人だから。―――おばさん、知ってんの?」
「このイーストシティであの人を知らない人なんかないよ!ヘタな歌手なんかより、よっぽど有名人さ。
―――――――それにしても、やっぱりいい男だよねぇv」

50半ばにもなろうという女将が頬に手を当ててどこかうっとりとそう言う様を見て、
エドは苦笑いを浮かべた。

『アイツ、範囲広いんだなぁ――――どうせ、あっちこっちで無駄に愛想ふりまいてんだろうな。
もちろん、女限定で。』

でも、騙されちゃいけないぜ?おばさん!!
アイツは女をとっかえひっかえ遊びまくりたいがために、男と偽装結婚しちゃうようなサイテー野郎だ!
―――――――そんなことをエドが考えているなどつゆ知らず、女将は嬉々として言葉を続ける。

「うちの姪がさ、あの人の大ファンなんだよ!今度サインもらってくれないかい?」
「おばさん・・・・・芸能人じゃないんだから・・・・・」
「言ったろ?ヘタな歌手より有名だって。うちの姪だけじゃなくてさ、向かいのケーキ屋の娘とか
通り向うの花屋の店員とか・・・」

女将曰く『大佐ファン』の娘を並べあげた後、彼女はため息を吐いた。

「でもねぇ・・・街の娘達がいくら熱を上げても、無駄だろうね。
地位がある人だし、もっとこう金持ちの娘とか貴族のお嬢様とか。そんな人と結婚するんだろうねぇ」

きっと、品があってここらにいないようなとびっきりの美人なんだろうねぇ。
そう残念そうに首を横に振る女将に、エドはダラダラと冷や汗を掻いた。


『まさか、オレが相手だなんて―――――――言えない』


そんなにアイツと結婚したい女の人がいたとは・・・・・!
でもアイツはサイテー野郎なんだ。外面はともかく、中身は女にとって最悪だ。
絶対止めたほうが身のためだから・・・・・・・・・だから、ごめんな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

会ったこともない娘達に、心の中で詫びを入れつつ、エドはハタと気がついた。

『も、もしやアイツと結婚すると知れたら・・・町中の女を敵に回す羽目に!?』

思い当たった事実に、エドは愕然とする。
『この結婚、やっぱ――――――――――――――――やめたい。(涙)』
エドが心底後悔しだしたときに、レストランの扉がカランとカウベルの音と共に開いた。



******



「エディ、待たせたね」
「兄さん、ごめんね。ちゃんと朝食食べた?」
「アル・・・・・・・・・・・・・ロイ」

今しがたまで噂をしていた人物の登場に、女将は慌てて立ち上がって椅子を勧めた。

「ああ、お気になさらず。すぐに失礼しますので―――――エディ、出よう?」
「あ、ああ・・・・・って、話は終ったのか・・・・・・?」

エドが恐る恐るロイに聞き返していると、アルがふと気がついたようにロイの手を見つめる。

「あれ?義兄さん、部屋に手袋忘れてきたんじゃないですか?僕取って来ます」
「に、義兄さん!?」

思わず裏返った声で叫ぶエドを気にすることなく、ロイも自分の手を持ち上げ、見つめた。

「ああ、本当だ。――――すまないね、アルフォンス」
「いえ」
「・・・・・・(呼び捨て!?)」

部屋に戻っていくアルを呆然と見つめつつ、口をパクパクさせるエド。
そんな彼に視線を戻して、ロイは笑った。

「どうしたね?まるで、金魚みたいだよ?」
「だ、だって・・・に、義兄さんって!?」
「別におかしくはないだろう?」

まぁ、確かに少し気が早いが・・・いずれ君と私が結婚すればアルフォンスと私は義兄弟に・・・・・

――――――つらつらと臆面もなくそう続けるロイを唖然と見ていたエドだったが、
女将の存在を思い出して慌てて途中でロイの口を塞いだ。

「お、おばさんご馳走様!!オレまた出かけなきゃいけないから、またな〜!!」

そのままロイを引きずるようにしてレストランを出てドアを閉めてから、エドは声を押えながらも
噛み付くように言った。

「アホ!!あんまりそっちこっちで『結婚』いうな!!」
「何故だね?どうせそのうち広まるんだから・・・・・・」
「てめぇはいいけど、オレは命が危なくなるんだよ!!
軍内は仕方ないにしても、街中で相手がオレと特定されるような発言はすんな!」
「―――ああ、確かに私は敵が多いしね、君の顔を知られない方がいいか・・・・・・気をつけよう」

なにやら勘違いをしているようだが、とにかく街中で『婚約者』だとふれ回られる心配がなくなって
エドは肩の力を抜いた。

「・・・・・ところで、どうやって丸め込んだんだよ?」
「言葉が悪いよ、エディ。―――――――丸め込んだんじゃなくて、誠心誠意、弟君に話しただけだ」



私が『どれほど君を愛しているか』を、ね?



ニヤリと、人の悪い笑みと艶のある流し目を寄越されて、エドはくらりと眩暈がした。
『アルになに言いやがったんだ、この男!?』
思わず気が遠くなりそうになった時、階段を下りてくる金属の足音。

「二人ともお待たせ。はい、義兄さん、これ―――」
「ああ、すまなかったな。それじゃあ行って来るよ、アルフォンス」
「はい。いってらっしゃい」
「い、行くってどこへ・・・・・?」

和気藹々と話す義兄弟(予定)に、エドは恐る恐る話し掛ける。

「とりあえず司令部に行って、準備が整い次第セントラルだな」
「セントラル――――――?」

不安げに眉を寄せたエドを、ロイは優しい微笑を浮かべて抱き寄せる。

「お、おいっ!」

抱き寄せられて・・・しかも弟の前であることに焦りつつ腕を突っ張ると、
覗き込むように優しい笑みが近づいてきた。

「心配要らないよ、エディ―――絶対、大総統に認めてもらうから。・・君を日陰者などにするものか」
「ひ、日陰・・・・・?」
「不興を買って降格してもいい・・・・必ず二人の結婚を大総統に認めてもらうから」
「!?」

認めてもらうって・・・・・元々あっちから話が来たんだろうが!
しかも、『不興を買って降格』どころか、異例の二階級特進を約束されてるくせに〜〜〜〜〜〜!!
そんなエドの心の罵声を知ってか知らずか、ロイは慰めるように片手で髪を撫でてくる。

「降格・・・・・・・義兄さん、そこまで兄さんの事を!」
「もちろんだよ―――――――だって、彼は運命の恋人なんだから」

愛しげにエドの頭に頬を寄せながらこちらに笑みを寄越すロイに、
アルはどこかうっとりとしたような、感嘆の声をあげる。

「運命の恋人・・・・・・・・・素敵な響きですね」

そう呟いてから、アルは決心したようにロイを見つめた。


「僕も及ばずながら、応援します」

(何故、瞳がキラキラしている(ように見える)んだ、弟よ!?)


「ありがとうアル。君に認めてもらえたら百人力だ・・・世界中の誰に認めてもらえるより嬉しいよ」

(アルを騙くらかしといて、その爽やかな笑みは何なんだ、この無能!!)


がっしと力強く握手する男達に、エドはただただ呆然とするしかなくて。
そして、弟の『いってらっしゃ〜いv僕は大佐に紹介されたペットショップで待ってるからね!』
という声を遠くに聞きながら、エドはロイに肩を抱かれたままフラフラと宿を出たのだった。



******



「さて、これからの予定だが――――とりあえず司令部についたら大総統府へ電話を入れておいて、
謁見の許しが出たら、すぐにセントラルに向かおう」

それまで、提出期限の迫った書類を片付けつつ、皆にラブラブっぷりを見せ付けないとな。
側近達も納得させておかなくてはいけないし、忙しいぞ。
そう並べ立てるロイの横を、ただ言葉もなく俯いたままエドが歩を進める。

「どうした?顔色が悪いぞ―――――」
「・・・・・・・・・・・」
「体調が悪いなら仮眠室で添い寝でもしてやろうか?なんたって、大事な『運命の恋人』だし?」

ニヤニヤと嫌な笑いを寄越す大佐に、いつもなら鉄拳をお見舞いしてやるところだけれど
朝っぱらから大ダメージを受けてしまったエドは、睨みつけるに留めた。
そして、ガックリと肩を落として深いため息を吐き出す。



「そんな運命、いらん。」



ああ、やっぱりこの結婚、止めてぇ。
―――――――そう、胸中で涙するエドだった。




激しいバトルを期待していた方、ごめんなさい。
うちは、義兄弟関係が比較的良好なサイトなので―――――(笑)
この連載、エドガすごく可愛そうな連載だったのに、今ごろ気が付きました(苦笑)


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