大総統執務室で。
エドは豪華なソファーに座りながら辺りを見回し、そして大きなため息を一つ吐いた。


「とうとう、ここまで来ちまったんだなぁ・・・・・・・」
「おや、怖気づいたかね?」
「うっせー、誰が怖気づくか!!・・・・・まぁ、でも正直複雑っつーか、心配っつーか・・・」

大体さぁ・・・・・あんな事、大総統が本気で言うかー?
なぁ、本当は冗談だった・・・とかだったらどうすんだ?赤っ恥だせ?
嫌そうにそう言った後、エドはニヤリと嫌味っぽく笑って見せた。

「ま、恥掻くのはオレじゃなくてアンタだけどな?」
「読みが甘いな、鋼の」

エドに負けずに人の悪い笑みを浮かべたロイはそう余裕で言い放つ。


「あの方は、本気でたちの悪い冗談を仕掛ける方なんだよ」


ロイの言葉に、エドはガックリと肩を落とした。

「迷惑極まりねぇな・・・・・」
「―――――その点については、同感だ」

二人で乾いた笑い声をあげたあたりに、足音が聞こえた。
二人が笑いを納めてドアの方向に視線を向けると、ノブがゆっくりと回りドアが開く。


「やぁ、待たせたね、二人とも」


入室して来た黒髪の大総統に、ロイはサッと立ち上がって敬礼をする。
隣りに座っていたエドも慌てて立ち上がって、ロイを真似て敬礼をして。
そして、ちらり・・・と大総統の様子を窺うように見上げると――――――
ニコニコと・・・相変らず喰えない、底知れない笑顔でこちらを見つめられた。

『うっ・・・・・』

思わず冷や汗が湧いたエドの心中を知ってか知らずか。
大総統はすぐに視線を外してソファーへと向かう。
大総統が動いた後、エドは今しがた閉められたばかりのドアを名残惜しそうに見つめた。


『ああ、あのドアから今すぐに逃げ出せたら・・・・・』


大総統が席につくまで、エドはしばしその誘惑と心の中で闘うのだった―――――




『理想の結婚』 <その2 ”攻防戦”>・・・5




アルフォンスの了解を得た後、二人は司令部に戻りセントラルに行く準備をし始めた。
大総統府に電話をかけ、大総統に面会の約束を取り付け、
司令部を空けなくてはいけないから、急ぎの書類を片付けて。
そして、ところどころで―――――いちゃついて。(笑)
東方司令部中がピンクな噂に満遍なく包まれた辺りに、準備は整った。

「さぁ、じゃあセントラルに行くか・・・と、その前にもう一つ」
「まだあんのかよ・・・・・・・・」

書類整理を手伝わされた挙句に、ラブラブな振りでダメージを受けているエドは、
ぐったりとソファーに身を沈ませたまま嫌そうにロイを見上げた。

「これで最後だよ、ほらおいで?」

ロイに腕を引っ張りあげて立たせられ、エドはしぶしぶ歩き出した。



ロイとエドが作戦室に足を運ぶと、そこには側近達揃っていた。
他の者達も大勢その部屋に詰めていたので、二人が入室した途端、物凄い数の視線に晒される。


『うげ。』


思わず足が止まったエドの背を押して数歩前に進み、ロイは側近達に声をかけた。

「突然ですまないが、所用でセントラルに行ってくる」
「え?セントラルですか?」

驚いたように声をあげるフュリーに頷いてから、ロイはブレダに視線を合わせた。

「ああ、急ぎの書類は片付けた。何かあれば連絡を――――ブレダ、留守はお前に任せる」
「は。―――――ですが、大佐・・・いったい何の為に?」
「閣下に目通りいただけることになったんでな」
「は!?閣下・・・大総統閣下ですか?何故?」
「ああ。エドワードとの婚約を報告しにね」
「はぁ、なるほど。エドとの婚約を・・・・・・・・・・」

そこまで言ってからブレダは途中で言葉を切り、
そして、側近達全員の叫び声が、ハモった。


「「「「婚約ぅ!?」」」」


叫んだ後、唖然とする側近達。
ざわめく外野。
だが、ロイはその様子を一瞥してから、不思議そうに首を傾げて見せた。

「そんなに驚く事か?」
「お、驚くなって方が無理ですよ・・・・・」
「そうか?だが、お前達は私とエディの事を昨日見て知っているだろう?」
「そ、それはそうですが・・・昨日の今日だし。それにしても、どうしていきなり『婚約』なんスか?」

大佐とエドって、付き合い始めたばかりなんじゃ?
そもそも、同性の結婚は認められていないから、『婚約』自体無効だと・・・・・?
・・・パニックに陥りかけながらも、ブレダは筋道通った会話にしようと必死に思考を巡らせた。

「それとも、エドが実は女だったとか・・・・・」
「誰が女みたいにちっちゃいって!!」
「エディ・・・落ち着きなさい、話がややこしくなるから。
――――――彼は確かに男性だよ?だから、大総統に会いに行くんじゃないか」

膨れるエドを宥めつつ、ロイはブレダに返事を返す。

「は・・・・・?」
「私達が大手を振って世間に認められるには、大総統閣下の力が必要だという事だよ」

同性でも婚姻が認められるように直談判に行ってくる。
その言葉に、部屋中の者があんぐりと口を開けた。
今度こそ思考を放棄したブレダの代わりに、ハボックが一つ唾を飲み込んで言葉を搾り出す。

「こ、婚姻・・・・・って」
「昨日も言っただろう?」



”秘める愛では我慢できない”――――――と。



そう答えると、ロイは悠然と微笑んで見せたのだった。



******



そして、呆然とした様子の側近達に見送られ、そのままセントラルに向かい、今に至るわけだが。
覚悟してきたものの、やはりこの人の前では少し緊張する。


『ニコニコ笑ってんのに、なんでこんなに得体の知れない怖さがあるんだ、この人は』


大佐も相当だけど、それより遥かに底が知れない。
・・・・・軍って、本当にヤなとこだよなぁ。
エドが心中でため息を吐いている間にも、ロイは大総統と腹の探り合いのような会話を続けていた。

「・・・と言う訳で、早速閣下に婚約の報告をと参上した次第です。
是非、この婚約が法的にも認められるようにお計らいいただきたいのですが」
「おお、もちろんだとも!早速法改正に着手しよう―――――先の約束通り、ね」
「ありがとうございます。・・・その件ですが、
あくまでも『閣下からの提案』ではなく、『私達からの嘆願』という事にして頂けないでしょうか?」
「何故だね?」
「つまらない見栄ではありますが、閣下にご提案いただいたというのは、男として少々情けないかと。
やはり、愛する者を幸せにする為の案は、自分から出させて頂きたいですからね」

それに、婚約に踏み切ったのが閣下からのご助言によるものと知れると、
二人の愛自体を疑う者がいるかもしれません。
この婚約そのものが『閣下の命令』ではないかと、そんな下種な勘ぐりを入れる者もいるでしょう。

そう言ってロイは苦笑して見せた。

『大総統の冗談のような提案のエサに釣られて結婚する』と他の者に知られるのは、いささかマズイ。
そう含ませつつも、大総統があくまでも『二人は愛し合っている』と信じている態度を崩さないので、
こちらとしてもその冗談に従う形で『愛し合ってる振り』のまま、ロイは願い出た。
それに、大総統は相変らず飄々とした態度でうむうむと頷く。

「なるほど。確かにそうかも知れぬな」
「ええ、それに・・・・・・」


私達が確かに愛しあって結婚をすると、信じて欲しいのですよ――――この世の全ての者に。


貼り付けた笑いを取り去り、ロイは大総統を見つめた。

「・・・・『この世の全ての者』に、かね?」
「ええ、『この世の全ての者』に、です」

なんびとも、騙し通したい。
返って来たそんな意の答えに、大総統はフッと笑いを漏らすと、『分った』と短く頷いた。

「ところで、式の日取りは決まったのかね?」
「いえ、まだです。この結婚には是非とも閣下にご出席いただかなくては。
ですから、閣下のご都合をお聞きしたいのですが――――――」


我々の結婚式に立ち会っていただけますか、大総統閣下。


そう確認してくるロイへの返事を一旦置いて、大総統はエドに振り返った。

「鋼の錬金術師。――――――君も、それでいいのか?」

ニコニコと聞いてくる大総統に、エドはふて腐れたような気分になる。

『なーにが ”いいのか?”だ!!
元々、あんたの訳わかんねぇ冗談のせいで、こんな事になったんじゃねぇか』

先ほどの緊張も忘れ、諸悪の根源からの質問に、ふつふつと怒りが湧いてきた。
もうここまで来たら、このたちの悪い冗談に乗っかるしかないが、
ただ従順に従うのは腹立たしい――――せめて、一矢報いてやりたい。
エドは一つ息を吸い込むと、にっこりと笑って見せた。



「はい、もちろんです!・・・なんてったって、これ以上ないってほどオレ達、愛し合ってますからね」



だから、閣下には是非とも盛大に祝っていただきたいです。
聞いたところによると、閣下は祝いまで下さるとか?
――――――――――― 一国の長から『祝い』。思いっきり期待させていただきますよ!

とびっきりの笑顔を貼り付けてそう言ってやると、
大総統は、面食らったような顔をしてから―――――――それはそれは豪快に笑った。

「ハッハッハ!!もちろん期待してくれたまえ!
先に約束したマスタング大佐への祝いの他に、君にも何か用意させてもらうよ?」

可笑しそうに笑いながら、大総統はロイへと振り返った。

「先ほどの返事だが、『花嫁』からの御所望もあったことだし、是非とも立ち合わせてもらうよ。
―――――詳しいスケジュールは、後ほど秘書の方から連絡させよう」

二人のやり取りに面食らって呆然としていたロイは、その言葉に我に返り。
『は・・・光栄です。連絡お待ちしております』
そう、立ち上がって敬礼したのだった。



******



大総統の『楽しみにしているよ』との言葉に送られ、大総統執務室から退出した二人は
大総統府を出て、セントラル司令部内を歩いていた。
二人を好奇の視線が追うが、気付かぬ振りで進む。


「なぁ。・・・いい加減その含み笑い、ヤメロ。」
「いや、すまない。―――――先ほどの君と閣下の会話を思い出すと、どうもね」


しかし、さすが鋼のだね。
『祝い』を確実にもらえるかどうか確認する所など、抜け目がない。
そのうえ、上乗せさせるのだからね・・・・・並じゃないよ。

クックッと笑いながら、顔を寄せて小声で話し掛ける様は―――――まさに、ラブラブ。
エドもロイがわざと周りに見せつける態度をとっているのに気がついているので、
顔だけは極上の笑顔を貼り付けながら、小声で悪態を返す。

「うっせー。アンタがちんたら回りくどい会話してるから、オレがズバッと言ってやったんじゃねぇか。
・・・こんな茶番に付き合わされるんだ、『祝いも冗談でした』じゃ、目も当てられねぇ」
「私も最後には確認するつもりだったのだがね・・・・・君のお陰で手間が省けてよかったよ」


しっかり者の婚約者が出来て、私は幸せ者だな。


ロイは、突如声量を通常に戻してそう言ったかと思うと、
エドの肩を抱き寄せて、こめかみの辺りに軽く口付けを落とす。
途端、周り中が息を呑むのが分る。
それにほくそえみつつ、エドを見ると――――
彼はギョッと固まった後、金魚のようにパクパク口を開閉させてから、上ずったような声をあげた。

「な、なにしてんだっ!?ここっ、どこだと・・・・・!」

明らかに本気でうろたえているエドの頬は、赤い。
それにクスクスと笑いながら、ロイは言葉だけで謝罪した。

「すまない、つい。―――君と正式に婚約できるのが嬉しくて、浮かれてしまっているようだ」

にっこりと笑いかけてくるロイに、エドは未だパニック状態。
『な、なに考えてんだ、この男は!!いくらなんでも、やりすぎだ〜〜〜〜〜〜〜〜!!』
芝居のことも忘れて、本気で殴ってやろうかと思った時に―――――後から声が掛けられた。

「マスタング大佐」
「・・・・?ああ、アームストロング少佐。久しぶりだな」
「お久しぶりです。エドワード・エルリックも久しいな」
「少佐・・・」
「先ほどからのなにやら微笑ましいお二人の様子に、驚きました。
我輩、知りませんでした。お二人がこんなに仲が良いとは!
・・・・・・・・ところで、先ほど『婚約』と言う言葉が聞こえたのですが?」
「ははは、聞こえてしまったのか・・・・・・小声で話していたつもりだったのだがな」


『何が、小声だ!・・・・・どうりで、突然普通に話し出したと思ったら』


ロイの言葉に、事情が飲み込めたエドは俯いて、ゲンナリとした表情でため息を吐いた。
・・・・・つまりは、少佐がいるのをみつけて、小芝居しだした訳か。
ったく、急に始めんなよ・・・心臓に悪いから。
――――――なんか、始める時の合図でも、決めた方がいいかなぁ?
そう思いつつ、エドは一つ息を吸って、顔を上げた。

「ロイ。まだ、大総統に報告しただけじゃないか。正式にはまだだから、あんまり人に言うのは―――」
「エディ。大総統の了解は頂いたんだ、正式と同じさ。――――それに、少佐にならいいだろう?」
「あの、どういうことでしょうか?」
「正式発表はまだなのだが・・・・・」

そう前置きして、ロイはアームストロングに耳打ちをする。
それを聞いた後、彼は歓喜に震えながら叫んだ。

「なんと!!お二人が閣下の承認のもと、婚約なされたとは!」
「是非、君にも式に来てもらいたいのだが・・・・・」
「もちろん出席させて頂きますぞ!!」


我輩、感動!!


思惑通り大声で婚約した事を口にした挙句、ぶあっと感動の涙を流すアームストロング少佐に、
ロイはニヤリと笑い。
エドは抱き潰しに来るのを警戒しながら、微妙にロイの後に後退した。
彼の感動が一通り収まった辺りに、ロイがまた声をかける。

「ところで、ヒューズは今日来ているか?」
「はい。ですが・・・中佐は只今出かけておりまして。まだ帰っておられませんが」
「ならば、帰ったら伝えておいてくれないか。話したいことがあるから会いたいと」

いつもの店に8時。――――そう伝えておいてくれ。

そう少佐に言付けて、二人はセントラル司令部を出て行った。
(ちなみに・・・・・二人の去った後、セントラル司令部が騒然となったのは、言うまでもない)



******



「なぁ・・・・・芝居はじめる時の合図とか、決めようぜ?」


セントラル司令部を出て、一旦、今夜宿泊するホテルを目指して歩きながら――――
エドは、先ほど思いついた提案をしてみた。
だが隣りを歩くロイは、そんなエドににべも無く首を横に振ってみせる。

「いらん」
「どうしてだよ!!突然始められると、こっちだって心の準備が出来てないから――――」
「だから、それがいいんだ」
「は・・・・・?」

エドが、ぽかんとした様子で聞き返すと、ロイはニヤリと笑って見せた。

「君が本気で戸惑う様が、相手に『真実』だと信じさせるのに役だつんだよ」
「なんだよ、それ・・・・・」
「演技に自信がないんだろう?いいから、言うとおりにしたまえ」

返された答えに、ムッとしてそっぽを向くエドに苦笑しながら、ロイは心の中で呟いた。


『なんてったって、うろたえて赤くなる君が可愛いからね』


だからこそ、周りは騙されてくれるんだが。
・・・・・でも、言ったら君は怒るだろうなぁ?

ロイは、クスクスと笑いながら、エドの髪をクシャリとかき混ぜた。



ヤメロ!!と拳を振り上げるエドと。
楽しそうに笑いながらそれを避けるロイ。



だが、そんな二人を道行く老婆が『仲睦まじいカップル』と微笑んで見送ったのは、
――――――――――ロイでさえ、気がつかなかった。




無意識に、ラブラブ(笑)
こ、今回詰め込みすぎな感もありますが―――(汗)
でも・・・・これでとりあえず側近達もクリア。大総統に報告も完了。・・・ついでに少佐もクリア(笑)
次はヒューズさんに行きたいと思いますv
――――この話のヒューズさんは、亡くならない方向で行きます。


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