店のドアをくぐって、視線をカウンターに走らせる。
すると、カウンターの左端辺り。いつもの定位置に奴の姿があった。
あちらも気がついたらしく、こっちに向かって軽く手を上げる仕草。
それに答えるように、ロイはそこに向かって歩き出し、隣に座って久しぶりの悪友の顔を見つめた。




『理想の結婚』 <その2 ”攻防戦”>・・・7




「よお」
「突然すまんな。奥方には言ってきたか?」
「もちろんだ。だが、今日はエリシアと風呂に入る約束してたのに、反故になっちまったぞ?」
「それは悪かった」
「ちっとも悪そうな顔してねえよ、大佐殿」

不満げにそう言ったヒューズだったが、すぐに『まぁ、いいや』とため息をついて、
カウンターの向こうにいるバーテンダーにお代わりを頼む。
ロイも酒を頼んで、二人グラスを合わせる。

カチン!という軽い音の後、ヒューズは早速とばかりに切り出した。

「婚約したんだってな?」
「ああ」
「親友のオレにも内緒でなんて、友達がいのねぇ奴だ」
「だから、今報告しにきたんだろう?」
「報告がおせーよ。―――――相手、エドだって?」
「ああ」
「おめでとうさん!・・・・・・という前に、一つ聞きてぇんだけどさ」


何の冗談だ?


半ば呆れが混じったような声色でヒューズはそう聞いてくる。
ロイは、エドが言うところの『胡散臭い笑み』でそれに答えた。

「冗談なんかじゃないさ。至極真面目な話だよ」
「結婚なんて人生の墓場だとか言ってなかったか?」
「愛を知る前のおろかな戯言など持ち出してくれるな・・・・・今は欠片も思わんよ」
「愛、ねぇ・・・・・」

しれっと答えてグラスを煽る友を見つめて、ヒューズは顔をしかめる。

「大総統に面会に来たそうじゃねぇか」
「ああ。エドワードとの事を正式に認めて欲しくてね」
「んで、認められた・・・と?」
「ああ」
「あの方は面白いものが好きだからな。自分が楽しいと思えば何でもOK!な、困ったおっさんだ」
「馬鹿者。こんなところでおっさん呼ばわりする奴があるか」
「ははは。―――んで、その面白いもん好きの大総統閣下が面白カップルの婚約を認めてくれて?」


そして――――面白いものを見せてくれる礼に、お前に何をくれたんだ?


今までの飄々とした雰囲気が消え、親友の顔には真実を話せとの鋭いまなざしがあった。



******



そのころ、エドは眠い目をこすって起き上がり、弟に電話を入れていた。


「あ・・・・・アル?オレ」
『兄さん?どうだった!?』
「あ、うん。大総統には認めてもらった」
『そっか!!おめでとう、兄さん!』
「・・・・おめでとうって・・・その、お前はそれでいいのか?」

おずおずと言った感じのエドの言葉に、電話口からクスクスと笑い声が聞こえた。

『いいのか・・・って、何を今更?それとも反対して欲しいの?』
「いやー、その・・・」

反対されても困るのだが、本意の婚約ではないので『おめでとう』などと言われると複雑だ。
だが、そう言うわけにもいかず、エドははっきりしない答えを返した。
それをアルフォンスは『自分に遠慮している』と取ったようで、苦笑したような声が耳に届く。

『僕に遠慮してるんだね』
「え!?いや・・・・」
『兄さんの事だから自分だけ幸せになるのに抵抗があるんでしょ?
でも、そんな風に考えないで欲しいな』


兄さんが幸せになってくれたら、僕も嬉しい。
兄さんの幸せは、僕の幸せでもあるんだ。


邪気のないアルの言葉に、エドは声を詰まらせた。
それに気がついたアルは『兄さんったら、感激しちゃって声も出ないんだね』などと勝手に思い込み、
照れくさそうに『じゃあね、義兄さんにもおめでとうって言っといて』と言って、電話が切れた。
ツーツーという音が受話器から聞こえてきたが、エドはそのまま固まっていて。
そして、しばらくした後やっと受話器を置くと、重いため息をついた。

『アル、ごめん・・・・・』

信じきっている弟に、罪悪感が増す。
『でも、この嘘はお前の為なんだ』
エドは心の中でそう呟いて、うなだれた―――――

疲れたので弟の声を聞いて癒されたいと思い、受話器をとったのだが
かえってダメージが大きくなってしまったエドは、よろよろとバスルームに入っていった。



******



「この婚約に裏などないよ。だから別にみかえりなどはないが・・・祝いはくれると言っていたな」


鋭い眼光にひるむ様子もなく、ロイはまた一口酒を口にして、そう言った。

「何をだ?」
「さあ?」
「ロイ!」
「当日まで内緒、だそうだ。私も知らん」

なにせ、閣下は悪戯好きだからね。予想もつかんよ。
ロイはそう言って笑って見せたが、友は剣呑な表情をやめなかった。

「ロイ・・・・・オレはお前のやる事なら、大抵後押ししてやりたいと思ってる」
「ありがたいと思っているよ」
「理不尽なことでも、お前がそう決めたのなら、俺は手助けしてやりたい」

何せ、お前の目指す道は困難を極めていて、奇麗事だけじゃ進んでいけないのを知っているからな。
ヒューズはそう言うと、剣呑な視線をやめて苦笑して見せた。

「ヒューズ・・・」
「結婚だって、本当はオレのように好きな女と安らげる家庭を作って欲しいとは願っているが、
政略結婚だとしても、それをお前が選んだのなら仕方ないと思っていた」
「・・・・・・」
「だが――――――――――アイツは、駄目だ」

あの兄弟を巻き込むな。
そう言って再びヒューズはロイを睨みつけた。

「あいつ等は自分達の事で精一杯だ。必死に歯を食いしばって進んでる」

そんな子供に、お前の重たい荷物を更に乗せるつもりか?
そう諭すように言う友の顔を見つめて、でも表情を変えることなくロイは口を開いた。

「・・・・・ずいぶん肩入れしてるじゃないか?」
「子供は国家の宝だ!!『よその子もわが子と同じ愛の手で』という標語を知らんのか!」
「子煩悩なお前らしい・・・・・・だがな」


あれは、もう子供ではないよ。


ロイはそう言って、グラスを傾ける。

「まぁ、年齢的にはまだまだお子様だし、お前の気持ちもわかるがね。
お前にとっては庇護するべき子供かもしれないが、俺にとってもう彼は子供ではない」

確かにまだ幼さも見えるが、彼は自分で考える事が出来る。
考えて、選んで、自ら足を踏み出し進んでいくことの出来る人間だ。


「俺はそんな彼を人間として尊敬している」


そう言ってこっちを見つめるロイに、ヒューズは複雑な顔をした。

「尊敬、ねぇ」
「ああ。――――――――そして、その尊敬が愛に変わったんだ」

だから婚約した。
まぁ、急激な気持ちの変化だったのでね、お前が戸惑うのも無理ないな。
そう笑うロイに、ヒューズはまだじとっと不信な視線を送る。

「ほんと、急激だな。・・・・・・・この前までは散々子供扱いしてからかっていたくせに」
「ははは、実は今でもからかって怒らせてしまう時があるんだ・・・怒った彼の顔が可愛くて、ついね」

そう言うと、ロイはクスクスと本当に可笑しそうに笑った。
ついさっきもからかって怒らせたばかりなので、その事を思い出してしまったのだ。


『怒った顔が可愛い・・・と言うのは、本当だ』


普通にからかって、髪を猫のように逆毛立てて怒るのも可愛いが、
色っぽいネタを振った時、対応し切れなくて真っ赤になって絶句して。
そして、フリーズ状態が解けてから赤面したまま拳を振り上げて怒るのが、また格別に可愛いい。

思い出して顔を緩め――――――――クックッとひとしきり笑うロイ。
それを見て、ヒューズは一瞬、目を見開いた。
だが、それを見逃したロイは、もう一押しとばかりに笑いを収めてとっておきのネタを振った。


「お前に反対されようとも、俺はこの愛を貫くつもりだ」


こいつには効かんだろうなーと思いつつ、切なげな表情を作る。

「だが、やはり親友のお前に認めてもらえないのは寂しいよ。
――――――――――――――お前が俺達の結婚式に来てくれると言うのなら、
是非可愛いエリシアに花束贈呈の役を頼みたかったのだが」
「花束贈呈っ!?」
「ああ。その礼も兼ねて、エリシアの当日用のドレスは私がプレゼントしようと思っていたんだ」

セントラルのマダム・マーシェの店を知っているか?そこのオーダーメイド。
普段も可愛いエリシアだが、マーシェのドレスを着たらまさに天使のように違いないだろう?
私達の結婚式に相応しいと思ったのだが。


――――――残念だよ、ヒューズ。


そう言ってため息と共に首を横に振るロイ。
が、次の瞬間、彼の右手は無骨な男の両手にがっちりと掴まれた。

「友よ!もちろん俺は出席させてもらうぞ!!」
「ヒューズ・・・・・いいのか?」
「ああ、もちろんだとも!!親友であるお前の結婚式に、俺が出なくて誰が出るって言うんだ!?」

満面の笑みを浮かべたヒューズは、掴んだままだったロイの右手をぶんぶんと振って握手した。

「おめでとう、友よ!祝福するぞ!!」
「ありがとうヒューズ。お前に認めてもらえて嬉しいよ」
「ああ、結婚式は歴史に名を残すような素晴らしいものになるぞ。
俺の天使ちゃんがお前の門出に華を添えてやるんだから、間違いない!」

結婚式はいつにするんだ?断然楽しみになってきたぞ!!
ああ、でもその前にエリシアちゃんのドレスを作らないとな、お前ちゃんと電話しておいてくれよ?
デレデレに頬を緩める半壊状態のヒューズに、ロイはニコニコと愛想良く頷き。
そして二人は和気藹々と酒を酌み交わした。



しばらくして、ロイは席を立った――――――

「ではな。あんまり遅くなってエディが拗ねてしまうといけないから、帰るよ」
「なんだ〜?早速惚気か!?惚気なら、俺もまけんぞ〜!!」
「では、今度会ったら惚気勝負だな」

受けてたつよ。
ロイはニヤリと笑うと、店を出ていった。
それに機嫌良く手を振って応えたヒューズだが―――――ドアが閉まった途端、その表情は一変する

笑いを収め、ガリガリと頭を掻いて、ため息をついた。


「―――――何考えてやがんだか、あの馬鹿は」


アイツが本心を隠すのはいつものことだが、それでも俺が聞けば答えてくれていた。
ストレートに言わなくても、言葉の端に匂わせて吐露したりで、気持ちを汲み取る事が出来ていた。
が、今日に限っては、匂わせる事もしない。
『愛』だなんて言葉に俺が納得しているわけないと分かっているだろうに、
今回は暗に匂わせることも、口を割る事もないまま帰っていった。

『何か事情があるんだろうが』

俺にまで隠さなくてもな。ほんと友達甲斐のない奴だ!!
ヒューズは少々腹正しくなって、フンと鼻をならした。

それに、あの子供の事を心配してるのは本当の事だ。
こんな世界に足を突っ込んでしまったのだから、ある程度は覚悟できているだろうが、
なるべくなら大人の汚い事情なんかにまき込ませたくない。
だから、最初は断固反対しようと思って来たのだが・・・・・

『だがな・・・・・・・・あの顔がな』

エドの事を思い出して笑った友の顔。
それは、ずっと近くにいた自分でさえ、見た事がないような顔だった。


『お前は、あの時自分がどんな顔をしていたか・・・・・・気がついていたか?』


もう帰ってしまった友に、心の中で問い掛ける。
どうやらこの結婚は、アイツ自身が思いもよらないところに転がっていくかもしれない。
それが、吉と出るか、凶とでるか――――――今はまだ、予想がつかない。


「もうしばらく、様子を見てみるか・・・・・」


結局俺はなんだかんだいって、アイツに甘いのかもしれないな。
心の中でエドに『悪ぃな』と頭を下げながら、ヒューズはため息を吐いた。



******



「納得・・・・・・・してはいないだろうな」


ロイは苦笑しつつホテルの廊下を歩いていた。
どのみち、あの男を本当に騙すなど無理なのだ。
だが、エドワードとの約束があるから、真実を言うわけにはいかない。
だから此方が本心を言うつもりはないとの意思表示で、煙に巻いた会話で終わらせた。
聡い親友は心得ているから、騙された振りで今日は許してくれたようだ。

「信じさせるのは無理だったが、言っていないのは事実だし。彼との約束も何とか果たされただろう」

そう呟いて、ロイはルームキーをとりだし、部屋のドアを開けた。

薄明かりがついたままの室内を進み、辺りを見まわす。
エドの姿はソファーにはなく、ベットの方に視線を走らせると、大きなベットに小さなふくらみ。
覗き込むと、布団に半分顔を埋めるような感じでエドが眠っていた。

「割と、静かに寝ているな」

アルフォンスが、常々『兄は寝相が悪い!!』とぼやいているので、
半分ベットから落ちかけているのを想像していたのだが。
今のエドはびっくりするほど大人しく、でかいベットの端っこに丸くなって眠っている。

『ふむ。寝顔は可愛いな』

頬に手を伸ばすと、むぅと眉を寄せて鬱陶しそうに寝返りを打つ。
だが、よほど疲れているのか、やはり目を覚ます事はないようだ。
なぜだかずっと見ていたいような気分になるが、ロイもやはり疲れている。
シャワーは明日にして、今日はもう寝ようと服を脱ぎ、下着だけになってベットカバーを捲った。

だが、カバーを捲ったロイの手が止まる。
その表情は、少々、困惑。

特に着替えも持たずにきてしまったので、
エドワードの事だからタンクトップとパンツで寝ているのだとロイは思っていた。
だが、カバーを捲ってみたら・・・・・・・エドは、バスローブのままで。
しかも、先ほどはずいぶん大人しく寝ているなと感心したのだが、
それは散々動いた後で落ち着いただけだったらしく・・・・・・・バスローブは見事に寝乱れていて。
襟は、二の腕の辺りまでずり下がり、
裾は、左横向きで寝ているため、上になっていた生身の右足の太ももあたりまで捲くりあがっている。
そのまくりあがり具合から推察すると、かろうじて見えていないが下着はつけていないと思われた。


「・・・・・・・誘っているのかね?」


いや、自分にはそっちの趣味はないけれど。
ついつい、ロイの口からはそんな台詞が漏れた。
そして、まじまじとエドの寝姿を見て――――――――妙に感心してしまった。


さすが、軍部内アイドル。
なんだか、写真を撮って売りさばいたら一財産稼げそうな勢いで、色っぽい。

しばし唖然とエドの寝姿を見入っていたロイだが、不意にエドの唇が動いた。


「大佐・・・・・」


不覚にも、少し心臓が跳ねた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・の、スケコマシ。エロエロだいまおー」


それだけ言うと、むにゃむにゃと口を動かしてエドはまた眠りについた。
またしてもしばし唖然としていたロイだったが。



「・・・・・・未来の夫に対して、いい度胸じゃないか」



ヒクリと顔を引きつらせ、顔に怒りマークを浮かべるロイ。
脱ぐつもりのなかったアンダーシャツに手をかけ、上半身裸になってベットに潜り込む。
そして、スース―と気持ちよさそうに眠るエドの体を抱き寄せた。


「期待にはこたえんとな?」


意地悪な声色の台詞を言うロイの顔には、
エドの言うところの、『だいまおー』な表情が浮かんでいた。




ヒューズさん編終わった〜!
前回短かった反動か、かなり長くなってしまいましたっ;
最後なんて、必要ないかな―と思いつつ(またか・・・)ノリノリで書いてしまったよ(笑)
あ、うち・・・ほのぼのサイトですからね?


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