『あったかい・・・・・・』
まどろみながら、エドはぬくもりを感じてふわりと笑った。
ああ、これ・・・・・母さんだ。母さんが抱きしめてくれている。
これは――――――――大好きな母さんの夢だ。
時々見る、母の夢。幼い頃の記憶。
おぼろげながら、『これは、たまに見る心地の良い方の夢なのだ』との認識で、
エドは甘えるように、その胸に擦り寄る。
『母さん・・・・・あったかい』
このごろ悪夢ばかり見ていたから・・・本当にこんな夢は久しぶりだ。
嬉しくなって抱きつけば、こちらを抱く腕に力が込められて―――エドは、その心地よさに微笑んだ。
大好きな母さん。
優しくて、あったかい・・・広い胸板。
抱きしめてくれる腕は逞しくて・・・筋肉質、で?
えーと、・・・・・・・擦り寄れば香る、男性物のオードトワレ。・・・って―――――
・・・・・・・あれ??
違和感に、エドはまだ重い瞼を何とか開けた。
一瞬カーテンの隙間から射した朝のまぶしい光に目が眩み、一度目を閉じる。
少し俯くような仕草で再度瞳を開くと――――――そこは肌色。・・・人の、肌。
『これって、母さん・・・・・・なわけねぇな』
母さんには当然ながら胸がある。
これはあったかいけど・・・・・まっ平ら。
しかも、体温を感じられるって事は、夢じゃなく現実で。
――――――――――てぇことは?
だれ?
誰か知らんが、素っ裸の『男』に抱きしめられている。
夢の中から覚醒しだしたエドは、その事実に血の気が引く。
青くなっていると―――――動揺するエドの頭上から、見計らったかのように声が降りてきた。
「目が醒めたかい、エディ?」
『エディってことは・・・・・』
恐る恐る顔を上げて。
――――――――――そして、エドは声にならない悲鳴を上げた。
『理想の結婚』
<その2 ”攻防戦”>・・・8
あまりの衝撃に、呆然と目の前の男を凝視する。
思わず悲鳴をあげた・・・・・つもりが、それは音にはならず。
金魚のように口をパクパクさせていると、男は朝に似合わぬ艶っぽい視線を寄越した。
「昨夜は素敵だったよ・・・・・・・体は大丈夫かい?」
理解できぬ言葉に・・・唾を一つ飲み込み、引っ付いた喉を何とか剥がして声を搾り出した。
「す・・・・すてき??大丈夫って・・・なに?」
「・・・・・・・・・覚えていないのかい?」
・・・覚えてない。
声には出さなかった返答が、それでも顔には出たのだろう。
ロイは落胆の色を浮かべて表情を曇らせた――――
「何てことだ・・・・・君の態度を見て、私は合意だったものだと・・・」
「ご、合意って・・・・・・・まさか!?」
エドは改めて自分の置かれた状況を把握するため、視線を走らせる。
ここは、ホテルのスイートルームのベットの上。
ロイの格好は、シーツで隠れている部分以外は―――――裸。
恐る恐る自分の姿を見ると・・・・・・寝乱れて何も着てないに等しい、バスローブ姿。
そして、ロイの腕はしっかりとこちらの体に絡み付いていて。
自分はと言えば、その片腕に頭を乗せている―――――いわゆる『腕枕』状態で。
状況確認して益々顔面蒼白になり、だらだらと冷や汗を垂らすエド。
くらくらと眩暈までしてきた辺りに、追い討ちをかけるようにロイが呟いた。
「謝って済む事ではないが、すまない――――」
「・・・・・っ」
ロイの謝罪に息が止まる。
この、普段は『何様だよ、お前?』みたいな男が頭を下げるって事は・・・・・・やっぱり!?
今度こそ気が遠くなりそうになったエドの意識を取り戻させるかのように、
ロイはエドを抱いたまま体制を変えた。
圧し掛かるように上になったロイを、エドは慌てて下から見上げる。
すると、そこには熱を帯びたような深い黒の瞳が見えて・・・・・・・思わず息を呑む。
驚愕するエドの頬をスルリと一つ撫で、ロイは顔を寄せて呟いた。
「こうなれば・・・・・・責任をとるよ」
「へっ・・・責任?!」
「いや、そんな言い方はそぐわないな。なにせ、私はたった一夜で君に心を持っていかれたのだから」
「・・・・・た、たい!」
近づく体を押し返そうと、彼の胸に手を当てて突っ張る。
だが、ロイはそんなエドの手を取って、愛しげにそっと口付けた。
「これより先――――私は、君だけを愛すよ」
「ひっ・・・・・・・・・えっ!?」
口付けの感触に小さい悲鳴を上げて固まった後、エドは驚いて聞き返す。
すると、すぐ目の前にある黒い瞳が、再びじっとこちらを見つめた。
「もうこの瞳は君以外を写さない、君一人を見つめつづける・・・・・・君だけを」
「たい・・・さ・・・・」
「・・・『仮』などではない、本当の夫婦になろう」
――――エディ・・・私の妻。
耳元に囁かれて、体が震える。
見つめていた黒い瞳が閉じられて、唇が近づく。
逃げ出さなくてはいけないのに、先ほどの囁きに体が痺れた様に動かない。
『何でこんな事にっ・・・?ど、どうしよう!?誰か・・・・・・・・・!』
パニック状態で誰かに助けを求めようとして、口から出た名前は。
「や・・・・たいさっ、まって・・・―――――――――――――――――アル!!」
そのままぎゅっと目を瞑って。
だが、少し経っても触れられる感触がなくて。
恐る恐る目を開けようとした時―――上から、呆れたような声が降りてきた。
「君・・・・・・ブラコンも大概にしたまえよ?」
「へっ・・・・・?」
目を開けると、声と同じく呆れ顔のロイがいて。
「ベットで、情事の最中に弟の名前なんか呼ばれてみろ。
相手が男だったら確実に萎えるし、女だったらフられる事間違いなしだぞ?」
そんな事じゃ、恋人などいつまでたっても出来ないぞ?
・・・・・先ほどの熱っぽい艶は何処に仕舞ってしまったのか?
いつものような嫌味臭い科白に、エドはあっけにとられて瞬きをする。
呆然とするエドの上から体をずらし、上半身を起こして彼の隣に座って。
ロイは上からエドを見下ろしつつ、言った。
「それにしても、さすが軍部内アイドル。男とはいえ、なかなか色っぽいじゃないか?」
本気で試してみればよかったかなぁ、夕べ。・・・・・惜しい事をした。
ニヤリと笑ってそんな事を言うロイに・・・やっと、からかわれたのに気がついて。
エドはわなわなと震えつつ、湯気が出るほど顔を真っ赤にして叫んだ。
「・・・こんのっ、根性悪男〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
優雅な三ツ星ホテルのスイートルームに、
今度こそ絶叫が響き渡ったのだった――――――
******
そんな、(エドにとっては)疲労困憊な朝を経て――――ロイとエドはイーストシティに帰ってきた。
待っていたのは最後の難関、ホークアイ中尉。
司令部の入り口で軽く火花を散らした後、執務室に移動して――――そして、今に至る。
「―――それにしても、ずいぶんと趣旨がえなさったのですね?『女性こそ至上の存在』などと
おっしゃって憚らなかった貴方が?」
「真実の愛の前では、男だとか女だとか・・・そんなものは些細なモノという事だよ」
「真実の愛・・・・・・・・ですか?
私には、少年を騙して何かを得ようと企む、極悪非道な大人にしか見えませんが?」
「ははは・・・・・我が副官殿は相変わらず手厳しい」
ロイとリザの攻防を眺めながら―――エドは冷や汗を掻きつつ、こっそりため息を吐いた。
クールに鋭い突っ込みを浴びせるリザと、それをのらりくらりとエセくさい笑顔で交わすロイ。
ハッキリ言って・・・・・・・・・・不毛な戦いである。
エドはもう一つため息をつくと、コートを脱ぎ捨て、
中尉に貸してもらったタオルで、僅かに湿った髪を乾かした。
・・・ついでに、上着の留め具を外し襟を緩めて、首筋に浮かんだいやーな汗をさりげなく拭う。
『オレとしては、中尉を応援したいところだけどな』
たちの悪いからかいを受けつづけている身としては、
自分を性悪男の毒牙から守ろうとしてくれている彼女を、力を込めて応援したい。
だが、ロイと共犯の身の上としては、そんな訳にも行かず・・・・・
かといって口を挟める余地もないので、只々黙って二人を眺めるしかない。
『それにしても、中尉って・・・本当に良い人だよな』
最初はクールな物言いに『怖い人』の印象が強かった。
だが、付き合っていくうちに彼女の優しさや慈愛の心が見えて―――
それからは、母のように姉のように慕うようになっていった。
慕う心以外にも、いつも凛として己の信じる道を進む彼女に尊敬の念を抱いている。
そんな彼女が、自分を心配して上司に食って掛かってくれている。
・・・・・・それは、『じーん』としてしまいそうなほど、嬉しい。
「・・・・・いったい、君は私達の結婚の何が気に入らないんだね?」
「全てです」
「大総統閣下も承認してくださったのだよ?」
「閣下が承認されても、私は承服できかねます」
私は断固反対させていただきます!
きっぱりとそう言い放つリザを『カッコイイv』などと、感動の面持ちで見つめつつも・・・
エドは感じた違和感に首を捻った。
『・・・・・でも、こんなに風に怒ってる中尉って、意外と珍しいかも?』
クールに背筋が凍る笑顔で切って捨てる様は、よく見かけるけれど。
でも、今回はどこか感情的というか・・・・・
相変わらずクールな言動ではあるが、言葉の端々に苛立ったような感情が見え隠れする。
『中尉もこんな風に怒るんだ・・・・・』
それほど、この結婚に反対なんだろう。
中尉・・・・・こんな、たまにしか会えないようなオレの為に。
エドは再び感動しつつも・・・・・・何かが、心の中に引っかかった。
『いや、でも?・・・・・オレなんかが中尉にこんなに思われてるなんて、おかしくないか??』
二人の攻防を見ながら、手持ち無沙汰だったエドの思考は―――この時、変な方向に進み出した。
突如浮かんだ考えに、エドはにわかに顔色を変える。
確かに普通の結婚じゃないから、反対するのは当然だとしても・・・
しょうもない上司を諭すような言いかたじゃなく、こんな風に感情的になるなんて?
もしかして?
もしかして――――!?
エドは唾をひとつ飲み込んで、そして口を開いた。
「中尉・・・・・・・・そんなに、オレたちの結婚に反対なんだ?」
今まで黙っていたエドが急に声を掛けた事で、大人二人は同時に振り向いた。
そこには、何処か困惑したような、子供。
「エド君?」
リザが声を掛けると、エドは目を泳がせて・・・
少しして―――――意を決したように、言った。
「もしかして――――――――――中尉って、大佐の事・・・・・・・・・・・・好きだったの?」
・・・・・はい?
ロイとリザは、それぞれ心の中でそう聞き返した――――
また、無駄にいちゃいちゃしております(笑)
さらっと流して良いところに時間をかける・・・愚の骨頂かもしれないと思いつつ、叫びたい。
だって・・・・・・・・そこが書きたいんだもの!!(爆)
所詮、腐女子なサイト。
思う存分好きな道を突き進みたいと思います(笑)