「こら、起きないか!!」


聞こえてきた怒鳴り声に、エドはゆっくりと瞳を開けた。
そこには、不機嫌そうにこちらを見下ろす・・・・・ロイ。

「あ?・・・・・オレ、寝ちまったのか。・・・・・・おはよ」
「おはよ、じゃない!!これはなんだ!?」

指差された先に視線を向けると、昨夜自分が食い散らかした食べ物の残骸が見えた。

「あ、片付けンの忘れてた・・・ワリ。つか、ここん家ろくな食べ物ねぇぞ!!」
「碌な物がないだと・・・・・?届いたばかりの、最高級ハムとチーズを食い散らかしておいて!」

アレは、数が少なくてなかなか手に入らんのだ!昨日やっと届いたのに・・・・・・!
悔しげにそう言い捨てるロイに、エドはきょとんと瞬をする。

「そうなのか?・・・・・そう言われてみれば、美味かったような・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・気がする?」
「〜〜〜〜〜っ、しかも味がよく分からん奴に食べられたくない!!」
「うっせーな!大佐のくせにケチケチすんな〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

責められたエドは逆ギレ気味に言い返し。
言い返された方のロイは、更に怒り心頭。

「それが人の楽しみにしていた物をひとかけら残らず食べた奴の態度か!?せめて、謝れ!」
「やなこった!」
「この豆!」
「言っちゃならん科白を・・・やるか!?この無能!!」

ぎゃ―ぎゃ―わいわいと、この家に今まで響いた事の無いような怒鳴り声が響く。
そんなこんなで・・・・・・・朝っぱらから低次元な喧嘩をしつつ、この日の朝は始まったのだった。




<理想の結婚・番外編@> 『お味はいかが?』・・・2




「ああ、あのチーズ・・・このチーズの100倍はうまかったはずなのに・・・・・・」


ロイは頼んだモーニングの皿に添えられたチーズを口に入れながら、ため息をつく。
その呟きに、エドの額に怒りマークがいくつも浮かんだ―――――



朝っぱらから喧嘩をしてしまった二人だが・・・・
ロイは今日も出勤だったため、司令部に向かわなくてはならない。
エドも、頼んでいた資料が朝一で届く日だったため、司令部に用がある。
そのため・・・・・喧嘩しつつも、仲良く(?)一緒に司令部に向かうことになった。

『ったく・・・・・まだ早いのに』
『途中で飯食わなきゃだろ?』
『私はいつも食べていない、一人で行け』
『は?軍人なのに!?だからアンタ書類整理が遅いんだ!
脳みそにブドウ糖が足りないから無能なんだ!』
『やかましい!集中しすぎて飯を食い忘れて、夜中に人んちの冷蔵庫荒す奴に言われたくない!』
『てめぇが「勝手に食え」っていったんじゃねーか!』
『覚えてない』
『この寝ボケ男!!いいから、つべこべ言わずにとっとと行くぞ!!』
『何でそんなに一緒に行きたいんだ?――――――やっぱり君、私を愛・・・・・?』
『ドアホ!!・・・・・金持ってこなかったんだよ。婚約者だろ?飯奢れ!!』
『・・・・・・・・・・・・・・・愛じゃなく、金なのか』
『あ、あそこのカフェ!モーニングサービスやってる。入るぞ!」
『こら、引っ張るんじゃないっ』

――――歩きながらそんな会話が交わされて、今に至る。



「オレは『後で文句言うなよ』って、ちゃんと言ったぞ!」
「それも、覚えてない」

パンをちぎりながらしれっとそう答えるロイに、エドはムッと顔を顰めた。

「アンタ寝起き悪過ぎだ!」
「――――美女がキスで起こしてくれるなら、すぐに起きれるんだがなぁ」
「ケッ!言ってろ。・・・・・でも、アンタさぁ・・・軍人としてそれ、どうよ?」

仮にも『大佐』だろ?寝てる時、命狙われたっておかしくねぇ立場だろ?
ベーコンをフォークに刺しながら、そう呆れたようにエドは返す。

「殺気があれば、起きれるよ」
「ほーう、殺気・・・・・ねぇ?」
「・・・・・なんだ?」
「なら、結婚したら・・・オレが家にいる時は、毎日殺気を漲らせて起こしてやろうか?」

右手で毎朝そのスカした面、狙ってやるよ?
そうニヤリと笑うエドに、ロイはげんなりとした顔で手を振った。

「毎朝そんな起こされ方はごめんだよ・・・どちらかでと言うなら、キスの方で起こしてくれたまえ」
「美女じゃねぇから、できません」

ぴきっと青筋を立ててそう言い放つと、エドは最後に残っていたベーコンを頬ばり・・・
空になった皿を横に押しやって、デザートにと単品で頼んで置いたプリンを引き寄せた。
『これ以上アホな会話してられっか!』
そう心の中で吐き捨てると、プリンを口に運ぶのに専念する事にしたエドだった。



そのままむぐむぐと平らげていくエドを、ロイはじっと見つめていたが―――
最後の一口を食べようと口元に運んだ時、不意に口を開いた。

「エディ・・・・・ちょっと」
「?なんだよ・・・・・?」

ちょいちょいと指で呼ばれ、身を乗り出して少し近づく。
『なに・・・?』
そう問いかける前にスプーンを持つ手に重ねられる、大きな手。

「大佐・・・・・?」

それに驚きつつロイを見ると――――――じっとこちらを見つめる、漆黒の瞳。
吸いこまれそうな黒に、一瞬息が止まる・・・・・・
息を止めて見つめるエドの顔に、ロイの顔が近づいた。


「た、たいさっ・・・・!?」


逃げようと身を引くが、重ねられた手に力が込められ、それを止められる。
ますますロイの顔が迫り、鼻先が触れそうなほど近づいて・・・エドは思わず目を瞑った。
吐息が感じられる近さで、ロイは呟いた――――


「頼みがあるんだ・・・・・叶えてくれるかい?」


ロイのもう片方の手が、エドの頬を滑る――――

「エディ・・・・・お願いだから、頷いてくれないか?」
『ひっ』

今度は耳元に囁かれ―――― ロイの声に弱いエドは、逃れたくてついこくこくと頷いてしまう。
それに、満足そうに微笑んだロイは、もう一言呟いた。

「一口、くれ」
『・・・・・は?』

聞こえた科白に、思わず目を開ける。
だが、声を出す前にスプーンを持つ手に振動が伝わって。


ぱくん。


「へ・・・・・?」

一瞬の事に、エドはパチクリと瞬きをする。
ロイの唇が咥えたもの・・・・・それは、エドのスプーン。
少しして、唇がスプーンから離れ、手も放されて。
自分の手に握られているスプーンを見て・・・・・・また、唖然。
スプーンの上には、当然何も乗っていなかった。


「・・・・・プリンなんて何年振りだろう?私には、ちょっと甘すぎるな」


ロイの呟きを聞きながら、エドのスプーンを持っている手がぷるぷると震える。

「どうした、エディ?」
「・・・・・・てめぇ!?オレの最後のプリンを!」

激昂して噛みついてくるエドに、ロイはしれっといった。

「だから、『くれ』っていったじゃないか?」
「いいなんて言ってない!」
「いや、君は頷いてくれたよ?何度もね」

そう言われて、先ほど意味も分からず頷いてしまったのを思い出す。

「あ、あれはっ・・・卑怯だぞっ!オレ、最後の一口楽しみだったのに!!」
「それは申し訳なかったね?食べ物とはいえ『楽しみにしていた物を奪われる』のは、悲しい事だ」



すまなかったね。



芝居がかった悲しみの表情でそう言われ・・・・・・エドは、ぐっとつまった。
これはもしかして、もしかしなくても・・・・・・・仕返し?

「アンタ・・・・・大人気ないぞ!」
「おや、そうかな?私はちゃんと非を認めて謝ったが・・・それが、大人気ないかい?」

悪い事をしたら、謝る・・・・・当たり前事だと思うが?
・・・まぁ、昨今、その『当たり前』のことが出来ない者が多いと聞くからなぁ。
―――――――わざとらしくそう言うロイに、ムカツクものの、ぐうの音もでず・・・・・・



「・・・・・ユウベハカッテニタベチャッテゴメンナサイ」



抑揚のない声ながら、とりあえず謝罪の言葉を言うエドに―――ロイはにっこりと笑った。


「ん?なんだ、そんな事を気にしていたのかい?
――――――愛する君になら、あげられないものなんてないのに?」


君になら全てを捧げられるよ、エディ。

ニヤニヤとエセくさい笑いで笑うエドに、エドは怒り心頭。
今度こそ右手で拳を作った時に、ロイが小さな声で呟く。

「見てるな・・・・・」
「え?」
「窓の外」

言われて、チラリと何気ないふうに様子を窺うと――――――窓の外には複数の女性達。
こちらを見ながら、ひそひそと何かを話しこんでいる。
視線を戻して瞳でロイに聞くと、『同業者だよ。経理だな』との答え。

途端に、エドの顔色が悪くなる。

「オレ・・・・・・あの人達を敵にまわしちゃったのか?恨まれてる?」
「なぜ?」
「オレ・・・・・アンタの婚約者になっちゃったから。
アンタの今の恋人やら、以前に手をつけた女やら、アンタの外面に騙されてる女やら・・・・・
ここいら一帯の女、敵にまわしちまったんだろ!?」
「君・・・・・私のことをなんだと思ってるんだね」

さすがに呆れながらも、ロイは本気で顔色を悪くしているエドの手をもう一度取る。
その仕草に、エドはギョッとしたようにロイを見つめた。


「お、おいっ!刺激すんなよ!?狙われるのはオレのほうなんだぞ!」
「彼女らは大丈夫だよ」


言ったが早いか、ロイはすばやくエドの手に口付けを落とす。
―――――途端、窓越しでも聞こえる・・・歓声。



「ほら、喜んでる」



呆然としながらも、エドは首を傾げて聞き返す。

「あ、アンタまたオレに断りもなく・・・・・!っていうか、なんで?」
「禁断の愛って、女性には結構ウケるものなんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・」

これで、ますます私達のラブラブな噂が広がるだろう。好都合だな。
・・・そう笑いながら、ロイは伝票片手に立ちあがった。

「さぁ、そろそろ出よう・・・・・・・・・・・エディ?」

反応を返さないエドを、ロイが訝しげに見つめる中――――エドが考えていた事。



やっぱり、本気でこの結婚――――――――やめたい。(泣)



恨まれていないのにホッとしつつも
恨まれているのとあまり変わらないほどのダメージを受ける、エドだった。




その日。
疲労の色を顔に浮かべつつも、『本の続きを読みたい』とロイの家へと帰っていったエドに、
ロイがプリンをお土産に買って帰ったらしいとの噂が、後日女子職員達の間で噂になったとか。




―――彼らの食事はこんな事になりました。いかがでしたか?

ちょっと蛇足なおまけをつけてみました・・・・・・・・→


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