「・・・・・・・・・・美しい」


部屋に入ってくるなり、男は開口一番、感無量といった風情でそう呟く。
そのままうっとりと一点を見つめ動かなくなってしまった男に、
部屋にいた女達はクスクスと笑い声を上げ、そしてお互いに目場くせをすると、立ちあがった。

「―――――では、お支度は整いましたので、私たちはこれで一旦失礼いたしますわ」
「ああ、すまないね」

女達は散らかった化粧品などを手早く片付けると、二人に一礼して出ていった。
残ったのは、ロイとエド。
でも、いつもと二人の様子は違っている。

ロイは、礼装用の裾の長い青の軍服を纏い、祝礼用のたすきをかけている。
いつも降ろされている前髪はオールバックに撫でつけられ、
手には練成陣の入っていない純白の手袋。
左手にいつもは被らぬ、軍帽。

そして、椅子に座っているエドは―――――――――純白のウエディングドレス

上は可憐な花嫁を引きたてつつ、機械鎧をさりげなく隠すデザインで、
下は流れるようなAライン。
レースやパールをふんだんに使った、豪華なドレス。
手には可憐な白いブーケ。
頭に掛けられたのは、清楚なマリアベール。
そして、ベールの隙間から覗くのは、薄化粧を施された白磁の肌と結い上げられた金髪。
・・・豪華なドレスに身を包んでいるのに、楚々とした初々しさも感じられる幼い花嫁。


―――――――――――そこには、誰もが感嘆のため息をつくほどの、美しい花嫁の姿があった。


ロイも、演技では無く本当に感心したように息を吐き、
そして、ゆっくりと彼に近づく。
椅子に座っているエドにあわせて腰を折って、金の瞳を覗きこんで囁いた。


「本当に美しいよ、エディ・・・・・・だが」


ロイはそう言うと、ベールをそっと上げて覗きこみ――――苦笑した。

「だが・・・・・・・その顔はいただけないな。折角の晴れ姿が台無しだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・どこが『晴れ姿』だっ!?」


『晴れ姿』じゃなくて『罰ゲーム』かなんかのまちがいだろ!?


そう息巻く、幸せの象徴の純白ウエディングを纏った花嫁の顔は
そのドレスを裏切るように・・・・・・・・・・みごとに仏頂面だった。




・ 理想の結婚 ・ <その3 ”結婚式”>・・・1




「な・ん・で、このオレがこんな格好しなきゃいけねーんだよ!!」


こめかみをひくつかせて、切れる寸前といった感じのエドは、そうロイに噛みつく。
だが、礼装の花婿は、事も無げに返した。


「花嫁だからに決まってるだろう?」


何を当然のことをと言った風のロイに、エドはますます目を吊り上げた。

「嫁じゃねぇよ!!オレは男だ!」
「立場としてはそうだろう?・・・良いじゃないか、そんなに似合っているのだし」

お世辞抜きで、美しいよ?
そういいながら頬に手を伸ばしてくる男の手の甲を、ぴしゃりと跳ね除ける。

「うれしくねぇよ、全然。しかも、そんな立場だったとしても、こんなの着る必要なんてねぇ!!」
「そんなに似合っているのに、嬉しくないとは――――勿体無い事だ。
・・・だがな、閣下からの祝い。無下にするわけには行かないだろう?」
「うっ・・・・・・」


ロイの言葉に、エドはぐっと息を詰まらせる。
何を隠そう、このドレス―――――送り主は他ならぬ大総統閣下なのだ。


「閣下が是非にと、ご所望なんだ。仕方なかろう?・・・ご機嫌を損ねるわけにはいかんのだから」


しれっとそう言うロイに、怒りが沸くものの、それは確かに事実で。
エドは、このドレスが送られて来た時の事を思い出しつつ、頭を垂れた。



******



「急ですまないがね、結婚式は3日後に決まったよ」
「はぁ!?」

リザをなんとか了承させた翌々日。
夕刻辺りに呼び出されて執務室行くと、開口一番婚約者殿はそんな科白を口にした。

「3日後って・・・そんな急に!?」
「閣下のスケジュールで調整できそうなのは其処しかなかったようだよ?」

それを逃したら後は半年後だ。
そう肩を竦めて見せるロイに、エドは呆けたように呟いた。

「半年後・・・・・・大総統って、忙しいんだなー」
「そうだな」
「・・・そんなに忙しいなら、こんな下らん悪戯考えなきゃいいのに」

ブツブツと文句を言うエドに内心同意しながら、ロイは席を立って進みエドの前に立った。
僅かに屈んで視線を合わせ、内緒話をするように声を落としてウインクをした。

「君の意見はもっともだがね。・・・しかし、その悪戯心のお陰で私達も恩恵に預かれるって訳だろう」
「恩恵、ねぇ・・・・・・・」

メリットも大きいが、デメリットも大きいため・・・今一つ素直に頷けないものがある。

「それにしても3日後か・・・心の準備がなぁ」
「おや?君はさっさと済ましてしまいたいのかと思っていたが?」

まぁ、君が半年間みんなに見せつけながら『ラブラブ婚約者ライフ』を満喫したいというなら、
それでも良いが?
ニコリと笑って見せるロイに、エドは勢いをつけて首を横に振った。

「3日後でいいです!!」
「よろしい。・・・・・その方が、君としてもいいだろう」

結婚後しばらくは旅に出す訳にはいかないからね。早く終わらせた方がいいだろう。
――――さらりと付け加えられた言葉に、エドははじかれた様にロイを見上げた。



「旅に出られない!?」



ぎょっとしたように見上げてくるエドに、ロイは『さも当然』といったふうに頷いた。

「ん?当たり前じゃないか。」
「んなこと、聞いてねぇ!!」
「聞かずとも分かる事だろう?・・・ラブラブの新婚夫婦が、結婚式後にすぐに別居じゃ不信過ぎる」

返された答えに、ぐっとエドは言葉を詰まらせる。

・・・・・結婚式さえ済ませば、この件はかたがつくと漠然と思っていたのだが、
よく考えれば、結婚式は始まりの儀式に過ぎない。
結婚式を終えてからも、この茶番は続くのだ―――――
そして、その茶番を演じつづけるつもりであれば、確かに式後すぐに旅立つのは不自然極まりない。

「・・・・・どのくらいの間、拘束されなきゃなんねーんだ?」
「”拘束”とはいただけない表現だね・・・まぁいい。そうだな、最低ひと月は頼むよ」
「・・・・・・・一ヶ月!そんなに!?」

絶望的な表情で息を呑んだエドにロイは苦笑した。

「君・・・忘れてはいないか?」
「・・・なんだよ?」
「君は軍ではアイドル扱いだ・・・その君の『結婚』がどの位みんなに注目されるか分からないかい?」
「あ・・・・・」

『アイドル』などと称されるのはいささか不本意だが・・・・・
自分が軍部の人間に注目(みょ―な意味でも)されているのは確かな事実。
言葉を詰まらせたエドを満足そうに見やり、ロイは更に続けた。


「確実に我々は注目の的となるだろう。
彼らの目を誤魔化すのに、1ヶ月はというのは少ないくらいだよ?」


だが、それ以上留め置けば、君がキレてしまうのは目に見えるようだからね。
こちらとしては譲歩して『1ヶ月』だ。
―――そうキッパリと言いきるロイに、エドは肩を落とした。

「・・・・・一ヶ月かぁ。探さなきゃいけない資料とか文献とか、いっぱいあるのに」
「君、もう一つ忘れているだろう?」
「え・・・」
「この結婚にはメリットもあるといっただろう?結婚式当日、私の昇進が発表される・・・
つまり、結婚式の翌日から私は将軍で―――――君は将軍の妻だ」

その言葉に、ハッとしたようにエドは顔を上げる。


「結婚してからの一ヶ月間・・・・・君を退屈させないと約束しよう」


ニヤリと浮かべた不適な笑みを、エドはじっと見つめて。
そして――――同じような不適な笑みを返した。

「・・・・・・・・・・・・・せいぜい期待させてもらうぜ。約束破んなよ?」
「もちろんだよ――――――」

エドを見つめていたロイは、そこで不自然に言葉を切った。

「?」

エドが不審そうにロイを見上げると同時に――――のびてくる、腕。
不意に抱きしめられて、エドは息をつめてロイの顔を見上げた。
そこにはじっとこちらを見つめる、黒い瞳。

「君との約束は、破ったりしないよ」

腕に込められる力。
見つめていた黒い瞳が笑う。

「きっと幸せにするよ?エディ・・・」

なんだ?
何を言ってるんだ!?

抱きしめてくる、腕。
甘い音を伝えてくる、声。
―――――――――寄せられる、唇。

この計画が始まってから、当たり前のように寄越されるパフォーマンス。
だが、それは・・・・・ギャラリーがいる時限定のもの。
だからこその『パフォーマンス』なのだ。
でも、ここはロイ専用の執務室だ・・・二人以外、だれも―――――

「愛してる・・・・・・」
『ひっ!』

耳元に寄せられた唇からの甘い声と科白に、ぞくぞくっと何かが背中を這い上がる。
『・・・・・オレっ、本当にコイツの声、苦手だっ・・・!!』
エドは目じりにうっすらと涙まで浮かばせて、とにかく抗議しようともう一度ロイを見上げて。
そして―――――――目を見開いた。
なぜなら、一旦耳元から一旦遠のいたと思った唇が、今度は唇めがけて近づいてきたからだ。

何やってんだ!?
馬鹿!
離せ!!

言いたいことは次々に浮かぶのだが、あまりの驚愕に声にならなくて。
気持ばかりが焦る中、ロイの唇は益々近づいて――――エドの唇に触れる・・・直前で、止まった。

「・・・・・これなら―――――」
「えっ?」

呟かれた言葉は小さ過ぎて、途中から聞こえなくて。
思わず聞き返したが、ロイはそれには答えずドアの方に視線を送った。



「誰だ!?」



姿勢を戻しドアに向かって一括するロイを、エドはポカンと見つめる。
するとドア向こうで激しく焦る気配と音を感じたと思った途端、ドアが不意に開き―――
そして、ドサドサと音を立てて何かが倒れこんできた。
良く見ると、それは軍人達の山で。ロイの側近達なのが分かった。その上・・・・・

「アル!おもいっ、よけてくれ〜〜〜〜〜!!」

一番下になっていたハボックが悲痛な声をあげる。

「す、すみません!!」

慌てて置きあがってアルは男達を助け起こす。

「あー重かった・・・・・」
「ごめんなさい!!大丈夫ですか?」

焦った様子で謝るアルフォンス。
圧迫から逃れて、はぁと息をするハボック。
イタタ・・・と腹をさするブレダ。
落としてしまった眼鏡を探すフュリー。
ハボックと一緒に一番下になっていたファルマンは動かないまま。(大丈夫か?・笑)
―――そして、全員が(ファルマンを除き)立ちあがった辺りに、声が聞こえた。


「ところで・・・・・・お前達、何の用かな?」
「ひっ!!」


聞こえてきた声に、男達は背筋を伸ばして恐る恐る声の方向を見る。
そこには、今だエドを腕に閉じ込めたまま、不機嫌全開の顔でこちらを見るロイ。
男達の背中にどっと冷たい汗が流れる―――



「エディとの甘い語らいの時間を邪魔してくれたんだ・・・さぞや、重大な報告なのだろうな?」



執務室にひやりとした声が響いた―――――





とうとう結婚式です!! でも、その前に色々結婚直前エピソードをエドに回想してもらいます♪
・・・・・エドを身動きできなくしてしまうロイの声は
部下達をも動かなくしてしまうようです(ただし、違う意味で・笑)


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