アイツと結婚することになってから。
・・・・・・オレは、日常的に『いたたまれない』思いを味わう嵌めに陥っている。
ハプニングで心の準備もないまま皆にこの事を告げなければならなくなった時も。
その後、背筋が寒くなるような芝居を披露しなければいけなかった時も。
そして、『うえでぃんぐどれす』などという未知の物体に遭遇・・・・どころか、それを着なければならなくなった時も。
そのたびオレは思った。 『もう一生分のいたたまれなさを味わった』 のではないか?と。
――――だが、オレはまだまだ甘いかったらしい。
『理想の結婚』
<その3 ”結婚式”>・・・4
ここは、宝飾品を扱う店――――
結構な店構えのここは、イーストシティでも有名な店らしい。
美しき(とはいえ、もう40は過ぎてるらしいが)マダムが経営しているこの店は、
格式高いものから、カジュアルな物まで充実の品揃え。商品の品質も素晴らしく信用できる。
・・・おまけに、『マダムの人脈で結構な有名人が訪れる』との、噂の店だった。
そのせいか、二人が入店した時も店内には沢山のお嬢様方が来店中。
皆、自分の品選びに夢中だった・・・・・・筈なのだが。
―――この男が来店した途端、彼女らの視線は一斉にこちらに注がれた。
強引にこんな店に連れて来られたときは、何事かと呆然としてしまったのだが・・・
ここ何日かの間に見なれてしまった『女性達の反応』に、またか・・・とげんなりしてしまう。
この男と『女が複数いる場所』に行くと、いつもこんな反応に出会う。―――そして。
『そして、ザワザワと煩くなるんだよな・・・・・』
エドの予想を裏切ることなく、周りの女性客達はざわめき始めた。
「ねぇ・・・あれ、マスタング大佐よね?」
「ええ!・・・でも、何故ここに?」
「誰かのプレゼントを買いににきまってるでしょ!」
「え〜〜〜〜〜〜ショックぅ」
「・・・・・ところで、隣の子・・・誰?」
内心で『タラシ男』とか、『皆、騙されちゃいけないぜ?』などとぼやいていたエドだったが・・・
耳に入ってきた会話に、にわかに焦りだした。
『まずい・・・オレ、こんなところに来ちゃいけない男だったよ!!』
こんなところにはそぐわないし、女性達の興味の矛先にされてはたまらない。
そう思いつつ、目で訴えてみたのだが・・・男は意にも返さず。
それどころか、『それはそれは女が一発で腰砕けになりそうな微笑み』を寄越しやがった。
「エディ・・・こんな店は初めてだろうから恥ずかしがるのも分かるが、もう少し付き合ってくれ」
そう言って駄目押しとばかりにウィンクする男に、焦りは更に大きくなる。
―――バカ!何てことしやがるんだ!!
ほら、回りのおねえさん達のがもっとざわめき出しちゃったじゃねぇか!
嫉妬の矛先がオレに向いたらどうしてくれる!?
命の危機!冗談ではなく、オレの命の危機が迫っている予感がするぞ!?
もう、ここは一発『走り去って危機脱出!』という荒業を披露するしか―――――!
・・・・・そんなふうに、エドが内心でじたばたしていた時――――
ここのオーナーらしき女性が声を掛けてきた。
「マスタング様、いらっしゃいませ。お久しぶりですわ」
「やぁ、ジュリア。相変わらず君も店もエレガントだね」
「貴方こそ相変わらずお上手ですわね・・・でも、お連れがいらっしゃる時は、たとえ社交辞令でも、少し控えられたた方が宜しくてよ・・・・・・ね?」
マダムジュリアは聞いていた年齢には到底見えないほど若若しく、本当にエレガントで円熟した色気を感じさせる女性だった。
そんな彼女に笑いかけられて、エドはドギマギとぎこちない返事を返した。
「えっ・・・・・・オレは、別に・・・」
「あらっ・・・!?紳士でいらしたのね・・・・・私ったら、あまりに可愛らしいからマスタング様の恋のお相手かと・・・失礼致しましたわ、お気を悪くなさらないでね?」
「あ・・・いや。うん・・・・・」
「許してくださるのね?優しい方!・・・申し遅れましたが私が当店オーナー、ジュリア・バリュスです。―――マダムジュリアの店にようこそ」
頭を深く下げられ、そして魅惑的に微笑まれ・・・・・
いつもなら 『可愛らしい』 に反応して大暴れするエドも、顔を少し赤らめて大人しく会釈を返すだけに留めた。
(ドレスの胸元が大きく開いていた為、豊満な胸の谷間が見えたせいかもしれない・笑)
「エディ、君がこんな反応をするとはね・・・さすがジュリア、少年のあしらいも上手いな?」
彼は、『可愛い』と言われるのは嫌いなんだよ?いつもなら、その一言で大暴れだ。
そう言って、ロイはクスクスと本当に可笑しそうに笑う。
ロイに笑われ、ムッとするエドを見て・・・・・ジュリアはやんわりとロイを嗜めた。
「あら、あしらったりしてませんわ?誠心誠意の謝罪をこちらの方は分かってくださったのよ・・・。
そんな風に揶揄するのはよくありませんわ――――ところで、今日はどんなものをお探しかしら?」
「ああ、リングを」
「あら素敵。どのようなタイプのものがよろしいかしら?」
シンプルなもの、石がついているもの、可愛いもの、エレガントなもの・・・色々取り揃えてございますけれど?
そう言って微笑むジュリアに、ロイも爽やかに笑って見せた。
「婚約指輪を」
「え・・・」
「もちろん最高級の石がついているものがいい。それと、結婚指輪も見せてもらいたい」
どよっ・・・・・
店内に響いたのは、まさに・・・・・・・・・・どよめき。
さすがのジュリアもかなり驚いたような顔をして―――――
そしてしばしの間の後、やっと我に返ったようで・・・・・破顔して祝辞を述べた。
「まぁ、とうとうご結婚されるのね!おめでとうございます」
「ありがとう」
ロイは気軽に笑って答えているが・・・エドは内心でダラダラと冷や汗を垂らしていた。
ゆ、指輪!?・・・んなもん、いらねぇ!!・・・・・っていうより。
『こんな(アンタにポーッとなってる女の人がワンサカいる)危険地帯で、何いきなりバラしてやがるんだ〜〜〜〜〜!?』
エドは心の中でそう叫ぶが、そんな事など知らぬジュリアは、興奮気味に声をあげた。
「本当に驚きましたわ!私も腕によりをかけて、お品選びをお手伝いさせていただきますわ!」
「助かるよ、ジュリア・・・実はね、急いでいるんだ。何しろ明後日が挙式なのでね」
「まぁ!!それは、本当に急がなければいけませんわね!お相手のサイズはいかほどかしら?
それに好みもあるでしょうし・・・・・・ああ、お連れ下さればよかったのに!」
「連れてきてるよ?」
「え・・・・・?」
きょとんと瞬きをして首を傾げたジュリアに―――ロイは微笑んで。
そして、エドの左手を取って手袋を外し、恭しくそのその左手を自分の右手の上にのせ・・・彼女の目の前に差し出して見せた。
「サイズを測ってくれ、ジュリア。・・・エディ、石はどんなものが好きかな?やはりダイヤがいいかい?君には赤が似合うから、ルビーもいいかもしれないね?」
ざらざらと砂を吐きたくような――――不必要なほどの、甘い微笑み。
・・・・・・・・・周り中の女性が息を呑む音を聞きながら、エドは思った。
『い・・・・いたたまれない・・・・・・・』
――――過去最高の、いたたまれなさだった。
******
「・・・・・てめぇには『恥』ってモノがねぇのか!この、厚顔無恥!!」
てめぇの面の皮はセラミックか?それとも超合金製か!?
エドは、そう噛みつくように叫んだ。
――――ジュリアの店を出てからの帰り道。
青い顔をして歩いていたエドだったが、人通りが少ない場所にきてから、突然切れたようにわめき出したのだ。
「何をそんなに怒っているのだね?ただ指輪を買っただけじゃないか、必要だろう?」
「指輪なんか、オレはいらん!!」
「あのねぇ・・・君が要らなくても 『必要』 だから買ったんだ」
結婚式には『指輪の交換』をするのを、知らんのかね?
呆れたようにそういうロイに、なおもエドは言い返す。
「確かに、結婚指輪は必要かもしんねぇ。けど・・・どう考えても婚約指輪なんていらねぇだろ!」
「馬鹿言うな。ロイ・マスタングともあろうものが、婚約者に指輪も贈らぬままで結婚できるか」
「は・・・?あ、アンタ・・・そんなアホな見栄の為に、あんな馬鹿高い指輪を・・・・・?」
ロイの答えに、唖然とするエド。
だが、当のロイはさも当然といった風に、頷いて見せた。
「アホな見栄・・・ではなくて、男の沽券だ。第一、私達は『一気に燃えあがって大総統に直訴までして結婚に突っ走るラブラブカップル』だぞ?―――指輪も贈ってないんじゃ怪しまれるじゃないか?」
「・・・・・その形容はヤメロ。トリハダたったぞ!それにしたって、あんな高いのにすることねぇだろうが」
「言ったろう?私のプライドの問題だ。・・・別に君が支払いをする訳じゃないんだから、よかろう?」
「ま、そりゃそうか・・・・・」
三十路男の見栄って、大変なんだな・・・・・。
そんな事を考えつつなんとなく静まったエドだったが、ふと我に返る。
・・・・・・別にオレはこの男の財布を心配して怒っていたわけじゃねぇ!!
「って、オレが怒ってんのは指輪の値段じゃなくて、何でオレがあんな店に行かなきゃなんなかったかだ!!」
「なんで・・・って、自分の指輪だろう?」
「別にオレが直接行かなくても、アンタが勝手に選べばいいことだろう!?サイズだって、司令部で測ってから行けば済む事じゃねぇか!」
「ああ・・・・・そういえば、そうか」
まるで『うっかりしてました』みたいなのんびりした口調に、エドは更に激昂する。
「そういえばそうか・・・じゃねぇ!!オレはあんな大勢の前で恥かいた上に、命の危険を感じたぞ!?」
「命の・・・?ああ、周りにいた女性達の事かい?それなら心配する事はないよ、皆かよわい女性達じゃないか。君の命が脅かされることなどないだろう?」
「てめぇ・・・・・ひとごとだと思って!!何人に睨まれたと思ってんだ!?・・・アンタに気のある女が、あの中に5人はいたぞ!?」
「―――よくわかったね。うん、丁度それくらいはいたな」
「・・・は?」
「以前に何度かお相手いただいた女性が、確かそのくらいはいたようだね・・・あの中に」
「なっ・・・!」
「ああ、もちろん全て『終わった』関係のものばかりなんだが・・・だがねぇ」
・・・・・相手は選んでいるつもりなんだがね?
だが、遊びとの約束だったのに本気になる女性とか、こちらは終わったつもりなのにいつまでも連絡をとろうとする女性とか、たまに困った人がいるんだよ。
そんな訳で、美しい花と過ごすのはそれはそれは楽しいのだが、このごろ少々食傷気味でね。
身辺を整理しなければいけないと思っていたところだったんだが、まさか偶然あんな所で会うとは。
あの様子だと・・・わざわざ私が動かなくても、噂が広まって一掃できるかもしれないね?
手間が省けて良かった。・・・・・これも、日ごろの行いがよいからかなぁ?
ニコニコと笑いながら言うロイに、エドはしばし言葉を失って―――
そして、あまりの憤慨に顔を真っ赤にして怒り出した。
「てっ・・・てめぇ、それを知ってて!?・・・オレを女関係の清算に使いやがったな!!」
「結婚前に身奇麗にしておくのは、君への礼儀だろう?」
なんてったって、アイドル並に可愛い奥さんもらうんだからなぁ?
君が素晴らしく可愛いせいで、彼女達も何も言えなかったようだしね?
―――ロイは悪びれもせず、はははと楽しそうに笑う。
「この前も言ったがね―――――。
私に上に行くチャンスをくれ、浮気も容認。しかも面倒な過去の女性関係の清算までしてくれる・・・・・あんなルビーなど、あと2・3個捧げてもいいくらい最高の妻だよ、君は。まさに理想の伴侶だね?」
片手を己の胸に当て、瞳を閉じて。
天に感謝を捧げるように空を仰いでそう朗々と語った男は・・・最後にこちらを見て、ニヤリと笑った。
「・・・・・・愛してるよ、エディ?」
ロイの愛の言葉(?)を聞きながら、エドはプルプルと震えつつ、拳を握りしめた。
外だろうがなんだろうが、もう叫ばずにはいられない―――!
「・・・こんの、厚顔無恥の性格破綻男〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
少年は男めがけて、地面を蹴る。
男はそれを避けながら、楽しそうに笑う。
―――――――――こんな二人が結ばれる儀式は、明後日(みょうごにち)。
******
「あの子をからかうのは命がけだな・・・・・まぁ、スリルがあって楽しいが」
夜―――
一人自宅でブランデーのグラスを傾けながら、ロイはクックッと笑う。
あの後、機械鎧の右手で殴られそうになったのだが・・・かろうじてそれは回避できた。
何故なら、すぐ側の大通りに迎えが来るよう、店を出る前に手配していたからだ。
拳を繰り出すエドから逃れ、ロイは大通りに踏み出す。
・・・・・当然鬼の形相で追いかけてきた彼だが、通りに出てから固まった。
軍用車が見え、あまつさえその車の窓から弟が手を振っていたからだ。
・・・・・そんな訳で、危機は無事回避。
「今日は実入りの多き日だった・・・やはり先手は何手先も打っておくべきだな?」
くすくす笑って、自我自賛。
エドに見られたら、また殴りかかられる事間違いなしだろう。
『まぁ・・・高価なプレゼントをするのだから、少しぐらいは見かえりがないとね』
とはいえ、本人は要らなかったようだけどね?
また笑って、酒をもう一口。
だが――――ロイは、不意に浮かんだ笑顔を消して、顔を顰めた。
・・・・・・なぜなら、店を出る間際にジュリアに言われた言葉を思い出したからである。
エドが『先に出てる!』と青い顔をして、足早に店内から出ていった後。
ジュリアに別れの挨拶をしていると、彼女が急に意味深に笑ったのだ。
「・・・・・なんだい?」
「いえ・・・・・こんな貴方を見るのは初めてなので。・・・ごめんなさい」
「初めて?」
「いつも・・・貴方はプレゼントを決める時、私任せか・・・お連れがいる時はその女性任せ。
たまに自分でお決めになる時は、即決。・・・それが、今日は悩みに悩んで選んでおられて。
・・・・・・・・あんな貴方をみたことがなかったので、つい・・・ね?」
ジュリアはふふっとまた笑って・・・・・ロイを見上げた。
「少し驚きましたけれど・・・・・貴方は今度こそ特別な方を見つけられたのね」
「ジュリア・・・・・」
お幸せにね?
最後にそう言って、ジュリアは綺麗に微笑んだ―――――
『彼女には、そう見えたのか・・・・・・』
ロイは苦笑して、またグラスを口に運ぶ。
実際は彼女の思い違い――――この結婚は偽りで、私と彼は共犯者の関係に過ぎない。
――――――だが、何故だか・・・彼女の言葉が、心に残った――――――
やっぱり指輪は必要!ってことで。
文中には少ししか触れてませんが、ロイが贈った婚約指輪はルビー(スタールビー)。
結婚指輪はシンプルなデザインのプラチナ。
もちろん裏にはR to Eとか入ってマス(笑)