ウエディングドレスを纏った花嫁は、結婚前に起こった数々の出来事を思い出して・・・
そして、最後にもう一度大きなため息をついて、椅子に座ったまま肩を落とした。
「エディ、どうした?」
「いや・・・・・・つい色んな事が走馬灯のように」
疲れた顔をしてそう呟くエドに、ロイはクスリと笑った。
「ああ、あれかい?――――マリッジ・ブルー?」
「アホか。・・・・・でもブルーなのは確かだな、死刑台にのぼる前の死刑囚の気分だ」
「それは不思議だね、君には今から薔薇色の人生が待っているというのに?」
晴れやかに花婿は笑うが、花嫁はどすぐらい暗雲を背負ったまま。
そんな花嫁をしばしじっと見つめ、花婿何事か考えた後―――先ほど叩き落とされた手を、もう一度差し伸べた。
「・・・教えないままでは、フェアじゃないな。君はまだ気付いていないようだし・・・確認を取るべきかな?」
「は・・・・・?」
「ならば、もう一度・・・プロポーズをさせてもらおうか」
「はぁ?」
あっけにとられるエドの手を取って、その甲に手袋ごしにキスを落とす。
そしてその手を握ったまま自分の胸にあてて、彼を見つめた。
「私と結婚してくれるかい、エドワード?」
「なっ・・・なに、やってっ・・・・!」
慌てて手を振り解いて体を引くエド。
・・・・・だが、その手は完全に逃げおおせる前に再び捕まえられ、あまつさえ体ごと引き寄せられた。
鼻先が触れそうなほど近づいた距離で、漆黒の瞳が揺らめいた。
『理想の結婚』
<その3 ”結婚式”>・・・5
黒い瞳が、問いかける―――
「返事は?」
「・・・・っ、返事なんて。今更っ!」
この話を最初に持ち掛けられた時に言ったじゃないか―――――共犯だと。
それなのに何を今更言っているのか・・・?
何故かドキドキと煩い心音を振りきるかのように、エドは早口にそう捲し立てた。
だがそんなエドに、ロイは更に顔を近づけて、言った。
「よく考えたまえ―――――これが、最後なのだから」
「・・・最後?」
「そうだ。・・・・・これより先は、もう引き返す事など、叶わん」
結婚後、もう一度辞令が下りて、今度こそ少将になる。
――――――つまり、報酬が全て渡されるということだ。
そうなったら、もう逃げる事など叶わない。
無理やりそれを破棄すれば、お互いに待っているのは・・・・・最悪の結果。
もちろん命を取られるような事はないが、私は昇進した分を剥奪・・・だけでは済まず、今の地位にもいられないだろう。
君とて同じ。あの男を怒らせて、良い未来が待っているはずはない。
「だから、何とか引き返せる最後のラインが・・・・・・今なんだ」
「・・・・・・」
「私は、今更迷う事など無い。目指すものは揺るぎ無く、その為ならどんな犠牲も厭わないし、どんな事でもできる」
「そんなのっ、俺だって!!」
見つめる漆黒を、エドも負けじと睨みつける。
だが、それに怯むことなく、ロイは続けた。
「だが・・・・・君は、まだ幼い」
「なっ・・・てめぇ!!また人を子供扱いしやがってっ!」
「いいから、聞きなさい・・・・・君、好きな女はいないのかい?」
「えっ・・・・・い、いねぇよ、そんなの!」
「だがこれから先、ずっと好きな人が出来ないなどあるだろうか?」
私の妻となれば、その人と公に結ばれることが出来なくなるのだよ?
―――それに、耐えられるかい?
そう問いかけるロイに、エドは目を見開いて。でも、すぐにまた睨みつけた。
「・・・・・・そんなの、アンタだって」
「私と君は違うよ。私ならわりきれる。表向きは君が妻、愛しい女ができればそれは秘め事として・・・とね。でも、君は――――出来ないだろう?」
君は、真っ直ぐで優しいからね・・・・・。
ロイは近づけていた顔を少し離して、彼の頬に軽く触れた。
中尉と私が思い合っているのではないかと勘違いした時の事を思い返しても、分かる。
・・・・・そんな時、君は決してわりきることなど出来ないだろう。
結果、そんな女性が出来たとしても、その女性を日陰に置く事など出来ない君の選択肢は・・・別れ。
多分、その一つだけだろう。
ロイは頬にあてた手をスルリと滑らせて、彼の顎を少し持ち上げて上向かせる。
そして、もう一度彼の瞳を見つめた。
「よく考えて返事をしなさい―――――最後にもう一度だけ聞こう」
「大佐・・・」
「私と―――――結婚してくれるかい?」
その静かな問いかけを、エドは口を引き結んだまま、聞いた。
――――そして、考える。
今まで淡い思いは経験があっても、結婚などとそこまでの気持ちは持ったことなどない。
まだ若いというのもあるが、恋愛事に少々奥手でもあったし・・・第一そんな事を考える暇もなかった。
ロイとの結婚話を持ちかけられた時も、『この男と結婚なんて冗談じゃねぇ』とは思ったが、これからの自分の恋愛への影響など、考えもしなった。
あらためて言われてみると・・・確かに彼の言う通りだろう。
たとえ自分達の中では『偽り』だとしても、『公』には確かに婚姻するのだ。
オレにはやはり表と裏を使い分けるなどという器用なことは出来そうもないし・・・となれば、オレのこれからの恋愛は絶望的なものになるだろう。
『うわ・・・・・結構、悲しいかも』
もうオレ、嫁さんもらうどころか・・・まともな恋愛さえできなくなるんだなぁ・・・。
そう気がつけば、さすがに凹んだ。
『だけど』
上から覗きこむ黒い瞳を、見つめかえす。
そして――――
「アンタと結婚するよ」
エドは、キッパリとした口調で言い切る。
「エドワード・・・」
「確かにアンタの言うとおりかもしれない。それでも、何を捨ててでも手に入れなければいけないものが、オレにもあるから」
何を捨ててでも、なんとしてでも・・・アルの体を取り戻す。
―――――そうしなければ、オレは一歩も先には進めないのだ。
揺るぎ無い瞳に、ロイはフッと笑い。
顎をはなし、その白い手袋をした手を改めてエドに差し出した。
「ならば行こう―――――お互いの野望の為に」
真剣な目で見つめていたエドも、ニヤリと笑みを浮かべ、ロイの手を取る。
「ああ。・・・・・オレ達は、共犯だ」
引かれるままにたち上がり、二人は向かい合った。
******
ドアをノックする音が聞こえ
『お時間です』と告げる声
「行こうか?」
「おう!」
そして―――二人は手を取り合ったまま、ドアを出ていった。
やっとココまで辿りつきました!(涙)
次回こそ本当に『結婚式』の章終わりです!!