『キ・・・ス・・・・・・?』


言葉の意味を理解して、エドは呆然とした。
そして、次に猛烈に焦り出した。

『そうだ、結婚式にはつきものじゃないか・・・なんで』


なんで、オレ・・・忘れてたんだろう!?


純白のドレスの内側に、冷たい汗が滑り落ちるのを感じた――――




『理想の結婚』 <その3 ”結婚式”>・・・7




『何とか誤魔化せ!!』


とりあえず、ロイにそう訴える事にした。
・・・・・とはいえ、声に出す訳にもいかないので、目で訴えるしかない!
あの男は勘がいいから、多分わかるはず。
ベールが持ち上げられて視線が合ったら、目で訴えるんだ。
脳内でそこまで考えた時、ベールに手がかけられた。
ゆっくりと持ちあがっていくベールをみながら、エドの優秀な頭脳はすばやく計算する。


『牧師があの位置、大総統がこの位置、将軍達があそこだから・・・この角度なら何とか唇が触れなくても誤魔化せるかもしれない!』


とうとう全てベールが持ちあがり、顔があらわになって。
エドはすぐさまロイに鬼気迫る視線を向けた。

『まずは視線で訴えて、誤魔化せる角度を目線で指示し・・・・・・・・・・て』

勢い込んでロイを見つめたエドだったが。
ロイの瞳を見た途端・・・・・・フル稼働していた思考が途切れた。

ロイの黒い瞳は確かにこちらに向けられていたけれど。
そこには、誤魔化そうとする焦りも、周りの奴等を騙そうと言う狡猾な色もなかった。
何の計算も計画も浮かんでいない。
深い色をした漆黒の瞳が・・・ただ、静かに自分を見つめていた。


自分の計画を伝えようと勢い込んでいた気持ちも忘れ。
――――――魅入られたように、その瞳を見つめ返す。


ゆっくりと彼の手が近づいてきて、肩に添えられるのがわかった。
ロイの顔が、目の前に迫って。
そこでまた・・・・・我に返った。
オレの肩がピクリと震えたのに、気がついたのだろう。
彼の顔少し耳元に近づいて、小声で呟く様に名を呼んだ。


「エディ・・・」


呼ばれた途端、ゾクリと背中を何かが這いあがる感覚。
『ああ・・・・・』

―――――きっと、この後あの麻薬のような声がくる。

『そう・・・・・・だよな』
さっきは『あの角度なら何とか誤魔化せるかも』と思ったけれど。
落ち着いて考えると・・・・・・無理だと、わかった。
今、足元をすくわれる行為をする訳にはいかない。
たかだかキスぐらいでぶち壊しなんて、堪らない・・・ここは、賭けなどせず安全な道を選ぶべき。

―――つまり、誤魔化さずに本当にするほうが、いい。

でも・・・・・やはり、まともにキスされて冷静でいられるか自信がない。
だから、きっとこいつは耳元に口を寄せてきたのだろう。
オレが騒いだりしない様に――――あの声で、オレの意識を麻痺させる為に。

『どうしてもしなければいけないなら・・・・いっそ、朦朧としている間に終わったほうがいい』

そう覚悟して、目を閉じた。
だが、予想に反して耳への衝撃は来なくて。
代わりに頬に触られた。
―――――――――閉じていた瞳を、開く。

目の前にあった瞳は、静かだけど―――――奥に、焔が見えた。



「誓いを、君に」



焔の瞳が、こちらを見据える。

『誓い・・・・・・』

そうだ、これは誓いのキス。
そして、コイツがオレに誓おうとしているのは―――――――

エドはじっとその瞳を見つめ返して・・・・・そして、静かに目を閉じた。



落とされた感触は、ほんの一瞬だったけれど
やわらかな感触と共に――――――――――――確かに、熱は伝わって。



瞳を開くと、彼と視線が絡まり合った。
彼がオレを見つめ。
オレが彼を見つめ返す。

また祭壇に向き直り
牧師の言葉がまた耳を通りすぎていく。
オレは、ベールの中で十字架を見据えた。




―――この瞬間、俺達は堅く誓い合った。
だが、誓い合ったものは永遠の愛ではなく・・・・・・互いの野望の成就だった――――



******



『このめでたい席で、発表したい事がある』


式の後、突然報酬の残り『ロイの少将昇進』を大総統がぶちまけた時は辺り騒然となった。

知っていたものの何とか食いとめられないかと思っていた将軍達は、突然の発表に焦り、酷く苦い顔をしたが・・・当の大総統は、相変わらず朗らかに笑って有無を言わさず剣呑な視線を押えつけた。
ロイは初めて知ったように狼狽し、愁傷に感謝の意を語った後、感極まった様に国家への永遠の忠誠を大総統に伝えた。――――――アカデミー賞ものの、名演技だ。
オレもわざとらしかったかもしれないが、一応驚いた演技をして。
そして、新妻らしく・・・”旦那”へ『おめでとう』としおらしく(?)祝いを述べた。
それに『ありがとう』と嬉しそうに答え、花嫁を抱き寄せる花婿。

正直、猿芝居だが・・・・・この昇進で影響を受けない層の客は、それなりに感動したようだった。


『仲良き事は美しきかな』


その後、大総統のありがたーいお言葉を頂戴して、一応その場は収まった形になった。




「これで一通り、終わり・・・・・・か?」
「ああ、一応そうだな。この後結婚祝のパーティがあるが」
「えっ、そんなの聞いてねぇ!!」
「心配するな、お偉方は来ないよ。東方のメンバーが企画した、内々のものだ」

出席するのは東方メンバーとヒューズ中佐やアームストロング少佐、後はアルや急遽アルに呼ばれて駆けつけてくれたウィンリィなど、気の置けない者達ばかりだという。
普段ならホッとする所だが、それはそれで緊張するな・・・と、エドは眉を顰めた。
それこそ近しい者達の目を欺くのは、将軍達より骨が折れそうだからだ。

「大丈夫だ。・・・新婚の二人を長時間引きとめるヤボはいないよ」

一時間も付き合ったら、後は任せて私達は適当にぬければいい。
式後のざわめきの中、そんな事をこそこそ囁き会う二人の前に、影が立った。
二人は喋るのをやめ、そんな影を振り仰ぐ。

「これは、閣下」
「やぁ、マスタング君。素晴らしい式だったな?」
「大総統閣下にご出席いただき、最高の式となりました。感謝申し上げます」

近寄ってきたのは、大総統その人。
ロイは彼の人ににこやかに笑いかけ、敬礼をして見せた。

「いやいや、中々感動だったぞ」
「私こそ、感動致しました――――――約束、覚えていて下さってありがとうございます」
「私に二言はないのだよ」

食えない男が二人、ニヤリと笑う。
そんな二人を見て『あーいやだ、汚れたオトナは』などと心の中で舌を出したエドだったが。
ふと大総統の後ろで俯く小さい影を見つけた。

「どうしたんだ?」

目線を合わせるように屈んで話し掛けると、小さな影はビクリと肩を揺らした。

「おお・・・そうだ。紹介しよう。私の息子――――セリムだ」
「息子!?」
「セリム挨拶を」
「はいお義父さん―――――お二人共初めまして、セリム・ブラットレイです」

俯いていた子供は花婿と花嫁に挨拶をすると、意を決した様に言った。


「エドワードさん、マスタングさん、ご結婚おめでとうございます」


また幼いのに、しっかりした口調。
さすが大総統の息子・・・帝王学とか、叩きこまれてるんだろうなぁ?
エドがそう感心しつつ眺めていると、セリムはじっとこちらを見つめて、ポロリと涙をこぼした。

「お、おい?」
「僕・・・・・エドワードさんに憧れていました」
「え・・・あ、そう・・・か?」

オレって子供に憧れられるような存在だったのか、そっかー♪
思わず鼻がこころもち高くなったエドだったが、次のセリムの言葉に固まった。


「本当は、大きくなったら僕のお嫁さんになってほしかったです・・・・・」


『はい?』
思わず、あんぐりと口を開けてしまった。・・・ロイも、流石に驚いたような顔をしている。
二人揃って、心の中で呟いた。

・・・・・・・・・・・・なんですと?


「だから、結婚するって聞いてビックリして・・・相手が変な人だったら許せないって思ったんですけど、花婿が焔の錬金術師のマスタングさんだって聞いて、僕・・・仕方ないなって思ったんです。マスタングさんの事もカッコイイ人だなぁって、憧れてましたから。でも、やっぱり諦めきれなくて今日お義父さんに頼んで連れてきてもらったんですけど、二人並ぶとすっごく、お似合いで・・・・・・僕、諦めるしかないんですね・・・・・・」


そこまで言って唇を噛んで我慢するが、目がウルウルと潤んで。
そして、子供はやっと年相応に『うわ〜〜〜〜〜〜〜〜ん』と泣き出した。

「セリム・・・男たるもの、簡単に泣いてはいかん」
「うえっ・・・お・・・ぐすっ・・・とう・・・さん」
「お前に『エドワードさんをお嫁さんにしたい』と告白されてから、私は密やかに見守ってきた―――。親ばかといわれるかもしれぬが、手を貸したいとまで思っていた。・・・だが、鋼の錬金術師君がマスタング君を心から愛していると知って、もう私にはなす術がなかった」
「お義父さん・・・・・」
「すまぬ、セリム。――――愛する息子のお前の為に、私は何もしてやる事ができない」
「そんな、謝ったりしないでください、お義父さん!僕はそのお気持ちだけで・・・・!」

再び涙を溢れさせる息子の頭に、父親は手を置いた。


「セリム、男は軽々しく泣いてはいかん。・・・・・だが、今はいい」


今は、思いきり泣きなさい。
抱き寄せると、子供はまたうわーんと、父の腹の辺りにすがって泣いた。

「今は思いっきり泣いて、早く忘れるといい・・・お前にはまたすぐに新しい出会いが待っている」
「お義父さん・・・・ありがとうございます、僕、頑張ります!」
「うんうん。優秀なお前の事、すぐに見つかるぞ?いや、今度はこの父が可愛くて器量良しで最高の 『むすめ』を探してやろう!きっと気に入るぞ〜」

大総統はぎゅうっと我が子を抱きしめて、小声でボソッと呟いた。

「鋼の錬金術師君は確かに可愛いが、『孫』を産めないからな・・・・・」

「え、お義父さんなんかおっしゃいましたか?」
「いやいや、なんでもない。さぁ、そろそろ帰ろう」
「はい・・・お二人共、お幸せに」

セリムは最後にエドの手をぎゅっと握って、そしてパタパタと母親の元にかけていった。
大総統はその背を追いかけて足を一歩踏み出してから、ロイとエドを振向いた。


「・・・・・ということで、息子に可愛い婚約者ができるまでは別れないように。ではな」


そうして、大総統閣下は去っていき。
残された二人はしばし呆然とその背を見送って。
姿が完全に見えなくなったから、エドはやっと呟いた。

「・・・・・もしかして、オレ達がこんな目にあってるのは、子供の戯言を間に受けた馬鹿親が息子を諦めさせる為・・・・・だったりするのか?」
「・・・・・・・・・・・そのようだな」



しばしの沈黙。



そのあと急に、横抱き抱き上げられた。・・・俗にいう、お姫様抱っこだ。

「うわっ、何・・・!?」

抗議しようと口を開きかけたが、途中でそれを噤んだ。
―――ロイの目が、据わっている。


「エディ」
「・・・おう」
「さっさと二人であの馬鹿オヤジ引き摺り下ろすぞ」


オレにだけ聞こえる程度の声ながら、憮然としているのはハッキリと分かった。
・・・・・頭にきてるのは、オレも同じ。だから。



「了解だ」



オレも憮然と返した後、彼の首に腕をまわしてひきよせて。
二人はお互い顔を近づけ、不敵な笑いを交わした。
そして、そのまま花婿は花嫁を腕に抱いて、用意された車に向った。


「あの子供に婚約者が出来るのを待つまでも無い、その前に君を解放してやろう」


私が大総統になれば、茶番は終わりだ。
君、今のうちにいい娘がいたら目をつけておきたまえよ?
ロイは前を見つめたまま、フンと鼻を鳴らし、顎を突き出す。


「ああ、頼むぜ。オレも手を貸すし?」


ロイの首の後ろで、左手の指の関節をパキリと鳴らして答えた。



******



「うわぁ、ラブラブだねぇv」


お姫様抱っこだぁv
遠くからそんな二人を見ていたアルは、感嘆の声をあげる。

「そうね・・・・・でもなんか鬼気迫るものがあるような?気のせいかしら・・・」

ウィンリィが相槌を打ちながらも、首を傾げた。

そんな視線に見送られつつ、二人は表面上だけは笑顔を張りつけ―――
次々に寄越される祝福に、愛想よく応えながら、進んでいった。
二人の口から漏れるのは、幸せそうな笑い声。
――――――だが。




『『覚えてろよ、クソオヤジ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!』』




誓いを交わした日――――二人の背中には、熱い炎が燃えていた。




や、やっと第三章『結婚式』終わりです!!(ぜーぜー)
ほんと、時間かかりすぎ・・・;でも、やっとこさ、夫婦ですv
何気に仲良くなってきた、二人(笑)
次は第四章の新婚生活に行きたいと思います♪
それにしてもうちの大総統・・・絶対ホムンクルスじゃないですね(笑)



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