「・・・・・眩しい」
エドはカーテンの隙間からこぼれている朝日に照らされて、眩しそうに目を細めた。
光を避けて首を動かし、ぼんやりと目を開けると・・・そこには、黒いモノ。
ツヤのあるそれを眺めながら、思う。
『なんだこれ・・・?』
視線を動かすと、黒いモノの隙間から見える・・・閉じられた瞳。
『人のかお・・・・・』
自分の顔から10cmと離れていないところにあるそれが何かわかって。
『〜〜〜〜〜っ!』
エドは、思わず上げそうになった悲鳴を、すんでで何とか飲みこんだのだった。
・ 理想の結婚 ・ <その4 ”新生活”>・・・1
深呼吸をして、気を落ち着かせて――――ため息を吐いた。
『そういや・・・オレ、結婚したんだった』
自分の隣ですやすやと眠る男を、忌々しげに睨みつける。
オレはこの男と結婚した。お互いの利益の為の、偽りの結婚を。
それについては、異議を唱えるつもりも無い。納得ずくのことだから。
そう、それについては、全く異議はないのだ。
―――――だが。
「何で、コイツと一緒のベットに寝なきゃなんねーんだっ!!」
これについては、異議大ありだ〜〜〜〜〜!!!
今度こそ我慢できずに、ガバリと上半身を起こして叫ぶ。
そこで、今まで惰眠を貪っていた男が、ようやく身じろいだ。
朝っぱらから不必要な色気を滴らせて・・・・・男は、気だるげに黒髪をかきあげながら寝そべった状態で見上げてきた。
「エディ・・・・・朝っぱらから、ウルサイ」
「これが叫ばずにいられるかってんだ!!」
「・・・まだグズっているのか?仕方ないだろう、大総統閣下からのありがたーい賜り物なんだから」
ロイはふわぁ・・・と、一つあくびをしながらそう言って『嫁』を嗜めた。
今日は、新居に引っ越して初めての朝だ。
急な結婚で新居の準備が整わなかった為、式後数日はホテル暮らしをしていた二人だったが、昨日やっと引っ越してこれたのだ。
使われていなかった家のクリーニングを業者に委託し。
家具屋に適当に家具を見繕って納めるように電話をし。
イーストのロイの家の物は大事なものだけは部下たちに取りに行かせ、それ以外は引越し業者に任せて運びこませた。
新婚生活に夢など抱いていない二人な上に、ロイは昇進・中央召還に伴う雑務で忙しく・・・・・
新婚旅行どころか、新居の準備も全て人の手にまかせることになった。
そして、ようやく任せられる部分全てが終了したとの連絡を受けて――――二人はアルフォンスを伴い、昨夜やっと新居への入居を果したのだ。
新居に足を踏み入れた三人は、『まずは屋敷内を見てまわろう』と言う事になって、連れ立って邸内探索。
内装や家具は華美ではないものを・・・と依頼していたので、室内は落ち着いた雰囲気でなかなかセンス良くまとめられていた。
「なかなか、いいじゃん」
上機嫌で室内を探検するエドに苦笑しながら、ロイとアルも後をついてまわる。
だが、奥の一室のドアを開けた途端、エドの顔から笑顔が消えた。
ドアに手をかけて覗きこんだまま固まるエドに、義兄弟は顔を見合わせて・・・それぞれに、声をかけた。
「エディ、どうした?」
「兄さん??」
エドの背中ごしに二人も室内を覗きこんで―――――エドと同じく固まった。
・・・この部屋は、新婚の二人の為の寝室だった。
だが、エドや・・・ロイまでが固まったのは、二人が同じ寝室を使う事に衝撃を受けた訳ではない。
二人で話し合った結果、各自書斎は別々にすることにしたが、寝室だけは一つにしようと打ち合わせていた。
・・・新婚夫婦が別々の部屋で寝るのはおかしいと、同居のアルフォンスに勘ぐられないためだ。
だから、その事に驚いた訳ではなく・・・二人が驚いたのは、部屋の中央に一つどどんと置かれた物を見たからだった。
置かれたいた物。それは・・・・・・大きな、大きなベットだった。
「な、なに・・・・・・あれ?」
「・・・・・・・・・・ベット、だろうな」
二人がオーダーしたのは、確か普通のセミダブルベットを二つだった筈。
なのに、今目の前にあるそれは、一つだけだった。
いや・・・・・大きさだけは二つ分以上ありそうだが・・・・・
唖然とする二人の一歩前に進み出て、アルが感嘆の声を上げる。
「うわぁ!!大きいねぇ!」
・・・・・もしかしたら、キングサイズより大きいかもしれない。
「こんなの、映画でしかみたことないや!」
・・・・・ご丁寧に、天蓋付。
「ロマンチックだねぇ♪」
・・・・・ベットカバーは、レースとフリル。しかも、色は・・・・・・ピンク。
――――アルは、無邪気に振向いた。
「こんなベットで寝たら、お姫様気分になれそうだね?」
わくわくした声でそう言うと、兄が小刻みに震え出したのが見えた。
次に聞こえてきたのは、絶叫。
「・・・・・・・・・・・・なって、たまるか〜〜〜〜〜〜〜!!!」
エドは、思いっきり両手を打ち鳴らした。
そのまま練成しようと足を踏み出したが・・・・・突然肩を何かに押えられた。
振向くと、ロイが肩を押えてこちらを見ている。
「なんだよ!?」
「エディ、まぁ待ちたまえよ・・・・・」
睨みつけるエドを追い越し、ロイはベットに近づいた。
ぐるりと周囲を見まわし、天蓋から垂れるカーテンを持ち上げベットの中を覗いて。
そして、エドのところに戻ってくると、白いものを差し出した。
訝しげにそれを見つめると、それは白いカードで。
エドは引ったくる様にそれを受け取り、二つ折りのそれを開いた。
中には――――。
++++++++++++++++++++++++++++++++++
親愛なる鋼の錬金術師君
ドレスだけでは君に満足頂けないだろうと思い、もう一つプレゼントを用意した。
気に入ってもらえれば嬉しい。
君の門出に、私からはなむけの言葉を送ろう
『仲良きことは、美しきかな』
君に幸あれ―――――――――― キング・ブラットレイ
PS、マスタング君と睦まじくな。
++++++++++++++++++++++++++++++++++
エドはカード握りつぶして捨てると、額になん個も青筋を浮かべつつ、無言でまた手を打ち鳴らした。
だが、今度は両腕を掴まれて、止められる。
「とめんな!!」
「エディ・・・・・壊すのはマズイ」
「あのおっさんにはわかりゃしねぇだろ!?」
「いや・・・・・閣下の事だ。そのうち抜き打ちでチェックしにくるかもしれん」
エドは、ピタリと動きを止めた。
・・・・・・・・ものすごく、有り得る。
「そうだよ、兄さん!大総統が折角くれたのに、壊すなんて酷いよ!」
「・・・・・・オレに、こんなベットでねろって言うのか!?」
「何でそんなに嫌がるかなぁ?素敵なのに!」
ロマンチストな弟は、本気でうっとりとベットを見上げている。
たぶん、大好きなロマンス小説に出てきた一場面でも思い出しているに違いない。
「ンじゃ、お前が寝ろ!!」
「新婚さんのベットに僕が寝てどうするんだよ!?」
「まぁまぁ二人とも・・・。エディ、君の気持ちも分かるがね・・・閣下の好意を無下にするわけにもいかんだろう?」
「・・・・・アンタは、こんなので安眠できるっていうのか?」
「私の好みとは異なるが・・・品は良い品だよ。寝心地は問題なさそうだ――――だが」
色だけは、なんとかしようか。
ロイはそう言うとサイドテーブルにおいてあったメモにペンで何やら書きこむと、ベットカバーに押し付ける。
辺りが青白い光に包まれたかとおもうと、ベットのリネン類のすべての色が、純白に変わっていた。
「このぐらいは、許してもらおう」
ロイは、そう言って苦笑したのだった。
******
「同じ部屋で寝るのもうっとうしいと思ってたのに、同じベットで寝なきゃなんて」
はぁ・・・と大仰にため息をついて見せてから、エドはキッとロイを睨んだ。
「しかも!なんでアンタ引っ付いて寝てるんだよ!?境界線からはみ出すなっていっただろ!?」
びしっとこちらを指差して責めるエドを、ロイは冷ややかに見つめた。
「君・・・状況をよく見てからいいたまえよ?その境界線はどこにあると思う?」
「どこって、ベットの真中に・・・・・・・あれ?」
昨夜、寝る前にエドは毛布を長細く丸めて、デカイベットの真中に置いた。
『向って右がアンタ!左がオレ!ぜってぇはみだすなよ!?』そうしっかりロイに言い置いて、眠った。
だからロイが境界線をはみ出したなら、ロイの向こう、自分から見て右手側に境界線があるはずなのだが・・・ない。ないというか、ロイの向うはベットの端で――――。
恐る恐る自分の左手側を見ると・・・・・・・・・そこには、丸まった毛布。境界線。
「境界線を乗り越えて擦り寄ってくる君は可愛かったよ・・・だが、起こすときはもう少し静かに頼めないか?」
朝はキスで――――と言っただろう?
あくびをもう一つしてから、意味深な流し目と共にニヤリと笑うロイに、エドはかあっと顔を紅潮させた。
「だ、誰がアンタなんにかにくっつきたいもんか!アホッ!!」
オレ、飯の支度してくる!
そう叫ぶと、エドはサイドテーブルに置いておいた着替えを引っつかんで部屋の外へ走って行ってしまった。
ロイはバタンと乱暴に閉められたドアを見て、クックッと肩を振るわせて笑った。
「朝から元気なことだ」
夜も元気だったがな・・・・・と、ロイはまたクスリと笑いを漏らす。
実は――――エドが境界線を越えてきた訳ではない。
いや、足だけは越えてきていたのだが、体はかろうじてエド側に寝ていた。それをロイが自分側に引き寄せたのだ。
何故そんなことをしたかというと、エドの寝顔に欲情してしまったから。
・・・・・・・・・・・・・・・・と言う訳では、全く無い。
ごろごろとあっちこっちを転がりながら眠っているエドに、ロイはなかなか寝つけず。
『もう少し落ち着いて寝たらどうだ、この寝相悪ガキ!!』とぶち切れて、自分側に引っ張りこみ、抱きこんで拘束した・・・・・というのが、真相。
――――それでも暴れるだろうと、そう予想していたのに。
抱きこまれたエドは、母に抱かれた赤子のように静まった。
それを驚きの目で見ていると、ロイの腕の中で彼はふにゃと幸せそうな微笑を浮かべ擦り寄って来た。
そのままスース―と穏やかな寝息を立てるエドを、ロイはしばらく眠らずに眺めていたのだった。
「ほんと、可愛かったんだよ」
子を持つ親の気分というのは、ああいうものかもしれないな。
また一つあくびをすると、ロイは再びシーツの中に潜り込んだ。
いつも子供自慢ばかりして鬱陶しいひげ面の親友の気持ちが、少しだけ分かったような気分になった、ロイだった。