『暮らす』ということは、そこに日常生活があるわけで。
服を着れば、洗濯物がたまり。
食べるには、買い出しして調理して後片付けしなくちゃいけなくて。
住んでいれば、埃や塵も溜まり、ゴミだってでてくる。
生活するということは・・・衣食住に伴う色々な雑事が発生するということなのだ。
『普通の結婚』の場合、嫁がメインでやる場合が多いこれらの雑事。
――――――じゃあ、結婚が『偽り』だった場合、誰がやるんだ?
・ 理想の結婚 ・ <その4 ”新生活”>・・・2
「と言う訳で・・・・・家事当番を決めてぇんだけど」
夕食の後、三人が集ったリビングのソファーで、エドはそう切り出した。
「家事当番?」
「そ。これからここで生活してくんだから、必要だろ?」
当然、とばかりにエドは夫と弟を見下ろした。
二人はリビングのテーブルで向かい合ってチェスに興じている所だ。
夕食の片付けを終えてきたエドが、近づいてきたなと思った途端、そんな科白を言われ・・・・・
ロイとアルはきょとんとした後、お互いに視線をあわせて複雑な表情をした。
「当番・・・・・・か」
「兄さん。合宿かなんかと勘違いしてない?」
苦笑するロイと、呆れたようなアル。
だが、二人の態度に怯むことなく、エドは熱弁しだした。
「二人の言いたい事はなんとなくわかるぜ。どうせ『嫁』なんだから、俺がするべきだとか思ってるんだろ?だがな、俺は前々から思ってたんだ。男だからといって家事を全く手伝わない夫はどうなんだ!?と。だって、自分も食って着て住んでるじゃないか!?夫が仕事をして妻が家を守っている場合は確かに妻に家事を頼む場合は多いだろうが、だからと言って一切何もせずにいいのか?できる事は夫も手伝うべきなんじゃないか?合宿だろうが、結婚だろうが『一緒に生活する』という点においては変りないだろう!」
そこまで一気に言って、エドはずいっと身を乗り出した。
「しかも・・・俺は、『嫁』じゃない!」
アンタらも含め、何やら世間は俺を『嫁』の位置に置いているようだが、俺は男だ。
そもそも『嫁』扱いするのがおかしいんだ!
俺もアンタも男。しかも、俺もアンタも職をもっているし・・・つまり俺とアンタは対等だ!!
『夫』とか『嫁』とか決めずに、家事だって平等に分担するべきだ!
―――ロイを指差して、ビシッと言いきるエドに・・・ロイは長い指を自分の頬に当て、思案顔で言った。
「もしや君・・・・・昼に送られてきた幼馴染からの贈り物に不満あるんだね?」
「・・・・・・」
「え?ウィンリィからの?」
確かに昼間、ウィンリィから兄宛に小包が届いていた。あれに入っていたのは・・・?
アルは、送られて来た物の中身を思い出してみた。
箱に入っていたのは、三つ。
ノート、一冊。
エプロン、一枚。
手紙、一通。
―――それらを思い出して、アルは首を傾げた。
「なんで、あれを見てそんな風になるの?」
「つっ・・・・・!アル、お前あの手紙ちゃんと読んだのか!?」
顔に青筋を浮かべて、エドは叫んだ。
ノートは、色々な料理のレシピが書かれていた。
料理は幼い頃から手伝っていてエドも嫌いではないし、これからしばらく旅はお預けでこの家にいるのだから、レパートリーが増えるのは助かる。その上、ウィンリィがエドの母・トリシャから教わったレシピまであって・・・すごく嬉しかった。
幼馴染の心のこもった祝いに目を細めながら、次に手紙を読み出して。
・・・・・・・・・・・先ほどとは打って変って、エドの表情は豹変した。
そこには、祝いの言葉の後に・・・・・・延々と新妻の心得が書かれていたのだ。
もちろん自身も独身なウィンリィなので、本のうけうりか既婚者から聞いた事を書いたのだろうが―――それは、便箋10枚に渡って、びっちりと書きこまれていた。
・・・ブチ切れやすいエド性格を心配しての、幼馴染からの心づくしかもしれない。
同性同士の結婚という世間には認められにくい結婚なのに、幼馴染は二人のことを応援してくれているので、後押しのつもりかもしれない。
・・・・・・・・・・・・・・・・けど。
「何で俺が、新妻の心得なんか教えられなきゃならないんだ〜〜〜〜〜!!」
確かに書かれていたような嫁は、最高の嫁さんかもしれない。・・・けど、俺男だしっ!!
しかも、あのエプロンなんだよ!?ピンクのレースのフリルだぞっ!?
おっさんからもらったベットとかぶってるぞ!?二人で相談でもしたのかよっ!!
―――キイッと頭を掻き毟るエドを見て、アルもようやく納得した。
つまり、家事をしたくないとかではなく、自分が家事を一手に引きうければ『嫁』の地位が不動の物になりそうで嫌なのだ。
『そんな無駄な抵抗しなくても”嫁”の地位は既に揺るぎ無いのになぁ』
あんなに派手なウエディングドレス着たこと、忘れちゃたんだろうか?
ため息をつきつつ、アルはなるべく兄の怒りを買わないように考えながら言った。
「でもさぁ・・・実際問題、義兄さんの勤務内容を考えると、義兄さんに家事を受け持ってもらうのは無理だよ」
ロイは、とても忙しい。
書類整理をサボってホークアイ中尉にしかられたりして、サボリ魔のイメージがあるが・・・それは彼のポーズでもあって。―――本来、彼は激務をこなしているのだ。
その上、今は将軍という地位を得て前以上に忙しく、気の抜けない状況で仕事をしている。
今自分とチェスなどに興じているが、「考えをまとめるのに丁度良いんだ、つきあってくれないか?」とのロイの申し出でやっていること。実際、彼はチェス盤を見ながら、別な何かを考えている風だった。
―――アルは、肩を竦めた。
「兄さんだって、本当はわかってるんでしょ?」
「うっ・・・・・」
弟の科白に、エドは言葉を詰まらせた。
それは、弟の言う通りエドだってわかっていること。
だから、この家に住みだしてから3日、特に何を決めるでもなくエドは黙って家事を引きうけていた。
ロイは軍務で忙しい。
ならば、家にいて・・・今差し迫ってやる事がない自分がやるしかないと、なんとなくわかっていたから。
『しかも・・・・・・こいつ、家事はほんっとうに、無能だしな』
三日暮らしてみただけでわかった。―――こいつは、家事能力が皆無だと。
そんな奴にやらせれば、ますます自分の仕事が増えるのが目に見えている。
だが・・・ここで引けば、『嫁』だと認めたしまったような気がするから、頷きたくない。
――――だって、男のパンツを洗濯しながら・・・ほんとーに、凹んだのだ。
「うう・・・・」
苦悩のうめき声を上げるエドに、兄弟のやり取りを見守っていたロイが口を開いた。
「すまないね、エディ・・・・・でも、君に家事を押し付ける気は私もないよ?」
「え?」
「義兄さん・・・・・家事は僕も手伝いますから、無理しないでください」
「あ・・・いや。私がやると言う意味じゃないよ。時間的にやはり無理だし、それにね・・・そっちの方面には全く自信がなくてね」
苦笑いと共に、「実はね、人をやとったんだ」とロイは続けた。
「人?使用人やとったのか?」
「ああ。忙しくて君に伝え忘れてしまっていた・・・すまない」
「いや、まぁ・・・それはいいんだけど・・・・・・」
そう言ってから、顔を顰めてロイを見つめた。
その目は『家に他人を入れたらやすまらねーじゃねぇか!』と訴えていた。
アル一人騙すのも、色々と苦労なのに・・・更に家で緊張を強いられるのは正直ご免こうむりたい。
そんなエドの気持ちが伝わった様で、ロイはクスリと笑った。
「・・・実は、彼女はイーストでも身の回りの世話をしてくれていた人なんだ。こちらに移る際、暇をだしたんだが・・・娘さんの夫婦がセントラルに住んでいてね、前々から一緒に暮らそうと言われていたのに、私の事を心配して躊躇していたらしいんだよ。丁度いいのでセントラルに彼女も移って、またうちのことを手伝ってもいいと言われていたんだ」
「ああ、前に言っていた『かなり年上の女性』か」
側近と弟の前でカミングアウトした後、初めてイーストの屋敷に招かれた時の事を思い出しながら、エドは頷いた。
そんなエドに、ロイは口元に揶揄するような笑みを浮かべて、続けた。
「そうそう。君が家に来たとき片付いた部屋を見て『通ってくる女でもいんの?』と、ヤキモチ妬いていただろう?その人だ」
「ヤキモチなんか妬いてねぇ!!」
があっと牙をむいたエドに、ハハハと笑い返しながらおもむろにその手をとって――――そして、引き寄せた。
「お、おわっ!?」
気付いた時には、膝の上。
「君と結婚したのは、私の身の回りの世話をさせるためじゃない―――私の心が、君の存在を求めていたからだ」
目の前に、漆黒の瞳が迫っている。
「雑事は人に任せて良い。――――君は、君のやりたい事、やらねばならぬ事をすればいい」
「ロ、ロイ・・・・・」
「愛してるよ、エディ」
更にその瞳が近づいて来た時、突然ガタリと音がした。
音の主はアルフォンス―――彼が椅子から立ちあがった音だった。
「こ、子供は寝る時間みたいなんで・・・僕、部屋にいきます!!」
おやすみなさ――――――――ぃぃぃ
・・・そう叫びながら、『お前、眠らない体だろ?』とエドが突っ込む前に、アルフォンスは部屋から走り去っていった。
それを呆然と見送ってから、エドはロイをキッと睨みつけた。
「てめぇ・・・」
「そう睨まないでくれたまえ。―――さて、人払いも済んだ事だし、先ほどの話の続きだがね・・・」
「ちょ、ちょっとまて!下りる!!」
睨んでも全く堪えてないロイに歯噛みをしつつ、この体勢は嫌だと、エドはロイの膝から飛び降りた。
そんなエドをニヤニヤと見つめつつ、ロイは肩を竦めて見せた。
「別にあのままでもかまわないんだがねぇ?」
「うっせ!それより話の続きだ。―――家の中でまでこれ以上緊張させられんのは、ごめんだぜ?」
「だが、君一人で家事をするのも嫌なんだろう?先ほども言ったが、私が手伝うのは無理だし、やる気もない。―――となれば、プロに任すのが一番良い選択だとおもうがね?」
「そりゃあ、そうかもしれないけど・・・・・」
「使い方しだいでどうにでもなるだろう?住み込みではないし、彼女の勤務頻度は君が決めたらいい」
別に一日中一緒にいるわけじゃない。来てもらうのも、毎日じゃなくてもかまわないじゃないか?
君が大変な時だけ、彼女を呼んで手伝ってもらえばいい。
そもそも、私が居ない間だけ使えば、下手な小芝居だってする必要もないだろう?
――――そう言われて、なるほど・・・とエドは頷いた。
『つまり・・・秘密がばれない程度に、使えばいいってことか』
考えこみながら、もうひとつ気にかかっている事を口にした。
「でも、俺達の秘密以外に・・・アルのこともあるだろ?」
「・・・素性は確かな人だし口も硬い。アルフォンスのことも、もしバレたとしても他に口外することはないと思うよ」
「そっ、か・・・」
コイツ無能とはいえ、人を見る目は確かだしな。その点は信用しても良いか。
『となれば、その人に来てもらうってのも、有りか・・・・・』
とはいえ、今まで自分のことは自分でやる主義だったエド。
しかも実家も別に金持ちではなかったから・・・使用人を使うなんて、なんだかおこがましいと言うか、なんというか。
うーんと悩むエドに、ロイは。
「彼女が手伝いに来れるのは来週からだから、それまでゆっくり考えたまえ。――――それより、君。相手してくれないか?」
「へ?」
「チェス。アルフォンスは部屋に行ってしまっただろう?責任とってくれたまえ」
「・・・・・誰のせいだよ」
ブツブツ言いながらもエドは向いに座って、そして盤上を見つめた。
『どうすっかなー・・・』
使用人の事か、チェスの事か。
どちらともつかない呟きと共に、エドはコマを手に取った―――――――
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「や!ロイ・・・ちょっとまって!!」
「待てないよ、エディ――――――」
「ダメだって!ああっ・・・・・!」
エドは悲痛な声を上げてわななき、そして髪を掻き毟って、叫んだ。
「ちきしょ〜〜〜〜〜!!また負けたっ!!!」
『ちきしょう、今度こそは!!』そう叫びながら、腹いせにチェス盤のコマをかき混ぜてぐちゃぐちゃにするエド。
それを呆れた様にみつめながら、ロイは疲れた声で言った。
「もう、いい加減にしたまえよ?」
「てめぇ、勝ち逃げする気か!?―――もう一回だ!!」
「明日も早いんだがね・・・・・」
『アルフォンスを部屋に行かせるんじゃなかった・・・』
ロイはそう後悔しながら、『はぁ』とため息をついて――――やる気満々な嫁を見つめたのだった。