「いい天気だなぁ・・・・・」
キッチンの窓から空を見上げて、エドはそう呟いた。
夫は今日も仕事、弟は只今外出中。
誰もいない午後。
エドはキッチンにあるアイロン台でロイのシャツにアイロンをかけ始めたのだが――――
アイロンなど余り使った事がないので、どうにもうまくいかず、かえって無駄な皺をつけてしまったりしていた。
イライラと付けてしまった皺にまたアイロンをあてて伸ばしてから、ため息をつく。
気を紛れさせようと見上げた窓から見えた空が、青い。
「俺、なんでこんなことしてんのかなぁ・・・・・」
働くのが嫌な訳ではないが、あの男のシャツにアイロンなどかけていると思うと、無性に空しい。
しかも、料理なら好きだから余り苦にならずむしろ楽しいのだが・・・洗濯関係はどうも苦手だった。
これで、愛でもあれば苦手なものでも頑張れるのかもしれないが・・・・・・生憎、『愛』はない。
「空しい。とはいえ・・・やっぱり人を使うのは、なぁ」
ロイに使用人を使うように言われたが、エドはまだ迷っていた。
仮にも将軍の家なのだから、使用人がいるのはある意味当たり前の事だ。
だが、一応『将軍の伴侶』とはいえ自分が人を使うような身分とは思っていないし、師匠にも自分のことは自分でやれと幼い頃に厳しく躾られているので、抵抗が沸く。
―――そして、何よりこれ以上秘密保持の為に神経を使うのは嫌だった。
「やっぱ、断るか・・・・・」
コレもそのうち慣れるだろ・・・・・
なんとかアイロンをかけ終えた一枚を、椅子の背もたれに放り投げるようにして引っ掛けた時。
玄関の呼び鈴が鳴った――――
・ 理想の結婚 ・ <その4 ”新生活”>・・・3
玄関ドアを開けて見ると―――そこには、小柄なおばあさんがちんまりと立っていた。
「あの、何か・・・・・?」
「こちら、マスタング様のお屋敷でしょうか?」
「え?ああ、そうだけど・・・」
「ああ、よかった!私、この辺は不慣れで・・・・・迷子になりそうだったんですよ」
彼女はホッとしたように自分の胸に手を当てて息を吐いて。
そして、何かに気付いたようにじっとエドの顔を見つめた。
エドとしては、しげしげと見つめられ何やら居心地悪い。
もう一度何の用か聞こうと口を開きかけた時、相手の方から話しかけてきた。
「あの・・・エドワード・マスタング様でしょうか?」
「え?ああ・・・そうだけど」
「ああ、やはりそうですのね!お会い出来て光栄です!」
エドワードだと知ると、彼女はとてもとても嬉しそうに笑った。
そのままにこにこと笑みを浮かべたまま見つめてくるのに、戸惑う。
何やらあちらは知っている風だが、自分はこのおばあさんの顔にまったく見覚えが無い。
「は?いや・・・どーも。ところで―――アンタは?何でオレの名前知ってんの?」
「ああ、すみません!!・・・申し遅れました、私、ローザ・ゴルバと申します」
「ローザ・・・・・?」
どこかで聞いた名だ。どこでだったか・・・・?
考えを廻らせるエドに、ローザはまたニコリと微笑んだ。
「はい。今度からこのお屋敷でお世話になります、メイドのローザでございます」
「あ!」
そう言えば、昨日寝しなにロイに聞いた使用人の名が、確かローザだった。
だが、もう少し若くて体格のイイおばさんを想像していたので、すぐに結びつかなかったのだ。
それに、確か来るのは来週とか言っていなかっただろうか??
―――予期せぬ来訪者に戸惑うエドを見つめ、ローザはもう一度にっこりと笑った。
「これからよろしくお願いいたします、奥様!」
「お・・・おくっ!?」
ニコニコと笑みを浮かべる彼女に、思わず絶句してしまうエドだった――――
******
「すみません。奥様お手ずから・・」
「あーいや、それはいいんだけど・・・・・その呼び方、やめてくんないかな」
居間にローザ通し、紅茶を出したエドは顔を顰めてそういった。
その表情に気がついて、ローザの顔からここに来て以来ずっと浮かべていた笑みが消える。
「申し訳ありません、お気を悪くされました?」
「あ、いや!怒ってるってんじゃないけど、オレも男だからさ、抵抗があるって言うか」
ローザの表情に慌てて手を振って釈明してから、困ったように頭を掻くエドに・・・・ローザは納得したように頷いた。
「ああ・・・そうですわよね。申し訳ありません、気が回らなくて」
「あー、いや・・・」
「では、なんとお呼び致しましょうか?」
「え!?あ・・・な、名前がいいかな・・っ?」
「では、エドワード様と」
「いや、『様』もいらねーよ。『エド』でかまわないからさ」
「いえ!そういう訳にはいきません。エドワード様が気さくな方なのはとても嬉しいですが、メイドとしてわきまえる所わきまえませんと!」
ローザはそう力を込めて言う。・・・なにか、メイドとしてのポリシーでもあるのかもしれない。
「エドワード様とお呼びしてよろしいですか?」
「・・・うう、ガラじゃねぇんだけど・・・・・」
「それでは、ロイ様がお呼びするように『エディ』様と・・・・・」
「や、やっぱ、エドワード様でいい!!」
それだけは、嫌だ!!
ぎょっとしたようにそう言うと、ローザの顔がまた笑顔に戻った。
「分かりました。誠心誠意お仕え致しますので、どうぞ宜しくお願いいたします」
その笑顔にホッとしつつも、エドは内心で『困ったなぁ』と呟いた。
さっき、やはり使用人を雇うのは止めようと決めたばかりだ。
だが・・・この目の前の人は、もうすっかりここで働くものと思っているようだ。
『娘の所にいるって言うから、生活には困ってないだろうから断っても平気だと思ってたんだけど―――働く気満々だなぁ。金が必要でこの仕事をあてにしてたのかもしれないし・・・・断りづれぇな。どうしよう・・・』
なんと言おうか思案していると、ローザが不思議そうに首を傾げてこちらを見つめてきた。
「エドワード様?どうかなさいましたか?」
「あ、いや、その・・・・・それより!!アイツ、アンタにオレの事何か話してたのか!?」
うまい断り文句が思いつかず、とりあえず先ほどから気になっていたことを聞いてみた。
この人はアイツがオレを『エディ』と呼んでいるのを知っていた。
他にも色々と吹きこまれているかもしれない・・・・。
『碌な事言ってねぇに違いねーっ!!』
そう思いつつ、椅子から身を乗り出すようにして尋ねると・・・ローザはまたニコニコと笑いながら答えた。
「ええ、馴れ初めから結婚に至るまで、お二人の愛の軌跡をこと細かく話してくださいましたv」
「うがぁ!!」
エドは叫ぶと、頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
『アホか、アイツは・・・・・っ!』
やっぱり、碌な事を言ってなさそうだ。
エドは恐る恐るローザを見た。
「ち、ちなみに、どんなふうに・・・?・・・・・・いや、ちょっと待って!!」
聞くべきか、聞かざるべきか。
・・・聞かないほうが身の為な気がものすごーくするけど、何言われてんのか気になるっ!!
問いかけを途中で切って、また頭を抱えているエドをローザはじっと見つめて。
そして、クスリと笑った。
「本当に・・・ロイ様の言う通りお可愛らしい方なんですねぇ」
「は!?」
アイツ、ンな気色ワリィ事、言ってやがんのか!?
「ロイ様はエドワード様の事が愛しくて仕方ないようで・・・それはそれは楽しげにあなた様の事をお話になって。ロイ様には珍しく長電話で、沢山お話してくださいました」
「・・・・・(あのヤロウ!!)」
やっぱり、アイツ遊んでやがるな!?
からかってオレが慌てふためく様を思い出して笑いながら、言葉だけは愛だの恋だの気色悪い台詞を並べて話したのだろう。
ンな事を言われたら・・・アイツが帰ってくる前でも、やはりそれなりの演技をしなくちゃ怪しまれるじゃないか!?
現に、目の前のローザは『ラブラブですのねv』みたいな、少しからかいが混じったような瞳でこちらを見ている。
居た堪れない・・・・・・
『ほんと、底意地の悪い男だ!!』
大体、メイドにまでそんなに事細かに嘘をつく必要無いじゃないか!!
ギリギリと奥歯を噛み締めながら、内心でそう叫んでから・・・・・ハタ、と気がついた。
『アイツ・・・・・なんでそんなことを?』
使用人相手に、そこまで演技する必要があるのだろうか。
違和感に首を傾げていると・・・ローザが目を細めるようにしてエドを見つめ、呟いた。
「ロイぼっちゃまは、やっと唯一の方をみつけられたのですねぇ・・・・・」
涙声の呟きに――――――エドは目を見開き、ローザを見つめた。