「ぼっちゃま・・・・・・・?」
「あ、私ったらついうっかり・・・ぼっちゃまが成人されてからは、『ロイ様』とお呼びするよう申し付かっておりましたのに」
エドワード様、ロイ様には内緒にしていただけませんか・・・?
ローザは困ったように肩をすくめてから、そう言って悪戯っぽく笑った。
エドはポカンとローザを見つめていたが・・・すぐに我に返って、身を乗り出すようにして言った。
「あ、うん。それはいいけど・・・・・つまり、アンタは只のメイドじゃなく、アイツの乳母かなんかだったのか?」
「はい。ロイ様のお母上様の代からお仕えさせていただいております」
「ロイのお母さん・・・?」
そういえば、アイツの家族のことなど聞いた事もなかった。
一応『伴侶』なんだし、知ってねぇとマズイこともあるかもな?
『それに・・・・・・』
―――エドは、俯いてニヤリと笑ってから、もう一度ローザを見つめた。
「・・・・・ね、ローザさん!アイツの昔話、聞かせてよ?」
『それに・・・・・・うまくいけば、弱みを握れるかも♪』
エドは、そんな下心を胸に、ローザに詰め寄った。
ローザは少し迷ったようなそぶりをしたが、そのうち『エドワード様になら・・・』と話し出した―――
・ 理想の結婚 ・ <その4 ”新生活”>・・・4
ロイの母親は、名家の出だった。
その名家の娘が、実業家の青年と出会い、恋に落ち・・・家の反対を押し切ってその青年の元に嫁いだ。
だだ、娘はお嬢様育ちで世間知らず。
娘付きのメイドとしてその家に仕えていたローザは、心配で嫁ぎ先のマスタング家までついて行くことにした。
「お嬢様がほんのお小さい頃からお仕えしていましたので、使用人の分際でおこがましいかもしれませんが、お嬢様は私にとっては妹のような、娘のような・・・そんな存在でした。お嬢様も私のことを『家族』と常々言ってくださっていて。とても離れがたくて―――それで、嫁ぎ先までお供させていただいたんです」
「そうなんだ・・・」
「私には別れた夫との間に出来た十になる娘がおりましたが・・・マスタングの旦那様はとても気持ちの良い方で、私と娘を快く家に迎えてくださいました」
マスタング青年の事業は順調で・・・実家ほどではなかったが、裕福な暮らし。
頼り甲斐のある夫。無垢で優しい妻。―――二人はとても微笑ましい夫婦だった。
しばらくして、そんな二人は一人の子供を授かった。
「それがロイ様です。とても利発で可愛らしいおぼっちゃまでしたよ」
「へぇ〜。そのお母さんに似てるの?」
「いいえ、あの黒い御髪といい・・・容姿は旦那様にそっくりですね。お優しい所はお母上様にも似ていらっしゃいますけど」
「・・・・・・・・へぇ」
アイツ、乳母の前でも猫かぶってやがんのか!?
・・・・・それとも、昔は可愛かったのに、軍に入ってスレたのだろうか?
『どっちにしろ、今はお優しくねーけどな』
ケッ・・・っと、心の中でそう吐き捨てていると、話を続けていたローザの声のトーンが落ちこんだのに気がついた。
エドは、顔を上げて彼女を見つめる。
「とてもお幸せな御一家だったのですが・・・旦那様が事故で突然なくなられてしまって」
「え!?」
「奥様は悲しみのあまり寝こまれてしまいました。お優しい方でしたが、その分お心が弱くて・・・旦那様を失った悲しみに耐えられなかったのです」
「・・・・・・」
「もちろん事業も旦那様がいなくなってしまわれたので、続ける事ができませんでした。事業は止めざるを得ませんでしたが、旦那様がしっかりとした方で―――それなりの蓄えと、それを運用していくらか収入を得られるよう生前から取り計らってくださっていたようで、当面の生活はなんとかなりましたが、やはり先行きを考えると不安でした」
「・・・・・ローザさんは?」
「私は・・・そんな状態ですからもうお給金を頂くのは憚られて・・・それでもお二人の元を離れたくありませんでした。ですからお閑をもらった形にして、お屋敷の近くにあったパン屋に昼は勤めて、夜はお屋敷に帰る生活をしておりました。娘もロイ様と奥様のお世話を進んでやってくれたので、なんとか・・・」
明るさがなくなったマスタング家でしたが、そのうちに奥様も『ふさぎこんでばかりは駄目だ』と自らを奮い立たせて、慣れない家事など頑張ってくださるようになりました。
―――ローザはその時を思い出すように、目を細めた。だが、その顔はすぐに曇る。
「慎ましやかながらまたマスタング家に幸せが戻ってきました。・・・ですが」
「え?」
「そのうち、奥様は本当にご病気になってしまったのです」
頑張っていこうと奮闘していた矢先、自分が重い病に侵されているのを知って・・・奥様は悲しまれました。
悲しみに暮れる母を見て、ロイ様はお小さいながら必死に励まされておいででした。
ですが、ロイ様の励ましの甲斐もなく、奥様は亡くなれてしまったのです・・・・
――――ローザは悲しそうに目を伏せた。
「・・・・・そうだったのか」
「ロイ様は、エドワード様にご家族の話はしなかったのですか?」
「ああ、全く。・・・オレもさ、弟はいるけどガキの頃に母親は亡くなってるし、父親は生きてっか死んでっかもわかんなくて。・・・そんなだから、特にアイツの両親の事も聞いたことなかったんだ」
「さようでしたか・・・・・」
「あ、じゃあ・・・ローザさんがそれからアイツを育ててきたの?」
「いえ。奥様が亡くなったのを知ったご実家から迎えが来まして・・・ロイ様と私達親子は奥様のご実家に戻りました。ですが、奥様の義兄上様はロイ様を疎まれて・・・ロイ様は辛い思いをなさったと思います」
ロイの母親の姉の夫―――
その叔父は・・・一応家長とはなっていたが、高齢の義父がまだ実権を握ったままだった。
叔父には息子がおらず娘ばかり。・・・その為、義父が自分の後の後継ぎに、呼び戻したロイを指名するのではないかとヤキモキしていたのだ。
「ロイ様にはそんなつもりはなかったのですが・・・。それを伝えたからと言って、叔父上様の態度が変わられることはないと知っておられたのでしょう。言い返さず、只耐えておられました。そして、16になったと同時に自分で手続きをされて、士官学校に入学されて家を出られました。――それからはご実家に戻る事はありませんでした」
「それで、軍人に・・・・・」
「もちろん、屋敷を出るための口実だけで軍人になられたわけではありません。ロイ様は国家の行く末に色々とお考えがあるようでしたから。・・・とにかくロイ様が屋敷を出られて、ロイ様がいらっしゃらないのにあの叔父上様の元にいるのは嫌でしたので、私もお閑をいただき娘と共にお屋敷を出ました」
私は故郷のあるイーストに戻り娘と暮らしました。
ロイ様は士官学校にいらしても、軍人となられた後も、私達のことを心配してたびたび連絡を下さっていましたが・・・イシュバールの戦いの後、連絡が途絶えてしまいました。
ご無事だと言うのは、新聞などに『イシュバールの英雄』などとロイ様の事が書かれていたので知ってはいましたが・・・。
手紙を送っても、ロイ様からお返事はきませんでした。
「英雄と言われようと―――ロイ様が深く傷ついているのが、私にはわかりました。・・・本当に、お優しい方でしたから」
ロイ様は私に心配を掛けたくない・・・でも嘘もつきたくないから、手紙を書けないでいるのだと思いました。
ですから、何時かまたロイ様が私にご連絡下さる気持ちになるまで、待っていようと思ったのです。
娘がそのうち結婚し、セントラルで暮らし始めましたが・・・住所が変わってしまえば、ロイ様から連絡が来た時わからなくなってしまう。
だから私は娘と共には行かず、イーストに残りました。
「でも、その甲斐あって・・・ロイ様がイーストに赴任される時連絡をくださったんです!それからは、イーストお宅に通いでお手伝いに伺っていました」
やっと明るい口調になって、また笑顔を見せるローザにホッとしつつ・・・
エドはバツが悪くて、視線を逸らした。
弱みを握るなどと言う下心で聞き出したのは、何時も余裕たっぷりでオレを簡単に手の上で転がしてみせる男からは想像もつかなかった、辛い過去で。
隠していたから言わなかったのか、それともかりそめの伴侶に言う必要がないと思って言わなかったのか?
・・・どちらにしろ、本人の知らぬところで聞き出したことに、罪悪感を感じてしまう。
―――そんな気持ちが態度に出てしまったのだろう。ローザが訝しそうにこちらを見た。
「エドワード様?」
「あ〜いや・・・無理やり聞いといてからナンだけど、オレ、聞いても良かったのかなって・・・さ」
そうポツリと返すと、ローザはきょとんとこちらを見つめて。
―――――そして、破顔した。
「もちろん大丈夫ですわ!そうでなければ、私もお話したりはしません」
だって、貴方はロイ様が見つけられた唯一の方ですもの!!
嬉しそうに笑うローザに、エドは戸惑って・・・ドギマギとかえした。
「さっきも言ってたけど・・・・・何でそう思うんだ?会ったのだって初めてだし?」
話を聞くまでは只のメイドだと思っていたので、主人となる者に愛想がいいのは当たり前だと思っていた。
しかし聞いてみれば・・・只のメイドではなく、アイツの乳母とも言っていい人。
いや・・・・・・・乳母どころではない。
たぶん、アイツにとっては祖母のような、母のような存在。――――『家族』と言っていい人だった。
そう、改めて気がついて・・・エドは更に戸惑う。
家族が結婚したら、嬉しいだろうが・・・・・それは、普通の結婚の場合だろう?
仮初うんぬんはともかく、『同性婚』であるのはこの人も重々承知の事実。
可愛がっていた子供がそんな結婚をしたら・・・・・・普通は、反対するものではないだろうか?
立場的にあからさまに嫌な顔は出来なくても、快く思われなくて当たり前のはずなのに・・・
どう見ても心底喜んでいる様に見えるローザに、エドは首を傾げた。
「見たら分かると思うんだけど・・・・・オレ、男だよ?なんで、アンタはすんなり受け入れてくれるんだ?」
エドは、眉を寄せてローザに問いかけた―――