「私は――ロイ様が誰かを愛す事はないのかもしれない・・・と、そう思っていました」
ローザの答えに、エドは目を見開いた。
「えっ?」
「もちろん人間愛としての愛は沢山持っている方です。部下を信頼し、友を大事にし、家族同様に過ごした私と娘を心から愛して下さっています。ですが・・・ご自分の生涯の伴侶として誰かを愛すことはないのかもしれないと、そう思っていたんです」
「・・・・・」
「ですから、あの方が『愛する唯一の方』を見つけられた事が、とても嬉しいんです」
性別なんて気にならないくらい、とてもとても・・・・・嬉しいんです。
ローザはそう言って、微笑んだ。
・ 理想の結婚 ・ <その4 ”新生活”>・・・5
「愛さない・・・って、なんで?」
今までは確かに見つけられなかったのかもしれないけど、アイツ女にすごくモテるだろ?
日替りでいろんな女連れてるし・・・あんだけ沢山いたら、中には気に入る人が見つかることだってあるだろ?
―――素朴な疑問としてそう聞いてしまったエドだったが、言った途端ローザの顔色が変わった。
「・・・・・ロイ様、まさか今でも女性達と会っていたりなさるんですか!?」
「えっ、いや・・・」
「ああ、エドワード様という方がいらっしゃるのに何てこと!!・・・お任せ下さい、このローザがぼっちゃまをお諌めしてまいりますから!!」
今まで穏やかな顔しか見せなかったローザが、剣呑な顔で立ちあがったのを見て、エドは慌ててそれを制した。
「ち、ちがっ!!えっと、それはオレと結婚する前のことでっ!今は、その・・・・・オレだけだから」
自分で言っててトリハダがたつ・・・・・
それでも何とかエドは顔を笑みの形に作って、ローザに微笑んだ。
引きつった笑いだったがそれでもローザは騙されてくれた様で、ホッと息を吐いてまた椅子に座った。
「さようでございましたか・・・よかった。すみません、私ったら早合点してしまって」
「き、気にしないでいいよ」
「でも、やはりロイ様にお会いしたら少し釘をさしておきますわ!・・・ロイ様はお優しい方ですが、お優しすぎて女性につれなく出来ない方なんです。・・・まぁ、女性の優しいのはいいことですけど、伴侶を得られたのだから誤解されるようなことは謹んでいただかなくては」
「え!?いや、別に・・・アイツは大丈夫だよ。ローザさん、そんなに気を揉まなくてもいいから」
つーか、この結婚は表向きだから別に『浮気』してもかまわねーんだけど?
嘘の結婚のせいで、そんなにがんじがらめにしたら流石に・・・・・;
―――少しロイが気の毒なような気がしてフォローを入れると、ローザは感動したような声をあげた。
「エドワード様・・・ロイ様を信頼してくださってるんですね。ああ、本当に貴方様はロイ様にふさわしい、素晴らしい方ですわ!」
いや、単にどうでもいいだけなんだけど・・・
内心でそう呟きながら、エドはまた引きつった笑顔を浮かべて話を変えた。
「あ、あのさ・・・どうしてアイツが『誰も愛さない』のかって話なんだけど。―――昔愛した人を忘れられないとか、そんなの?」
「いいえ、違いますわ!ロイ様が本当に愛されたのは、エドワード様が初めてです。・・・・・あの方が誰も愛さないのは、先ほど話した生い立ちと、今のご職業のせいですわ」
「え・・・?」
「ロイ様は女性の悲しい顔が苦手なんです・・・・・お母上様の亡くなる前の悲しい顔が忘れられないんですわ」
奥様はもともと朗らかな方でしたが、旦那様が亡くなってからは悲しみに暮れることが多くなりました・・・ロイ様は大好きな母上様が悲しむのを見ていられなくて、いつも笑わせようと必死でした。
奥様はロイ様のそんなお優しい気持ちが良く分かっているようで・・・ロイ様が励ますと笑みを見せてくださいました。
ですが、やはり旦那様が亡くなる前の輝くような笑顔は見ることが出来なかったのです。
「ロイ様をプレイボーイと思われているかもしれませんが・・・ロイ様は女性達の悲しい顔を見たくないんです。だから、女性にはいつも優しく・・・余計に周りにはいつも女性達が群がるんですわ。そんなふうですから、お付き合いする機会も多かったみたいですが。
―――それでも、ロイ様はその中のどなたも伴侶として求める事はありませんでした。」
昔を思い出す様に目を閉じて、ローザはそう呟く。
「ロイ様は軍人です。・・・自分の身にいつ何が起こるかもわからない。だから今まで誰も愛さなかった―――自分の身にもしもの事があった時、残されたその人がお母上の様に悲しまれるのが嫌だったんでしょう」
ましてや、ロイ様にはイシュバールの辛い記憶がある。
狙われる事も多いし・・・もしかして、沢山の命を手にかけた自分が幸せになってはいけないと、そう思われているのかもしれません。
・・けれど、私はロイ様に幸せになって欲しい。
ロイ様の気持ちもわかりますし、私ごときがロイ様の覚悟に意見などすることはできませんが・・・それでも、心の中では誰かロイ様のお心を変える方が現われてくれるように祈っていました。
「ずっとずっと、そう祈っていたのですが・・・先日ロイ様からエドワード様のことをお聞きしまして、どんなに嬉しかった事か!!やっとぼっちゃまは唯一の方を見つけられたのだと思うと、もう・・・私、このまま死んでもいいかと思うほど幸せで――――」
これで、天国の旦那様も奥様もご安心なさっている事でしょう。
そう言って目じりに浮かんだ涙をハンカチで拭うローザを見て・・・エドは眉を寄せた。
『なんか、調子狂うなぁ・・・』
いつも女にだけ愛想がいいタラシ男かとおもえば・・・いや、只の女好きってのも多分にあるとオレは思うけどね?
それでも、あの男の根底にはやはりこの人が言うような理由があるのだろう。
だとすれば、結婚前に言っていた『複数の女性と楽しめなくなるから』という、アイツの結婚しない理由は嘘だって事だ。
―――ローザの出現で色々と覆されはじめた『ロイ像』に、エドは戸惑ったように頭を掻いた。
『最低男と思ってたから嘘の結婚もしやすかったんだけど、なんだかこれじゃ・・・。しかも、こんなに喜んでるローザさんも騙している事になるんだよな」
居た堪れない気持ちで目を伏せると、ローザが訝しげに首をかしげた。
「エドワード様?」
「いや・・・その。オレ・・・そんなの全然知らなかったからさ、オレで良かったのかなーと。ローザさんもすごく喜んでくれてるけど、オレはアンタが思うようなたいそうな人間ってわけじゃないし、ガッカリさせるだけかも・・・とか?」
確かに結婚はしたけど、それがずっと続くかなんて・・・わかんないだろ?
エドは小さな声で、そう呟いた。
嘘がバレた時、怒られるのはしかたないとしても・・・この人を悲しませるのは嫌だなと思った。
それに、バレなくても・・・お互いの目的が果たされれば、自分達は別れるのだ。
その時、この人はどんな顔をするのだろうと想像すると、辛い。
――――俯くエドをじっと見つめていたローザは、やがてゆっくりと口を開いた。
「大丈夫ですわ」
「え?」
「実は・・・最初お聞きした時は、少し疑っていたんです」
「ええっ!?」
「あの頑な決意が何の予兆もなく翻されたのも驚きましたし、エドワード様のことを教えてくださったのも直接ではなく、電話でした。結婚式も『軍関係者だけ招く事になった』等と仰って、私を呼んではくださらなかったですし。
・・・私はロイ様がお小さいころからお側にいるので、あの方の隠している感情が分かる時が多かったものですから、直接会えば嘘がバレると警戒なさっているのかと。
―――電話で結婚の報告を聞きながら、そんな憶測をしてしまいました」
ロイ様は誰も愛す事はないとは思っていましたが、何かの理由で結婚する事はあるかもしれないとおもっていましたから。
―――例えば、御自分の目的を達する為に何かの利益がある・・・とか?
「えっ・・・」
エドは言われた言葉に、飛びあがりそうになった。
この人、只の『ぼっちゃま』可愛さにメロメロなおばあちゃん・・・では、ない。
結構鋭く、そして冷静に状況を把握していたのだと思うと、冷や汗が背中を伝った。
「ですが・・・電話で話しているうちに、それは杞憂だということがわかりました」
「杞憂・・・・・」
「ええ、お話しているうちに・・・ロイ様の貴方様への気持ちが私に伝わってきたんです」
ローザは、その時の事を思い出したようで、ニコニコと満面の笑みで語る。
「貴方様に昔の女性関係をお聞かせするのは憚られますが・・・その、今までのお相手は私がどんな方かお聞きすると、『素晴らしい女性だよ』とか『美しい人だよ』とかそんな答えが返ってきましたが、『どんな風に素晴らしい』『どこが美しい』など仰る事はありませんでした。ましてや、相手を貶すようなことは一つもなかった。なのに、貴方様の話は違いました!貴方様の失敗談を話して、可笑しそうに笑うんです」
「・・・・・・・・それって、単にバカにしてるだけじゃあ・・・?」
あのヤロウ!と、腹の中で毒づきながら返すと、ローザは首を横に振った。
「いいえ。蔑む者を語るのにあんな喋り方はしませんわ。ロイ様の言葉の端々に愛しさが滲んでいて・・・その後、貴方が弟さん想いで優しい方だと、ロイ様はそう仰いました。若いが、苦労していて・・・でも、それに負けない強い人だと」
カアッ―――
エドは、突如熱くなってきた頬を思わず手で押えた。
『ば、バカかアイツは・・・演技なんだろうが・・・なんかアイツに誉められるとウスラサムイッ!!』
―――寒い割には頬を赤くして、エドは内心でぶつぶつと文句を言う。
「だから、私は本当に愛する方が出来たのだと嬉しくなって!言ったんです・・・『大切な方が出来て宜しかったですね!それは生涯かけてお守りしなくてはいけませんね』と。―――そしたらロイ様はクスリと笑われて、こう仰いました」
彼は私に大人しく守られているような子じゃないよ?
自分でどう進むかを考え、自分で道を切り開き、そしてその道を恐れずに進む事が出来る人だ。
私に守られなくても・・・・・・・例え、私がいなくなったとしても。
彼は道を踏み外すことなく前を見て真っ直ぐに進むと思うよ?―――――と。
「ロイ様は貴方を愛しんでいて、信頼していて、尊敬していて・・・大切に思っているのだと、嬉しくなりました」
だから、あの方は唯一の方をやっと見つけられたのだと―――そう思ったんです。
「本当は、こちらにお世話になるのもロイ様に無理を言ったんです。ロイ様は『もう引退してゆっくりした方がいい』とか、『プリムラ(娘)もその方が安心だろう?』とかいろいろぶつぶつ仰っていましたが、そこを曲げていただきました・・・どうしても貴方とお会いしたくて」
お会いできて光栄です、エドワード様。
ローザは涙を指で拭って、微笑んだ。
――――その笑顔を見ながら、エドは気がついた。
あの男がこの人にオレのことを色々話したと聞いて、何を遊んでやがるんだと憤慨したが。
・・・もしかして、アイツはずっと自分の行く末を案じていたこの人を安心させてやりたかっただけかもしれない。
また働きにくるのは、やはりバレる可能性が大きいから渋ったようだけれど・・・
それでも結局断れなかったのは、この人がこんなにも嬉しそうだったからなんだろうな。
・・・やはりこの人は、あの男にとってかけがえのない家族なのだ。
―――オレにとっての、アルフォンスのように。
『それじゃあ――――しゃあねぇよなぁ』
アイツはオレからアルを取り上げるつもりはない・・・と、リスクを承知で同居してくれた。
ならば・・・オレも、アイツからこの人を取り上げる訳にはいかないだろう。
『少し芝居してやるくらい、いいか』
そう思いつつ、エドはローザに笑いかけた。
「・・・オレも会えて嬉しいよ。あ、いつから来てもらえるのかな?やっぱ、来週から?」
「雇って頂けるんですか?」
無理に押しかけておいてなんですが、奥様がお嫌なら諦めようと思っていたのですが・・・?
不安そうに見上げてくるローザに、エドはニッと笑って見せた。
「アイツにとって家族なら、オレにとっても家族ってことだろ?」
これからヨロシクな!
そう言って笑うと、ローザもまた満面の笑みで笑った。
「勿体無いお言葉ですわ!!ありがとうございます、エドワード様!」
「いや、手伝ってもらえればオレだって助かるし・・・家事に関しては手際がワリィ事も多いから教えてもらえると嬉しい」
「それはもう!何でもお手伝いさせていただきます」
「ついでに、またアイツの昔話してくれるといいな」
今度は笑えるヤツ、頼める?
ニヤリと笑ってそう言うと・・・ローザはきょとんと瞬きをして。
―――――そして、彼女もニッと笑った。
「エドワード様にでしたら、とっておきのをお話しますわ」
パチンと悪戯っぽいウィンクを返してきた彼女。
エドとローザは、お互いの顔を見つめて同時に笑ったのだった――――
******
その夜―――
家に帰ったロイは、出迎えた人物を見つめて、あんぐりと口を開けた。
「お帰りなさいませロイ様」
「・・・・・ローザ!?」
ニコニコと挨拶をし、コートを受け取ってハンガ―に掛けるローザの後ろ姿を見ながら、ロイは眉を寄せた。
『しくじった・・・来るのは来週だと思って油断していた』
思っていなかった訪問者に、内心で焦る。
『・・・エディにローザのことをよく説明しておくべきだったか?』
ボロを出していなければいいが・・・そう内心で舌打ちをしていると、奥からエドが現われた。
「あ、おかえり!」
「・・・ただいま」
「今日は早かったんだなー。ごめん、飯まだ出来てないんだ。もう少しだから、リビングでつくろいでて?」
「あ、ああ・・・」
「あ、ローザさん、こっち来て味見してくれよ!」
「はい、エドワード様」
そう言ってまたキッチンに戻っていくエドの後を、ローザが付いていく。
ロイは二人の背中を見送って、しばし呆然としていた―――
その後、着替えてリビングに下りてきたロイは、キッチンの方から聞こえてくる楽しそうな笑い声に、複雑な顔して。
向かいのソファーで本を読んでいるアルフォンスに問いかけた。
「・・・・・・いつの間にあんなに仲良くなったんだ?」
「さぁ・・・?僕が出かけてる時に来たみたいですけど、帰ってきた時にはもうすでにあんなでした」
なんか、ふたりですごい盛りあがってて・・・僕も入りこめなくて。
だから、夕食の支度は二人に任せて、本読ませてもらってるんですけどねー?
アルは苦笑気味でそう答えて寄越した。
そして――――
夕食中、人の顔を見て『ぷっ』と吹き出すエドを見て、ロイはローザを睨む。
「ローザ・・・エディに何を言ったんだ?」
「そうですわねぇ・・・・・・・・・・色々、でしょうか?」
ロイは顔を引きつらせてそう聞くが。
にっこりと笑顔で誤魔化され・・・・ガックリと肩を落とした。
―――やはり、ローザが来るのは阻止するべきだった・・・
ため息をつきながら二人を見ると、二人はまた笑いながら会話をしていた。
それに、いつの間にやらアルフォンスも加わって、実に楽しげで。
『――――――まぁ、いいか』
最後には苦笑いを浮かべ、久しぶりに食べる懐かしい味の手料理に口をつけたのだった。