その日―――森に囲まれた湖のほとりにロイとエドは立っていた。

そこはとても美しい場所。
森を通り抜ける風は清涼で、湖の水は澄み、森の緑を映しこんでいる。
見上げると空は爽やかな青―――そして、その下に白亜の城。
そのコントラストのなんとすばらしい事か。
女性なら、うっとりと見とれ、男性でも感嘆の声を上げるだろうその光景の中・・・・・・二人はなぜか不満そうな顔で佇んでいる。
―――そのうち、エドが城を見上げて呟いた。

「なぁ・・・」
「・・・なんだね?」
「なんでオレ達、こんなところに二人でいるんだろうな?」
「・・・・・それは、ハネムーンだからじゃないかな」

ハネムーンは、普通二人きりで行くものだ。
そう答えたロイを、エドはキッと睨みつけた。

「なんでこのオレが、アンタなんかとハネムーンに来なきゃなんねぇんだ!!」

ブチキレ寸前といった感じでエドは語気を荒げる。
そんな彼をチラリと横目で見て、ロイは答えた。

「それは、君が私の妻だからに決まってるじゃないか?」

君とじゃなければハネムーンにならないじゃないか?そうでなければ、私だってこんな豆より美女と来たいよ。
・・・つまらなそうにそう答えるロイに、エドは猫のように髪の毛を逆立てた。


「誰が豆粒ドチビか〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」


ロマンチックな湖畔に、お決まりの叫びが響き渡った―――




・ 理想の結婚 ・ <その5 ”蜜旅行”>・・・1




ハネムーン―――新婚夫婦が行く旅行。

二人は確かに新婚なのだから、彼らがハネムーンに行く事になんら問題は無い。
・・・だが、二人はそんなものに行くつもりは全く無かった。
何故なら、二人は仮初の夫婦だから。
法律上にも認められた、本当の夫婦ではあるのだが・・・好き合って結婚した訳ではなく、お互いの目的の為に手を組んだだけに他ならない。
とはいえ、自分達以外にはこの事実を知られたくなかった為、結婚式も挙げて、同じ家に住んでいる。
秘密を守る為には、最低限そのくらいはやらなければいけないのは承知しているからだ。

だが―――流石に新婚旅行まで行くつもりはなかった。

結婚したメリットの一つにロイの昇進もあったため、ロイはとても忙しいし。
ひと月の間、『主婦業』に専念する事になってしまったエドも、慣れない家事の事だけでなく、ロイからこっそり回してもらった資料で元の体に戻る手がかりを探すことに忙しい。
しかも、もともとは犬猿の仲の二人―――必要もない旅など、行こうという話になるわけもなく。
『何が楽しくてコイツと旅行に?・・・アホくさい』ということで、お互いの意見は完璧に一致していた。


それなのに―――結婚して10日ほど過ぎた時、ロイは突然大総統に呼び出された。
用件は、ハネムーンの件。

「マスタング君・・・何故新婚旅行に行かないのかね?」
「は?」

ロイはたっぷり5秒くらい黙り込んだ後・・・・・答えた。

「その・・・私も昇進させていただいたばかりで、何かと忙しいですし」
「仕事の事は私も便宜を図ってやれるぞ?」
「あ・・・いや。しかし、妻もそれほど行きたがっている訳では・・・」

大総統は二人の事情を知っているのに何を言い出すのだ?と、戸惑いながらも・・・あくまでも『愛し合って結婚した』というポーズを崩す訳にも行かず、そう答えたのだが・・・

「今の時期だと、西方がいいと思うぞ。気候も良いし、食べ物も美味い」

当の大総統は、ロイの答えなど全く聞こえていないかのように、お勧めスポットを口にしながら窓際まで歩み寄った後、くるりと振り向き、ロイを見つめてにっこりと笑った。


「行って来たまえ?」


―――『はい』と、頷くしかないロイだった。

しかも・・・その日のうちに、出してもいない『明日からの特別休暇申請の受理』を伝える書類と今夜出発の西方行き列車のチケットが届き。
大総統秘書官からそれを受け取った補佐官に『新婚旅行に行きたいなら、何故前もって相談してくださらなかったんです!?そうと分かっていれば、仕事の予定もそれなりに組みましたのに。・・・私だって鬼じゃないんですから』と―――鬼の形相で、怒られた。
それでも、本当の事は言えないのが辛いところだが・・・この辛さを分かち合うべき伴侶は、分かち合うどころかたいそう不満気で。
タラタラ文句を言う妻をなんとか汽車に乗せたまでは良かったが、車内でハネムーンだと言ったら、途端にブチキレる始末だ。
いい加減面倒になって放って置いたら静かになったので、その日は特別車のベットに入ってさっさと眠ったのだが・・・

次の日の午後、西方に着いて今夜宿泊予定の古城を改築したホテル前に着いたら、また不満が湧き上がってきたようで―――先のやり取り。
自身としても乗り気ではなかったロイなので、少しは言い返したくなるというものだろう。

「豆でないと思うなら静かにしたまえよ?それこそ、新婚の新妻らしく可愛くしてもらえるなら、私としても文句は言わんよ」
「けっ!知り合いの目がねぇのに、んな芝居なんかできるか!」
「まぁ・・・それはお互い様だがね。とにかく、一旦ホテルに入ろうじゃないか?疲れたよ」
「・・・わかったよ」

むすっとした顔をしながらも、ホテルに向かって歩き出す所を見ると・・・エドも疲れているようだ。
『旅なれた彼だから、体力的にというより、精神的にだろうがね・・・』
ロイは苦笑いでその後ろ姿を見送り、自分も歩き出す。

「一週間もの休み・・・学生の時以来だな」

大総統が何を考えてこんな事を言い出したのか、意図は分からないが―――
とりあえず・・・足元を掬われないように色々と手を打ってきたから、留守中の仕事もなんとかなるだろう。
とにかく、もう来てしまったのだ。出来ればクサるより、有効に使いたい。



「さて、どう過ごそうか?」



そう呟いて、ロイは白い城を見上げた―――――





やっとこさ、新章です〜;
見切り発車ですが・・・結局、書く事にしました、ハネムーン(汗)
ハネムーンなんて行きそうもないふたりだから、今回も大総統閣下にご登場いただきましたよ!(笑)
しばらく二人の旅にお付き合いいただきたいと思います♪


back      next    小説部屋へ