エドがホッと胸を撫で下ろす中・・・
ロイはエドから視線を外し、再びフェランドに振り返った。

「自分が陥れようとしていた者に救われる気分はどうだ?」

冷たいロイの声が部屋に響く。


「慈悲深い私の妻に感謝するのだな・・・だが、勘違いするなよ。貴様は許されたわけじゃない」


貴様には、焼き殺された方が楽だったと思うような制裁を与えてやろう。
こちらを見下ろしてそう言い捨てるロイに、フェランドはぐっと悔しげに喉を鳴らした―――。




・ 理想の結婚 ・ <その5 ”蜜旅行”>・・・13




悔しげに顔を歪めるフェランドを見下ろしながら、ロイはリザに命令を下す。

「中尉、連行しろ」
「了解」

頷き足を踏み出そうとしたリザだったが―――背後に気配を感じて後ろを振り返る。
それに気付いたロイも視線をむけて・・・顔を歪めた。

「爆発音が聞こえたので来たのだが・・・何事かね、マスタング君?」
「ベルガー殿・・・」

新たに部屋に入ってきた人物・・・それは、ベルガーと彼の使用人らしき長身の若い男だった。
ロイは内心で舌打ちをする。
フェランドの雇い主は彼だろう・・・。
そう思いつつ、チラリとフェランドの様子を窺うと、やはり安堵の表情を浮べている。
そして―――こちらと視線が合った途端、勝ち誇ったような顔をした。

『マズイな、ベルガーに渡す訳には・・・』

理由をつけて横槍を入れてこようとするだろうが、この男に渡す訳にはいかない。

「・・・妻がこの男に危害を加えられました。今から軍に連行して取り調べます」

そう言って、相手の出方を窺う。
ベルガーがなんと言うかと警戒していると、彼は意外な事を言い出した。

「なんと、君の細君が!?そんな危険な者を野放しにはできないな、早く連行するといい」

その言葉にロイは眉を寄せた。

『どういうことだ・・・フェランドはベルガーとは別件の単独犯なのか?・・・いや、そんな訳はない』

思案するロイの後ろで―――フェランドが息を飲むのが聞こえた。

「まっ・・・待ってください!私は・・・っ!!」

蒼白になってベルガーに駆け寄ろうとするフェランドに、ロイが再び手を掲げ、リザも銃を抜く。
―――だが、二人が動く前に部屋に銃声が響いた。
胸から血を流してゆっくりと倒れるフェランドに、ロイは目を見開く。
男が床に倒れる音を聞きながら、銃声のした入り口の方を振り向くと―――そこには、ベルガーが連れてきた使用人らしき男が煙が上がる銃を手にして立っていた。
銃を持った手をゆっくりと下ろす男に、ロイは険しい顔で怒鳴りつける。

「何故撃った!?」
「・・・申し訳ありません。主人に危害が及びそうだったもので、つい」
「つい・・・だと!?」

ロイは銃を撃った男ごと、男の後ろにいるベルガーを見据えた。
慌てる風も無くこちらを見ているベルガーに、ギリリと歯噛みする。

『こんなに堂々と口封じに出るとは・・・』

ロイが見詰める先で落ち着きはらっていたベルガーだったが・・・突如芝居がかった仕草で口を開いた。

「おお、私の使用人がとんでもない事を!すまない・・・だが、実際この男は今に向かってきた。致し方ないことだった」
「・・・致し方ないこと、ですか?」
「そうだろう?君の細君に危害を加えるような危険人物が向かってきたのだ。危害を加えられるかもしれないし、人質にとろうとしたのかもしれない・・・使用人が私を守ろうとするのは当然だろう?」

そんなことをつらつらと言い連ねるベルガーから視線を外してフェランドを見ると、顔にはすでに生気がない。
リザが駆け寄って脈を取っていたが・・・やがてロイを見上げて、ゆっくりと首を横に振った。

「・・・死亡したようですよ、ベルガー殿」
「おお・・・なんということだ」
「その男の身柄を引き渡していただきましょう」
「いや・・・それについては頷きかねるな。確かにとんでもない事になったが、この件について私は彼の正当防衛を主張するよ」


―――これは、事故だよ。マスタング君・・・。


こちらを見据えるベルガーに、ロイもまた強い視線を返した。

「私の妻は被害を受けている・・・『事故』などと、簡単に片付けられるものではありません」
「細君に関しては気の毒と思うが、それとこれとは違う話だろう?再度言うが、彼の行動は正当防衛だよ」
「・・・それは後ほど裁判で主張いただきましょう。まずは、身柄をこちらに」
「承服できない。このホテル従業員も関わったようだし、この件の解明についてはこちらも協力させてもらうが、彼を出頭させるに当たってはそれなりの手続きを経た上で応じよう」
「ベルガー殿!」
「・・・別に、逃げも隠れもせんよ。ここの管轄である西方司令部へはこちらで今から連絡を取るし、司令官にも私から事情を説明しておこう」

そう言い置いて、ベルガーは使用人を伴って部屋を出て行った。
それを見送って、ロイは忌々しげに呟く。

「つまり、西方の司令官はベルガー側の人間ということか」
「そのようですね」

リザはフェランドの腕を床に置くと、立ち上がった。
その時廊下からこちらに近づく足音が聞こえ・・・入り口に視線を向けると、ハボックが入ってきた。

「うわ・・・派手にやりましたね。あれ?その人・・・フェランド大佐じゃないスか?」
「ええ、彼も関わっていたようだけど口を封じられてしまったわ」
「口封じ・・・スか」
「そっちはどう?」
「ダメでした」
「どういうことだ?・・・報告しろ」

駄目だったというハボックに、ロイは厳しい顔で聞いた。

「はい。血痕があったあの部屋に自分と中尉が踏み込んだ時には、すでに犯人はいませんでした」
「逃げたのか?」
「いえ・・・ホテルの裏庭で遺体を見つけました」
「なに!?」
「どうやら上階の窓から落ちたようです。窓にも血痕がついていました」
「落ちた・・・だと?」
「まぁ、『落ちた』か『落とされた』かは、分かりませんが・・・」
「また先手を打たれたか・・・」

忌々しげに吐き捨てて、ロイはリザに視線を向けた。

「この土地では分が悪いな・・・相手の勢力圏内だ」
「はい・・・」
「これで実行犯は二人とも口を塞がれてしまった。ベルガーの息の掛かった西方の者がこの件の処理に出てくるのであれば、事件はうやむやで終わらせられてしまう可能性が高い。・・・せめて、あの少年の命を守らねば。護衛もファルマン一人では手に余るかもしれん」
「そうですね、護衛を増やしますか」
「そうだな。あの傷ではすぐには動かせまい・・・しばらく護衛を増やして、彼が移動できる状態になったらただちに移送を」
「では・・・少尉」
「了解っス」
「あ、待って・・・エドワード君も薬物を飲まされたの。一緒に病院へ」
「へ?大将が?」

部屋を見回したハボックは、天蓋付きのベッドの上に人影を見つけて、ベッドに歩み寄った。
ベッドに横たわるエドの様子を見て、大体の事情は悟ったようで、僅かに眉を寄せてからエドに声を掛けた。

「・・・大将、動けるか?」
「まだ・・・むり」
「そっか・・・でも心配すんな、俺が病院まで運んでやるから。ほら、腕を・・・」


「ハボック!」


エドを抱き上げるべくその体に手を掛けようとした時、急に名を呼ばれてハボックは後ろを振り向いた。
―――振り向いて、思わず「ひっ」と声を上げそうになったのを、何とかこらえる。
何故なら・・・自分の上官であり、今抱き上げようとしていたエドワードの夫の焔の少将が、焼き殺さんばかりの目でこちらを睨んでいたからだ。

「私が連れて行く・・・お前はここの後始末をしてから来い」
「イ、イエッサー!」

ずさっと一気にエドから1.5メートルほど離れて敬礼をすると、歩み寄ったロイがエドをシーツごと抱き上げて部屋を出て行った。
冷や汗ダラダラでそれを見送ったハボックは、二人の姿が視界から消えた後大きく息を吐いて、項垂れた。
側にいるリザを一度見上げてから視線を落とし、問いともつかぬ呟きを落とす。

「少将って、結構ヤキモチやきなんスね・・・」
「そうね・・・少し驚いたわ」

正直、まだ疑っていたのだけど・・・・・・本気だったのかしら?
リザも腑に落ちないように少し顔を顰め―――だが、すぐに表情をいつものクールなものに変え、事態の収拾をすべく、ハボックに指示を出し始めた。



******



カツカツと靴を鳴らして廊下を進むロイになすすべなく抱き上げられたまま、エドは共に廊下を進んでいた。
チラリと見上げると、彼は依然厳しい顔のまま真っ直ぐに前方を見つめている。

『機嫌・・・めちゃめちゃ、わりぃなぁ』

まぁ、この状況で機嫌がいい訳もないが・・・と、心中で溜息を吐く。
行くつもりも無かった新婚旅行に行かされて。
参加したかった訳でもないパーティに参加させられて。
挙句の果てにこの状況・・・確かに機嫌も悪くなるだろう。

『てゆうか・・・オレに対しても怒ってるかな・・・』

簡単に敵の手中に落ちてしまった自分を、『使えない』と思ったことだろう。
自分自身としても大失態だったことは重々分かっているので、責められても反論の余地は無い。

『でも、あのボーイの事も気になるし、小言覚悟で聞いてみるか・・・』

嫌みの一つも覚悟しながらロイを見詰めると・・・視線に気がついたようで、ロイがこちらに顔を向ける。

「エディ・・・体は辛くないか?」
「え・・・ああ・・・まだ、うごかねぇ・・・けど。へいき」

そう言うと、ロイは不意に立ち止まってエドをじっと見つめた。

「エディ」
「なん・・・だ?」
「・・・すまない」

何を言われるかと身構えながら、ロイの黒い瞳を見上げると、彼の顔が痛そうに歪むのが見えた。

『ロイ・・・?』

エドは、目を見開く。
・・・何故なら、この男のこんな顔は今まで見たことがなかったからだ。
後悔と懺悔を湛えたその表情を、唖然と見つめてから・・・エドは、突如唇をぐっと引き結んだ。

「ろい!おれは・・・ッ」

思わず身を起こそうとして・・・でも、やはり動かなくて言葉を詰まらせる。
悔しげに顔を歪めるエドを見つめて、ロイは眉を寄せた。


「・・・エディ、話は後でしよう」


まずは病院へ。
ロイはそう言って、再び前を見つめて歩き出した―――。




すみません、色々おかしな点はあると思いますが、事件部分のところはご容赦いただければ;;
苦手なんだけど、何も無いとラブにつながっていかないというこのジレンマ;;;


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