解毒治療を受けた後―――エドは病院のベッドで眠りについた。


深い眠りに引き込まれて気を失うように眠っていたエドだったが・・・夜中、人の気配を感じて目が覚めた。
髪を優しく撫でられる感触に僅かに瞼をあげてみると、ぼんやりした視線の先にロイの顔。
辛そうな顔で、彼はこちらを見下ろしている。
何か言ってやりたいと思ったが、意識が朦朧としていて言葉が出なくて。
そのうち、髪を撫でる彼の手の心地良さに、エドは再び眠りに落ちていった――。




・ 理想の結婚 ・ <その5 ”蜜旅行”>・・・14




髪を撫でる感触で、目が覚めた。

「・・・・・・中尉?」

目を開けると、いつの間にか入室していたらしいリザが、心配げ顔を覗き込んでいるのが見えた。
彼女の手が優しく髪を撫でてから、離れていく。

「起こしちゃったかしら・・・ごめんなさい。まだ寝ていていいのよ?」

あれ?髪を撫でていたのって、ロイじゃなかったっけ?
―――夢だったのかな??
未だぼんやりしている頭で考えつつ、答える。

「ううん、大丈夫。・・・オレ、どのくらい寝てた?」
「丸一日以上眠っていたわ・・・今は、事件があった日の翌々日の午後よ」
「そんなに!?」
「ええ・・・思った以上に体に負担が掛かっていたみたいね。ずっと食事も摂っていないけれど、お腹すかないかしら?」

食事を摂れるようなら、運んでもらうけれど?
顔を覗き込んで聞く彼女に、考えてからゆっくりと首を横に振った。

「うん。・・・でも、もう少し後でいいや」
「そう・・・。体は?少しは楽になった?」

彼女の言葉に体を動かしてみると、ちゃんと動いた。

「うん。もう動けるみたい」

声もスムーズに出ているのに気付き、内心でホッと息をついた。

「動けるし、喋れる。・・・ただ、まだダルイや」

苦笑してみせると、彼女も柔らかな微笑を返してくれた。

「ゆっくり休んだらいいわ。エド君はいつもアクティブ過ぎるもの。こんな時くらいは・・・ね?」
「でも、性に合わないんだよなぁ・・・寝てるだけって暇だし」
「じゃあ、少し話相手になるわ」

笑いながら椅子に腰を下ろしたリザに、エドも笑い返したが・・・すぐに表情を真面目なものに変え、聞いた。

「あのさ・・・あの後、どうなった?」
「あまり良くないわね・・・ベルガーに呼ばれた西方軍が事態の収拾に乗り出してきたんだけど、ベルガーの都合の良い風にしか動かないわ」

やはり、ここでは分が悪いわね。
珍しく溜息を吐くリザの様子から察して、苦笑しながら言った。

「ロイ・・・イラついてるの?」
「ええ、かなり」

今回いつになく感情的になっていらしゃるから、流石に私でも手に余るわ・・・。
そう言って肩を竦めるリザに、彼の妻らしく、一応謝罪の言葉を言った。

「悪いね・・・後でなだめとくから」

そう言いつつリザを見ると、彼女がじっとこちらを見つめているのに気がついた。

「中尉?」
「エド君は・・・今回の件、怒っていないの?」
「え?・・・そりゃ、腹は立ってるよ。あの男、妙なもん飲ませやがって・・・」
「いえ、フェランドの事じゃなくて」
「え?」
「少将を・・・恨んではいない?」

その言葉にエドは目を見開く。

「恨むって・・・そりゃあ、オレはとばっちりだけど・・・でも、それはアイツの所為じゃねぇだろ?」

あのフェランドとかいう男はロイへの恨みでオレを狙ったのだろうが、まるっきりあの男の逆恨みだ。ロイの所為じゃない。
―――そう言うと、リザの表情が少し緩んだ。

「そう・・・」
「なんでそんな事聞くんだ?」
「少将、かなり堪えてるみたいだから」
「え・・・」
「少将がいつになくイラついているのは、何より自分に怒りを感じているからよ」

防げなかった自分に腹を立てて、自分を責め続けている。
自分への私怨にあなたを巻き込んで、あなたに傷を負わせたのが耐え難いのね。
―――そう言って眉を下げるリザを見ながら、病院に運んでくれた時のロイを思い出す。


痛そうな顔で『すまない』と、呟いたロイ。
そして・・・夜中、苦しそうにこちらを見つめて髪を撫でていたのは、やはり夢じゃなかったのだろうと思った。


「・・・何を今更。こちとら、アイツと結婚するって決めてから、人に恨みを買うことなんか覚悟してるっつーの!」
「エド君・・・」
「あんな男の逆恨みよか、オレは今までアイツが手ぇ出してきた女達から恨まれる方がよっぽど怖いね」

前に婚約指輪を一緒に買いにいったらさ、その店に居合わせた客の中にアイツが以前手を出した女が五人もいたんだぜ?
狭い店内で15分足らずの間に、五人!!・・・さすがにあの時は結婚考え直そうかと思ったよ。
あれ以来、東方ではいつか刺されるかもと背後に気をつけて歩いてたんだけどさぁ。さすがに西方では大丈夫だろうと、ちょっと気を抜いてたんだよなー。失敗した。
―――肩を竦めてわざと茶化すように言うと、リザがクスリと笑うのが見えた。

「あなたが少将に愛想を尽かさないでいてくれるなら良かった・・・これで少将も少しは浮上出来ると思うわ」

そう言ってから、リザは急に真剣な顔でエドを見つめた。

「エド君・・・ごめんなさい」
「え?」
「私、今までこの結婚はやはり偽装かと疑っていたの」
「え・・・っ」

リザの言葉に、ドキリと心臓が跳ねる。
ドクドクとエドの鼓動が脈打つ中・・・リザは言葉を続けた。

「でもね・・・昨日からの少将の態度を見ていて、考えを改めたわ」


あの人・・・本当にあなたが大切みたい。


そう言って微笑むリザに、どう答えてよいか分からず、エドはただ黙って視線を逸らした。
ロイは確かにフェランドの逆恨みがこちらに向いたのを、苦しんでいるんだろう。
責任を感じているというのも、本当だと思う。
・・・でも、それは中尉が思っているような『愛情』じゃない。
同志としての友愛、または・・・もともと後見人だから父性愛や師弟愛のような、そんな類の『情』だ。
しかも、アイツにとって今の自分は『現時点では失うことの出来ない共犯者』だ。身の心配ぐらいするだろう。
―――そうは分かっているが、あらためて『大切』などと言われて、なんだかじわりと頬が熱くなった。
弱りながらチラリと窺うと、彼女が微笑ましげにこちらを見ているのに気付く。

『誤解なんだけど・・・でも、誤解を解くわけにもいかないしなぁ』

居た堪れない気分で顔を逸らした時、ノックと共に病室にドアが開く。
視線を向けると、入ってきたのはロイだった。
―――中尉が、席を立って敬礼をする。

「エディ・・・目が覚めたのか」
「ああ」
「そうか、良かった・・・中尉、病院の許可が出た。移送の手配を頼む」
「了解しました」

リザが部屋を出ていってから、ロイはエドに向き直った。

「具合はどうだ?」
「体も動くし、声も出る。問題ねぇよ」
「そうか」

ロイは息をつき、先程までリザが座っていた椅子に腰を下ろした。

「なぁ・・・オレが寝てる間に分かったこと、説明しろよ?」
「ああ、そうだな・・・」

エドの問いかけに、ロイは今までの経緯を話しだした。
ベルガーは大総統の自分への扱いに不満を持っているようだということ。
大総統の後継になりうる者を自分の手の内に引き込みたいと思っていて、ロイに目をつけたということ。
そもそも、その思惑が自分達が結婚に繋がっていたこと。
返答を迫られている時に見習いホテルマンのトムが現れ、エドの窮状を知る事が出来たことなど・・・ロイとエドがパーティ会場で別れた後の出来事をすべて話して聞かせた。

「迷惑なオヤジ『達』だな」

ベルガーのみならず、大総統のことも頭に浮べつつ、エドはゲンナリと呟いた。
大総統が黒幕でなくてホッとしたが、強引にハネムーンに行かせたことや、勝手にパーティに参加することになっていたこと・・・それよりなにより、この結婚がそんな思惑の上にさせられたことに、怒りを通り越して呆れ果ててしまう。

「ああ、まったくだ」
「で?その後は?西方軍が仕切ってるって聞いたけど・・・」

そう聞くと、ロイはますます渋い顔になった。

「中尉からも聞いたかもしれないが・・・ベルガーの思うがままにしか動かん。西方の司令官はもともとベルガーと親密な上に、私を快く思ってないからな。こちらの主張に聞く耳をもたん」
「・・・アンタ、西方の司令官にも嫌われてんのか?」

敵、多すぎ。
呆れ口調で言うと、ロイは眉を寄せた。

「若く才能があるというのは、それだけで妬み嫉みの対象になるのだよ・・・それに、先日私は彼の階級を追い抜いてしまったからね?面白くないんだろう」
「階級を・・・あっ!」

そこでエドはようやく思い出した。
結婚の話が出た時に、ロイに『西方の司令官がアルフォンスに興味を持った』ことを知らされた。
そのことが、この結婚に踏み切る最大のきっかけになったのだ。

「西方の司令官って・・・前にアンタが言ってた奴のことだな?」
「ああ。・・・司令官と言っても本当の西方司令官は中将閣下なのだが、普段は件の准将がまかされて指揮をとっているのだよ。東方でのグラマン中将と私のようにね?」
「なるほど・・・」
「私の方が階級は上なので立場は上だが・・・今はベルガーが絡んでいるから、簡単にはいかん。ベルガーは本当の司令官である中将閣下とも懇意らしいからな。・・・これ以上足掻いても、結局真相に迫れぬまま幕引きだろう」

フェランドが事件の首謀者ということにされ、本人死亡のままの逮捕。
ロイとフェランドの因縁については軍関係者なら誰でも知るところなので、『マスタング少将への怨恨でフェランド元大佐が少将の妻である鋼の錬金術師を狙った。死亡したホテル従業員はフェランドに雇われた者で、事件に気付いた少年の口を封じようとして反撃にあった後、誤って窓から転落して死亡』ということで収められてしまった。
結局、フェランドとベルガーの繋がりは一切明らかにされず、ベルガーの使用人がフェランドを撃った件は『正当防衛』。
すべてベルガーの良いように収められた。

「すべては敵の思惑通り・・・か」
「ああ。―――すべては闇の中だ」

忌々しい。
不機嫌な顔で、ロイはそう言い捨てる。

「アイツは?トム、だっけ?」
「そこだけはなんとか死守したよ。彼はただ巻き込まれただけの被害者ということを認めさせた。死亡した従業員を殴った件も正当防衛だし、何の罪にも問われない」
「そっか、良かった・・・」
「まぁ、彼はフェランドが君を陥れたのは知ったけれど、ベルガーが事件に関わっているというのは知らないわけだし・・・フェランドが死亡した今、トムの発言からベルガーに繋がる証言は取れないので彼は放っておいてもいいだろうということになったんだろうな」
「首謀者を明らかにできないのは悔しいけど・・・とりあえず、アイツの命が助かったなら良かったよ」

なんてったって、オレにとっては命の恩人だからな。
そう言って、安堵したようにエドはホッと息を吐いた。

「たぶんもう命は狙われないとは思うが・・・やはりこのままここに置いていくのは少々心配だから、一緒に中央に連れて行こうと思う」
「え?本人はそれでいいって?」
「彼はどうやら天涯孤独の身の上らしくてね。その境遇をベルガーに利用されたのだろうが・・・こちらの提案にすぐに頷いてくれたよ」
「そっか。それなら、ますます安心だ。なぁ・・・アイツの体が治ったら・・・」
「分かってる、就職先や住居などの手配もしてやろう」
「うん。頼むよ」

ロイの言葉に、深く頷いた。
事件の真相が闇に葬られたのは業腹だが、何とか少年の命は守れて良かった。
安心したと共に、疑問が頭をもたげる。

「なぁ・・・なんでベルガーはオレを殺そうとしたのかな?別れさせるだけでいいことだろ?」

フェランドがオレを殺そうとした理由は、奴が言っていた通りだろう。
ロイへの復讐に、妻であるオレを犯して殺す・・・フェランドがそう考えるのは、分かる。
だが・・・奴は、ベルガーに飼われていた。
たとえ宿怨を晴らしたくとも、ベルガー手下であるならばベルガーの意向に従わなければならなかっただろう。
―――だから、フェランドがオレを殺そうとしたのは、ベルガーの了承を得ていたからだとおもうのだが。

『でも、どうにも腑に落ちない・・・』

あのオッサンがロイを手に入れたがっていた事は分かった。
だが・・・ロイを婿にしたいだけなら、別にオレを殺さなくても別れさせればいいだけだ。
現時点でロイの伴侶である自分は確かに邪魔な存在かもしれないが・・・戦場ならいざ知らず、たとえ権力者であっても『殺し』はかなりのリスクを伴う。
首尾よくオレを殺せたとしても、それでロイが手に入る確証もないし、何故ベルガーがそんな乱暴な手に出たか分からなかった。
―――それがどうにも腑に落ちず聞いたのだが・・・ロイは顔を強張らせると、厳しい表情で聞き返した。

「ちょっと待て・・・殺そうとしたのか?」
「ああ、あの男がハッキリ言ってたけど?アンタを苦しませる為にオレを殺すって」
「・・・フェランドは確かに殺したかったろうが・・・腑に落ちんな」
「だろ?アンタがベルガー側へ行くと了承してて、なおかつオレが離婚しないと頑張ってる・・・とかなら分かるけどさぁ?まだアンタを口説いてる途中だったろ?おかしいよなぁ」
「そうだな。・・・私は、君は命までは取られないと思っていたんだが」

君を手の内に捕らえたなら・・・むしろ、私がベルガーの提案に頷かなかった時の為に生かしておくと思っていた。
私を思い通りに動かす為の人質にすると―――。

「・・・もしや、トムの行動以外にもベルガーにとって誤算があったのかもしれん」
「誤算?」
「フェランドは初めからベルガーの意思に従う気などなく、チャンスがくれば君も私も殺すつもりだった・・・とかね」
「なるほど・・・」
「だがな・・・あの男は確かに私を苦しめたかっただろうが、刺し違えてなどと考えるタイプには思えないんだが」

成り上がりたいという気持ちが強い男だった。
だから私への復讐にしても、刺し違えるより、一時怨恨を封印してでもベルガーに取り入り、権力を得てから復讐を果たそうとしそうなものだが。
ロイの言葉を聞きながら、エドはもう一つの不安も口にした。

「フェランドの件も腑に落ちなくてもやもやするけど・・・ベルガーが西方の司令官と懇意だったというのが不安だ。アルの件、大丈夫かな?」
「そうだな・・・」

ロイがその司令官より地位が上になったということで、その件は心配なくなったと思っていた。
それなのにこの状況・・・正直、先日の事件よりエドに取ってこっちの方が大問題だ。
―――エドの言葉を聞きながらロイはじっと一点を見つめて考え込んでいたが、やがて気持ちを切り替えたように顔を上げた。

「色々考える事はあるが、それは後にしよう。これ以上ここにいても事態が悪化する事はあっても好転は望めない。急ぎ中央に帰ろう・・・まだ体調はもどらんだろうが、静養はあちらに帰ってからゆっくりさせるから」
「ああ。別に静養は必要ねぇが、帰るのは大賛成だ」

もう西方はうんざりだ、早く家に帰ろうぜ。
ダルそうにそう言うと、ロイは深く頷いた。

「同感だ・・・今、中尉が退院の手続きをしているのでもう少しだけ待ってくれたまえ」

ロイは立ち上がって、ドアの方に体を向けたが・・・踏み出しかけた足を止めた。
じっと何事かを考えるようにして床の一点を見つめていたロイだったが、不意に顔を上げ再びエドに向き直った。
―――漆黒の瞳が、エドを捉える。

「ロイ・・・?」

どうしたんだ?
・・・そう尋ねる前に、彼は言った。

「君への謝罪をまだちゃんとしていなかったな・・・」
「え?」
「エドワード」



すまない――――――。



ロイはそう言って、エドを見つめた―――。




説明くさくてすみません;;
でも、やっと二人きりになれた!!嬉しいvvv


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