中央に帰ってきたロイは、トムを部下に任せ、一旦エドを連れて家に帰った。
エドを抱き上げたまま家に入ると、アルフォンスは動揺したように駆け寄ってきた。
「兄さん、どうしたの!?」
「アル。その・・・・・・ただいま。驚かせてごめんな?実は―――」
「エディ、私が説明しよう・・・その前に、謝罪させてくれ。アルフォンス、君の大切な兄弟に傷を負わせてしまった。すまない・・・」
「ロイ義兄さん・・・」
困惑したように見つめるアルフォンスに、ロイは頭を下げた―――。
・ 理想の結婚 ・ <その5 ”蜜旅行”>・・・16
エドを寝室に連れて行って休ませて、アルフォンスに事情を説明する―――。
「そんなことが・・・」
「私がついていながら、本当にすまない」
「・・・・・・義兄さんの所為じゃ・・・」
「いや、私の所為だ。私への私怨が彼に向かってしまった」
「義兄さん・・・」
「今回の事は私の落ち度だ。言い訳しようもない・・・だが、もう二度とこんな目に合わせたりしない」
決意を込めた瞳でそう言うロイを見つめて・・・アルは、ゆっくりと頷いた。
「・・・お願いします」
「ああ、約束する」
厳しい顔で頷くと、ロイは不意に立ち上がった。
「―――アルフォンス、エディを少し頼めるか?」
「ええ、もちろんそれは。・・・どこかに行くんですか?」
「まだ片付いていないし、留守中の報告も受けねばならん・・・中央司令部に行ってくる」
ロイはそう言い置いて、家を出た―――
******
「ブレダ」
「・・・少将!」
中央司令部に着いたロイは、廊下で部下の後姿を見つけて呼び止めた。
そして―――中央に残っていたブレダに、そのまま留守中の報告を受ける。
「ところで・・・こちらの状況は聞いたか?」
「はい、ハボックが連絡をくれたので・・・大変でしたね。エドの様子はどうです?」
「治療は済んだ。今は家で寝ているよ・・・少年と共に病院に行かせた中尉とハボックもそろそろこちらに戻ってくるだろう。彼女達が来てくれて本当に助かった・・・」
そう言ってから、ロイはふと思い出したように眉を寄せた。
「そう言えば、今回最悪の事態を回避出来たのは中尉達が来てくれたからなんだが・・・私がこちらに来るよう連絡した後発ったにしては、到着が早かった」
あれは、どういうことだ?
もしや、フェランドが西にいるという情報でも得て、私の要請の前に護衛として発っていたのか?
―――そう聞くと、ブレダは首を横に振った。
「いえ、フェランド大佐の事は全く。ですが、確かに少将から命令を受けた時、すでに三人は西方に向かっていました。少将達の護衛につくよう命令がありましたので・・・」
「命令?誰から―――」
「やぁ、マスタング少将・・・いつ帰ったのだね?」
突然聞こえた声に振り向くと、そこにいたのは大総統キング・ブラッドレイだった。
驚きつつ、相変わらずにこにこと食えない笑顔を見せる大総統に敬礼をする。
・・・そのロイの後ろで、同じく敬礼をしたブレダが小声で言った。
「・・・大総統閣下からです」
ブレダの言葉に、ロイの眉がピクリと動く―――。
だが、それ以上は表情に出さず大総統を見つめた。
「新婚旅行はどうだったかね?」
普段と何も変わらぬ口調でそう聞いてくる大総統に、ロイは心の中で悪態をつきつつも、表面上はこちらもいつもの変わらぬ調子で返した。
「閣下のおっしゃるとおり、西方は今の季節とても美しい場所でした。用意して頂いた古城ホテルも歴史を感じる素晴らしいもので・・・」
「そうかそうか、それは何より」
「ですが・・・少々トラブルもありまして」
「ほお?」
「妻が怪我をしました。・・・負わせたのは、フェランド元大佐です」
「なんと、彼は今西方にいたのか・・・」
―――白々しい。
ロイは胸の中でそう呟く。
護衛を寄越したのが、ベルガーを警戒してかフェランドを危惧してなのかは知らないが、どうせどれもお見通しなのだろうと、クサりそうになる。
お陰で助かった訳だが、もともと彼の差し金で西方に行く羽目になったのだ。・・・とても、感謝する気にはなれなかった。
「折角の新婚旅行なのに、鋼の錬金術師は気の毒だったな・・・。容態は?」
「快方に向かっていますが・・・まだ心配ですので、詳しい報告は後日にさせていただいて、今日は帰宅してよろしいですか?」
「ああ、彼についていてやるといい・・・呼び止めて悪かったな」
「いえ。では、失礼します」
敬礼して立ち去ろうとしたロイだったが・・・すぐに足を止めて振り向いた。
「そう言えば、閣下・・・ご友人が『このごろ冷たい』と閣下の態度を嘆いておられましたが?」
「彼が・・・そう言ったのかね?」
「ええ。少々拗ねておられるようでしたよ?」
目を細めるようにして聞いていた大総統は、ロイの話に『そうか』と相槌を打った後、ロイをじっと見つめた。
「他にはなんと?」
「閣下に関してはそれ以上のことはおっしゃられませんでしたね・・・ただ、私は婿に来ないかと誘われました」
「やはりまだ諦めきれてなかったのだなぁ・・・」
「ええ。・・・それにしても炭鉱王と呼ばれるだけあって、潤沢な財産をお持ちだ。部屋一杯の金や風呂桶に入れても溢れそうな宝石の山を見たときは流石に私も目を丸くしましたよ?」
「だろうとも・・・だからこそ、『王』などと呼ばれるのだ」
―――それで、君はなんと答えたのかね?
こちらを見つめて大総統はそう問いかけてくる。
そんな彼を見据えて、ロイは答えた。
「もちろん断りました。私にはすでに妻がいますし、それに・・・」
「それに?」
「金の輝きなど私の妻の髪の輝きには及びませんし、どんな宝石も妻の瞳ほどの魅力はない・・・・・・比べるまでもありません」
閣下にご忠告いただくまでも無く、そんなものでは私の心は揺らぎませんよ。
そう言ってやると、大総統は面食らったような顔をして。
―――そして、いつものように豪快に笑った。
「はははは!これは、惚気られてしまったな・・・睦まじくてなによりだ」
「失礼しました。・・・では、閣下。私はこれで」
「ああ」
ロイは再び敬礼をすると、今度こそ歩き出した。
その顔は、厳しい表情に変わっていた―――。
******
古城ホテルの一室で―――。
ベルガーは、険しい顔で窓辺に立つ人物に声を掛けた。
「ディアーナ」
「なんでしょう、お父様?」
振り向いて微笑む娘に、ベルガーは厳しい口調で言った。
「・・・何故、鋼の錬金術師に手を出した?」
あの男・・・フェランドに殺しの許可を与えたのは、お前だろう?
厳しい口調で詰問してくる父に、娘はそれでも恐れた風も無く言った。
「だって、邪魔だったんですもの」
マスタング様の隣に立つのは私だった筈ですわ。
それなのにあの子、ベタベタとあの方に纏わりついていたでしょう?
「あまりに目障りだったものですから・・・つい」
―――そう言って優雅に笑う娘に、父は流石に眉を顰めた。
「・・・だからと言って、あんな乱暴なやり方を。あの子供はあれでも国家錬金術師だぞ?私の城で命を落としたら、ブラッドレイの手前不味いということが分からないのか!?」
「分かってますわ。・・・だからあのフェランドという男にしたのです」
あの男はマスタング様に深い恨みを持っていましたから、あの男があの子を狙うのはごく自然なことだと皆考えるでしょうし・・・あの男から私に繋がらないように、ちゃんと後のことも手を打っていたのですけど。
「後始末の為に用意した男があれほど使えないとは思いませんでしたわ。裏仕事のプロだと豪語していましたし、お金で何でもするので使いやすいと思ったのですが・・・まさか、あの男を始末する前にあんな少年給仕に遅れをとるなんて」
フェランドがあの子を、襲われたあの子が反撃でフェランドをと・・・互いに争い共に倒れた事に出来ると自信たっぷりに語っていたのに。
事を簡単に進めるために薬まで用意する周到ぶりだったからつい任せてしまったんですけれど・・・結局その薬もまともに効かなかったらしいですし。
「本当に役に立たない男でしたわ」
残念そうに言い、ディアーナはその秀麗な眉を顰める。
そんな娘を見据えて、ベルガーは更に表情を険しくした。
「そんな画策を・・・・・・この件は私に任せよと言っておいただろう?」
あの子供を消したところで、マスタング少将が手に入るとは限るまい?
大体、殺し等と危ない橋を渡らずとも、マスタングが私の提案に頷きお前との再婚を選択すればあの子供に手出しなどする必要は無いことだろう?
それなのに、あんな怪しげな男達を雇い入れ、こんな事をしでかして・・・。
そう叱咤するが―――ディアーナはやはり恐れた風もなく、言葉を返した。
「でも・・・お父様の提案にマスタング様は頷かれなかったのでしょう?」
「それは・・・」
「結局、そんな甘い方法では手に入らないということですわ」
そう言いきる娘に眉を寄せ・・・父は問いかけた。
「なぜ・・・あの男にそんなに執着するのだ?」
「あら、お父様も気に入っていらしたじゃないですか?」
「確かに・・・あの錬金術は美しいし、頭も良いから私の後継に出来ればとは思ったが・・・」
「ふふっ、お父様は美しいものがお好きですものね?―――私も同じですわ。あの黒い瞳はとても美しいですし・・・・・・あの方の錬金術はとても素晴らしい・・・」
どうしても、欲しいのです―――。
うっとりしたような声色で呟くディアーナを、父は困惑したように見つめた。
「ディアーナ・・・」
途方に暮れたように名を呼ぶ父親に―――娘は、極上の笑みを向ける。
「お父様・・・今までお願いして、お父様が私に下さらなかったものはありませんわ」
―――ねぇ、お父様・・・どうぞ私にあの方を下さいまし。
エメラルド色の瞳が父を見つめ、無邪気な少女のような顔で娘は笑った―――。
娘が退室した後、ベルガーは椅子の背もたれに体を預け窓越しに空を見上げ、深く息を吐いた―――。
「旦那様・・・お疲れなら寝室のご用意を致します」
「ああ・・・お前か」
後ろから声を掛けられ・・・ベルガーはようやく使用人が入室していたのに気付いた。
疲れた声で返事を返しつつ、ドア近くに立つ若い長身の使用人・ロバートを見上げた。
「今回の件ではお前には世話を掛けたな・・・助かった」
「いえ・・・私は務めを果たしただけです」
ベルガー家を守るのが私の役目ですから。
そう答えた男は、あの日フェランドを撃った使用人だ。
ロバートは感情が篭らぬ淡々とした口調で主人に言葉を返したが・・・その顔には、主人を案じる色が浮かんでいた。
「いや・・・お前がディアーナの所業に気付き、機転を利かせねばどうなっていたことか。本当に感謝している」
ベルガーはロバートに礼を言うと、再び窓の外を見上げた。
「ロバート・・・あの子はまだ諦めていない」
「はい・・・」
「・・・どうしたものか・・・・・・」
ベルガーは疲れたように目を閉じて、再び深い息を吐いた―――