『う・・・』

エドは、声にならないうめき声をあげた。
体が動かない・・・そう気がついて目を開けると、そこに人の顔。
ニヤリと笑うその男は、もがくエドを押さえつけのしかかってくる。


動けない、声がでない・・・逃げられない。


恐怖に震えるエドを嘲笑うように、男は舌なめずりをすると顔を近づけてきた。
首筋に息がかかり、鳥肌がたつ・・・。

気持ち悪さに顔を歪めた時に、鎖骨の辺りに痛みが走った―――。




・ 理想の結婚 ・ <その5 ”蜜旅行”>・・・17




「は・・・!」



声をあげて、飛び起きた。
ドクドクと脈打つ心臓を押さえて周りを見回すと、見慣れた部屋。

『そうだ・・・帰って来たんだ』

ここが自宅の寝室なのを確認して、エドは大きく息を吐いた―――。




あの後―――すぐに西方を離れた。

ロイとエドと側近達・・・そして、トム。
忌まわしいあの場所を離れ、一行は無事に中央に帰りついた。
トムはまだ入院が必要という事で信頼できる病院へ搬送したが、エドは『もう少し入院したほうがいいんじゃないか?』と心配げに問うロイを説き伏せて、そのまま自宅へと帰った。
こんな状態で家に帰ってアルに心配をかけたくはなかったが・・・とにかく早く家に帰りたかったのだ。
ロイに抱き上げられて帰ってきた自分に、弟は驚いていた。
心配する弟に怪我をして帰ってきたことを謝罪をし、もう大丈夫だとだけ告げて・・・ロイに寝室へと連れて来てもらった。
そのままベッドに横になり、『はぁ・・・』と安堵の息を吐く。
やっと帰ってきたのだと実感し、ようやく張り詰めていた緊張が解けた気がしたのだ。

『エディ、大丈夫か?』―――そう心配げに問うロイに
『うん、平気。・・・オレ、少し寝るよ』―――と、答えて

ロイが『ゆっくり休みなさい』と言いながら髪を梳くように撫でたのが合図のように、あっという間に眠りに落ちた。




それから穏やかな深い眠りについていたはずなのに。
・・・嫌な夢のせいで、目が覚めてしまった。

夢は―――あの男に組み敷かれる夢。

あの男が自分の肌に舌を這わせた時の感触を思い出して、ブルリと身を震わせる。
蘇るおぞましい感覚に、胃液が上がる。

『落ち着け・・・』

手の平を口に押しあて吐き気を抑え、もう片方の手で体についた鬱血の辺りを掴む。
そして―――己に言い聞かせるように心の中で呟いた。

『落ち着け・・・違う。この痕をつけたのは―――ロイだ』

確かにあの男につけられたが、ロイがそれを上書きした。
だから、この痕はあの男のつけたものじゃない・・・ロイがつけたものだ。

―――もうあの男の痕は消えたんだ、落ち着け。

心の中で自分に言い聞かせるようにそう言うと、気持ちが少し落ち着いた。
それに安堵して、確認するようにもう一度声に出して呟く。

「そうだ・・・これは、ロイがつけたものだ」



ロイなら、いい―――。



呟いてしまってから―――己の呟いた言葉を反芻して、固まった。

『いいって・・・なんだ?』

いや、よくねぇだろ!
確かに夫婦だけど、『嘘』だしっ!
大体アイツだって男じゃん!男に気色悪い思いさせられたってことでは同じじゃないか!?
何でアイツならいいんだよ、いいわけないだろ!?

「しっかりしろ、オレ〜〜〜〜〜!?」

自分の言動に焦り、叫びながら頭をぶんぶん振って・・・仕舞いにはくらくらとめまいを起こして・・・エドはとうとう、ベッドに倒れこんだ。

『ヤなことあったから・・・・・・混乱してんだ、オレ』


そうに違いない。うん、絶対そう。


これ以上考えるともっと混乱しそうな気がして―――。
エドはそう決め付けると思考を止め、さっさと眠ろうと再び目を閉じた。



******



「ん・・・?」


中央司令部から帰宅したロイは、二階から何か声がしたような気がして階段に視線を向けた。

「兄さん・・・目が覚めたのかな?」

ロイを出迎えていたアルフォンスは、首を傾げて二階に向かおうとしたが、それをロイは呼び止めた。

「アルフォンス、丁度着替えを取って来たいと思っていたところだ。私が行くよ」
「そうですか・・・?では、宜しくお願いします」

心配そうなアルフォンスに、『何かあったら呼ぶから』と言い置いて、階段を上った。



「エディ・・・?」

ドア開けて小さく名を呼んでみるが、彼の返事はない。
部屋に入りその顔を覗き込むと、彼は眠っていた。

『さっき、声が聞こえた気がしたが・・・寝言か?』

首を傾げつつもう一度顔を見るが、彼はやはり寝息を立てている。
よく眠っていることにホッとしつつも、ロイは顔を顰めた。

『もしや、うなされていたのか・・・?』

あの時の夢を見たのかも知れないと思いついて、胸に苦い思いがこみ上げる。

『辛い思いをさせたな・・・』

彼は、私が謝ることはないと言ってくれたが・・・罪悪感が消えることはない。
大人のどろどろとした世界に引きずりこんでしまったのは、間違いなく私なのだから。

『ヒューズの言った通りだったな・・・』

結婚前に、親友から寄越された苦言を思い出す。
本当にすまないと心で謝罪しつつ・・・彼の健気な笑顔を思い出した。


大丈夫だからさ―――


そう強がって笑う彼の顔が、脳裏に浮かぶ。
ロイは痛みに耐えるように顔を歪めて。
そして―――気づいた時には、エドの額にキスを落としていた。

「ごめん」

謝って、今度は瞼に口づける。

「ありがとう」

それでもまだ側に居てくれる彼に感謝の言葉を言って、その頬にキスをして。
更にもう一度顔を近づけてから・・・ハッとしたように、動きを止める。

『唇は―――さすがにマズイな』

心の中でそう呟いて、体を起こした。

『・・・というか、私は何をしているんだ・・・・・・』

今更のように、己の行動に唖然とする。
彼の健気な笑みを思い出したら、堪らなくなって。
―――気がついたら、彼の顔にキスの雨を降らせていた。


「本当に、何をやってるんだ・・・・・・」


己の不可解な行動に呆然とし、途方にくれたようにそう呟いてロイは寝室を出て行った。





利益の為に手を組んだ二人。
・・・だが、お互い相手への想いが変わってきているとは、まだ認められなかった―――




お互い、気持ちに変化が!?やーっと、ラブくなってきた(笑)
やり残しはいろいろありますが・・・ともあれ「蜜旅行」はこれにて終了で〜す!
お付き合いありがとうございましたv


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