大広間には、色とりどりの蝶のように、美しく着飾った女性達が溢れている。
そして、男性達がその女性達をエスコートするべく、彼女達を取り巻く。
煌くシャンデリア
甘い香りを漂わす花々
流れるのは優雅な生演奏
・・・どう見ても、自分が入り込んでいい空間には思えない。
―――エドは、広間の壁際で大きな溜息を吐いた。

「どうしたね?」
「・・・・・無理」
「ん?」
「キラキラしい空間!着飾った美人ばっか!・・・どう考えてもオレ、場違いだって!」

精一杯、『今すぐ回れ右で帰りたいです』という気持ちを滲ませて、ロイを見上げたエドだったが。
彼はかなり長い間じっとこちらを見つめた後・・・エドが痺れを切らして怒鳴ろうとした辺りに、やっと口を開いた。

「心配するな。今、ざっと見ただけだが・・・」

広間内をクルリと見回してから、再びエドに視線を戻して顔を近づけ、小声で囁くように言った。


「君の方が、勝ってる」


ウインクと共にそんな事を言うロイを、呆然と見つめて―――
やがて、エドは額にいくつも、ピキリピキリと皺を浮かべて、息を大きく吸い込んだ。
・・・だが。

『誰も競ってねぇ!大体、男のオレがそんなおべっかなんかで絆されるか〜!!』

そう叫ぶ筈だった口は、頭を抱きこむようにして回された腕でロイの胸に押し付けられて、叫ぶ事は叶わなかった―――




・ 理想の結婚 ・ <その5 ”蜜旅行”>・・・3




強く抱きしめられて、エドは逃れようとロイの胸を必死で押し返す。

「むぐ〜!(は〜な〜せ〜!)」
「君はいつも自信に溢れているのに、こんな類の事には妙に自信がないのだな・・・」
「む〜ぐ〜〜!!(そういう事じゃねぇ!ただ、ここから逃れたいんだよ!!)」
「君はもっと自分の魅力を知ったほうがいい」
「む〜ぐ〜ぐ〜〜〜!!!(とりあえず離せ!息、苦しい!!)」
「夕べも言ったろう?」

そう言うと、ロイはようやく抱きしめた腕を緩める。
そして―――やっと解放されたもののさすがに少々酸欠で、怒鳴る事を後回しにして『はーはー』と荒い息をするエドを覗き込んで、言った。


「君は美しい―――と」


意地悪な笑みを浮かべて・・・ではなく、真実を告げるように、真摯に。
そんな瞳で見つめられて、エドは息を止めて、困惑したような顔で彼を見つめる。
荒い息はもう治まり、やっと大声で怒鳴ることも出来るのに、その口から怒号は出なかった。

『・・・ずっりー、よなぁ』

エドは心の中でそうぼやいた。
『美しい』などと言われても、自分は男なのだ。別に嬉しくない。
そりゃ、『醜い』と言われるよりは気分良いけれど、少なくとも、女性のように舞い上がる事はない。
けれど、コイツにこんな風に言われると・・・心がざわつき、落ち着かなくなる。

『無駄にタラシなんだよな・・・』

相手を誑し込む術に長けている男は、どんな言葉がどんな場面に有効かを知っている。
そして、どんな表情で言葉を掛ければ、相手の心を動かせるかを知っている。
・・・いや、そもそも。
誑し込む気があっても、なくても―――コイツの言葉には、人の呼吸を止める威力がある。
今だって、オレがこんなところで怒鳴るのを止める為に抱きしめて。
そして、解放した後も・・・怒鳴り出す前にその能力を使って、こんなふうに黙らせるのだ。
―――その手口が分かっているのに、やっぱり彼の思惑通りになってしまう自分に、少々情けなくなってしまう。

『経験値の差があるんだから、仕方ねぇよな・・・』

そう自分を慰めていると、後ろから声を掛けられた。


「これはこれは、聞きしに勝る睦まじさだな・・・マスタング君?」


振り向くと、そこには初老の紳士が立っていた。
誰だ?と、そう思っていると・・・ロイが一歩進みで出てにこやかに挨拶をしだした。

「ベルガー殿、お久しぶりです。本日はこのような素晴らしいパーティにお招きいただき、ありがとうございます」
「いやいや、こちらこそ来てくれて嬉しいよ」
「すみません、私どもからご挨拶に伺うべきでしたのに・・・いつご到着されたのですか?」
「つい今しがただよ・・・列車が少し遅れてね?お客様をお待たせしてしまって申し訳なかった」
「いえ。素晴らしい宴に、家内と共に酔いしれていたところです」
「そのようだな・・・声を掛けていいか迷ってしまったよ」


これでも決死の覚悟で声を掛けたんだ―――馬に蹴られそうだったからね?


そう言ってベルガーと呼ばれた男は笑った。

『これが、例の炭鉱王・・・』

パッと見、悪い人には見えない。愛想もいいし、優しげだ。
けど―――。

『もちろん額面通りじゃねぇんだろうなぁ・・・』

気を引き締めないと・・・と姿勢を正すと、ロイの手がさりげなく背中に触れてきた。
軽く擦るような動きをした後、その手にゆっくりと押しだされるような形で、エドは前に進み出た。

「ははは・・・これはお恥ずかしいところを。あらためてご紹介致します。私の妻、エドワードです」
「初めまして、エドワードです。お招きありがとうございます」
「おお、あなたが・・・お噂はかねがね」

聞きしに勝る美しい方だ―――これなら、マスタング君が夢中になるのも無理がない。
ニコニコと笑いながらベルガーは手を差し出した。
その手を取って握手を交わす。

「ご結婚おめでとう・・・稀代の色男・マスタング少将の心を射止めた方にお会いできて光栄だよ」
「いえ、その・・・・・・どうも」

なんと答えて良いかわからず、曖昧な笑みを浮かべるが・・・ベルガーは気にした風もなく、朗らかに笑いながら、エドワードの美しさ、聞き及んでいた錬金術師としての素晴らしさにいくつも賛辞を贈った。

『うう、やめてくれよ・・・お世辞だとわかってても、居心地わりぃ』

そして、この後『持ち上げた後で、どんなふうに落とされるのか!?』を考えると、気が重い。
内心どんよりとした気持ちで、愛想笑いを浮かべていると・・・賛辞を切り上げたらしいベルガーが、にこやかに言った。

「美しい細君を紹介頂いて嬉しいよ。そうだ、私もこの機会に一人紹介させてもらおうかな・・・ディアーナをここへ」

ベルガーが後ろに控える執事にそう言うと・・・彼は頷き、やがて一人の女性を連れてきた。

「紹介しよう。娘のディアーナだ・・・ディアーナ、マスタング夫妻だよ」
「ディアーナです。マスタング様、ようこそおいでくださいました」

そう言って微笑んだ女性は、年の頃は23・4。
エドより少し落ち着いた色のブロンドと、エメラルドグリーンの瞳。
品があり、いかにも上流家庭のお嬢様といった雰囲気の女性だ。

「ディアーナ嬢、お招きありがとうございます。こちらは、妻のエドワードです」
「はじめまして・・・」
「初めまして、エドワード様。お会いできて光栄ですわ」

にこりと微笑む彼女を見ながら、エドは再び気を引き締める。

『この人が少将の見合い相手になる筈だった人・・・だよな?』

大金持ちのお嬢様だし・・・立場もあるだろうから、こんな大勢の前でオレを罵倒するような品の無いことはしないだろうが、彼女がこちらに敵意を持っているのは確実だろう。

『嫌味言われてもスルーできるようにしないと・・・挑発されて反撃しちまったら、後々不味いからな』

激昂しやすい自分の性格は分かっているので、己に言い聞かすように、『何を言われても平常心・何を言われても平常心』と、心の中で繰り返す。
―――だが、エドの予想とは裏腹に、ベルガー親子は特に嫌味を寄越す事も、見合いの件を詰る事も無く、楽しげに世間話をして去って行ってしまった。
その後姿を見送りながら・・・エドは拍子抜けしたような顔で、ロイに向かって振り返る。

「・・・・・・嫌味、言われなかったな?」
「ああ」
「見合いの件で当て擦りもされなかったし・・・」
「そうだね」
「・・・・・・・・・・なんで?」

見上げると、ロイは少し考えるそぶりをしてから、こちらを向いた。

「君の美しさに完敗したんじゃないかな?」

きっと君があまりに美しかったから、何も言えなかったんだよ。
そう言ってにっこりと笑うロイに、エドは冷たい視線を向けた。

「アホか、んなわけねぇだろ?」

真面目に聞いてんのに。
プリプリと怒りながら、『挨拶済んだから、オレは飯を食うぞ!』と言い捨てて、料理が置いてあるテーブルに向かう。
エドの後を追いながら、ロイが『ある意味、真面目に言ってるんだがな・・・』などと呟いていたが、エドは『ケッ』と返しただけで、料理のテーブルを目指した―――



******



「マスタング様、主人が財界の友人をご紹介したいと申しておりますが」

―――パーティも中盤の辺り、ベルガーの執事がロイにそう伝えに来た。
見ると、少し離れたところからベルガーが手招きをしている。
壁際に用意された椅子にエドと共に座っていたロイは、立ち上がって彼に会釈をした。

「ありがとうございます。今参りますとお伝えください」

頷いて去っていく執事の背を見送ってから、ロイはエドに振り返った。

「君はどうする?」
「・・・・・・無理」

少々ぐったりとした様子でエドはそう返す。
その瞳は少し虚ろだ。
実は―――知り合いに声を掛けられたロイが少し目を離した隙に、ジュースと酒を間違えて飲んでしまったのだ。

「だが・・・一人で大丈夫か?」

ロイは心配げにそう聞いてくる。
エドは思いのほか酒に弱い体質だったらしく、たった一杯のシャンパンで酔ってしまっていた。

「大丈夫だよ・・・少しボーッするけど、具合悪い訳じゃないし。吐いたりしねぇよ」
「いや、それだけを心配しているのではないのだが・・・」

ロイはそう言って、エドを見つめた。
ほんのりと桃色に染まった頬。
ぼんやりとこちらを見上げた瞳は潤み、目じりまでほんのりと赤くなっている。
―――今のエドには、今まで見たことの無い、妙な色気があった。

『こんなの一人にしておいたら、不味くないか?』

体調ももちろん心配なのだが、それ以上にそのことが心配になる。
複雑な気持ちで、もう一度一緒に来れないか誘ってみたが、エドは再び首を横に振った。

「一人でも大丈夫だって。・・・どうしてもダメだったら、部屋に帰ってるから」
「だが・・・」
「待たせたらマズイだろ?早く行け」
「わかった。では行くが・・・・・・・・・・・・誰かに声を掛けられても、ついていくなよ?」

ロイはそう言い置いて、ベルガーの元へ歩いていった。



******



「ついていくなって・・・オレは幼児かってーの?」

ロイの憂いの意味など知らず・・・エドは小さくぼやいて、壁に背を預けた。
天井を見上げると、ぐるんぐるんと目が回る気がして、慌てて目を閉じる。

『失敗したなぁ・・・』

あれが酒だったなんて。
ボーイが『口当たりの良い、美味しいお飲み物ですよ』なんていうから、てっきりジュースだと・・・酒なら酒って言えよなぁ!
せめて、一気飲みは止めとけばよかった・・・でも、甘くて美味しかったんだよなぁ。
―――反省しつつ溜息を吐いていると、不意に自分の前に影がさした気がした。


「失礼ですが・・・ご気分がすぐれないのではありませんか?」


掛けられた声に、エドは慌てて目を開けた―――。





パーティ開始!でも、エドはすでに酔っ払い・・・(笑)


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