声の主を見上げると、そこにいたのは若い男だった。
『誰だ・・・?』
見覚えはないが・・・上質なタキシードに身を包んでいるところをみると、パーティの招待客らしい。
誰かは知らないが、このパーティに来ているような客をぞんざいに扱ったら、後でいろいろ面倒になるのだろうと思い、気分が悪いのを我慢して、口元を笑みの形に作った。
「平気です」
「ですが、顔色が悪いですよ?」
「元々こんな色なんですよ」
「そ、そうですか・・・?」
「ええ、そうです(キッパリ)。・・・お気遣いありがとうございました」
会話の幕を引くように、わざわざ立ち上がってそう言い、軽く頭を下げる。
取り付く島がないエドに、男は名残惜しそうに振り返りつつも、離れていった。
やれやれと思いつつ、何気なく視線を上げると―――ベルガーの側にいたロイが、こちらを見ているのが見えた。
・ 理想の結婚 ・ <その5 ”蜜旅行”>・・・4
『なに見てんだよ・・・』
監視してやがんのか?そういや、さっき『一人で大丈夫か?』とか言ってやがったもんな?
・・・オレ様が、あんな男にホイホイ着いていくとでも思ってんのか、バーカ!
生憎だが、あれぐらいあしらえるんだよ!オレは、そんなにガキでも迂闊でもねぇ!
幼子を見守るように心配されていると感じて、心の中で罵声を浴びせながら、ロイに向かって小さく舌を出してみせる。
距離が離れているから気づかないかもと思ったが、どうやら分かったようで、ロイがクスリと笑うのが見えた。
安心したのか、こちらから視線を外してまたベルガーに向き直るロイを眺めてから、再び椅子に身を沈める。
『もうしばらくこうしていれば、気分も良くなるだろ・・・』
そう考えていたエドだったが、そう簡単に安息の時間は訪れなかった。
なぜなら、入れ替わり立ち替わり話しかけて来る輩がいたからだ。
それでも何とかあしらい、追い払っていたエドだったが・・・。
最後に、厄介な男が来た。
『ご気分が悪いのではありませんか?』と―――。
次々と声をかけてくる男達と同じ科白で話しかけてきた男だったが、他の男のようにはあしらえなかった。
『いえ、別に悪くありませんから。お気遣いありがとうございました』と、今までのようにそっけなく答えて会話を終わらせようと思ったのだが。
『そうですか、ご気分が悪くないのなら良かった!でしたら、少しお話しませんか?』
そう言ったかと思うと、良いとも言っていないのに、隣に座ってしまった。
そのまま一方的に話し続ける男に、エドの気分は下降するばかりだ。
だが、そんなエドの心情を知ってか知らずが、男は仕舞いには口説き文句のような言葉を並べ始めた。
「それにしても、お美しい・・・」
「・・・・・・気づいてないかもしれないから一応いっておくけど、オレ、男だけど?」
最初は丁寧な受け答えをしていたエドだったが、さすがに辟易して言葉遣いも投げやりになってきた。
だが、男はそれに気を悪くした風もなく、笑った。
「もちろんわかっていますよ?」
「わかってんなら、美しいとか何とか言うの、やめてくれないか?」
そんな台詞を言って欲しい女の人は、今そこら中にいるだろ?
不機嫌を隠さずにそう言い捨てるが、男は応えた風もなく、笑う。
「美しいものを美しいと言ってはいけませんか?」
「言われて嬉しい奴には言っていいんじゃね?・・・でも、オレは迷惑だ」
「つれないですね・・・傷つくなぁ」
これでも、結構モテる方なんですが。
そう言って笑う男は、傷ついているどころか、どこか楽しそうだ。
エドは、そんな男を忌々しげに見つめる。
目の前の男は、言うだけあって整った顔立ちをしている。
長身で着ている物のセンスもよく・・・確かにそれなりにモテるだろうと思った。
しかも恋愛に慣れた態度が、誰かを思い出させる。
『なんか、どっかの誰かと重なるものが・・・』
顔などは全く似ていないが・・・
どこかロイと重なるものを感じて、更にげんなりしてしまう。
『何で、こんな奴ばかりに絡まれるんだ・・・』
まぁ、ロイの場合は絡みたくて絡んでる訳じゃないだろうが。
そう思いつつ、ロイの方に視線を向けるが・・・先ほどまで居た場所に彼の姿がなかった。
『あのオッサンに呼ばれて、別室にでも行ったのか・・・?』
首を傾げつつ、それにしても面倒な男に捕まったと、内心で舌打ちをした。
この男のように、自分に自信があって口説いてくるような輩は厄介だと思う。なにせ、つれなくしても凹むどころか、ますます落とすのに燃える傾向にあるからだ。
「・・・アンタがモテようがモテまいが、オレには関係ない」
「冷たい言い方ですね・・・何とかお近づきになりたい男心を分かってはいただけませんか?」
明らかに色目を使ってくる男に、エドは顔を顰めつつ、確認のように聞いた。
「アンタ・・・オレを口説いてんの?」
「ええ」
「そういうのは、ちゃんと相手のこと確かめてからにすれば?・・・オレ、結婚してるんだけど」
「・・・・・・それは残念」
男は大仰に溜息をついた。
これでやっと逃れられると、内心でホッとしたエドだったが・・・すぐに、顔を強張らせた。
何故なら、男がとんでもない事を言ったからだ。
「でもまぁ・・・結婚しても、恋愛はできますよね?」
「・・・・・・・・・できねぇよ、普通」
睨んでも、男は笑みを浮かべるだけ。・・・それどころか、誘うような流し目まで寄越す。
そんな男を見つめて、エドは余計に気分が悪くなった。
『前言撤回。やっぱ、アイツとは似てねぇ』
タラシで色んな人に手を出してるのは同じかもしれないが、ロイは相手のことを考えず誘いをかけるようなことはないだろうと思った。
胸糞悪くなって、低い声で言い放つ。
「・・・オレ、結婚したてでラブラブなんだ。他の奴は目に入んないね」
迷惑だから、どこかに行ってくれ。
腹を立てていることを隠さずそう言った。
どんな素性の者か分からないのだから、穏便にしなくてはならないと思いつつ・・・。
既婚者だろうがなんだろうが、無差別に口説き捲くっている男がなんだか許せなかったのだ。
怒りを含めた態度で言ったが―――この男のことだから、応えることもなくまたグダグダと話続けるかもしれない。
これで引かなかったら、次はどうするか・・・。
考えを巡らせていると・・・急に、男が立ちあがった。
「すみません、怒らせるつもりはなかったのですが。・・・私は退散しますよ」
先ほど色気を滴らせた態度を一転、男はあっさりとそう謝罪した。
そのまま一礼して去っていく男を、エドはあっけに取られたように見送って・・・首をかしげた。
「なんだ、急に・・・?ともかく、やっと静かになった」
ホッとした途端、どっと疲れが体を襲う。
先ほどまで男に隙を見せないように気を張っていたせいか、気が抜けたら体調の悪さがますます酷くなった。
『ヤバイ・・・』
眩暈がする。
視線を上げてもう一度ロイの姿を探すが、彼はまだ会場に戻ってきていないようだ。
エドは、ふらりと立ち上がった。
『一言、言って行った方がいいかもしれないけど・・・さっき、どうしても具合が悪かったら部屋に行ってるって言っておいたしな?』
多分わかるだろ。
ともかく、限界だ。部屋に行こう・・・。
エドはふらつく足を何とか進めて、ドアに向かった―――