時間を遡り、少し前―――



コレクションルームでディアーナの相手をしながら、ロイは落ち着かない気分でいた。
先ほどから、どうにも自分の第六感にひっかかるものがある。
やはり少々不興を買っても退出しようかと考えていた時、ロイの意識を戻すように彼を呼ぶ者があった。




・ 理想の結婚 ・ <その5 ”蜜旅行”>・・・8




「マスタング君、どうしたね?」
「ベルガー殿・・・」

話しかけてきたベルガーを見て少し考えた後、ロイは切り出した。

「ベルガー殿、素晴らしいコレクションを堪能させていただき、ありがとうございました」
「いやいや、君のように物の価値が分かる人に見てもらえてこちらこそ嬉しいよ。・・・おお、そうだ!他にもとっておきの物があるんだよ?普段は披露してないんだが、君になら見せても良い。さぁ、こっちへ・・・」
「ありがとうございます。ですが、それは後ほどにさせてください」

もっと奥へと誘うベルガーの言葉を押しとどめるようにして、ロイはそれを辞退した。
にこにこと笑っていたベルガーの顔から笑みが消え、彼の瞳がロイを捉える。

「・・・私のコレクションには興味がないかな?」

探るような瞳が、ロイを見つめる。

「・・・いえ。ですが、妻の様子が気になるので、一度会場に戻らせていただきたいのです」
「奥方が何か?」
「実は、先ほど少し気分が悪そうだったのです」

妻は年若いのでアルコールを口にしたことがなかったのですが、間違って飲んでしまったようで。
そう答えると、ベルガーは表情を心配げに変えた。

「おお、それはそれは心配だろう。すぐに様子を見に行かせよう」
「え?いえ、それは私が・・・」

自分が直接行くと言いかけたロイの言葉を聞く様子もなく、ベルガーは側に控えていた執事を呼んだ。
会場にいるマスタング夫人の様子を見てくるように指示された執事は、一礼して部屋を出て行く。
ロイが眉を寄せてそれを見送っていると、ベルガーが振り返り・・・その顔を見て小さく笑った。

「あの噂は本当だったのだなぁ・・・」
「は?」
「美女を次々虜にしてきた希代の色男・マスタング少将が、新妻には形無しだという噂だよ」

ほんの少しの時間離れただけで心配で堪らないとは・・・大げさな噂と思っていたのだが、どうやら本当のようだね。
―――『妻の具合が悪い』と言ったロイの言葉を、早く彼の元に戻る為の口実と捉えたのか・・・揶揄するように含み笑いをもらすベルガーに、ロイは困ったように肩を竦めた。

「妻の体調が悪そうだったのは本当なのですが・・・それにしても、そんな噂が?いやはや、お恥ずかしい」
「仲良き事ことは素晴らし事・・・恥ずかしがる事はないよ?」

ハハハと楽しげに笑ってから、ベルガーは『でも・・・』と続けた。

「もう少しだけ君と話がしたいんだ。執事が奥方の様子を見てくる間だけでも、付き合ってくれないか?」

こんなに睦まじい夫婦の邪魔をするのは気が引けるがね?
―――そう言って、申し訳なさそうに肩を竦めるベルガーに・・・ロイは少し考えてから、頷いた。

『エディの事が気になるが・・・』

だが、やはりこの男を無碍に扱う訳にはいかないだろう。
少々後ろ髪を引かれつつも、ロイはベルガーの手招きする方へと足を進めた。



******



他の客の相手を頼むとディアーナに言い置いて、ベルガーはロイを奥へと誘った。
ついていくと、コレクションルームの奥・・・先ほどいたところから死角になる場所に、もう一つの扉が見えた。
鍵を開け、ベルガーは手招きをする・・・彼に続いてドアをくぐると、そこは闇。
だが、すぐにパチリとスイッチを押す音がして、部屋は明るくなった。
光に眩んだ目を閉じ、再びゆっくりと開けて―――ロイは、目を見開く。

「これは・・・」
「これが『とっておき』だよ。どうだね?」
「・・・言葉もありません」

ロイはそう答えて、部屋をぐるりと見回した。
視線の先には金銀財宝。
大きな宝石をあしらった装飾品や金細工が所狭しと並べられている様は圧巻だった。
しかも、よく見れば・・・部屋の片隅に重なっているのは、金の延べ棒。流石のロイも、言葉を無くすしかなかった。

「美しいだろう?」
「はい・・・」
「だがね、私は先ほど見てもらった絵画ほどには価値を感じていないんだよ」
「え?」
「私は絵画や彫刻など、美しい美術品がとても好きでね。先ほどのコレクションルームの物は、好みのものを心血を注いで集めたものだ。あれは、本当に私の宝だと思っている。だが・・・ここにある物は、違う」

そう言うベルガーに、ロイは部屋の財宝をぐるりと見回して言った。

「・・・では、ここの物は?」
「アメストリスは軍事国家であるし、財産を銀行に預けておくだけでは心もとない気がしてね?貨幣以外の確かな価値のある物を手元に置いておきたい、そう思って集めたものだ。・・・だから、財産ではあるが、宝とは違うな」
「なるほど・・・」
「とはいえ、ただため込んでおくのも脳がない。必要あらば使っても良いと思っている」

ベルガーは棚から大きな宝石のついたネックレスを手に取った。
彼の手の中で金の鎖がしゃらりと音をたてる・・・その鎖の先に光る大きなエメラルドを見つめながら、ロイは聞いた。

「必要な時・・・ですか?」
「ああ・・・たとえば、私の眼鏡にかなった人物への投資―――とかね?」
「・・・・・・」
「以前に君に縁談の話があったと思うが・・・君は相手の名も聞かずに断ったそうだね?」
「・・・ええ」
「実は、あの時の縁談の相手は我が娘ディアーナでね?私は断られて酷く残念だったよ」

ブラッドレイにも宜しく頼むと散々念押ししたのだが、こちらの名を明かすこともしなかったと聞いて、憤慨したよ。
そういって溜息をつくベルガーに、ロイは謝罪の言葉を述べる。

「その節は、大変失礼を・・・」
「いやいや、あんなに睦まじい恋人がいたなら仕方ない。だがね、君があの後すぐに結婚したと聞いても、ある想いが消せなくてね・・・」


――君が、当家との縁談だったとその場で知っていたら、どうだったのだろう・・・とね?


そう言ってこちらを見つめるベルガーに、ロイは眉を寄せた。

「それは・・・」
「この頃一気に階級もあがったようだね。若手ではNO1の出世頭だ。若く才があるものは他にもいるだろうが・・・やはり君には及ばないようだね。すばらしい」
「・・・・・・光栄で」
「だからといって、もう満足してしまったわけではないだろう?」

褒めちぎるベルガーに、一応謝礼を述べるべくロイは口を開くが・・・その言葉を遮って『まだ上に上りたいのだろう?』と言ってくる。

「・・・・・・」
「君の瞳は野望に満ちている・・・私の若い頃を思い出すよ」

私は、君さえ望めば手助けをしてやりたいと思っている。
ここにある財産を、全てつぎ込んでもいい。
・・・そう言って、ベルガーは手の中の宝石を持ち上げ、光に翳した。

「君が細君を愛しているのは今日見てよくわかったが―――彼は私ほど君を助けてやれるだろうか?」
「・・・・・・」
「ハハ・・・少し意地悪な物言いをしてしまったかな?でも、一度君の口から返事をはっきりと返事を聞きたくてね?」


ディアーナは未だ君を慕っているようだよ?


振り向き、こちらを見つめるベルガーに、ロイは問いかけた。

「・・・あなたほどの方が、どうして私にそれほど肩入れしてくださるのでしょうか?」

それこそ、ベルガー家なら婿に来たいものなど星の数ほどいるでしょう。ディアーナ嬢だって、あの器量なら引く手あまたではないですか?
―――それなのに、何故?
警戒をしつつそう聞くと、ベルガーはハハハと朗らかに笑った。

「さっきも言ったろう?娘は君をいたく気に入っていてね。親とすれば願いを叶えてやりたいと思うものだろう?それに、これもさっき言ったが・・・私も君を気に入っているのだよ」

頭が良く、指導者としての器もある。
数々の軍功を上げ、部下にも慕われている。
―――イシュバール戦で君に助けられた部下達などは、君の為になら命を掛けるほど・・・慕っているのではないかな?
そう言って、ベルガーはロイを見据えた。

「君は謙遜するが、私は君がそれだけの価値がある男だと思っている」

それに・・・と、ベルガーは続けた。

「君の錬金術にも私は惹かれていてね・・・以前君が細君と模擬戦闘をしたことがあっただろう?実はあの時私も見ていてね」



あの力はとても美しいと思った。―――私の可愛い美術品ほどに・・・ね。



どこかうっとりとしたベルガーの声色に、ロイはピクリと僅かに眉を動かしたが・・・それ以上は感情を出すことなく、彼を見つめた。




今回面白みのない場面ですみません;
オッサンと話をしてるだけなんて、潤いがなさ過ぎる・・・。
いや、なんとなく、オッサンに口説かれてるっぽい・・・キモすぎる。(汗)


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