ロイの視線の先で、ベルガーはまた表情を笑みに変える。
「君さえ頷けば、私は君の力になってやれる」
ここにある財産もいずれ君にものになるし・・・君が軍内でもっと力を得るための手助けもできる。
君の地位が上がれば私だって助かるし、援助は惜しまんよ?
―――甘く誘うベルガーの言葉だが、ロイは表情を動かさず問いかけた。
・ 理想の結婚 ・ <その5 ”蜜旅行”>・・・9
「あなたは大総統閣下のご友人だ・・・私など婿に迎えるまでもなく、軍に影響力をお持ちでしょうに?」
そう言葉をぶつけて見ると、彼の瞳がスッと細められるのが見えた。
だが、すぐに彼はその表情を隠し、おどけたような口調で首を横に振る。
「そうなんだが・・・この頃彼は少し冷たくてね。友達甲斐がないと常々思っていたところなんだ」
まぁ、それを置いておくとしても、この国家体制だ・・・やはり軍との繋がりは強い方がいいだろう?
―――しゃらしゃらと金の鎖を弄びながら、ベルガーはそう言った。
「君が縁談相手を知らなかったと知って不満がくすぶっていたところに、偶然君が新婚旅行でこちらに来ると聞いてね。是非君と直接話をしたいと思ってパーティに招待したのだよ」
お互いに利がある話だと思うのだが・・・どうかね?
ベルガーは宝石を持ったままの手を差し出して、ロイに問いかけた。
******
『なるほどね・・・』
ベルガーの話を聞きながら、ロイは心の中で呟く。
見合いの話が来た時、単に大総統の暇つぶしかと思っていた。
後にセリムがエドワードに淡い想いを抱いていたと知って、それこそが結婚を勧めた本当の訳かと憤慨したが・・・理由はそれだけにとどまらなかったのか。
『先ほどこの男は、「大総統がこのごろ冷たい」と言った』
友人などと言っていて、実際それなりの間柄ではあるのだろうが・・・その関係は、自分とヒューズのような本当の友人関係ではないのだろう。
この男の事、大総統と姻戚関係なったのをきっかけに彼に擦り寄り、色々と便宜を図ってもらおうとしていたのだ。
・・・だが、閣下はそんなにお手軽に扱える男ではない。
利があるから擦り寄り続けていたが、思い通りにならぬ男に長年の鬱憤が溜まっていたに違い無い。
そして多分閣下が年をとってきたこともあって、後釜を探す事にしたのだろう。
もっと―――自分の思い通りになる後釜を。
『そこで私に目をつけた・・・か』
娘の年齢に見合い、なおかつ一番高い地位にいる者をということで目をつけたのだろう。
娘婿にして大総統の地位に押し上げて、力を得るために。
『年若いので大総統よりは御し易い・・・金をチラつかせれば食いついてくると踏んだか』
表向きは『娘がせがむので』といえば、言い訳も立つ。
だから堂々と大総統に直接縁談の橋渡しを頼んだのだろう。
軍内部の者を身内に引き入れるのだから、その方が下手に勘ぐられずに済むと思ったのかもしれない。
『だが・・・やはり閣下の方が上手だ』
多分、閣下はこの男の考えていることなどお見通しだ。
知った上で・・・私とエディの噂を利用して、二人は本当は想いあってなどいないのを知っていながらエサで釣って結婚させたのだ。
セリムの件もあるし、この男の思惑を外すことにもなるし、まさに一石二鳥。
そして、それだけに止まらず・・・。
『この男の動向を見極めようと、新婚旅行などと称して私達をここに来させたのか・・・』
ベルガーは先ほど『偶然君が新婚旅行でこちらに来ると聞いてね』と言っていた。
彼は確かに私達がホテルに到着する以前に、ここに来るのを知っていた・・・チェックインの時には、すでに自分達がパーティに参加すると返事をしたことにもなっていた。
―――だが、この旅行の発案者は私でもエディでもない。
多分、不満をくすぶらせている男の気持ちを知っていた閣下は、男がここでパーティを開くのを聞いて、男がどう出るか見ようと思ったのだろう。
『そういえばマスタング君が新婚旅行でそちらに行くと言っていたな』とでも言って、男を食いつかせたに違いない。
・・・実際は新婚旅行のプランなど皆無で、こちらは事後に『行け』と命令されてきたわけだが。
『タヌキおやじめ・・・』
心の中で、ここにくるよう仕向けた男に悪態を吐く。
そうと分かれば、ますますこの男の誘いに乗るわけにはいくまい。
『ご丁寧に「浮気はいかんぞ」などと釘を刺されたしな』
―――まぁ、わざわざ釘など刺されるまでもないが。
この男と閣下と・・・どちらを敵に回すほうが怖いかなど、考えるまでもない。
そう思いつつも、ロイはどう答えたら良いかと思案する。
否と―――拒否するのは、簡単だ。
だが、問題はその後だろう。
隠し財産まで披露して誘った男が、断った後あっさり解放するだろうか?
『私の錬金術の事を口にするくらいだ、私の戦闘力は知っているだろうが・・・』
だが、知っているからこそまともに戦おうなどとは思っていまい。
―――何か、罠を仕掛けていると思っていいだろう。
『それをいつ使ってくるか・・・だな』
今は、準備が足りない。
準備ができるまで・・・とりあえず頷いておいて、この場を回避しようか?
それに、今は具合の悪そうだったエディの事が気に掛かる。
『まずは、彼と合流して・・・』
―――そこで、ハッとした。
『まさか・・・』
たった一杯の酒で体調を崩したエドワード。
彼を一人残してここに来る嵌めになった自分。
そして―――ついさっき、彼の元に帰るのを止められている・・・。
ロイは一度唇を引き結んでから、口を開いた。
「・・・それは魅力的なお話ですね」
「だろう?」
ロイの言葉に、ベルガーは満足そうな笑みを見せる。
だが・・・続けられた言葉に、すぐにその笑みは消えた。
「ですが―――返答の前に、妻と話をしたいのですが」
「・・・君ほどの男が、細君が怖くて頷けないのかね?」
「先ほどもあなた自身もおっしゃったじゃないですか?―――私が妻に形無しだと」
おっしゃる通りでしてね。
―――妻の許しをもらわなければ、どんな良い話も頷きかねます。
「まずは、妻に会わせていただきたい」
ロイは、ベルガーを見据えて、そう言った。
二人の間にピリリとした空気が流れる。
ロイをじっと見つめるベルガーが、口を開き掛けた時―――
表のコレクションルームから、ガタンという大きな音と共に、悲鳴が聞こえた。