アイツと会ったあの時の事を、オレは今でも鮮明に覚えている。
世界の全てが色を失ったあの日から、オレは何も考えることが出来なくて。
呆然と、ただ失意の中にいた。
それは、いつ明けるとも知れぬ真夜中の闇の中に漂っているような、そんな感覚。
そこから引っ張りあげてくれたのが、アイツだった。
アイツに叱咤されて、道を示された時――――――闇の中にいた自分に光が差し込んだ気がした。
生半可な光ではない。まるで焼かれそうなほど、強烈な光。
いや・・・・・・今考えるとあれは光ではなく、焔だった。
アイツが放った焔に浄化され、オレはまるで生まれ変わったような気分になった。
そして、失ったものを取り戻す為の旅が始まった――――――
あれから、三年。
会って成果の上がらぬ報告をすると、嫌がらせかと思うような会話と皮肉っぽい笑み。
その度オレは激高して、あんな奴とは早くおさらばしたいとばかりにまた肩を怒らせて旅にでる。
いまなら、分る。
あれは・・・・・アイツなりの思いやり。
ふてるオレに、乱暴なやり方ではあるがハッパをかけてくれていたのだ。
その証拠に、本当に落ち込んでいる時には―――――――――優しかった。
皮肉っぽい科白は変わらなかったけれど、仕草に、声に・・・・・さり気ない労わりがあって。
いつもすぐに跳ね除けてしまってはいたけれど、頭を撫でる大きな手が・・・実は心地よかった。
女と知ってからは、皮肉さが薄くなってやたら甘やかすように優しくなったけど。
オレを男と思っていた時でさえ、そんな風に、アイツはオレに優しかったんだ。
だから、嫌いといいつつも・・・・・・・・・・・・心の中はそうじゃなかった。
子ども扱いするなと怒りつつも、差し伸べてくる手は温かくて―――――泣きたい気分になった。
抱きしめてくる腕は逞しくて、ドキドキしながらも―――――包まれる安心感があった。
嫌いじゃない
嫌いどころか、この感情は―――――――――
・・・答えを出してはいけないと思った。
認めてしまえば、自分の中の何かが壊れてしまうようで―――――――――とてつもなく、怖かった。
だから、会いたくなかった。
でも、でも今は
―――――――――――その恐怖に立ち向かわなくてはならなくても、会いたい。
会って、
会って無事を確かめなければ、認めてしまうより先に・・・・・・・・・・・・壊れてしまいそうだった。
******
ガタンガタンと揺れる汽車の中で――――
エドはただ前方の景色を見つめていた。
だんだん見覚えのある風景になったことで、イーストシティに近づいているのが分る。
ほど無く、駅に着くだろう。
無事、だろうか?
アルには『きっと無事だ』と笑って見せたけれど、もちろん確信なんか無い。
悪運の強そうな奴だから、平気。
そう思ってはみるものの・・・胸のうちに迫ってくる不安が拭い去れなくて。
もし、酷い怪我でもしていたら、どうしよう。
それどころか・・・・・・・・・・もし、もしも、オレの目の前から永遠にいなくなってしまったら?
エドは自分の脳裏に浮かんだ最悪の状況に呆然と目を見開いた。
そして、ぶるっと、体を震わす。
『違う違う違う!そんなことはありえない!』
脳内で必死に否定していた時に、イーストシティに到着したという車内アナウンスが流れた。
列車を飛び降りるように駅に降り立つ。
改札を出て、そのまま司令部まで走ろうかと出入り口に視線を走らせた時、見慣れた黒髪が見えた。
小柄な、眼鏡の男・・・・・・・・・ヒュリー曹長。
エドは彼の名を呼びながら、走り寄った。
「ヒュリー曹長!!」
「エ?・・・・エドワード君!?どうしてここに?」
「大佐は、無事なのか!?」
「何で知って・・・・・・?」
「やっぱり、怪我したんだな!?今何処にいるんだ?」
「その、治療中だけれど――――――――ごめん、今はあわせてあげることは出来ないんだ」
「何で!?」
詰め寄るエドに狼狽しつつ、フュリーは困ったように辺りを見回して、声を顰めた。
「・・・・・面会謝絶なんだ。それと、今は事情があって・・・治療中の場所は教えられないんだよ」
「面会謝絶―――――――」
「に、兄さん!?」
よろりとぐらついた体を、やっと追いついてきたアルが支える。
心配げに兄を覗き込むと、呆然としていた兄がうな垂れるように俯いていて。
それを見たフュリーが、オロオロと慌てる。
「エドワード君、大丈夫!?・・・あの、今は立てこんでるけど、後で必ず会わせてあげるから――」
「どこだ――――――――」
「え?」
「どこに、いるんだ!!」
腕をグイとつかまれて、射るような眼光で睨まれて、ヒュリーは冷や汗を垂らす。
そのまましばしの硬直の後、彼はため息を吐きだした――――
「場所は――――――」
告げられたのは、取り壊しが決まった為、今は無人のはずの軍病院だった。
******
エドが走り去った後、フュリーは呟く。
「教えちゃったけど・・・・・不味かったかなぁ?」
しかし、エドワード君あんなに大佐の事を心配してるなんて。
なんだかんだいってあの二人いい雰囲気だよね?
・・・それにしてもエド君、なんだかすごく綺麗になったような?
あれなら、まぁその・・・・・・ホモなカップルでも・・・・・違和感ないかも。
『っと、そんな事考えてる場合じゃないか!!』
構内を移動し、軍用車に乗り込むと彼は無線機のスイッチを入れた。
「こちらフュリー」
『こちら、ホークアイ』
「列車の到着が少々遅れているようです。先ほどアナウンスがありました」
『了解。では待機して、到着を待ってお連れして。』
「了解です。ただ、そのぅ・・・・・その前に一人そちらに向かった人が」
『もう一人?誰?』
「エドワード君に今会いまして」
『エド君!?』
「どこで聞いたのか分らないですが、噛み付かれそうな勢いだったんで、つい場所を教えてしまったんですが」
すみません、不味かったですか?
恐る恐るお伺いを立てると、考え込みながら・・・といった感じではあるが、了承の返事が返ってきた。
『いえ・・・・・彼なら問題ないでしょう。もう一つの件を片付けるのに好都合かも』
「もう一つ?」
『いえ、こちらの話よ。では確実にお連れしてね』
「了解」
スイッチを切ってフュリーはまた駅に戻った。
しばらくして。
遅れていた列車が、やっとホームに滑り込んでくる。
個室がある車両の前で待っていた彼は、降りてきた人物を敬礼で出迎えた。
「将軍、お待ちしておりました!」
「うむ。出迎えご苦労」
降りてきた男は、表情を崩さずにそう言った。
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「どうでした?」
タバコを燻らせてそう聞くハボックにリザは頷いて見せた。
「列車が少し遅れているらしいわ。――――それと、エド君が来るわ」
「えっ、エド!?なんで・・・?」
「詳しいことはわからないけれど、どこかで大佐が怪我されたのを聞いたみたいね」
「エドって南方にいたんスよね?それを引き返して・・・・こりゃ、脈ありですか?」
ニヤつくハボックに苦笑してから、リザは表情を引き締めた。
「さあ、迎え撃つわよ。この事件も・・・ついでにもう一つの方の問題も一気に解決と行きましょう?」
「了解!」
ハボックはニッと笑って、敬礼して見せた。
******
「頼む、急いでくれ!」
捕まえた流しの馬車の業者にそう言うと
彼は無言で頷き、手綱をピシリと鳴らした。
それを合図に馬は脚を速めて、車輪がガラガラと音を上げる。
「兄さん、顔色悪いよ・・・・・大丈夫?」
「―――――――大丈夫だ」
弟の言葉に、エドは自分に言い聞かせるようにそう答えた。