「中尉!!」
「エド君――――」
駆け込んできたエドとアルを見て、リザはハボックに視線をやる。
ハボックは小さく頷くと、エド達と入れ違いで部屋を出て行った。
それを確認してから、リザはエドと向かい合って訊ねる。
「何処で、大佐の怪我の事を?」
「南方の駅で、軍人達が立ち話をしてるのを聞いて――――それより!大佐の容態は!?」
「爆発に直接巻き込まれた訳ではないんだけれど、その時崩れた建物の瓦礫で・・・・・ね。」
「・・・!!」
「頭に衝撃を受けたせいか・・・未だに意識が戻らないの。
本当は設備の整った所に移したいのだけれど、まだ他所にはあまり知られたくなくて――こんなところに、ね」
「兄さん!?」
目を見開いて顔色なくして・・・・・呆然と佇むエド。
倒れてしまうのでは!?と心配になるほどの顔色に、アルは慌ててエドを支えるように腕を回し、
リザも焦ったように心配げに覗き込む。
「エド君!?―――大丈夫?」
「・・・・・こ」
「え?」
「何処にいるの!?」
堪えるように唇を噛んで見上げてくるエドに、
リザは一つ息を吐いてから、静かに部屋の番号を告げた―――
「・・・・・・・・・部屋の番号は」
******
早鐘を打つ心臓の辺りを一度手で押えてから、エドは意を決したようにドアを明けた。
取り壊しが決まっているというだけあって、古びてあちらこちら変色した壁。
視線を動かすと、部屋の中央にあるついたての向うにベットが見える。
そして、ついたてからはみ出した足元部分のシーツが膨らんでいるのが分った。
そこにいるのだと分って、エドの心臓は益々煩さを増す。
足音を殺してそっと近づき、ついたての向うに回りこむと。
白いベットの上に、黒髪。
だが、その黒髪にさえ、白が掛かる。
・・・・・目を閉じたロイの頭には、白い包帯が巻かれていたのだ。
その光景に息を呑んだエドの金の瞳が、みるみる潤んでくる。
だが、何とかあふれる前に彼女はきゅっと唇を噛みしめて、耐えた。
『馬鹿大佐・・・・・・』
ゆっくりと、少し震えた手でその頭の包帯に手を伸ばす。
――――――――――その時。
「うわっ!?」
突然伸びてきた手に、ぐいっと手を引かれて。
バランスを崩してベットの上に倒れこむ――――
訳が分からず一瞬呆然として、
でもロイの上に倒れてしまったのでは!?と、慌てて自分の下を見るが、ベットの上には誰もいなくて。
狼狽したまま視線を上げると――――そこには
「鋼の」
自分をベットに縫いとめて、馬乗りになっているロイがいた。
******
「・・・・・・た、大佐?」
エドは混乱のまま、ロイを呼ぶ。
だが自分の上にいる男もまた、驚いた顔だった。
「鋼の・・・何故君が?―――――――――ああ、まぁいい。とにかく今は・・・・・」
そう言うと、ロイは拘束していたエドの体を解放すると、再びベットに横になる。
そして、唖然としているエドの背中と腰に手を回して、引き寄せた。
「おいで」
ベットの上で抱き寄せられて、エドは慌てた。
赤くなって暴れようとして・・・ロイの包帯を目にして、とりあえず口だけの抗議に切り替える。
「ちょ、アンタなにやって!?怪我は!?」
「色々と事情があるんだよ。君こそ、何故ここに?誰に聞いた?」
「えっ・・・・・南方で、軍人達がアンタが怪我をしたって話してるのを偶然聞いて――――――」
「なるほどね・・・・・」
「つーか、意識が無いってのは!?説明しろっ!!!」
「しっ。後で全部説明するから、静かにしていなさい――――客が来る」
「きゃ、客?」
「ほら、来たようだよ?」
遠くで聞こえた足音に、ロイはエドの頭を自分の胸辺りまで押しさげて、金髪を掛け布団で隠す。
エドはというと、ロイの胸に抱き寄せられてパニック寸前。
薄い病衣ごしに感じる体温と彼の匂いと・・・・・聞こえる、鼓動。
頭に血が上り・体温があがっていくのを感じて、益々狼狽。
だが、今から何事かが起こると知って、とにかく平静を保とうと必死になっていた。
足音が近づいて、
そして、ドアが開けられる。
「ライル准将、こちらです」
「うむ」
聞こえてきたのは、中年男性の声。
「准将。わざわざお見舞いくださって申し訳有りません」
「いや、丁度東方を訪問する予定があったのでな。・・・それにしても災難だったな、部下に聞いた時は驚いたよ。
しかし――――――まさか東方司令官ともあろう者がこんな所にいるとは。・・・・・上層部には?」
「それについては、お願いがあるのですが・・・もう、数日だけでも内密にしていただけないでしょうか?」
「ああ、分るよ。彼は敵も多いようだし、意識が無いなどと知られたくないのだろう?」
「・・・・・・大佐の意識はすぐにでも戻られると思います。ですから、それまでは――――」
「いいだろう。但し、いつまでもとはいかないだろう。3日経ったら、ちゃんと報告するように」
「はい・・・・・」
頭をすっぽりと覆われているから見ることはできないものの、この声は聞いたことがあった。
自分が先ごろまで居た、南方の将軍。
嫌な笑い方をする、どこかワニっぽいおやじ。
大して仕事ができるわけも無いくせに出世思考が強く、セントラルにいる将軍達に取り入ってばかりいた。
何故、この男がここに?
エドは息を殺しながら、二人の会話に聞き耳を立てた。
「しかし・・・前途ある若者がこんなことになろうとは、痛々しい。・・・ここだけの話、私は彼を買っていたのだよ」
「恐れ入ります。准将のそのお言葉が耳に届いていれば、大佐もさぞや喜ばれるでしょうに」
そんな白々しい会話に打ち切るように、ノックと共に病室のドアが開けられた。
ドアを開けたのは、ヒュリー曹長。
「ホークアイ中尉、よろしいでしょうか?」
「―――――准将、申し訳有りません。少し席を外してもよろしいでしょうか?」
「ああ、マスタング大佐が動けない分、君も忙しいだろう。かまわんよ」
私ももう戻るから、私のことは気にせずに君はこのまま業務に戻りたまえ。
そう言う准将に敬礼で答え、リザは部屋から出て行った。
それを見送ってから、男の顔に下卑た笑いが浮かぶ。
「どうやら、また爆発騒ぎらしいな・・・・・まぁ、時間どうりだな。――――おい」
せせら笑いながら、部屋の外で待機させていた者を呼ぶ。
呼ばれて入室してきたのは、彼が連れてきた部下。
彼と共に、ライルはロイを見下ろした。
「ふん、ざまあないなマスタング。―――――それにしても、棚からボタ餅、だな。
少し評判を落としてやるだけのつもりが、瓦礫で怪我だと?しかも意識がもどらんとは・・・益々好都合」
「なかなか、いい仕事・・・・・・だったろう?」
ニヤニヤと笑う男は、とても部下とは思えぬ口調でライルに話し掛ける。
「ああ、いい仕事だ。早速だが―――次は、この病院だ。特にこの部屋は確実に潰せ」
「へえ、次はここ?だけどさ、コイツもう意識がないんだろ?わざわざ殺すのか?」
「意識がもどらんともかぎらない。折角のチャンスだ、ここは確実に葬り去るべきだろう?」
今なら、この男が死んでも上には怪しまれない、なにせ次々に起こる爆発騒ぎに巻き込まれただけだからな。
そう言って爬虫類じみた笑いを浮かべたライルだったが――――
「さすが准将、ぬけめ無い確実な作戦ですな。そうなれば崖っぷちのあなたの地位も、とりあえずは落ち着く」
ただし、成功すれば――――――の話ですがね。
聞こえてきた張りのある低音に、男二人はギョッと振り向いた。
ベットの上の黒髪を見つめると、その瞳がゆっくりと開かれる。
「マ、マスタングっ」
「准将、お久しぶりですね。・・・昨年の夏以来でしょうか?」
上半身を起してニコニコと笑みを寄越すロイに、ライルはギリッと歯噛みする。
「貴様・・・・・・・・・意識不明だなどと!嵌めたな!?」
「嵌めようとなさったのは、そちらでしょう?色々と画策してくださったようで・・・」
お陰で次々起こる事件の後始末が大変だと辟易していたんですよ?
もっとも、今あなたの口から直接聞かせていただけて、一気に解決といきそうですがね。
ニヤリと笑うロイに、顔色をなくすライル。
悔しそうに顔をゆがめた後、少ししてまた爬虫類じみた顔で笑った。
「・・・・・ならば、証拠を消そうか。貴様ごと、な」
ライルが手を上げたと共に、もう一人の男が取り出した爆発物の導火線に火がつけられる。
男が放り投げようと構えたのを合図にライルは部屋の外へと逃げ出そうと走り出して・・・
だが、後で聞こえたロイではない声に、思わず足を止めた。
「うわっ!!」
爆弾が男の手を離れる前に、導火線は途中でスッパリと断ち切られて、ライターも叩き壊される。
それを断ち切ったのは、ベットから飛び出して機械鎧を刃に変えたエドワードで。
エドはそのまま手を打ち鳴らすと、ついたてに手を触れる。
すると、まるで生き物のように変化したついたてが、ライルと爆弾男と、
・・・ついでに爆弾まで一まとめにして、身動きできないように縛り上げてしまった。
「は、鋼の錬金術師!?・・・・・な、何故?確か南方にいたと!」
「私が怪我をしたと聞いて駆けつけてくれたんですよ・・・・・あなたの部下の立ち話を聞いてね」
「!!」
「上層部に媚びをうってばかりではなくて、部下への指導も徹底なさった方がよろしいのでは?
・・・・・・ところで、それ。消えてしまいましたね?」
ロイはそう言うとシーツの中から右手を出して見せた。
右手には白い手袋が嵌められていて、手の甲にはサラマンダーの練成陣。
「よろしかったら、火・・・お貸し致しましょうか?」
もちろん、私達がこの部屋を出てから・・・ですけどね?
冷たい微笑を浮かべるロイに、ライルは顔色を無くして震え上がったのだった。