『どうしよう・・・・・・』
東方司令部の執務室前で。
エドは延々、迷い続けていた。
『どう、しよう・・・』
彼女の心の中で、また先ほどと同じ呟きが繰り返される。
簡単な事だ。このドアノブを回すだけ。
いつもなら躊躇するどころか、ノックもせずに簡単に手を伸ばすドアノブ。
だが、今日はそれを握る事さえ出来ない。
「ほんと・・・どうしよ・・・・・」
またもや、同じ呟きを・・・・・今度は小声でつぶやいた時、急にドアが内側から開いた。
突然の事に驚いて、後ずさって後ろの壁に張り付いてしまう。
―――中から出てきた男は、そんな彼女を見て苦笑した。
「そろそろ、入ったらどうかね?」
待ちくたびれてしまったよ。
そう言うが早いか、逃げる間を与えず間合いを詰められて。
エドは腕を引かれて、さっさと執務室内に連れ去られてしまったのだった。
******
中に入ると、腕を掴んだままでロイがくるりとエドに向き直り、問い掛けてきた。
「あんな所で何をしていたんだね?」
「な、何って・・・・・」
「いつ入ってくるかと心待ちにして待っているのに、全然ドアが開かないんだものな」
「・・・っ!てめっ、ずっと分ってて!?―――――――――――性格悪っ!」
「感動の対面を演出しようと待っていたんだよ」
君がはいってきたらすぐに抱きしめようと思って、ドアの前で腕を広げて待ってたのに・・・
そう言われて、エドはぼあっと赤くなった。
彼女のそんな可愛い様に目を細め、ロイは握っていた彼女の腕を不意に引いた。
思わず倒れこんでしまうと、逞しい腕に抱きとめられ――――そして、きつく抱きしめられる。
「うわっ!?・・・・・って、お、おいっ!」
「待ちかねたよ、エドワード。・・・・・・・・・・・・会いたかった」
「・・・・・・・・・っ、たい、さ――――は、離し・・・」
「離す訳ないだろう?一月もおあずけ食らわされたんだからな」
追いかけて行きたいのをグッと我慢して大人しく待ってたんだぞ?
そう言って髪に口付けてくる男に、エドは益々真っ赤になって身をよじるが、離してくれる訳もなく。
エドは赤い顔のまま、しばしロイの腕にぎゅうぎゅうに抱きしめられたままでいる羽目になった。
『確かに、あれから丸一月近くたっちまったもんな・・・・・』
先月の別れを思い出しながら、エドは諦めたように力を抜き、男の胸に体を預けて目を閉じた。
******
「愛してる」
「・・・・・・・・・オレも、好き」
やっと自分の心を自覚して、お互いの気持ちを確かめ合った執務室。
与えられた優しいキスに気が遠くなりかけたが・・・・・
しばらくしてハッと我に返り、エドはロイの胸を押し返した。
「・・・?エドワード、どうした?」
「ごめん、大佐。オレもう、ダメ・・・」
力の入らない腕で必死に押し返しながら、瞳を潤ませてそう言ってくるエドに、ロイはフッと笑いを漏らす。
恋愛ごとに免疫がない彼女。
自らの気持ちを自覚したというだけで、いっぱいいっぱいなのだろう。
慣れない上に、まだ気持ちが追いついていないから、こんなキス一つで音を上げてしまったようだ。
初々しい彼女の仕草に頬を緩めながら、それでも此れしきで離してやるつもりはない男は意地悪に口の端を上げた。
「こんなキス一つでもう・・・かい?だが、私はまだまだ足らないよ」
言うなり、顔中にキスの雨を降らせて。
そして、今度こそ深く―――――と、エドの唇目指して顔を寄せた。
・・・・・・・の、だが。
「―――――っ、違うっ!もう時間無いからダメっていってんの!!」
その叫びと共に、ドンと胸を押し返された男は、きょとんとした表情で少女を見下ろした。
「・・・・・・・・・時間?」
「元々、オレは西方に行く予定だったんだよ。それを急にこっちに来ちゃったから・・・」
西方で目当ての情報をもっている人物に面会する予定だった。
それも忘れて東方に来た為、相手との約束日時に間に合うかどうか分らなくなってしまった。
だが・・・・今から速攻引き返せば、間に合うかも知れない。
そう言うエドに、ロイは顔を顰めた。
「予定変更を電話で伝えれば良いじゃないか」
「相手は渋ってたんだよ!それをどうにか会ってもらえることになったんだ、変更なんか出来ねぇ!」
「ならば、私が代わりに電話で交渉を・・・・・」
「あっちは軍人嫌いなの!アンタの名前なんか出したら速攻断られる!アンタやたら有名人なんだからっ」
「しかし・・・折角両思いになれたのに、こんな状態で放っていかれるのは」
捨てられた犬のように情けない顔になってしまった男に、エドもさすがに罪悪感が湧く。
自分だって、一緒に居たい。
・・・・・・・・だけど、なぜか逃げ出してしまいたい気分もあり。
そして、やっぱりなんといってもこの情報を逃す訳にはいかないのだ。
―――――ここは、ほだされる訳にはいかない。
エドは表情を引き締めて、ロイを見上げた。
「悪いとは思うけど、なに言われても今はダメ。・・・情報を得られたら、一旦帰ってくるからさ?」
「・・・・・・・・本当だね?」
「うん。相手に会って、情報もらって・・・・・そしたら、帰ってくる」
真剣に言い募るエドに、ロイはしばらくの沈黙の後――――深いため息をついた。
「仕方ない・・・・・気をつけていってきたまえ」
「ありがとう、大佐!帰ってきたらゆっくり話しような!」
そう言うなり、腕の中からすり抜けて走り出すエドに、ロイは慌てたように声をかける。
「ちょ、待ちたまえ!!せめてもう一度キスくらい・・・・・・」
「へ?・・・・・・そ、それも、帰ってからっ!!じゃーな!」
そのまんま赤い顔で執務室を飛び出していくエド。
残された男の口からは、情けない音が吐き出された。
「酷いじゃないか、エドワード・・・・・」
気分が最高潮に盛り上がった後だけに、落胆もまた、大きいようだった。
******
そんな風に、出来たばかりの恋人をちゃんと話もしないまま置き去りにして旅に出た挙句に、
今回の情報がとても有力だったため・・・・・すぐ引き返す約束は勝手に反故にして。
――――そして、やっと帰ってこれたのは、もうひと月近くたった後だったのだ。
そのことを考えると、さすがのエドも気まずくて。
そして・・・・・・・・・久々に会えると思うと気恥ずかしくて。
キスの約束までしていたから、尚更執務室に入れないでいたのだ。
「その・・・・・・・・・・ごめん」
「君に置いていかれた後、大変だったんだよ?」
「え?また事件か何か?」
「いや、私が何も手につかなくなってしまって」
書類はたまるわ、仕事がはかどらなくて側近達に文句を言われるわ―――挙句の果てに中尉に撃たれるわ。
・・・・・・・・本当に、大変だったよ。
そう疲れたように首を横に振るロイを見て、エドは呆れたような声を上げた。
「そんなのオレのせいじゃねぇ!アンタのサボリ癖のせいだろう?」
「君のせいだよ。・・・・・・あんな風に私を放って行ってしまうから」
話したい事も沢山あるし・・・・・・何より、もっと触れ合いたかった。
すりっと・・・頬をなでられて、エドはビクッと体を震わせた。
その頬に、みるみる朱が入る。
「あ、アンタって、どうしてそういう・・・・・!」
慌てて身を引くものの、抱きしめられたままなので、離れることなどできず。
また腰を抱き寄せられて、少し意地悪な色を浮かべた艶っぽい微笑が間近に降りてきた。
「すぐに戻ってくると言う約束は、どうやら反故になってしまったらしいが・・・・・
もうひとつの約束は、果たしてもらえるかな?」
もうひとつの約束?と首を傾げかけたエドだったが、
それが何を指しているのかすぐに思い当たって、思わず身を硬くする。
が、今度こそ男は容赦してくれるつもりもないらしく、すばやく顎をとられて―――――
今度のキスは、約束をした一月前に与えられたものとは違い、
体中の力がぬけてしまうような―――――――――――――とろけるような、キスだった。