目を見開いて、息を止めて・・・そして、瞳が細まる。
「どう言う事だ・・・?」
ロイの声が室内に響く―――
「君は何を――――」
そう強く問いただそうとしたロイの言葉は、途中で途切れた。
腕の中でこちらを見上げた彼女の目が、とても綺麗で―――――清んでいたから。
エドはロイを見上げてじっとその目を見詰めてから、口を開いた。
「元に戻る手段を見つけた」
「!?」
「ある人に会いに行って来るっていっただろ?彼が、元に戻る為の術を教えてくれた」
「・・・・・今回の旅が長引いたのは、その為か?」
「ああ。ずっと追っていたんだけど、やっと会ってくれた。そして・・・俺達の事情を知って心を開いてくれた」
その錬金術師の噂を聞いたのは、かなり前だったと思う―――
失った人を取り戻しかけたその人は・・・賢者の石と同じような物を作ったと言う。
それから探しつづけてやっと見つけたその人は、既に年老いていて・・・しかも、人から心を閉ざしていた。
でも、自分達の境遇を知り、心を開き、そして自分の知っていることを全て託してくれた。
「オレ達はその方法でやる事に、決めた」
「・・・・・ちょっとまちたまえ。その老人は成功していないのだろう?」
「ああ」
「そんな成功率の低い方法で――――!」
「いや、彼は作った石が完璧になるまで待てなかったんだ・・・・・」
強いパワーを持つその石は、偶然の産物。
二度と同じ物を作る事はできなかったけれど、その石を成長させる術を見つけ出した。
彼はその石に力を与えつづけ、妻を取り戻すだけのパワーを込めようとした。
だが・・・・・・・彼は取り戻したい一心で、焦る心を抑えこめずに、使う時期を見誤った。
―――――そして、ほぼ成功したかに見えたその術は、もう少しの力が足りずに失敗に終ったのだ。
「彼は練成した奥さんと、数日間一緒に暮らした。本当にその数日間だけは彼女を取り戻せたんだ」
石は砕け散ったが、最初に作った核の部分だけはかろうじて残った。
それを元に完璧な石を作れば、今度こそこの術は成功する。
エドはそう確信を込めて言った。
だが、エドの話しを聞き終えて。それでもロイは不審げに眉を潜めた。
「そうか・・・だが、その老人は何故もう一度挑戦しなかったんだ?」
取り戻す術がわかっていると言うのに、何故再挑戦しなかったのだろう?
ロイのもっともな疑問に、エドは少し目を伏せてから答えた。
「本人が病気になってしまったんだ。それに、奥さんはもう一度生きかえる事を望んでいなかった・・・」
20年ぶりに取り戻した妻と、彼は数日間一緒に過ごした。
だが、完璧に見えた練成は、実は不完全で・・・・・・彼女は再び死を迎える。
意識の途切れていく彼女に、彼はもう一度取り戻すと約束しようとするが。
彼女の口から出た言葉は―――
『あなたにお別れも言えず旅立った時、それがとても心残りだった。
でも、今は言えます。ちゃんと別れの言葉を伝えられる。
そのチャンスをもらえただけで私は十分。後は、あなたの人生を大切に暮して・・・・・』
彼女はそう言い残して、もう一度旅立った。
けれども、やはり彼は諦めきれなくて・・・・再び石を作り始めた。
今度は、完璧な物をと・・・30年の歳月を費やして、それを作り続けた。
だが、後少しと言う所で病に倒れてしまう・・・・・・
「研究さえままならぬ体になり、彼は絶望の中で暮してた」
力を振り絞れば、もう一度位練成を行えるかも知れない。
だが、蘇った妻が目の当たりにするのは・・・力尽きた自分の躯。
そして、やはり完璧ではない石は彼女にまた程なく三度目の死を与えるだろう。
前回、言えなかった別れの言葉を伝えられて、満足して逝った彼女。
だが、今回もし生きかえったら?
彼女は夫の死を見て絶望し、そして・・・絶望の中、三度目の死を迎える。
―――――――――――――――そんな思いを彼女にさせる訳にはいかない。
「成し遂げられなかった思いと石を抱えて・・・残り少ない日々を過ごしていた彼に、オレ達は会った。
そして、オレ達の境遇を知って・・・・・・・・彼は、それを手渡してくれた」
オレ達にそれを渡した次の日に、彼は旅立った。―――妻の元に。
エドは目を伏せた。
「逝く前に、誰かに託したかったのかもしれないな・・・・・」
「そうか・・・・・・」
「だから、オレは彼のためにも完璧な石を作りたい。そして、アルを取り戻したい」
そう言って、エドはもう一度ロイを見上げる。
「引き継いだ石を完成させるのには、彼の研究室でその石にパワーを与えつづけなきゃいけない。
多分、一年近く掛かる・・・もちろん、それ以上だってありえる。
その間、片時も離れる事はできない。・・・・・・・・・ここには、帰って来れない。
―――――そして、帰って来れる保障も・・・・・・ない」
エドが話し終わった後、ロイは静かに言った。
「・・・・・・・だから、別れを?」
「―――――うん。アンタと付き合ったまま、こんな旅に出ていいわけないと、思った」
だから、お別れを言いに来たんだ・・・・・でも
エドの言葉が言い終わらないうちに――――――どこか、ひやりとした男の声が室内に響いた。
「では―――昨日からの君の態度は、捨てられる男への哀れみと言う訳か?」
「・・・・・・っ!?それは、違う!!」
「ではなぜ――――――?
家に来て、君は無防備に私の腕の中に身を預けている・・・何をされても良いととられても仕方ないぞ。
哀れみでなければ、罪滅ぼしか?一夜の夢を置き土産にして、代価に君を忘れろと?」
「ちがっ・・・・・・!」
否定の科白を全部言い終わる前に、エドの視点はぐるりと変わる。
背中に軽い衝撃。体の上に圧迫するような重み。
一度閉じてしまった目を再び開けると・・・・・間近に、燃えるような黒い―――瞳。
「忘れられる訳がない!!」
言葉をつむぐ前に、エドの唇は激しく塞がれた――――――
『3月 ・・・・・一緒にどこまでも・10』