ロイエド一年間・・・・『3月 ・・・・・一緒にどこまでも・5』



「俺は隣だったから・・・・・・聞こえたぜ?」


そう言ってニヤリと笑うハボックの顔を、エドはじっと見つめた。

あの時は・・・・・突然自分を口説き出した大佐に呆れて。
そして、不意打ちのように、キス・・・されて。
そのせいで、大佐が何か呟いていたなんて、すっかりと頭から吹っ飛んでしまっていた。
でも、あの時―――――確かに、彼は何かを呟いたのだ。

「なんて・・・・・言ったの?」
「聞きたい?」
「・・・・・そっちから言い出したんだろ?」
「どうすっかなぁ〜?」
「勿体ぶんなよっ!!」

わざと焦らすハボックに、なんだか益々聞いてみたくなって。
エドは彼に詰め寄った。

「なぁ、教えろってば!」
「タダじゃなぁ〜?」
「てめぇ・・・足もとみやがって」

怒りマークを額にくっつけて、拳を握り締めたエドだったが、
次にニヤ・・・と、いやーな笑いを浮かべた。
エドの表情が可愛くてついついからかっていただけの男は
『やべ、からかいすぎた?!』と冷や汗を浮かべる。
ハボックの期待(?)に答えるように、エドは意地悪に笑った。

「そうだな〜、じゃ・・・お礼に、ホッペにキスしてやるv」
「へ!?」
「鋼の錬金術師様のキスだぜ?価値あるだろう〜」

誉れとして、末代まで語り継いでもイイくらいだぜ?
ニヤリと笑ってハボックの腕を取る。

この時のエドの頭は、
『弟みたいにしか思ってないオトコオンナにキスされたら、さぞかし嫌だろう?』
みたいな、他の者からみたら大変とんちんかんなことを考えていた。
・・・・・・・つまり、嫌がらせのつもり。

自分の魅力を何度言われてもちっとも理解できない少女は、
思考の間違いに気がつかず、意地悪な笑みのまま掴んだ腕に力を込めて自分のほうに引き寄せて。
そのまま腰を少し浮かせて、ハボックの頬に唇を近づけた。



「わ、わかった!!教える、教えるからっ・・・・・ストップ!!」

早々にギブアップしたのは、ハボック。
物凄く青い顔で必死に制止する彼に、エドは自分の思惑どうりに進んでご満悦。
・・・・・ハボックが顔面蒼白なのは、エドの考えているような意味では全くなかったのだが、
それに気づかぬまま、エドはハボックの腕を放して彼を解放した。

「んじゃ、さっさと吐け」

えらそうに踏ん反りかえって見せる姿は、全くもって以前のやんちゃな鋼の錬金術師で。
ハボックは色々と複雑な思いを胸に、深いため息を吐いた。

「お前、大佐の事を考えてる時と態度が違い過ぎだ・・・・・」
「な、なんだよ、もんくあるか!?」
「イイエ、ナイデス」
「なら、いいだろ。とっとと教えろ!・・・・・・・・・なんて、いったんだ?」

えらそうな口調の鋼の錬金術師様は、最後に付け加えた言葉にだけ、また乙女な響を滲ませた。
それにまた少しやさぐれそうになりつつも、ハボックは口を開いた―――――




「神に感謝を」




ハボックが呟いた言葉に、エドはきょとんと目を丸くした。
そして、その後にむっと唇を尖らす。

「少尉・・・いくらオレにキスされるのが嫌だったからって、逃れられたことを神様にまで感謝することないだろ!?」

それはさすがに失礼だろ!?
そう、プリプリ怒り出すエドに、今度はハボックが目を丸くした。

「は・・・?お前のキスが嫌なわけねーじゃん?あれは、後が怖いからで・・・いや、そーじゃなくて!
今のが、大佐が呟いた言葉なんだけど?」
「え・・・・?」
「大佐はあの時、神への感謝の言葉を呟いたんだ」
「・・・・・・・神?」

エドは、唖然として――――そして、聞き返した。

「なん、で・・・・・・?」
「さぁ?ただ・・・・・・・・・・今まで一緒にいて、
あの人が神だのなんだのにすがったり感謝したりするのは見たことがねぇな」



オレは、あの人が神に祈るのを、初めて聞いたよ。



ハボックは、そう言ってニヤリと笑って見せた。

『初めて・・・・・』
エドは、ドキドキと煩くなりだした鼓動を感じながら、
ハボックの言葉をもう一度頭の中で整理する。


あの日、あの時、あの場所で。
神様に感謝の言葉を呟いたという、大佐。
――――――――――『何』を、感謝した?


『それって、まさ・・・か?』
唖然として固まったエドに、ハボックは苦笑する。
そして、答えを出しあぐねて、不安そうに瞳を揺らす彼女の耳に顔を近づけ、
内緒話のように小声で囁いた。


「あの時――――――なんかとっても嬉しい事でもあったんじゃねーの?」


自分の力ではどうにもならない、
それこそ・・・神様の力でもない限り、どうにもならないことでさ。
そして、思わず信じてもいなかった筈の神様に感謝したくなるくらい、嬉しかったんじゃね―の?
――――――ハボックの言葉に、エドの肩が、揺れる。


「例えば・・・・・ずっと男だと思いこんで恋心を押し隠していた思い人が、実は女だった―――とか?」


自分の想像に自信が持てず、なかなか答えを出せないでいる彼女に―――――
後押しの気持ちを込めて、そうズバリと言ってやると。
振り向いてこちらを見上げてきたエドは、『かぁっ』と、それこそ湯気でも出そうなほど、顔を赤くした。


「あの人、ちっとも惚れっぽくなんて、ないと思うぜ?
つーか、あれほど惚れさせるのが難しい男なんて、そうそういないと思うけどな」


―――そう考えてみれば、お前って『女の中の女!』・・・かもな?

言葉も出せないでいるエドをそうからかってやると、やっと口を開いた彼女は、
『ばっ、ばかやろ・・・・・っ』などと、相変わらずの男勝りの乱暴な返事を返して寄越した。
だが、その顔は耳まで真っ赤で、俯いたまま潤んだ瞳を揺らしている。
それは、口調とは裏腹に――――まさに、『可愛い女の子』のものだった。

『ホント、可愛いなぁ』

いや、俺は中尉一筋だけど。
そんでもやっぱり、こんだけ可愛いと頬が緩むのを止める事などできない。
ハボックはやに下がった顔のまま、
『もう一言くらい、からかっちゃおーかなっ♪』
などと、口を開きかけ―――――突然後ろから聞こえてきた声に、固まった。


「ずいぶんと楽しそうだな、ハボック?」


ギギギ・・・と、音でもしそうなほど不自然に後ろを振り返ったハボックは
振りかえった先に、予想通りの人物をみつけて、だらだらと冷や汗をたらした。

「た、大佐・・・・・」
「え?大佐?」

思わずエドも赤い顔のままロイを振り向く。
だが、エドの赤く染まった頬を見たロイの瞳は、不機嫌そうに細められた。
そして、その視線はハボックに向けられる。

「ハボック・・・・・・」
「ち、違いますよ!?大佐の話をしてただけでっ!!俺、なんもしてないっス!!!」

必死に首を横に振るハボックに、唐突にロイが問い掛ける。

「・・・・・珍しいな、お前がタバコを咥えていないのは?」
「は?・・・・・え、いや??俺、女の子の前では吸わない主義で―――――」

ロイの質問の意図を計り兼ねて、ハボックはしどろもどろに答える。
そんなハボックに、ロイはにっこりと笑いかけた。

「そうか、それは感心だな。でも、我慢は体に良くないぞ?
――――さぁ、遠慮せずに エドワードから充分離れた上で 吸うがいい」


私が、火を貸してやろう。


スッとあげられた右腕を見て、
ハボックは『ぎゃ〜〜』と叫びながら、立ちあがってエドから離れた。
そして、そのまま走り出す。

「俺、番犬してただけっスよ〜〜〜〜〜〜!!」
「え、あ!・・・・・少尉!?」

エドが呼び止めると、ハボックは一瞬だけ立ち止まって振り向いた。

「エド、頑張れよ!・・・・・・ひっ!!」

再び振り上げられた白い手袋を見て、
ハボックはまた悲鳴を上げながら、走り去っていった。
そんな彼の後姿を唖然と見送ってから、エドはキッとロイを睨みつけた。

「少尉はオレの事助けてくれたんだぞ!?しかも、アンタが来るまで話相手してくれてたのに!」
「ふむ。なるほど・・・・・だから『番犬』か」

それは悪い事をしたな。
そう言いながらも、ぜんぜん悪そうな顔をしてないロイに、エドは眉を寄せる。

「・・・・・アンタ、全然反省してねぇだろ?」
「君を守った事は誉めてやるが―――奴が私より先にこんな可愛い君の姿を見ていたなんて、許せるか!」
「え・・・・・あ!」
「今日も―――――――スカート、穿いてくれたんだね」
「えっ、と・・・これは、成り行きって言うかっ」

指摘され、急激に恥ずかしくなったエドは、慌てたように弁解し始める。
だが、ロイはそんな彼女に、嬉しそうに目を細めた。

「成り行きでもなんでもかまわないよ。・・・こんなに可愛い君をまた見れたのだから。
今日はこの間の服より少し大人っぽいね―――――――綺麗だ」
「たい・・・・・」

ロイはエドの背に腕をまわすと、ぎゅっと抱き寄せた。

「遅くなって、すまなかった」
「・・・・・・・ハクロのおっさんが乱入してきたんだろ?少尉に聞いたよ」
「ああ。人の恋路の邪魔をするとは・・・きっとそのうち地獄に落としてやる」
「―――普通、そういうのは天が下す罰だろ?自分で手ぇ下すなよ」

呆れ気味にエドはそう言って、彼を見上げる。
するとロイは少々苦笑して。

「私は元来無神論者なんだが・・・・・でも、まぁ」



このごろは、少しぐらい信じても良いかな・・・・・と思ってる。



そう言ってこちらをじっと見つめて微笑むロイに、エドの鼓動は再び煩くなる。
先ほどのハボックに言われた言葉が、頭の中に浮かんだ。


『大佐・・・・・大佐は、いつからオレの事――――――』


何か言いたげに見つめる金の瞳を、ロイは訝しそうに覗きこんだ。

「エドワード?」
「え・・・いや、その」
「・・・なにか、聞きたいことでも?」
「ん・・・・・と」
「エド?」

どうにもハッキリしない彼女に首を傾げつつ、ロイは体をかがめて額に軽くキスを落とした。
途端にまた赤くなるエドに頬を緩めながら、顔を覗きこんだ。

「まぁ、話は家に帰ってからにしようか?とりあえず、夕食を―――――」

そう言ってから、ロイはふと気がついたように近くにおいてあったバスケットで視線を止めた。
驚いたようにそれをじっと見つめ、そして微笑む。


「もしや・・・・・夕食も家で食べられるのかな?」


寄越された視線に、エドは居たたまれなくなってそっぽを向いた。

「う・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・不味いかもしんないぞ」
「君が作ってくれたんだ、美味しいに決まってる!」

断言すると、ロイは抱きしめていたエドを一旦解放し、バスケットを手に取った。

「じゃあ、行こうか?」

差し出された彼の右手をじっと見て。
エドは戸惑いながらも、そっと自分の左手を乗せる。
そのままぎゅっと握られ、優しく引かれたそれにしたがって、エドは足を踏み出した。



******



手を繋いで街の中を歩きながら、エドは落ち着かない気持ちでロイを見上げた。


「なぁ・・・・・アンタこんなの、恥ずかしくねぇの?」

このイーストシティでは、かなり有名なこの男。
しかも、数々の浮名を流してきたはずのこの男が―――――


片手にお弁当のバスケット。
片手に子供。


今日は少し大人っぽい服を店の人が選んでくれたけど、
それでもこの男の隣に並んで違和感がないほど、年齢が上がって見える訳がない。
周りの視線が気になって、きょろきょろと視線を動かすエドを、ロイが嗜めた。

「こら。全然恥ずかしくなんてないから、きょろきょろするんじゃない」
「だって・・・・・」
「だって、じゃない」

立ち止まって、少しかがんで顔を覗きこまれる。
そのまま顔が近づいてきたと思ったら―――――――――――軽く、触れるだけのキスをされた。



「二人きりの時は、私のことだけ見ていなさい」



漆黒の瞳が、こちらをまっすぐ見つめた。

何だよ、その命令口調―――とか
アンタの心臓、絶対毛が生えてる!―――とか
アンタは平気でも、オレはすっごく恥ずかしい!!―――とか。

色々モンクは頭の中に浮かぶけれど。
吸いこまれそうな黒い瞳に見つめられて、その中のどれも口から出てこなかった。

言葉が口から出ないので――――
エドは、仕方なしに黙ったままで、こくんと一つ頷いて見せた。
・・・・・・・・・・・・・赤く染まった、頬のままで。

ロイはそれを見て、優しげに微笑み、またエドの手を引く。




そして、二人はまた夕闇の中を歩き出した――――――――



『3月 ・・・・・一緒にどこまでも・5』




激しく少女漫画でごめんなさい。(爆)
今、ちょっと少女漫画脳になっております・・・・・。
やっと出せた、あの言葉。予想は当たりましたか?(笑)
ハボはいつも可哀相な事に・・・・ごめんよ〜〜〜!!

あ、エドの服。
作者には著しくファッションセンスと言う物が欠けておりますので、個々にお好きに想像なさってください。
ただし、前回より大人っぽい服――――で、よろしく♪



back     next     お題へ