「これは美味しそうだ・・・・・」
家に着いて、早速食事を・・・ということになって。
大きなバスケットから次々に出てくる料理に、ロイは目を細めた。
目の前には、ミートパイ・サンドイッチ・サラダ・フライドチキンやポテトなど。
なるほどお弁当の定番メニューではあるが、どれもこれも美味しそうに仕上っている。
「へへ、そう?あ、少しキッチン貸してくれな?」
エドはそう言って一番底にあったタッパーをもってキッチンに消えていった。
暫らくすると、漂う良い香り。
どうやら、下ごしらえ済みの材料で簡単なスープを作ってくれているようだ。
そっと覗いて見ると、コンロの前でお玉を片手に鍋をかき回す後姿。
その幸せな光景に、ロイはうっとりと顔を緩めたのだった。
待つことしばし。
用意が整い、二人はダイニングテーブルを挟んで食事をしだした。
先ほどのお弁当が並べられ、出来立てのスープの皿が目の前で湯気を立てる。
それを次々に口にした後、ロイはエドに笑いかけた。
「君は料理も天才だったのだね」
最上級の賛辞。
だが、エドはそれに凄く微妙な顔をした。
―――――――そして、困ったように苦笑い。
「白状するとさ・・・・・だいぶ宿のおばさんに手伝ってもらっちゃったんだ」
オレ、旅に出てからほとんど料理なんてしてねぇし。
家にいたときも簡単な物しか作ってなかったから、あんまりレシピも知らないし自信なかったから。
「だからお弁当にしたんだ」
本当は家に行くならその場で作れば出来たてを食べさせられるし、かっこいいと思うんだけど。
急だから練習する暇もなかったからなー。
面目なさそうに肩を竦めるエドに、ロイは意に返さないように笑った。
「そうか・・・・でも、これは間違いなく君が私の為に用意してくれた初めての食事だ」
手伝ってもらったとはいえ、君はこの全てに手をかけてくれたのだろう?
何より、君が私の為に・・・・・というのが、嬉しい。
そう言ってロイは微笑む。
「それに、スープは目の前で作ってくれたじゃないか?」
下ごしらえしてあるとは言え、手際がよかった!
味だって、私好みに仕上っている!本当に美味しいよ?
――――力説するロイに苦笑しながらも、見てみるとスープの皿は本当に空になっていて。
エドは嬉しそうに笑った。
「そう言ってもらえると・・・やっぱ、嬉しい。スープまだあるけど、お代わりいる?」
「もちろんもらうとも!」
待ってましたとばかりに、ずいっと皿を出すロイにエドは目を丸くして。
そして、本当に嬉しそうに微笑んだのだった。
そんなこんなで食事が終わり。
エドが後片付けをする横で、ロイはふたり分のお茶を入れる。
そして、リビングに移動してお茶を片手にソファーでくつろぐ事に。
機械鎧とは思えぬほど器用にりんごを剥いていくエドを、隣に座ったロイが優しい目で見つめる。
流れていくのは、幸せな時間。
だが、そんな時間がしばし流れた後、エドは不意に表情を変える――――
ロイから見えない位置で、切なげに歪められた顔。
だが・・・・・俯いてそっと瞳を瞑った時、温かな感触がエドの体を包む。
横に座っていたロイに抱きしめられていたのに気がついて・・・エドは驚いたように顔を上げだ。
見上げた先には、優しい瞳。
「今日は、ゆっくりしていけるのかい?」
抱きしめる彼の声に、甘い響が混じっているのに気がついて―――エドはぼあっと頬を染める。
それでも、意を決したように口を開いた。
「・・・・・・・今日、中尉・・・夜勤なんだって?」
「ん?ああ・・・?」
一見繋がりのない答えに、ロイが首を傾げると。
エドは赤くなった頬を隠すように、ますます俯いた。
「・・・・・・・・・・アル、今夜は司令部に行って、夜通しブラハと遊ぶんだって」
「・・・そうか」
ロイは微笑んで、エドの頬に手を掛ける。
優しく上向かせて、金の瞳を覗きこんだ。
「なら、今夜は泊まっていきなさい」
うろうろと金の瞳がさまよった後、こくんと頷く。
それを満足そうに見つめた後、ロイはそっと薔薇色の唇にキスをした――――
******
「あ、あの・・・・・おふろ、ありがと」
開きっぱなしのドアから、金色の頭だけが覗きこむ。
自分の濡れた髪をタオルで乾かしていたロイは、そんな彼女を振りかえってにこりと笑い手招きをした。
「ああ、あがったのかい・・・・・おいで?」
「う、うん・・・・・」
おずおずと入ってきた彼女が着ていたのは、白のネグリジェ。
胸の下で一旦絞って、そこからふわりと広がるジュリエットタイプ。
そのデザインは、意外に豊だった彼女の胸を強調するだけではなく、
絞られた部分で彼女の華奢さも際立たせて。
その上、広めに開いている襟元から覗く鎖骨がたまらなく美しい。
いつもの凛々しい黒衣とは違い、彼女の隠されていたたおやかさを余すところなく見せている。
『美しい・・・・・・まるで、どこぞの姫君のようだ』
―――――――――でれ。
気をぬけばだらしなく緩んでしまいそうな頬を、ロイは意識的に持ち上げながら近づいてきた彼女の手をとる。
そして、向かい合った彼女の顔を覗きこみ、微笑んだ。
「よく似合うよ――――――綺麗だ」
甘くそう囁くと、エドは湯上りで色づいた頬を、ますますピンク色に染めて。
でもその後、どこか不満げな声で抗議した。
「・・・・・・・・・・・なんで、こんなもん用意してあるんだよ?」
でれでれに頬を緩める(本人は隠しているつもりらしいが)男を、少々きつく睨んでみる。
だが・・・・・効果は、全く無し。
「君が泊まってくれるんだ、寝巻きぐらい用意するのは当たり前だろう?」
にこにこと上機嫌でもっともらしいことを言う男に
無駄だと知りつつも、もうひと睨み。
「今日は朝から忙しかったって聞いたけど・・・まさか途中で抜け出して買いにいったのか?」
こんな物の為にサボられたら、オレが中尉に合わす顔がない!
そう口を尖らせると、ロイはまたニコリと笑って首を横に振った。
「いや、今日用意したわけじゃないよ」
「へ?んじゃ、いつ・・・」
「前から用意してあったんだ。君がいつここに来てくれてもいいようにね?」
その答えに、エドは目を丸くして。
そして、恐る恐る聞いてみた。
「ちなみに・・・・・・・・いつ頃から?」
「君のファーストキスをもらって数日後に、店のウインドウ飾ってあったこれを見つけてね」
飾ってあった物は少し大きかったから、すぐに同じデザインでサイズ違いの物を作ってもらったんだ。
予想以上にぴったりで嬉しいよ♪
―――悪びれもせずそんな事を言う男を、
『誰が、特注じゃなきゃ着る物が無いほどのドチビかっ!!』
・・・などという、いつものツッコミを入れるのも忘れて唖然と見つめるが―――
酔ったような黒い瞳に見つめ返されて、エドは所在無さげに視線をはずすはめになった。
『ったく・・・用意周到と言うか、なんというか』
エドは少々呆れ気味で、ため息を吐きつつネグリジェを見下ろした―――
******
バスルームを借りて、脱衣所に戻ったら白い物が置いてあった。
『パジャマか?』
首を傾げながらその白い物を広げて、エドは固まった。
それは、まるで物語のお姫様が着ているようなネグリジェ。
しばし唖然としてから、エドはムッと唇を尖らせた。
『昔の女が置いていったヤツか?』
こんな物がここにあるなんて、それしか考えられない。
ポイとそれを籠に投げ捨てて、辺りを見廻すが・・・着てきた服は見当たらない。
棚を空けるとロイの物と思われるバスローブがあったのでそれを身に付けてみるが、やっぱり大きくて。
しかもシルクだったため、スルスルと滑って、気を抜くと胸やら肩やらあらわになりそうになる。
こんな格好で戻るわけには行かない・・・・・・
でも、他にあるのは後はバスタオルだけで。
まさかバスタオルだけ巻いて出るわけにも行かず、エドはしぶしぶながらネグリジェに袖を通した。
―――――――着てみて、唖然。
よく見たら、それはまっさらな新品で。
・・・・しかも、サイズぴったり。
どう見ても自分の為にあつらえられた物だとわかって、またなんとも言えない顔になったエドだった。
******
本当は、もっとしっかりきっぱり抗議してやろうと思ってここに来たのだけれど。
気恥ずかしいのと、ロイがあまりにも嬉しそうなので・・・少々気がそがれてしまった。
熱っぽい視線から逃れるように顔を背けて、俯きながら思う。
『でもまぁ・・・・・喜んでるみたいだし?いいか・・・』
ここに美貌の副官が居たら『エド君、甘すぎよ!!最初が肝心なのよ!?』とでも、忠告したかも知れないが。
今の彼女は彼にとことん甘くなっていて、その上それを止める人がここには居ない。
そして、ロイはそんなチャンスを棒に振るような男ではない。
握っていた彼女の手を軽く引いて、ベットの上に座らせて。
そして、魅惑的に微笑んだ。
「髪がまだ濡れているね、乾かしてあげよう」
大きなベットの上で、純白のネグリジェを着て、頼りなげにこちらを見上げながら頬を染める少女。
百戦錬磨な筈の男が息を呑んだのに、彼女は気がついただろうか?
男の指が伸ばされ、髪に触れようという辺りに・・・・・・・・・・・エドは、口を開いた。
「なぁ、大佐」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん?」
ロイが答えを返すまでに少し間が空いたのは、陶酔した頭に声が届くのに、時間が掛かったため。
だが、彼女はそんな事に気づかずに、続けた。
「さっき、この服・・・・・最初のキ、キスの後、すぐに買ったって言ったよな?」
「ああ・・・・・?」
「それってさ・・・その、そんな前からオレにここに来て欲しかったってこと?」
エドの質問に少々面食らったように目を見開いて。
そして、ロイは微笑んで、今度こそ彼女の髪に触れた。
「そうだよ」
タオルで柔らかく髪を拭われる感覚。
その心地よい感覚に身を任せながら、エドはもう一度問いかける。
「大佐・・・大佐は、いつからオレの事・・・・・・その・・・・・」
最後まで聞けずにしぼんでいく科白。
エドの後ろから髪を乾かしていたロイには、俯いてしまった彼女の表情は見えない。
だが、後ろから唯一見える赤く染まった耳に、囁いた。
「いつから私が君を愛していたか・・・・・かな?」
細い肩が、ふるっと揺れた―――――
『3月 ・・・・・一緒にどこまでも・6』