ロイエド一年間・・・・『3月 ・・・・・一緒にどこまでも・7』



思えば、君との出会いは衝撃的だった――――


誤った情報で訪れた田舎町。
誤情報と知った時点で、私の中でそれは『軍務』から『降ってわいた休暇』のような気分に変わっていた。

間違いの為にわざわざこんな辺鄙なところにきてしまったと脱力もしたが、
視点を変えれば、緑溢れる自然の中へのバカンス。
『クサるより楽しむか・・・』そんな風に私は開き直って馬車に揺られていた。

当の子供はどんな子供なのだろう?
誤報とはいえ、少しぐらいは錬金術が使えるに違いない。
そう考えると少々楽しさも沸いてきて、私はものみ遊山な気持ちで君の家へと足を踏み入れた。

写真立ての中に君を見つけ、『腕白そうな子供だ』と思った。
こんなタイプの子供が錬金術研究などに没頭するだろうか?と、疑念が沸いたほどだ。


『もしや、錬金術が使えるということ自体が、ガセネタかもしれんな・・・』


少し落胆気味にあのドアを開け――――――――私は言葉を失った。

飛び散った血痕・・・床に広がる血の海の名残。血に染まった練成陣。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・本当に、衝撃的だった。



その後の事は君も覚えているだろう?
君の幼馴染の家に乗り込んで、うつろな瞳でこちらを見上げる、幼い君を罵倒した。
会ったこともない、知らない子供。
だが、あの時私はわきあがる苛立ちを抑える事が出来ずに君の胸倉を掴んだのだ。

―――なぜこんな子供が。
―――なぜこんな子供に。
あんな輝くような笑顔の写真を見た後だっただけに、目の前のうつろな瞳に憤りが沸いた。

ここで終わらせてはいけない。
君が、こんな瞳で一生を過ごすのは、許せない。
初めて会った子供なのに、強烈にその思いが自分を支配した。
だから、私は君にあの提案をしたのだ。

私が提示したのは、年端もいかない子供にとっては過酷な選択肢だったと思う。
だが、それに君は怯むでもなく、竦むでもなく。
私の話を聞いて、その瞳に浮かんだのは涙ではなく――――――『焔』、だった。

あの焔が、私の心の中に深い焼き痕を残した。
私は君が訪れるのを待ちわびるようになり、
君と再会したあの日―――――――――私は君の姿を見て、感動した。


あの時瞳にともった焔は、より強く熱く燃え上っていたからだ。


君は私が思った通り難なく国家試験に合格し、晴れて国家錬金術師となった。
私はそんな君の『後見人』という立場を手に入れたわけだが・・・・・
だが、君は日々飛び回っていたので、会うのは定期報告の時程度。
会っても、嫌味合戦のようなやりとりの後、そっけなく別れるだけ。
・・・他の者が見たら、私たちは憎しみあっているとさえ思うかもしれない。

だが・・・・・・・私は違った。

あんなやり取りでも、私は君との会話が心底楽しくて仕方なかったよ。
君が席を立つと、もうこの楽しい時間が終わりなのかと酷く残念に思い、
君が背を向けると、引き止めたくて思わず手を伸ばしそうになった。

でも、その時は私は自分の気持ちに気がついていなかった・・・・・

いや、無意識に考えないようにしていたというのが正しいだろう。
認めてはいけないと、自然に心に鍵が掛かってしまっていたのだ。


だが、ある日それを突然自覚する事になる。


いつもの定期報告で
いつものように嫌味の応酬をして
じゃあ・・・といつものように君は私に背を向けた。
――――それこそ、『いつもなら』私は引きとめたい気持ちを押し隠して、黙ってその背を見送っただろうが。
その時は・・・・・・・・・・・・・なぜか、我慢が効かなかった。



「鋼の」
「え?」

呼びとめられて、君は私を振り向いた。
『何だよ?』とでもいいたげに、君は首を少し傾げる。
だが、呼びとめた当の私は、内心狼狽していた。
・・・・・なぜなら、別に用事などないからだ。
今、君に伝えるべき言葉も、特にない。
困った私は、誤魔化すように無言で席を立った――――

君に向かい合って、止まる。
その顔を見つめながら、どうしたものかと思考をめぐらせる。


「・・・なんだよ、さっさと言えよ?」


短気な君からの早速の催促。
それを聞いて、私はますます窮地に追い込まれる。

『・・・困ったな』
いつもなら、誤魔化すための理由などすらすら出てくるのに・・・今日に限って、それが微塵も出てこない。
『困った・・・本当に、困ったな』
困った挙句、私は奇妙な行動に出てしまった。

右手は君の肩に
左手は君の頬に
口からは『おまじないをしてやろう』・・・と、そんな言葉が滑り出ていた。


「は?おまじない??」


訝しげに私を見上げる君に、私は自分から顔を寄せていた。
二人の影が近づいて、そして一瞬の間の後・・・また離れる。
離れてから最初に見えたのは、きょとんとした君の顔。

「・・・・・今、なにした?」
「だから、おまじないだよ」
「そうじゃなくて、今・・・オレのデコになんか、柔らかい物が・・・こう、ちゅ・・って・・・・」

そこまで言ってから、君はみるみる赤くなった。
次に聞こえたのは、額を擦りながらの、君の怒鳴り声。

「て、てめっ、いきなり何しやがる!!ヘンタイかっ!?」
「・・・変態とは酷いぞ。―――君は、私の話を聞いていなかったのかね?」
「へっ!?はなし??」
「何度も言っているだろう?―――『おまじない』だと」
「・・・う、嘘つけっ!!こんなまじないなんて聞いた事・・・」
「幼少の頃、私の母が出かける前によくしてくれたものだ」

嘘ではない。
母はよくこうして自分を送り出してくれていた。
それを思い出しながら、君を見つめた。



「これで、君は次回も無事で私のところに帰ってこれるよ?」



そう言って笑って見せると―――
さっきまで掴みかからんばかりに激昂してしていた君が、振りあげていた腕をパタリと下ろした。


「・・・・・・・・オレの母さんも、昔よくしてくれたよ」


どこの親も同じなんだな。
怒りをといた君は、そう言って照れくさそうに笑った。

「・・・・・でも、アンタはオレの親じゃねぇだろ?」
「似たようなものだろう?―――私は君の後見人だ」
「大人が子供にしてやる『おまじない』ってか?・・・微妙にむかつくな」

子供扱いが気に入らなかったのか、さっきの笑顔を引っ込めて、君は頬を膨らました。
次に、いつものように悪戯を思いついた時の、人の悪い笑みを浮かべる。

「んじゃ、これからアンタを『パパ』って呼んでやろうか?」
「パ!?・・・・・やめてくれ。周囲の誤解を呼びそうだ」

心底嫌そうな顔をしてみせると、それで気が晴れたのか、君は可笑しそうにくっくと笑う。
楽しそうな君の笑い顔に、私は目を細めて―――もう一度君に向け腕を伸ばした。
ポンと一つ頭を撫でて、微笑む。

「気をつけて行ってきなさい」
「・・・・・っ、頭なでんなよっ!」

また怒り顔にくるりと表情を変えて、ぷりぷりと怒りながらこちらに背を向けて。
そして、君はそのままずんずんとドアに向かって歩いていってしまった。
―――いつものように、そのまま出ていってしまうのかと私は思っていたのだが。

ノブに手をかけてから一瞬君は動きを止めて。
そして、こちらを振り返った。



「・・・・・・・・・・いってきます」



照れくさそうに早口でそういうと、
いつもの不敵な笑みではなく、どこかはにかんだような微笑を私に向けて―――――
そして、君は元気よく飛び出していった。



******



君が出ていった後も、私はしばらく身動きもせずその場に佇んでいた。


さも、『大人が子供にみせる慈愛』のように振舞い
後見人だからと強調して、君を見送ったが。
自分がそんなつもりで君にキスした訳ではない事は、自分でわかっていた。


「まいったな・・・・・・」


途方にくれたように、そう呟いて息を吐く。

『おまじない』と称して、君の額にキスをした。
―――――だが、本当は。



間近に迫る君の顔を見ながら―――――――その唇に触れたくて、仕方なかった。



『3月 ・・・・・一緒にどこまでも・7』




ロイの回想。自覚した日のお話です。
うちのロイは語り出すと長くなる男ですが、今回もやっぱり長くなった!1話で終わんなかった!!(汗)
一応ラストに向けて前進しているつもりですが・・・なかなかエンドマークをつけられないです。(涙)



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