ロイエド一年間・・・・『3月 ・・・・・一緒にどこまでも・8』



「自覚したのは、その時だったかな」

悪戯っぽくウインクしてくるロイを、エドは真っ赤に染まった顔のまま、見上げた。



『おまじない』のキスのことは、しっかり覚えている。
確か、14歳になったばかりの辺り。

それまで、自分にとってロイ・マスタングという男は・・・どうにも訳の分からない男だった。
確かに自分達の恩人ではあるが、素直に感謝して受け入れる事が出来なかった。
だって、子供扱いして人を小馬鹿にするし。
説教一つにしても、ストレートな言葉で怒るんじゃなくて、嫌味くさい遠まわしな言い方で諭すだけ。
あの側近達が付き従っているから、悪人ではないのは分かっているし。
ポンと差し出して寄越す資料がかなり貴重なことも、
・・・オレの失敗を裏で尻拭いしてくれていたのも、知ってはいたけれど。
それでも彼のスカした嫌味な態度のせいで、素直に感謝できず、反発する気持ちの方が強かった。
なにより・・・・・親しげにしてくる時も心の内が見えない、底が知れない男な気がした。

初めて逢うタイプのその男が、『嫌い』というよりは・・・どうにも苦手で。
『うさんくさい』などと、かなり警戒していたように思う。


だが、あの時『おまじない』と、彼がオレにキスをした。


もとより父親のキスなど、してもらっていたのかさえ記憶に無いし。
アルにはしてもらうんじゃなくて、してやる方だったし。
・・・だから、自分は母以外にあんな風にキスしてもらった事がなかった。
大人の男の人にあんな風に触れられて、少しドキドキしつつも
『思い』は伝わってきて、心が温かくなった――――
自分を心配してくれている人がいると思うと、なんだかくすぐったいような嬉しさが沸いてきて、
だから、ついいつもと違って素直に『いってきます』と返事をして、また旅にでたのだった。


あれ以来、自分の中のこの男の位置は、ちょっとだけ変わった。


無能なんだか有能なんだか
情が深いんだか、冷たいんだか
意地悪なんだか・・・・・・・・本当は、優しいんだか。
相変わらず訳が分からない男だとは思っているけれど、
・・・・・・・・・・・・・・それでも、信じていいと思った。

あれから、『心が近くなった』気がした―――――



「で、でも・・・アレからだって、アンタ別に変わりなかったじゃないか」

心は近くなった気がしたけれど、表面上彼の態度はさほど変わらなかった筈だ。
・・・・・・・・・・『特別』に好かれているそぶりなんか、感じなかった。

「・・・・・それは、自分を律していたからね」
「え?」
「君に、私の気持ちを悟られないようにしていたんだ」
「な、なんで・・・?」
「君にとって迷惑以外のなにものでもないと思ったからだよ」

ロイはそう自嘲的に笑った。

「私が君への気持ちに気がついたのは、君がまだ14歳・・・・・・・さすがに躊躇するよ」

君は既に大人の社会に出てきてはいるが、君が子供なのには変わりがない。
14も年の離れた大人のこんな感情をぶつけられても、戸惑うばかりだと思った。

「しかも、君を男性だと思いこんでいたからね、なおさらだ」
「やっぱ・・・オレが男だって思って、悩んだ?」
「ああ。――――だが、私自身はそれほど気にならなかったよ。
・・・・・・・・・・男を好きになったのではないと分かっていたから」

ロイの言葉に、エドはぎょっとして聞き返した。

「え!?やっぱりオレが女だって、知ってたのか?」
「いや、それは知らなかったよ。男とか女とかではなくて・・・君だから惹かれたと、そう思ったんだ」

だから私自身は同性うんぬんでは、さほど悩まなかった。

「――――――だが、君にとっては違うだろう?」

14の少年が同性の男にこんな感情を向けられたら、少女以上に戸惑うことだろう。


「只でさえ重い物を背中に背負っている君だ。これ以上余計な悩みは作るべきじゃないと思ってね」


目を伏せてそう言うロイに・・・エドは少し躊躇しながら、尋ねた。

「じゃあ・・・・・・・・・諦めようと思ってたの?」
「いや。生憎、私は『運命』まで感じていたのでね・・・諦めるなんてできなかったよ。
ただ、君が成長してこの気持ちを理解して、そして判断できるまでは―――胸に秘めようと思ったんだ」

この国で大人と認められるのは、男は18歳。女は16歳。

「だからね、それまでは待とうと思っていたんだ」
「・・・そのワリには、女と分かった途端口説き出したじゃねーか。オレ、まだ15だったんだけど?」

18には程遠い。女と分かったから女年齢に引き下げたとしても、フライングだ。

「・・・・・・・・・・・・・・なんというか、舞い上がったんだ」
「は?」
「君が女性と知って、私は信じてなかった神を信じるほど・・・・・舞い上がってしまってね。
もし神がこの世にいるというのなら、今が『行動の時だ』という神の声なのかと」
「無神論者が急に神の子羊ってか?・・・随分な方向転換だな」

ちょっと呆れ口調でそう言うと、ロイは苦笑いを寄越した。

「少々、焦りつつもあったんでね・・・」

君が大人になるまで、待つと決めた。
だが―――君が成長するたび、私は焦りを感じずにはいられなかった。
私が見つけた私だけの宝だった筈なのに、君は自らの輝きでどんどん人を惹きつけていく。
18まで待っていては・・・・・・・・・・他の者にもっていかれるかもしれない。

「そんな風に君に告白するのを早めるべきか迷い出した時に、あの事実を知ったんだ。
・・・・・・『神の啓示』と思っても仕方ないと思わないかい?」

君に出会った時、運命を感じた。
それから君を見守って、君が14歳になった時・・・その時感じた『運命』が自分にとってどんな物かを知った。
それから更に一年。
待とうと決めた決意とは裏腹に・・・君への思いは抑えられないほど大きくなっていた。
その時、あの事実を目の当たりにしたのだ。


「今しかないと思ったんだ」


ロイは、腕を伸ばしてエドを抱き寄せた。

「私の心を伝えるのは今しかないと・・・だが、まだ君が伝えた言葉を理解してくれないとも、思った」

今しかないとは思ったが、君はいまだ子供のまま。
告白したところで、『ふざけんな』と切って捨てられる可能性が大きい。

「だから、まず君に私を『恋愛対象』として意識してもらう事から始めようと考えた」
「・・・・・だから、最初はあんなフザケタ態度だったのか?」
「ふざけた・・・は酷いな。これでも私は必死だったのだよ?
君に私が『君の恋愛対象になりうる』と意識してもらった上に
真剣だというのも分かってもらわなくてはいけなかったからね。
しかも、真剣さを分からせたいのに、あまり真剣に迫りすぎると君は怖がって逃げてしまうかもしれない。
――――私にとっても、難しい状況だったのだよ?」

だから、冗談めかして近づいて免疫をつけさせて。
その上で、真剣に愛を囁こうかと、そう思っての行動だった。


「予想以上に君は手ごわくてね・・・・・・・・・・・・・正直、苦労したよ」


苦笑しながらそう呟くロイをエドはじっと見つめた。



******



『そんなに前から、思われていたんだ・・・』

女と知って急に手の平を返した男に、ずっと反感をもっていた。
だが、それは間違いで・・・・・・・本当はずっと前から、真剣に求められていたんだ。
それも、自分の思いを押し付けてぶつける事などせず、
オレが受けとめられるようになるまで、ずっとずっと待っていてくれたんだ・・・・・・


エドは、瞳を閉じて、思う。


付け焼刃な恋じゃない。
いずれ冷めてしまうような、熱病でもない。
・・・・・・・・・もっと、深く求められている。
自分のどこにこの男が惹かれるような『価値』があるのかは理解できないけれど。
オレの背にある罪ごと―――この男は受けとめようとしてくれているのが、わかる。

・・・・・・・・・・愛されているのだ。


瞳を開いて、もう一度ロイの顔を見つめる。


『この人なら・・・・・』




―――――この人なら、オレの全てを受けとめてくれる。



『3月 ・・・・・一緒にどこまでも・8』




回想や心情の羅列ばかりでテンポが悪くて申し訳ない;
で、でも私にとっては必要なのですよ〜。
しかーし!ようやく回想が終り先が見えました!頑張ります☆



back     next      お題へ