「お、おい勝負はどうなったんだ?!」
煙が辺りを覆う中、ギャラリーの中の誰かが声を上げた。
「煙で何にも見えねえよ!!・・・あっ、ちょっと消えてきたぜ?!」
「本当だ!オイ、あそこに人影が・・・・・!!」
「おおっ!!・・・・お?」
「「「「・・・・・・・・・・・。」」」」
煙が消えて視界がクリアになり、やっと2人の姿が見えたと歓声を上げかけたギャラリーだが、
はっきりと姿を確認した途端、シーンと静まり返った。
なんたって、エドはロイにお姫様抱っこされていて、
おまけに、熱烈なキッスの最中だったのだから、無理もない(笑)
『さ、さすがマスタング大佐・・・・・・』
さっきまで罵声を浴びせていた者まで、彼の手腕に思わず胸中で賞賛の言葉を呟いていた。
煙があらかた消えた所で、ロイはやっとエドの唇を解放した。
息苦しさと、甘い痺れに目を潤ませながら、エドは艶っぽい吐息を吐き出す。
その頬はピンク色に色付き、どこかトロンとした表情は扇情的だ。
そんなエドを見て、ギャラリーからため息が洩れた。
『うわっマジ、カワイイよ!?鋼の錬金術師殿!!』
『イケナイ世界にのめりこみそう・・・・・いかん!俺には可愛い彼女がっ!!』
『うっうっ、あんなに可愛いのに、またマスタングのものなのかっ?!』
『エドワードさ〜〜〜〜〜〜ん(涙)』
エドは、ぼんやりとした様子でロイを見あげ、
次に周りをぐるっと見回して、
そして、視線を下にさげて今の自分の体勢を確認して・・・・・
絶叫した。
「うわあああっ!!!???」
ロイはあまりの音量に顔を顰めた。
「もう少し、声を押えてくれないか?鋼の」
「おっ、おろせっ!!!」
「どうして?」
「どうしてってっ・・・!?アンタ、こんな公衆の面前で、あ、あんなことっ!!」
「ん?キスのことかい?・・・勝利者には、祝福のキスが贈られるものだろう?」
「・・・アレのどこが、『祝福のキス』かっ!!」
エドは力の限り暴れだし、ロイは仕方なく彼女の体を解放した。
祝福のキスとは、もっと軽く、頬とかにするもんじゃないのか?!
しかも、祝福してやる側が好意でやるもんだろ?
無理矢理奪っといて、何が『祝福』だっ!!
負けたオレが、何で祝福なんかしなきゃなんないんだっ!!
パニック状態で、顔を真っ赤にして食って掛かるエド。
それをものともせずに、ロイは微笑んだ。
「・・・虫除けの意味もあるんだよ」
「は・・・・?虫除け??・・・アンタ、何言ってんの?」
その言葉にポカンとするエドを見つめて、ロイは再び微笑んだのだが・・・
ある一点を見つめて、厳しい表情に変わる。
「大佐?」
「気をつけたつもりだったのだが・・・すまない」
ロイの視線の先を目で追うと、自分の生身の左手に注がれていた。
左手の手の甲の、薬指の付け根に近い所に、小さな切り傷が出来ていて、血が滲んでいた。
「・・・・・もしかして、これ?」
「できれば、傷などつけたくなかったのだがな・・・・・・」
「こんなもん、傷の内に入るかよ?」
エドは呆れたような声で返した。
実際、こんな生傷などエドには日常茶飯事だ。気にするほどのものでもない。
それよりも・・・無傷で勝利しようとしていた男に腹が立つ。
『そんな簡単に勝てると思われてたんだ・・・・・』
・・・だが、実際に『あしらわれるように敗北してしまった』のだから、何も言うことが出来ない。
エドは、悔しさに唇を噛んだ。
それを見て察したのか、ロイが不意にエドの左手を取った。
「唇を噛むんじゃない・・・」
「言っとくけど、同情なんていらねーぜ・・・・・」
「同情などしないが・・・・・だが、これだけは言っておくよ」
「・・・・・何だよ・・・・」
「好きな女に傷をつけたい男など、いる訳がないだろう?」
「!!」
だから、これでも必死に戦ったのだがね?
熱い視線で見つめられ、エドは再び頬が熱くなるのを感じた。
『赤くなっちゃ駄目だ、オレ!!こんなタラシの言葉なんか、嘘に決まってんだから・・・・!!』
だが、どんなに心の中で自分を叱咤しても、胸の高鳴りを止める事は出来ない。
ロイはエドの手を、引き寄せるように持ち上げ、自分の口元の辺りまで持っていく。
そして、王子が姫君にするように、その手に唇を寄せ、手の甲にキス・・・ではなく
薬指近くの傷口を、ペロリと舐めた。
まるで金縛りにあったように硬直していたエドが、ビクリと体を揺らす。
ロイはエドの手を取ったまま、体を屈めて彼女の耳元に囁いた。
「だが、安心したまえ。・・・・・責任はとるよ?」
責任?・・・・責任とるって、どうやって?
・・・・・傷の手当てでもしてくれるというんだろうか?
いや・・・・・違う、確か・・・男が女に傷を負わせてた時、男が取る責任って・・・・
昔、ウィンリィに無理矢理読まされた少女漫画の一場面を思い出し、エドは目を見開いた。
『!!!!!』
思いっきり手を振り払って、後ずさって―――
今日最大級に真っ赤になったエドは、そのまま場外に駆け出していってしまった。
残されたロイに、そんな彼女の後ろ姿を見送り、呟いた。
「・・・今日の所は、これくらい・・・かな?」
その口元には、笑みが浮かんでいた。
エドが出て行ったのを呆然と見送っていたラッパ係が、ハッとして終了のラッパを鳴らす。
そして、焔VS鋼の模擬戦闘は終了した。
******
「見事な戦いぶりだった、マスタング大佐」
「はっ、お褒めにあずかり光栄です!」
終了後、ひな壇前に呼ばれて、大総統直々に労いの言葉をかけられた。
「模擬戦闘に私的な感情を持ち込んでしまい、申し訳有りませんでした」
「気にするな、なかなか見ごたえがあったぞ?それに、私は偏見も無いし・・・・構わんよ。
・・・・・2人の仲は、私が認めてやろう。堂々としているがよい」
「はっ、ありがとうございます」
大総統の言葉に、後に並ぶ将軍の中の数人の顔が、忌々しげに歪む。
『なるほど、アレとソレとコレか』
それを盗み見て、エドを狙っていた輩をチェックする。
「しかし、マスタング君は趣味がいいな。・・・実に目が高い」
「は・・・?」
大総統は目を細めてそう笑うと、ロイに顔を近づけて声を落とした。
「・・・後数年もすれば、彼女はセントラルでも指折りの美女に変身するだろう」
「!!」
それだけ言うと、「ご苦労」と肩を叩き、
大総統は将軍達を引き連れ、去っていった。
『やはり、あの人は侮れない・・・・・』
その後姿を見送りながら、ロイは自分の目指すものが一筋縄ではいかないことを、改めて感じたのだった。
『それでも、欲しいものは必ず手に入れる』
――――――それがあの油断ならない男の席だろうと
りりしくも美しい、その上じゃじゃ馬な『金色の子猫』だろうと――――――
ロイは、エドの走り去った方向をもう一度振り返り、目を細めた。