ロイエド一年間・・・・『8月・・・夏の暑さにやられて・2』



「あれ?大将・・・・・・いつ帰ってきたんだ?」


扉を開くと、そこは見知らぬ世界・・・・・・などというファンタジーなことはもちろんなくて。
しかも、開けた途端に目に飛び込んできたのはまるっきり知ってる顔で、エドは少しガッカリした。
『これじゃあ、探検にならん』
心の中で一人文句を言いながら、飄々とした笑みを向ける男を見上げた。

「ハボック少尉、こんなとこでなにしてんの?・・・しかもさぁ、暑いからってその格好は軍人として、どうよ?」

呆れたようにそう言うエドの眼前のハボックの格好は、上半身裸である。
自分が脱げないで暑い思いをしてるので、悔しさ倍増だ。

「おいおい、ダレてこんな格好してるわけじゃないぞ?汗かいたから、今脱いだとこだったんだよ」
「・・・・・そういや、このだたっぴろい部屋、何?」

中に入って見回すとそこはかなり広い部屋・・・・・というより、ホールといった感じか。

「トレーニング室。ここで組み手とか・・・まぁ、兵の鍛錬に使う部屋だな。向こうには色々と鍛錬器具もある」
「あ、ほんとだー。バーベルとかいろいろあるんだな」

なるほど、ちょっとした日々のトレーニングをする所なのか。
エドは珍しそうにあっちこっちをキョロキョロと見回した。
擦れたような床は、兵達が日々鍛錬している証拠だろう。

「こんな所があるなんて知らなかったな。教えてくれたらよかったのに」
「大将達は、いつもそんな暇なんてないようにバタバタ来てバタバタ帰っていくじゃないか?」
「あはは、そりゃそうか。・・・それにしても、少尉って結構鍛えてあんじゃん?」

目の前のハボックの肉体は、筋肉がしっかりとバランスよく付き、なかなか逞しい。
誉められたハボックはニヤリと笑って腕を上げ、ポーズして見せた。

「そりゃあ、俺はどっちかってーと肉体労働派だからな。結構鍛錬してんだぜ?」
「うん、この上腕二等筋なんてなかなかいい感じだな〜♪」
「だろう♪」
「オレさ、なかなか筋肉つかないんだよ。いいな〜」
「・・・・・・あのな、女と男じゃ肉体の構造が違うだろ。
それに、あんまりボコボコ筋肉なんてつけんなよ?仮にもオンナノコなんだからさ」
「・・・・・・なんだよ、それ」

オンナノコという単語に反応して、エドは唇を尖らせる。

「やっぱりさ、女の子はたおやかさとか女らしさとか、欲しいだろ〜?」
「そんなもん、いらん!!・・・・・今のオレの体に必要なのは、腕力と体力!!」
「色気のねぇ・・・(涙)」
「上等だ。色気もいらん!」
「まぁな・・・男の裸見ても悲鳴一つ上げないお子様には、色気なんて無縁か」

上半身だけとはいえ、しげしげ見つめて筋肉誉める女なんて見た事ねえぞ?
呆れたようにそう言いながら替えのシャツを着るハボックに、エドは舌を出してみせる。


「オレは『男』なの!『同性』の裸見たくらいで、なんで悲鳴なんか上げなきゃいけないんだよ?」

それに、よく酒場と一緒の宿に泊まるから、上半身裸で騒いでるおっさんなんか見慣れてるし。
そう言ってケラケラ笑うエドに、ハボックはガックリと肩を落とした。

「アルの心労がよくわかるよ・・・・・・」

素材は極上なのに、これじゃあ台無しだ。
そういえば、女性らしさが増すこの年頃にどんどん男らしくなっていく姉を、あの鎧の弟は嘆いていた。
ハボックも、エドを『男』と思っていたときには気付かなかったが・・・

細い小柄な体に
艶やかでキラキラと輝く蜂蜜色の髪
大きくてパッチリとした瞳も髪と同じ蜂蜜色で
白い肌と相まって、魅力的な輝きを放つ。
―――改めて『女性』としてして見てみると、エドワードがかなり美人なのに気がついた。

『せっかくの別嬪さんなのに、なんかもったいねぇなぁ・・・・・』

弟の嘆きを理解して、ハボックはしげしげとエドを見つめた。

「なんだよ、それ?」
「いや、こっちの話」
「?・・・まぁ、いいや。・・・それよりさ、さっき誰かと話してなかった?」

さっきは確かに複数の話し声が聞こえたと思ったのに、広いトレーニング室はハボック以外誰もいない。
エドは改めてあたりをキョロキョロ見回した。

「おかしいなぁ。誰もいない・・・・・・・」
「ああ、この時間使ってる奴はほとんど居ないんだ。今日は大佐が付き合えって言うから・・・・」
「へ?大佐??」

思いがけない名前に、エドはキョトンとハボックの顔を見つめた。
この部屋に、一番無縁そうな名前だと思う。

「大佐って格闘なんかできんのか?」
「あのなぁ・・・・・。確かにあの人は頭脳労働派だけど、軍人だぞ?」

格闘技の一つもできんでどうする?
そうハボックは苦笑する。

「いや・・・・・なんかイメージにないもんで、意外だったんだ・・・」
「執務室に座ってるイメージが強いんだろ?でも、結構あの人強いんだぜ?」
「えっ、そうなの?!・・・・・・・ますます、意外・・・・・・・」

エドのイメージでの大佐は『スカした優男』だ。
別に痩せてはいないが、他の軍人達がガタイがいいため、身体的にはここでは目立たない。
この前戦った時も、錬金術だけであしらわれてしまったので体術は見ていないし。
だから勝手に『体術は出来ない』と思い込んでいた。
でも、よく考えれば・・・・・いつもあの腕から逃げ出せないのは、それなりに鍛えてあるからだろう。

『着やせして見えるタイプなのかなー』

エドがそんな事を考えていると、トレーニング室の一角にあるドアがおもむろに開いた。



「ハボック。私の着替えのシャツ、その辺にないか?」
「!!」
「え?・・・・・ああ、ありました。もってくの忘れたんスか?」

部屋続きのシャワー室から出て来たロイは、上半身裸で、タオルで頭を覆いガシガシと拭きながら歩いてくる。
ハボックは、壁際の手すりにかかっていたシャツを手にとり、ロイの元へ届けようとして・・・
その時に、エドの異変に気付いた。

彼女は、ロイの方を凝視したまま・・・・・・固まっていた。

「大将?」
「!?・・・・・来ていたのか、鋼のv」

タオルで眼前を塞がれていたためエドの存在に気付かなかったロイは、ハボックの言葉に改めて顔を上げた。
そして、彼女の姿を確認すると、嬉しそうに2人の元に近寄ってきた。

だが次の瞬間、エドの顔を見て不審そうに顔を顰める。

エドの様子がおかしい事をロイも気がついたからだ。
ロイは頭からタオルを外し、エドの顔を覗き込む。

「鋼の?」

ロイがエドを呼んだ途端・・・・・・
彼女は、ビクッと弾かれたように体を揺らして


―――――そして、顔・首・耳まで・・・みるみる真っ赤になった――――


「はが・・・・・」
「●×▲★〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

ロイがもう一度名前を呼ぼうとした時、エドは理解不可能な悲鳴を上げて、
そして、そのまますごい勢いでその場から走り去ってしまったのだった。
残された2人は、それを呆然と見送っていたが・・・



「鋼のは・・・・・・・どうしたんだ?」
「ええと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その格好が不味かったんじゃないっスか?たぶん。」
「ふむ。確かに女性の前でこの格好はいただけなかったな?」

ロイは上半身裸のままなのに気付いて、納得した。

「しかし・・・・・やはり鋼のも女の子なのだな」

上半身を見ただけで悲鳴を上げて逃げ出すとは、なかなか可愛らしい。
男勝りだと思っていたが、やはり中身は純情な少女なのだ―――
これは、驚かせたお詫びに美味しいディナーでもご馳走しなければな。

エドの思いがけない態度にロイは嬉しそうに笑い、ちゃっかり夜のデート計画まで立ててニヤついている。
それを見ながら、ハボックはなんだか体の力が抜けるのを感じた。

「大佐は・・・・・・エドにとって『異性』なんスねぇ」
「当り前じゃないか?彼女は女で私は男だ」

何を当り前な事を、という態度のロイに
たぶん、アンタだけ特別なんスけど?と心の中で苦笑する。

あんまり男らしくて心配だったけれど
『この人限定』ながら、
ちゃんと・・・・・女の子の気持ちが育ってるようだ。

今はやっぱり男勝りだけど、だんだんに気持ちも女性らしさが出てくるのだろう・・・・・・


「だけど・・・・・・・なんか納得いかねぇなぁ?」

ハボックは、少々不満そうに一人小声で呟く。
確かに自分は彼女にとっては兄貴分的存在で・・・・・
自分としても、『女性』というより『兄弟』感覚ではあるけれど?
・・・・・でも、まるっきり『男』として意識されてないのも寂しい気がする。

「大佐にあってオレに欠けてる『男の魅力』って・・・・・なんスかねぇ?」
「・・・大人の男のセクシーさ、だな。」
ロイはしれっとそういいながら、エドを捜しに行く為にいそいそとシャツを着て出て行った。

『セクシー』ねぇ。そりゃ、無理だわ。

それがあれば女にもてるようになるかも?!と思いつつ、
自分が会得するには不向きな能力に、ため息をつくハボックだった。



******



「兄さんどうしたの?大丈夫?!」

アルフォンスがなかなか戻らない姉を捜して司令部内をうろついていると、
廊下の隅っこでしゃがみ込んだまま丸くなっている姉の姿を見つけた。
伏せられたその顔を覗き込んで、アルは焦った。
彼女の顔は、これでもかというほど真っ赤で・・・・・
自分が無理矢理上着を着せていたので、暑さでのぼせたのか?と焦る。

「顔真っ赤だよ?そんなに暑いの?・・・ごめん、気付いてあげられなくて・・・・」

気温も感じられない自分だから姉に無理をさせてしまったのかと、アルは動揺する。
とにかく休ませないと・・・と、姉の手を取って抱き上げようとした。

「とにかく何か冷たい物をもってくるから、仮眠室で休ませてもらおうよ?」
「・・・・・・大丈夫。そんなんじゃ、ないから・・・・」

抱き上げようとするアルの手をやんわりと外してから、エドはまた顔を膝に埋めた。

「兄さん・・・・?」
「ほんと、なんでもないんだよ・・・・・ただ・・・」
「ただ?」


ただ・・・・・・なんでこんなにドキドキするんだろう・・・・・と思う。


男の裸なんて、見慣れてるじゃないか?
今まで誰のを見ても何ともなかったのに・・・・なんでアイツのを見ただけで、こんな―――
また、さっきの光景を思い出して、カッと体温が上がる。

大佐の体は、思ってたよりずっと引き締まっていて・・・・・・
いや、筋肉だけならアームストロング少佐やハボック少尉の方がついているけれど、
今までそんなイメージが無かったから、余計に衝撃的だというか。

その上、さっきブレダ少尉に言われた言葉が突然浮かんできて。

『大佐と・・・・・・・寝た?』

その言葉を思い出した途端、ものすごく恥ずかしくなって。
頭にどっと血が集まってくるのを感じた時、覗き込まれて。
それで、気がついたらなにやら訳のわからない悲鳴を上げて逃げてきてしまった。

「ね、何があったの?僕に言えない事?」
『・・・・・・・・・・・・・・・・言えない』

なんだか、均整の取れた体がカッコよく見えただなんて
肌に張り付いた濡れた黒髪にどきどきしただなんて
あの逞しい腕に何度も抱きしめられていたのだと思ったら眩暈がしただなんて


アルには、とても言えない。


どんどん上がってゆく体温と
際限なく赤くなっていっているように感じる頬。

『なんだか、ほんとにのぼせたのかも・・・・・クラクラしてきた』

これもアイツのせいだ・・・・・・・。
・・・・・いや、違う!
きっと、この馬鹿みたいな暑さのせいだ!!
うん、絶対そう・・・・こののぼせるほどの、暑さにやられたせい!!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だということに、させて欲しい。(半泣き)

弟がオロオロと見守る中、
男前で純情な少女は、理解不可能な気持ちに混乱しながらも
とにかくあの男が探しにくる前に、この持て余している熱を下げようと必至になるのであった。



彼女の動悸が治まるのが早いか
それとも、彼が彼女を探し出すのが先か。

・・・・・・元凶が、彼女を見つけるまで、あと何分?



『夏の暑さにやられて・2』・・・おわり


エドのドキドキ話。
エドの心境は、ガンガン10月号を見たときの私の心境ですっ!!
だって・・・・思いがけず大佐の体ってば、逞しくって・・・・・v(ぽっ///)
・・・恥ずかしがってる割には、エド子結構観察してましたね?(純情可憐な乙女にしては・・・・やらしい?・笑)
ハボック大好きなので、また出しちゃった(笑)
・・・うちのハボックはセクシーっていうより、頼りになって安心できるお兄さんのイメージです♪


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