「お似合いですよ、お客様♪」
「はぁ」
「ほんとよ、すっごく可愛いいよ、エド!」
満足げに微笑む幼馴染がこれほど憎いと思った事はない。
鏡の中にいる自分の姿をもう一度見て、エドはゲンナリと顔を曇らせた。
******
あの後、三人娘に拉致されたエドは、一軒のブティックに連れて行かれた。
エドぐらいの年齢の娘達が何人も入店していて、皆楽しそうに、そして真剣に洋服を選んでいる。
店に入って、あまりにも場違いな場所に来たことになにやら恥ずかしくなった。
軟らかそうな素材の洋服たちの他に色とりどりのランジェリーまで、広い品揃え。
フリルやレースなどの自分には全く見慣れないものに囲まれて、どこを見ていいやらわからず、なんだか目が泳ぐ。
・・・・・まさに、『彼女の洋服選びに無理矢理付き合わされた彼氏』状態である。
とっとと回れ右をして脱出しようとするが、彼女達はそれを許してはくれなかった。
ガッシと6本の腕に拘束されて、ジタバタするエドを無視しつつ、ウィンリィは店員ににこやかに話し掛けた。
「すみませーん!この娘のスリーサイズ測ってもらえますかー?」
そう頼まれた店員は、困惑の表情でエドを見た。
だが奥に通されて、幼馴染達に服をひん剥かれて・・・女と分かってからはものすごい張り切り様だった。
『機械鎧だし、スカートなんて似合わないからっ!!』
そう、エドが必至に断ろうとしても、やる気満々の彼女は怯まない。
『大丈夫、手足は露出が少なくてカバーできる物を選ぶから!!
・・・ああ、でも綺麗な肌ねぇ、全部隠しちゃうの勿体無いから、襟元は少し開いてる物にしようかしら』
『あら、さらしなんかだめよ?!折角綺麗な胸なのに、形崩れちゃう!!』
『綺麗な金髪ねぇ。すごくさらさら・・・ため息でそうだわv三つ網といておろしましょうよ♪』
どうやらこの店のオーナーだったらしい30代の女性は、ノリノリでどんどんコーディネートしていく。
幼馴染達に助けを求めようと振り向くと、彼女達は既にいない。
先ほどまで、エドのコーディネートに夢中になって次々と洋服を運んでいた彼女達だったが、
今度は自分の物を物色する為にそれぞれ店内に散っていたのだ。
フリフリレースの下着をつけされられただけのエドは、更衣室から逃げる事も適わず・・・・・・・。
只々、涙を飲んで着せ替え人形になっていたのだった。
******
怒涛の試着タイムもやっと終了し。
カーテンの陰から出てきたエドを、幼馴染の金髪の少女は冒頭の科白で迎えたのだった。
フリルにレースにリボン―――乙女チックな物全部つけました!!みたいなワンピースと揃いの上着を着て、
下ろした金糸の一部を三つ網にされて、更にリボンまでつけられた『見た目はお人形さんv』なエドが、
『見た目』をまるっきり裏切ったぶすっとした顔で彼女に言い返えした。
「・・・・・こんなもん買っても着れねーし、持っても歩けねーよ」
目を輝かせて誉める幼馴染を睨みつけながら言うと、彼女は首を傾げて思案する。
「そーね。・・・・・じゃ、下着は全部もらうとして、洋服は今着ているものだけにしましょ」
「えっ!?」
「いいじゃない。下着は見せて歩くわけじゃないでしょー?」
「こんなフリフリのなんか、いやだぁ!!」
「何いってんの、年頃の娘が!!」
「この洋服一着だって、無駄だよ!トランク入んねーもん」
「あたしが預かっててあげるわよ!・・・・・だからさ、今日ぐらいはそれ着て女の子に戻ろうよ?」
「え・・・・・・」
「そーよ、エド!!久しぶりに幼馴染4人組でさ、遊びましょ。昔みたいに・・・・・」
「ほら、思い出して?4人で『美少女カルテット』と呼ばれていたあの頃を!」
「皆・・・・・・・」
自分を取り囲んで、潤んだ瞳で見つめる幼馴染達。
思わずホロリ・・・としそうになったエドだったが―――
「って、まて!!昔だって・・・オレはスカートを履いたことなんかなければ、『美少女なんたら』のメンバーに
なってたことだってねーだろ!?」
確かに4人で遊んでいたが、自分の役割はおままごとではお父さん役。
対男の子に到っては、用心棒役だったはずである。
(用心棒を必要としないくらい強い彼女達だったが、請われて一応そう言うポジションにおさまっていたりした・笑)
自分が女の子らしかった思い出など、一つもない。
「あら、気づいちゃった・・・・・」
「フローラ、『美少女カルテット』は言いすぎよ!」
「えー?だってぇー」
「・・・・・・・お前ら、やっぱり面白がってるだけなんだな?」
エドの眉間にブチブチと怒りマークが浮かんで。
「おまえら〜〜〜〜〜〜〜〜!」
そろーりと逃げ出そうとするアリスとフローラをガッシと捕まえる。
「いたた!ごめんエド!!でも、違うのよ〜〜〜〜!!」
「確かに楽しかったのも事実だけど・・・・・でも、面白がってただけじゃないって!」
「嘘つけ!!」
「嘘じゃないよ」
後から聞こえた声に振り向くと、ウィンリィは少しバツが悪そうに俯き加減で話し出した。
「確かにさ、強引につき合わせちゃって悪かったけど・・・面白がってやってたわけじゃないよ。
あんた・・・昔も女の子っぽい格好なんかしなかったけど、好きでやってるのがわかってたからいいかなって思ってた。
でもね、なんかこの頃は違う気がして――――」
「なんだよ・・・・・今だって好きで男の格好してんだ。変わんね―だろ?」
「本当に、男の格好でいたいの?」
「え・・・?」
「なんかさ、無理してるようにみえるよ」
「そんな事――――――」
ない。そう言おうとして・・・心配げに見つめる三人の瞳を見て、エドは押し黙った。
「あんたはさ、自分の痛みにニブイから自覚が無いのかもしんないけど・・・・・・・・
あんたの女の子の部分が辛いって言ってる気がするの」
「・・・・・・・」
「ね、男の振りしなくちゃいけない事情はわかるけど。――――あたし達の前ぐらいはさ、女の子にもどろうよ?」
「ウィンリィ・・・」
自分は『男』でいるのが辛いなど、微塵も感じていないけれど。
不思議と、彼女達の言い分を完全に否定できなかった――――
それに、なんだかんだいって彼女達が自分のことを心配してくれているのが分かって・・・嬉しかった。
「――――しゃーねぇな。本当は反論したいとこだけどさ。久しぶりだし・・・花、もたせてやるよ」
久しぶりに4人で遊ぶか?・・・・・この、ヒラヒラを着てさ?
そう言って苦笑すると、3人はぱあっと破顔した。
それから、4人で並木道を露天の焼き栗をつまみつつ、きゃあきゃあ騒ぎながら歩いて。
少しヒラヒラした裾が気になったけれど、ブーツと手袋で機械鎧は隠れているし?
なにより、幼馴染達が『大丈夫!全然おかしくないって!むしろ可愛すぎて注目集めてるよーv』
などと太鼓判を押すので・・・・・段々気にならなくなった。
ひとしきり遊んだ後で、アリスが叔父さんから聞いてきた「お勧めのカフェ」でティータイム。
「そーいえばさ、エドって好きな人いないのー?」
「ぶっ!!」
「あ、馬鹿ねぇ!!折角のワンピースがよごれたらどうすんのよ!!少し気をつけなさいよ?」
「み、みょーなこと、聞くからだ!!」
「みょーなことじゃないわよ!!お年頃な私達の最重要事項じゃないの!!」
力説するアリスに、脱力する。
「オレ、普段は男として暮らしてんだぜ?そんな奴いね―よ・・・・・」
「あら、恋人はいなくても『恋』はできるでしょ?」
男の格好をしていても中身が女の子なのだから、恋は出来るはずだと彼女は微笑む。
「気になってる人とか、このワンピース姿見せたい人とか・・・・いないの?」
「そんなもん、いな・・・・・・」
いない。そう否定しようとした時、ふいにあの男の科白を思い出した。
『スカートを履いた君が見たいんだよ』
初デート(?)らしきものをしたとき、ロイが言った科白だ。
『一生見せない』
と言った意味の返事を返すと、彼は拗ねたように大げさにため息をついた。
・・・・・・いい大人がそれってどうよ?と呆れたものだが――――――
『あの男がこれを見たらなんて思うだろう?』
あんなに拗ねていたくらいだから、喜んでくれるだろうか?
でも――――――
幼馴染や店員は持ち上げてくれたけれど――――自分としては、やっぱり似合ってないと思う。
男が女装したような、そんな違和感があるんじゃないだろうか?
機械鎧は隠れているけれど、よく見れば分かってしまうかもしれない。
人とすれ違うたびにチラチラとした視線を感じるのは、意識しすぎなのかと思おうとしたけど。
・・・・・本当は、滑稽に見えているのかも。
でも、アイツの事だからそんな事実は見ない振りをして、タラシ全開な歯の浮くような科白を並べ立てる?
―――――それとも、あまりの似合わなさにガッカリして言葉をなくしたりして――――?
そう考えた途端気持ちが下降していって、エドはしゅん・・・と俯いた。
「エド?・・・・・あんた、本当にコレ見せたい人がいるんじゃ・・・・・?」
落ち込んだ様子のエドに、ウィンリィが驚いたように問い掛ける。
アリスやフローラも驚きの表情でこちらを見つめている。
「ば、馬鹿!!そんなもんいるわけないって!!」
慌てて否定して、視線から逃れるように通りの方へ顔を背ける。
―――――そして、ぎょっとした。
通りをこちらにむかって歩いてくる二人の人物。
それは、あまりにも見慣れた顔だった。