「ったく・・・あの、アホ大佐っ!」
薄闇が辺りを包み始めた時間。
イーストシティの駅に降り立ったエドは、ブツブツと文句を言いながら道を歩いていた。
いつものコートだけではさすがに寒いので、アルが用意してくれたマフラーを巻いているのだが、まだ寒い。
首に巻いた白いマフラーを口元まで引き上げて、更に文句を言いながら進んでいると・・・・・
眼前を白い物が落ちていくのが見えた。
「雪?・・・・・・寒い筈だよな―――――あ!?」
街のメインストリートに差し掛かったあたりに振り出した雪。
空を見上げようと顔を上げた時、突然街路樹に取り付けられた電球のあかりが一斉に灯りだした。
その光景をしばし呆然と見つめて、エドは呟いた。
「綺麗・・・・・だな」
先ほどの機嫌の悪さもどこへやら?
思いがけず目の当たりにした光景に、エドは微笑んだ。
そして、周りの景色を改めてゆっくりと見回す。
灯りが灯ったのは、街路樹だけではない。
道に並んだ商店の店先にも色とりどりの明かりが灯り、
入り口に飾られたリースやモールも光を受けてキラキラと光る。
所々に飾られたもみの木は、今日の日の為に飾りをめいっぱい付けられており、
少し重そうで・・・・・・・・・・・少し誇らしそうだ。
街角に流れる曲はもちろん『ジングルベル』。
―――――まさに、街は『クリスマス』一色に染まっていた。
「あー。今の・・・アルにも見せたかったなぁ」
先ほどの一斉に灯りが灯る様は見事だった。
弟にも見せてやりたかったと、少し残念に思う。
・・・・・だが、あっちはあっちで楽しそうだったしなぁ?
まぁいいか。と、エドはまた歩を進めだした。
******
今日は、クリスマス・イブ。
月に一度イーストシティに帰ってくることを約束させられているので、今月も東方司令部に立ち寄るつもりでは、いた。
が、――――――――――実はこの時期に帰ってくるつもりはまったくなかった。
月半ばにでもここを訪れて、クリスマスにはリゼンブールに帰るつもりだったのだ。
それが、12月になった途端にかかってきた東方司令部から電話で、予定変更を余儀なくされた。
電話の内容。それは――――
『今月帰ってくる日は、24日にしてくれ』
明らかに意図するところが見え見えな大人に、『冗談!こっちの都合も考えろ!!』と冷たく返事をしたものの、
『もちろん何度帰ってきてくれてもかまわないが、24日にも帰ってこなければ今月分としてカウントしない』
などと、むちゃくちゃな事を言われ、ごねられ、すかされ、なだめられ・・・・・・・・・いいくるめられ。
クリスマスは最愛の弟と過ごしたいという気持ちは多分にあったのだけれど、
なぜか、当の弟や電話した先のウィンリィにまで『行って来なさい!』と強く勧められ。
結局エドはアルだけをリゼンブールに帰し、しぶしぶ自分はイーストシティの駅に降り立ったのだった。
大佐の指定した待ち合わせ場所は、商店街を抜けた所にある広場に設けられた大きなもみの木の下。
どうしてそんなこっぱずかしい場所を指定するのか?と、ゲンナリしながら商店街を進んでいたのだが、
こんな光景を見れたし、まぁよしとしよう。
何となく鼻歌がつい口をでたろころで、ふと『まさか、それが狙いだったんじゃねーだろうな?』と顔を顰める。
『どうにもアイツの手の上で踊らされているような気がする・・・・・』
大体アイツはいっつも人の都合なんかお構いなしで。
強引だし。
なんかいつも企んでそうだし。
女癖悪し。
たらしだし。
エロだし。
・・・まぁ、顔だけはちょっといいかもしんないけど。
その分性格はめちゃくちゃ悪いし、嫌味だし。
でも、なんかその・・・・・・・・・・・ちょっと、優しいとこもあるかも・・・だけど。
そう考えた途端――――不意に、自分を振り向いて微笑むロイの顔が、脳内に浮かんで。
ついでに『鋼の』と、呼ぶ低音の声が耳に蘇って。
エドはぼわっと顔を赤くしたかと思うと、ぶんぶんと首を横に振った。
『な、何考えてんだ、オレっ!』
エドが必死になって今浮かんだ残像を消し去ろうとしている時、エドの隣りを男女が通り過ぎた。
二人は恋人同士なのだろう、楽しそうに笑い声を上げて話をしている。
彼女は彼の腕に甘えるように腕を絡めて。
彼はそんな彼女を愛しそうに見つめて。
まさに『幸せ』のオーラを発しつつ、二人は去っていった。
何となくそれを見送りつつ・・・・・・エドは顔を顰めた。
『普通・・・・・クリスマス・ディナーって恋人と行くよな?』
エドはこれからロイとの食事に誘われている。
イブだし、そつのないあの男の事だ。きっと、レストランの予約をちゃんと取ってくれているだろう。
でも・・・・・・行った先のレストランは、きっとカップルだらけだろう?
そんな中に自分達が紛れ込んだら・・・・・・・・きっと浮きまくるに違いない。
いや、レストランに入るまでもなく・・・あんな場所であの男が一人で待っていたらどうなるか?
多分・・・・・・十中八九、女に囲まれているに違いないのだ。
そんな中、中身は一応女とは言え、見かけまるっきり男の自分が現われたら?
『明日から、”マスタング大佐のショタコンホモ疑惑”がシティ中を駆け回るんだろうなぁ・・・・・』
別にアイツの評判がどうなろうと知っちゃこっちゃないが、お嬢様達の夢を壊してもいいものだろうか?
・・・・・逆に、変に敵意をもたれるのも堪らない。
アイツだってそのぐらいは分かりそうなものなのに・・・と、エドは、背中を丸めてため息をついた。
そんなエドの背後を今度は女の子二人組みが通り過ぎる。
「その服、すごくいいね〜!!」
「でしょ!?今日の彼とのデートの為に、悩みに悩んで選んだんだからぁv」
「でも、ちょっと大人っぽすぎない?」
「だってぇ、彼6つも年上なんだもん。ガキくさい格好していったら、釣り合わないじゃん?」
「あ、なるほど!そうかもね」
「でしょ?イブだし・・・絶対期待されてると思って、頑張っちゃったv」
自慢そうに、スカートの裾をちょっと持ち上げて見せて。
そして彼女達はきゃあきゃあと騒ぎながら、通り過ぎていった。
『期待されてる・・・・・・か』
もしや、アイツも今日はイブだし・・・・・女の格好してくると、期待しているのだろうか?
だから、あんな目立つ場所を待ち合わせに指定して?
『―――”男”のままで行ったら、がっかりしたりして』
ガッカリする以前に・・・・・・確実に『恥』はかかせそうだよな。
あの男がイブに男と待ち合わせなんて、誰一人思わないだろうから―――
エドは知らず知らずのうちに目の前のショーウィンドウ目をやっていた。
女性物の洋服を扱うブティック。
ウィンドウにはまさに『クリスマスデート用』な服が飾られていた。
それをしばし眺める。
『こんなの着て行ったら・・・・・・・・・喜ぶかなぁ?』
ふと浮かんだ科白に、自分でギョッとする。
何考えてんだ、オレ!?
こんな知り合いの多い場所で女の格好なんか出きる訳がないじゃないか!
いや、そうじゃなくってっ・・・・『する必要なんかない』んだって!
オレが何でアイツの為にそこまでしてやんなきゃなんないんだ!?違うだろ!!
アイツの意図なんか知らん―――――オレはデートなんかしに行くわけじゃないんだから!
『飯喰いにいくだけ。それだけ。』
エドは、そう呪文のように何度も唱える。
うっかり誘っちゃったアイツが恥掻こうがこっちの知ったこっちゃないしな?・・・うん。
―――だいたい、オレは今『男』として生きてんだ!スカートなんかオレには不必要な物だ。
それに・・・・・・・・それに、この服絶対に似合わないし。
セントラルで着たワンピースと違って、裾が短い。
こんなの着たら、ブーツ履こうがどうしようが、機会鎧・丸見え。似合うわけ、ない。
――――俯いたエドに背に、不意に声が掛けられた。
「ねぇ、君――――」
エドは、ハッとして後を振り返った。