ロイは心持ち緊張した面持ちで、美貌の副官に声を顰めて伺う。
「中尉・・・いいかい?」
「あっ・・・・・・まだダメです」
「!?―――何故ダメなんだ!!私はもう・・・・・!」
ずいっと顔を近づけて瞳で懇願する男に、リザは冷たい瞳を向けて――――
そして、彼の眼前に書類を突きつけた。
「誤字があります。あと記入漏れも三箇所ほど」
容赦ない指摘に、ロイはガックリと肩を落とした。
ヘタレるロイに、リザはピシャリと続ける。
「さっさと終らせないと、待ち合わせに遅れてしまいますよ?」
「はい・・・・・・」
打ちひしがれながらも書類に向かう上官を遠くに眺めつつ、
居合わせた面々は、みな視線をそちらに向けぬまま、思う。
『うち(東方司令部)のマドンナは今日も絶好調に最強だ・・・・・』
リザの凛とした後姿を見ながら、「イブだからといって浮かれていると撃たれるかもしれない(汗)」と、
ロイの側近達は慌てて書類に目を通す。
ペンを走らせながら、『俺たちの”イブ”って、今年も変わり映えしないよなぁ』と、一同はひっそりと涙した。
しばらくして――――
「はい、結構ですよ。お疲れ様でした」
「そうかっ!では、私はこれで失礼するよ!!」
やり直した書類に、やっと副官のお許しが出たようで。
隣室で着替えて出てきた上官を、ハボックは少々呆れた様子で眺めた。
・・・・鼻歌でも歌いだしそうな、ひょっとしてスキップまでしちゃいそうなほどの浮かれようだったから。
「大佐・・・・・なんかいつもとキャラが違いますよ?」
「そうか?どうにも幸せがにじみ出てしまっているようだな♪」
「いくらクリスマス・イブって言っても、浮かれすぎっスよ?」
クリスマス・イブのデートなんて、アンタにとっては毎年の恒例行事でしょうに?
そう訊ねるハボックにロイはふふんと笑ってみせる。
「全然違うぞ、バカモノ。・・・なんと言っても、今年はあの鋼のがデートのOKをくれたのだからな!」
「OKをくれた・・・っていうより、脅したって言うか、無理矢理って言うか、口八丁で丸め込んだって言うか・・・」
「ハボック・・・・・・七面鳥代わりにお前を丸焼きにしていこうか?」
「じょ、冗談です!!さあ、早く行かないとエドが待ち焦がれてますよ!!!」
「おっと、そうだ・・・・・鋼のより先にあの場所に行かないと!
あんな目立つ場所であの子が一人で居たら、害虫が涎を垂らして近寄ってくるかもしれん!!」
それはいかん!!と、ロイは足早にドアに向かう。
「・・・そんなに心配なら、直接ここに来てもらえばよかったんじゃ?」
「バカモノ。イブだぞ!?ムードと言うものを考えろ」
「ムードですか?そういや、クリスマス・ディナーにしてはその服、カジュアルなんじゃないですか?」
仕立てのよさそうなジャケットを着てはいるが・・・ノータイである。
この上官のことだ。
どうせ、予約をしたレストランは星がついたホテルで、夜景が一望できたりするんだろうと思いつつ、
そんなとこに行くにしては?と不思議に思いそう聞いたのだが、彼の答えは予想とはちょっと違っていた。
「いいんだよ。今年はホテルのレストランではなくて、少しアットホームな所を選んだからな」
「めずらしいっスね?」
「デートは常に相手方の意向を踏まえてプランを立てるものだ。鋼のは多分いつもの格好のままくるだろう。
それなのに私だけ気張った服でホテルの最上階に連れて行っても気後れさせてしまうだけだろう?
元々鋼のは堅苦しいのは嫌いだし、初めてのイブだから、まずは相手を楽しませてあげなくてはね」
そのくらい考えんか。だからお前はモテんのだ。
そう、ありがたくない捨て台詞を残しつつ、ロイはいそいそと部屋を出て行った。
出て行くとき小声で 『ホテルはその後に行けばいいんだよ♪』 とロイが呟いたのは、
側にいた自分にしか聞こえなかったようだし、丸焼きは嫌なので、あえて聞こえない振りをして・・・・・
その背中を見送ってから、ハボックはリザに視線を向けた。
「あの大佐があそこまでねぇ・・・大将って偉大っスね?」
「そうね。・・・・・・・・ところで、少尉。あなた今日は夜勤ではないわよね?この後の予定は?」
「はい、夜勤じゃないっス。この後は・・・・・・・・特には」
残業でも言いつけられんのかなぁ?
そう思いつつ、オレのイブっていっつもこんなんだなぁ・・・・・と内心でため息を吐いた。
が、予想に反してリザの唇から出た言葉は。
「そう。それなら・・・・良かったら、私と一緒にディナーはどうかしら?」
「ええっ!?」
「だめかしら?」
「め、めめめめっそうもありません!!是非!!」
「そう、良かったわ。じゃあ、この書類を出してくるから・・・終ったら出かけましょう?」
「はい!!」
リザが部屋を出た後、部屋に誘われなかった他の面々のブーイングが響き渡る。
が、その非難を一心に受ける男は、呆けたまま彼女の消えたドアを見つめたままでいた。
「ヌケガケしやがって〜!!!」
そうブレダに後頭部殴られて・・・・・やっと、その痛みに『夢じゃない』と知って。
「この世の春 (いや、今は冬だけど) だ・・・・」
振って湧いた突然の出来事を理解して、感動に打ち震えるハボックだった――――
******
「遅い・・・・・・・・・・」
ロイはもみの木の下で、何度目かの言葉を呟いた。
待ち合わせの時間はとうに過ぎている。
なのに、彼女の姿がどこをどう見回しても見当たらないのだ。
「あの・・・・・」
声を掛けられて振り向けば、違う女性。
『お一人なんですか?』などどきいて来る女性にやんわりと断りの科白を言うのは何度目だろう?
こうなると、いつもは楽しい女性との会話も、鬱陶しい物でしかない。
残念そうに去って行く女性に軽く手を振ってから、ロイは重いため息を吐いた。
「どうしたのだろう・・・・・なにかあったのだろうか?」
探しにいこうかと一歩進み・・・・・だが、動いてはすれ違いになる可能性が大きいので、踏みとどまる。
列車が通常通りに駅についたのは、先ほど確認してある。
それからここ向かって歩いてくるはずなのだが・・・掛かる時間はゆっくり歩いても5分。
あのせっかちな鋼の歩き方なら、むしろ遅れるより早く付くはずだ。
なのに、もう列車がついてから30分は経っている。
待ち合わせの時間は、列車が数分遅れることも考慮して、列車の定刻到着時の10分後にしていた。
だから、もしや寄り道をして時間ギリギリに来るのつもりかも・・・と思っていた。
だが、待ち合わせの時間を20分過ぎても彼女は現われない。
『やはり迎えにいってみようか・・・・・』
商店街の方に視線を向けて、思案する。
なにか、あったのだろうか?
もしや・・・・・ここにたどり着く前に妙な男に引っ掛かったりしていないだろうな?
そんな心配が頭を過る。
彼女は今日イーストを訪れるのに不服そうだった。
だから、機嫌取りも兼ねてわざわざ待ち合わせ場所をクリスマス用に設置されたもみの木の下にしたのだ。
この時間を指定しておけば、彼女が待ち合わせ場所に来る間にイルミネーションが一斉に点灯する様が見れる筈。
あれは見ごたえがあるから、文句を言いつつ歩を進めているだろう彼女の機嫌を治すのに効果的だと思ったのだ。
そして、待ち合わせ場所のもみの木がライトUPされた様は、これまた美しい。
それを彼女が見れば、ムードが盛り上がる事間違いなし・・・・・と思ったのだが。
『作戦ミスか?』
珍しく、しくじってしまったのかと眉を寄せていると、また声が掛かる。
「ずっといらっしゃるけど、どなたか待ってらっしゃるの?」
「・・・・・ええ、そうなんです。―――もしかして、振られてしまいましたかね?」
「まあ!」
大げさに驚いてみせる女に、営業用の微笑を向けながら・・・・・自分で言っといて、少しキズついた。
『もしや、本当にふられたんじゃ・・・?』
いや、私に限ってそんな事はない!!
・・・・・・・・・・・彼女相手だと、ちょっと不安はあるが・・・・・・いや、しかし。
「待ち人がこられないんだったら、今夜は私と・・・・・いかが?」
妖艶に赤い唇の端を持ち上げてみせる女を眺めながら、思う。
彼女は、一度した約束をこんな風に違えることはないはずだ。
もし、万が一振るつもりだったとしても、こんな風にすっぽかすなどありえない。
あの子は、大雑把で粗雑にみえて・・・・・実は真面目で律儀だから。
ロイはエドの面影を思い描いて、優しく微笑んだ。
その微笑が自分に向けられたものだと勘違いした女は、期待した瞳を向けて寄越すが・・・・・
「いえ、折角のお誘いですが。――――待ちますよ・・・・・・朝まででもね」
失礼―――――と、貼り付けた笑顔を向けて。
失望の色を瞳に浮かべてこちらを恨みがましく見つめる女を背に、ロイはようやっとその場から歩を進める。
『まず、駅方向に向かってみよう』
目立つ彼女の事だから、商店の店員にでも聞けばそこを通ったかどうか位分かるかもしれない。
そう思いながら足早に商店街に向かうが、通りに足を踏み入れてすぐにロイは足を止めた。
広場から商店街が建ち並ぶ通りに入り込んですぐの街路樹の影に、揺れる金色の三つ編みが見えたからだ。
急いで、街路樹のうしろに回り込む。
「こんな所にいたのかい?なかなか現われないから、心配したよ・・・・・」
そこまで言ってから、ロイはハッと口をつぐんだ。
俯いたままのエドの様子が、どこかおかしい・・・・・
「鋼の?どうした?体の具合でも・・・・・?」
彼女の両肩に手をかけて、顔を覗き込もうと体を屈めると・・・・・くぐもった声が聞こえた。
「・・・・・・だ」
「え?」
よく聞こえなかった科白をもう一度聞き取ろうと、片手を彼女の頬に当てて顔を上げさせる。
すると――――――
「・・・・・・エドワード」
やっと顔を上げた彼女の顔。
悔しそうに、唇を噛んで。
でも、その瞳は今にも泣き出しそうに潤んでいる。
そして、彼女はロイを見つめると、辛そうに顔を歪めた。
「いったいどうしたんだい?何かあったのか?」
「・・・アンタの、せいだ」
「え?」
「アンタのせいで、オレはっ・・・・!!」
ドンと、ロイの胸を突き飛ばすように押し返すエド。
よろけて、ロイの腕が離れた途端、エドは数歩後ずさった。
そして、搾り出すように言い放つ。
「アンタなんか、大嫌いっ!!」
そう叫ぶと、エドは走り去ってしまった。
しばし呆然とその背中を見送ってしまったロイだったが、ハッとしてその背中を追って走り出す。
走りながら、ロイはギリッと歯噛みした。
『くそっ、いったい・・・・・何があったんだ!?』
辛うじて遠くに小さく見えている赤いコートを目指して、ロイはスピードを上げた。