ロイエド一年間・・・・『12月・・・空から色々降って来た・3』



はぁはぁはぁ・・・・・


息をつきながら、とにかくエドはひたすら走った。
走りながら、さっきのロイの驚いた顔が脳裏に浮かぶ。

『アンタが悪いんだ・・・・・・・・』

ジワリと涙が浮かんで、視界が歪む。
それを乱暴に袖でふき取って、走りながら後を振り向く。
そこに、追って来る男の姿は見えない。

あちこちメチャクチャに曲がって走ったから、どうやら巻くのに成功したようだ――――

エドはやっとスピードを緩め、またひとつ路地を曲がって――――やっと立ち止まった。
建物の壁に背を預けて、呼吸を整えて・・・・・・そして、呟いた。


「大佐の・・・せいだ。大佐なんか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嫌い」


言葉が零れ落ちたと同時に、その蜂蜜色の瞳からも涙が零れた。
空から舞い降りる雪がエドの濡れた頬に落ち、融けて消えていく―――――



「・・・・・・・・・嫌いな理由を、聞かせてはもらえないか?」



突然掛けられた声に、エドはビクリと肩を揺らした。
慌てて顔を上げると、そこには大佐。
路地の自分が入った方向と反対側から現われたところを見ると、どうやらまた裏をかかれたようだ。
以前にした鬼ごっこのようなデートを思い出し、エドは唇を噛んだ。
また逃げ出そうと、地面を蹴るが――――――伸びてきた腕が、エドの腕を掴んでそれを阻む。
そして、そのまま体ごと壁に縫いとめられた。


「エドワード」


自分を呼ぶ声に怒りが混じっているのに気づいて、エドはビクリと体を震わせた。
約束を破って待たせた上、探しに来てくれたのにいきなり罵倒してしまったのだ、さぞや怒っているだろう。
次に浴びせられる言葉を覚悟して、エドはぎゅっと目を閉じて体を硬くした。
が、次に聞こえてきたのは罵声ではなく、深いため息で――――
恐る恐る目を開けると、そこには困り果てたような、情けない男の顔があった。
拘束していた腕を放して、姿勢を直して彼は呟いた。

「・・・・・すまない、怯えさせるつもりはなかったんだ」
「怯えてなんて、ねぇ・・・・・」

フイ、と、顔を背けてしまうエドを、ロイはじっと見つめた。

「嫌われた訳が知りたい・・・・・・・私は、何か君を苦しめるような事をしてしまっただろうか?」
「・・・・・」
「確かに今回の誘いは強引だったかもしれないが、それが気に入らなかったのかい?」

エドはフルフルと小さく首を横に振ってくれたが、それでも言葉は返してくれない。

「エドワード」

吐息交じりの切ない音で彼女の名前を呼び、その身を抱きしめようと腕を伸ばすが・・・
その行為に気づいて、やっとエドの口から出た言葉は


「オレに触るなっ!!」


拒絶の科白に、ロイの腕が止まる。
だが、ロイは彼女の顔を見つめて、ハッとした―――――

口では明確な拒絶を告げられたが、その顔は。
嫌って、触れられるのを嫌悪した表情かと思いきや・・・・・・その瞳は、酷く切なげで。
『本当に嫌われた上での拒絶ではない』
ロイはそう確信した。
自分の第六感に従ってもう一度腕を伸ばし、強引に彼女の体を腕に閉じ込める。
驚きに見開かれた瞳。
その拍子に、貯まっていた涙が一筋零れ落ち、エドの頬を伝う。

「やっ・・・大佐っ」

拒否の言葉に耳を貸さず、ロイはその涙を自らの唇で受け止める。
雫を吸って、彼女の顔を見つめると・・・・・そこには見る見る赤く染まっていく、白い頬。
こんな状況なのに、ロイはその様に見とれた。


潤んだ切なげな瞳
透き通るような白い肌は、今の行為でピンクに色づいて
何か言いたげな唇は、少しだけ開かれ―――――――まるで、誘っているかのようで


黒の上下、羽織った赤いコート、揺れる三つ編み。
ひとつだけ違うのは、白いマフラーをしているというところだけ。
いつもと大して変わらぬ出で立ちなのに?
―――今のエドに、匂い立つような『女』の色香を感じて、ロイは思わずゴクリとつばを飲み込んだ。
そしてまるで吸い寄せられるように、その唇目指して顔を近づけた。
もう少しで彼女の唇に届く・・・・・という刹那。


パン!


乾いた音と共に、頬に痺れるような痛みが走る。
そして次に、胸に突き飛ばされる衝撃。
ロイは2・3歩よろけてから顔を上げ、エドを見つめた。


「アンタが・・・アンタがそんな風にオレに触れるから、だからオレは・・・っ!」


ぽろぽろと、涙をこぼして。
そして、呆然とこちらを見つめるロイの視線を振り払うかのように、エドは再び走り出した。



******



「突然付き合わせて、ごめんなさいね?」


定時で上がり、私服に着替えたリザとハボックは街の商店街の中を歩いていた。

「いえ、そんな!全然オッケーです!!」

と言うか、めちゃめちゃ幸せですっ!
ハボックは緩みそうになる頬をなんとか引き上げつつ、答えを返す。

密かに、思いを寄せていた人――――

だが、高嶺の花なのも重々自覚していて、アプローチさえ出来なかった。
それこそ、ついこの前まで『彼女の思い人はあの上司なのだろう』と、そう思っていたのだ。
黒髪の上司に時々辛らつな言葉を向けながらも、彼への絶対の信頼と忠誠がその態度から窺えていた。
それどころか、かの上官の為ならば自らが盾になる事も厭わないだろう彼女。
・・・・・只の”忠誠心”だけでとは、到底思えなかった。
そして、彼女に頼りきっている上官もまた、彼女の事を思っているのだろう。
ハボックは、ずっとそう思っていたのだが―――――


だが、その考えは何ヶ月か前に覆された。


かの黒髪の上官が、突如15歳の少女に熱烈に求愛し始めてしまったからだ。
その少女もとても良い子なので、ハボックとしても自分の将来を預けた上官の相手として、不服など全くない。
だが、リザの事を考えると複雑だった。

ロイがエドワードを追い掛け回しだした当初、心配で・・・さり気なく彼女を気遣っていたのだが。
ハボックの気使いとは裏腹に、彼女は落ち込む素振りを一向に見せない。
二人の交際に気を揉んでいる事は確かなのだが、それは単にまだ幼い少女を心配しての事のようだった。
それでも『無理をしているのか』と疑っていたのだが・・・・・そんなある日、彼女は呟いた。

『あの人もこらえ性のない・・・・・せめて、彼女がもう少し大人になるまで待てばいいのに。
でも・・・そうね、あんなに可愛いんだから、唾をつけておくのは得策かも。
あの魅力―――――出遅れれば、他に横取りされてしまう可能性が十二分にあるし。
そうだわ・・・あの人が暴走し過ぎないように、私が監視しておけばいいだけのこと。他に取られるより全然いい。
それにしても、こんな身近にあんな良い相手がいたなんて!
――――――あの人が大総統になった時、彼女なら隣りに並ぶのに相応しいわv』

その光景を想像したのか・・・・・・
今まで見たことも無い、うっとりとした微笑を浮かべるリザを見て、ハボックは目が点になった。
そして、恐る恐る聞いてみたのだ。

『貴女は、大佐の事を愛していたのではないんですか?』――――と。

そう自分が問うた時の、彼女のきょとんとした顔は、生涯忘れられないだろう。
あの顔で、全て自分の勘違いだった事が分かったのだった。


それ以来他の女性に目をやることなく、一途に思い始めたハボックだったが・・・・
しかし、『高嶺の花』なのには変わりない。
いつかアプローチしたいとは思いつつ、なかなか彼女に思いを告げられぬ日々を送っていたのだ。
それが―――――

『まさか、彼女の方から声をかけてもらえるなんて、思ってもみなかった!!
彼女の好みは大佐のようなエリートではなくて、オレのような庶民派だったんだv』

・・・・・・そうハボックが舞い上がるのを、咎められる者等いないだろう(笑)
しかし浮かれすぎてて、ハボックはリザの言葉を2・3聞き逃してしまった。


「・・・・ね、少尉。どう思う?」
「えっ?・・・・・す、すみません、もう一度いいっスか?」
「だから・・・・・まず最初にホテルにいって部屋の予約を確認してみようと思うのだけど、どこがいいかしら?」
「ほ・・・ホテル・・・・・ですかっ!?」

思わず声を裏返らせて返事をしてしまうハボック。

ホテル?
しかも、部屋の予約!?

夢見ごこちでぼーっとしていたところに、リザの衝撃発言を受け、言葉を失う。
いきなりの展開に、ハボックはパニック状態寸前だ。

『中尉って、意外に大胆なんスねっ!』

嬉しいやら、恥ずかしいやら・・・・・幸せすぎて、眩暈がしそうだ。
だが、女性から勇気をもって言い出してくれたのに、恥をかかせるつもりはない!!
っていうか、オレの方からもお願いします!!
幸福に打ち震えるハボックは、意を決してリザを見つめ―――
『・・・・・たとえ給料使い果たして後はカップ麺生活になろうとも、最高の部屋で!!』
ハボックは一大決心を込めて、イーストで最高といわれるホテルの名を上げた。

「イースト・グランドホテルなんてどうですか?」

なるべく爽やかに・・・と、意識して微笑んだのだが、どうにも顔がこばわってしまった気がする。
だが、それを気にすることなく、リザは微笑み返してくれた。

「やっぱり、あなたもそう思う?イブだし、絶対あそこ。・・・しかもスイートかしら?」
「ス、スイートですかっ!?」

ハボックの背中に冷や汗が流れる。
あそこのスイートって、いったいいくらするんだ!?
給料使い果たしたって、間に合うわけがない!!
貯金下ろさないと・・・いや、定期預金解約しないとっ!!
顔面蒼白になったハボックに、リザは訝しげに首を傾げた。

「少尉、どうしたの?何か顔色が悪いわ?」
「い、いえっ・・・・・全然平気っス!!」

オレも男です!!例え定期預金を解約しようとも、あなたの願いを叶えて見せますっ!!

そう決意したハボックは、実に男らしい。男の中の男といってもいい!(笑)
が、リザはその様に感激する事はなく・・・・・心配そうに眉を寄せた。

「調子が悪いのなら、無理する事ないわよ?」
「いえ、そんなことは!!」
「私のことなら気にしないで?ホテルには一人で行ってみるから・・・・・」
「へっ?・・・・・一人でいって、どうするんスか??」

家に帰ると言うならともかく、イブに一人でホテルのスイートに泊まってどうするつもりなんだろうか?
ハボックは、呆然と聞き返すと――――

「あら、予約を確認するくらい一人でも平気よ?
ちゃんと身分証はもってきたし、あそこの支配人は私があの人の副官なのを知っているから聞きだせるわ」
『あの人・・・・・・』

いやーな予感と共に、ハボックは聞き返した。

「あの・・・もしや―――大佐がエドと過ごす為に、ホテルを予約しているか確認しにいくんですね?」
「そうよ?さっきからそういっているじゃないの?」

やっぱりおかしいわ。熱があるんじゃない?
そう心配げに問うリザの言葉を聞きながら、夢見すぎて大事な部分を聞き逃していた男は、ガックリと頭をたれた。

「食事はホテルのレストランではないみたいだけれど・・・あの人がこんな好機を簡単に逃す訳がないわ。
かといって、大佐の家には『一人では絶対行かないで』って、常日頃からエド君に釘をさしてあるから、
簡単には連れ込めないと思うのよ。
と、なればやっぱりホテル。何か理由を・・・例えば、『美味しいケーキがある』とかなんとか?
とにかく適当に言いくるめて、連れて行く可能性が大だわ。それは、阻止しないと」

『二人の仲は応援するけど、”そういったこと”は彼女が16歳になってから』

それが二人の交際についての、アルフォンス君と私の見解の一致事項なの。
だから、今回は食事をし終わってホテルに連れ込まれる直前に私が保護することにしたのよ。
その後は私の家でエド君と二人でイブを過ごすつもり♪
リザは、どこか楽しそうにそう言って笑った。


『だからアルは、あんなにあっさりと溺愛している姉を狼に預けて故郷に帰ったのか・・・・・』


こんなすごい守護者がついてるなら、確かに安心だろう。
んでもって、中尉もエドと過ごせるのが嬉しいから・・・・・嬉々として引き受けたのに違いない。
思わず顔を引きつらせつつ、ハボックはそう内心で呟いた。
だが、じゃあ俺は・・・・・・・・?

「あの・・・・・俺を食事に誘ってくれたのは・・・・・」
「え?二人が食事を終えるまで、手持ち無沙汰だし・・・誰か一緒に食事でもしてくれないかとおもったんだけど?」

それに、あなたはエド君の性別を知っているし、協力してくれると思って?
そう事も無げに言うリザに、ハボックは足元がガラガラと崩れる気がした。

『イブなのに・・・・・・神様のイジワル。(涙)』

なにやら暗雲を背負いだしたハボックの肩を、リザは優しく叩いた。

「ごめんなさいね、無理をさせて。付き合ってくれたお礼に食事をご馳走しようと思ったのだけど、
それは後日ということにしましょう?今日はこのまま帰って休んで?」

労わりの言葉と共に優しく微笑む彼女の両肩を、ハボックの手が包む。
リザは驚いたように、ハボックを見上げた。

「少尉?」
「お供します」
「え、でも・・・・・」
「別に、体調悪い訳じゃないんス。ちょっと考え事してただけで・・・・・俺も行きますよ」
「そう?」
『あなたをイブの夜にこんな所に置き去りに出来る訳ないじゃないっスか・・・・・・』

例え、悪い虫など簡単に撃退してしまうであろう、凄腕のあなただとしても。
――――――やっぱり、俺は一人になんてしたくないです。

『・・・・・それに、二人きりで食事が出来るのは、確かなんだし?』

落ち込んだ自分を盛り立てるように、ハボックは自分で茶化すようにそう心の中で呟いた。
そんなハボックをリザはちょっと不思議そうに見つめたが、すぐに『ありがとう』と微笑んだ。
その綺麗な微笑みに、しばし見とれて、思う。


『今は・・・・・・これで十分です』


そう小さく呟いて、ハボックはリザに笑いかけた。

「だだし!食事するなら、俺に奢らせてください」
「え?でも、それじゃあ」
「確かに階級は下ですが・・・・・俺も男なんですよ?」

恥かかせないでくださいよ?その分、今度の休日申請の無事通過を期待してますから。
そう言って悪戯っぽくウインクしてみせると、リザは苦笑したようだった。

「分かったわ、今日はご馳走になります。・・・・・後で、お礼はするから」
「期待してます♪」

クスクスと、二人で顔を見合わせて笑ってから、二人は再び歩き出した。



「じゃ、手始めに”イースト・グランド”にあたってみますか?」
「ええ」

が、歩き出して間もなく、横の路地から何かが飛び出してきた――――
飛び出してきた影は、歩道側を歩いていたリザに突進するようにぶつかった。
その拍子によろけたリザごと、ハボックが受け止める。

「ご、ごめんなさい!!」
「平気よ、あなた怪我は・・・・・エドワード君!?」
「えっ?・・・・・中尉!?」

驚きの声を上げて見詰め合った二人。
そして、エドが飛び出してきた路地から、もうひとつの影が走り寄る。

「待ちなさい、鋼の!!・・・・・・中尉?ハボック!?」
「大佐・・・・・」

突然現われた上官をリザが唖然と見つめていると、
エドはその間にリザの後ろに回り込むようにして、ロイから身を隠してしまった。
振り返ってその顔をみると・・・・・涙に濡れた、頬。

「少尉・・・・・」
「えっ?は、はい・・・・・」
「食事は、今度でいいかしら?」
「そ、それはかまいませんけど・・・・・あの、ちゅう、い・・・・・(激汗)」



低くなった声と共に、ハボックはリザの背中に黒いオーラを見たのだった。



『空から色々降ってきた・3』




激しく長くなってしまった割には、全然進んでない!!(私も激汗)
しかもシリアスだったのに、ハボアイ入れたらなんかギャグっぽくなってきちゃったよ・・・。
つ、次こそは、エドの涙の訳を!!

・・・・・それにしても、うちのハボアイってやっぱりどうにも片思い風味(涙)
いや、多分リザも憎からず思ってるはず!?――――『いい人ね』とか・・・?(ダメじゃん)



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