ロイエド一年間・・・・『12月・・・空から色々降って来た・5』



俯いていたエドだったが、なかなか返事が返ってこないのをいぶかしんで、顔を上げた。



・・・が。上げた途端、ビクッと体を揺らして少し身を引いてしまった。
それから恐る恐る声をかける。

「ちゅう・・・・・・・・・・・い?」

目の前の『姉』と慕う女性から漂ってくるのは、どう考えても『殺気』なような??
だけど、この人が自分に向けてそんなモノを寄越す訳が無いし――――
困惑した様子で覗きこんでくる少女の仕草を感じて、リザは一旦怒りのオーラを隠して彼女を見つめた。
リザの変化を感じて、少しホッとしたような表情をした少女をぎゅっと抱きしめる。

「辛かったわね」
「え・・・・・」
「もう、大丈夫よ。これ以上―――――誰にもあなたを傷つけさせたりしないから」
「中尉・・・・」

『姉』の力強い慰めに、沈んでいたエドの心が温かくなる。
自らもきゅっ・・・と彼女に抱きついて、温もりの中で目を閉じる。
『姉』と『妹』は、しばしそのまま抱き合っていた――――




しばらくたって。

リザは少しエドから身を離して、意を決したようにその顔を再び見つめた。

「エド君」
「なに?」
「辛いとは思うけど・・・あなたを傷つけた人物のことが知りたいの。
思い出すのも苦しいかもしれないけれど・・・・・容姿とか、覚えているかしら?」
「え?傷つけた人物??・・・・・・・・・・・・大佐?」
「いえ・・・大佐じゃなくて、あの人と会う前に会った人のこと・・・
あなたをこんな気持ちにさせた原因を作った人物よ?」
「あ・・・・・。えと・・・おじさんだった。割りと金もってそうな、頭の薄い小太りの」

エドの答えにリザはくらりと眩暈がするのを感じた。

『そんな汚らわしい中年オヤジにこの希少な金色が!!』と、怒りにどうにかなりそうである。
家に着いてから、少女の体が冷えているのに気が付いて・・・・・
テーブルの準備をしている間、先に一人でバスルームを使わせたのが悔やまれる。

『一緒に入ってさえいれば、もっと早く気が付いてあげられたのに!!』

そう後悔の念に駆られていたリザだったが・・・ふと気が付いた違和感に眉を寄せた。
――――この戦闘能力に長けた少女が、そんなオヤジにどうにかされるなんてことがありえるだろうか?
リザの困惑に気づくことなく、エドは更に思い出すように顎に手を当てながら続ける。

「あとね、軽薄そうな若い男達数人のグループ」
「!!」

なるほど・・・その金持ちオヤジが若い男達を使って・・・でも、それじゃあ・・・一人じゃなくて複数に!?

リザは再びぶち切れそうになった理性をすんでで押さえ込んだ。
怒りに震える拳を握り締めて、思う。

あそこで彼女に会えてよかった・・・・・もし、あそこで自分が彼女と出会っていなくて、
あのまま大佐が彼女を捕まえ、追い詰めてこの告白を聞いたとしたら?
―――――――――確実に、黒コゲの死体が何体もその辺に転がることだろう。
その男達は黒コゲになっても全く全然かまわないのだが、あの人の経歴に傷をつけるわけにはいかない。
あの人に知られる前に、私がそいつらを見つけて処理しなくては・・・・・・・
命は取れないけれど、『死んだ方がマシだった』と思わせてやるわ!!

リザの瞳が冷たい光を放ちながら細められた時、またエドが口を開く。
再び表情を固くしたリザだったが・・・・・・
エドの口から出た次の言葉を聞きながら、彼女の表情は困惑へと変わっていく。


「それと、肉屋の前でチキンを売ってた呼び込みのお兄さんと」

肉屋の店員?

「化粧品屋のお姉さん」

コスメショップの女性店員??

「あと、一番最後は・・・落としたマフラー拾ってくれたおばあさん、かな?」

老婆・・・・・・・。



「あの、エドワード君?」
「なに?」
「私は少し思い違いをしていたのかもしれないわ」
「え??」
「今日大佐に会う前に、何があったのが順を追って説明してくれないかしら?」
「あ・・・・・うん」

難しい顔をしてそう聞いてくるリザに、エドは首を傾げながら、ことの次第を説明しだした――――



******



「ねぇ、君――――――」
「!?」

ブティックの前で、ショーウィンドウを覗きながらため息を吐いていたエドは、
突然後から掛けられた声にビクリと肩を揺らして振り向いた。
振り向いてみると、そこにいるのは見知らぬ頭の薄い小太りの中年男。
顔見知りに女物の服を眺めていた所を見られたわけではないことに安堵しつつ、男を見上げた。

「何?」
「その服、欲しいのかい?」
「は?」
「おじさんが買ってあげようか?」
「はぁ?」

男の突然の申し出に、エドは思いっきり間の抜けた声を上げた。
そして、改めてまじまじとその顔を見つめるが・・・・・やっぱり、見覚えのない顔だ。
次に全身を眺めてみると、着ている物が上質な事と、手に大きな宝石が付いた指輪をしている事に気が付いた。

『もしや、慈善家?オレが貧乏そうに見えたから、クリスマスだし施しをしてやろうとか?』

エドがそんなことを考えて返事につまると、男は脂ぎった笑いを浮かべながら、更に提案する。

「君、とても可愛いねぇ・・・・・この服、きっとすごく君に似合うよ!
――――おじさんはお金持ちなんだ。この服買ってあげるからおじさんと一晩・・・」
「なんだ、ただのエロオヤジか」

やっと、その手の誘いなのに気が付いて、エドは肩の力を抜いた。
実は、こんな誘いを受けることはよくあるのだ。
とはいっても、みんな『女』としての自分にではなく、最初から『少年』と勘違いしての誘いか、
長髪の後姿を見て『女』と勘違いし、声をかけてから『男の子!?』とガッカリするパターンなのだが。
『近頃、変態が多いよな・・・・・』
そんなことを思いながら、肩を落とす。

「は?」
「いや、なんでも。勘違いしてるみたいだけど・・・オレ、男だからこんなもんいらないよ」

つれなくそう言って通り過ぎようとすると、突然肩を掴まれる。

「またまた、そんな嘘なんかつかないで・・・・・・・・とても男の子なんかに見えないよ?
ねぇ、他にも欲しいものがあればなんでも買ってあげるから・・・」

男の言葉が終らぬうちに、エドはその手を振り払って逃げ出した。
路地を曲がって姿が見えなくなってから、エドはぎゅっとコートの胸元を握り締めた。


『な、なんだ?・・・・なんで、バレたんだ!?』


自分の体を見回しても、いつもと違う所など見つからない。それなのに。
男が、長い髪を見て『女の子』と勘違いした訳ではなく、
『本当に女』だと確信した上で声をかけたのだということに気がついて、エドはパニックに陥りそうになる。
が、はた・・・とある事を思い出して、息を吐いた。

『そっか、あんなとこでものほしそうにしてたから・・・・・か』

女性物を扱う店の前で、ショーウィンドウなんかを眺めていたからだ。
バレた理由を思い当たって少しホッとしつつ、エドは再び待ち合わせの場所に向かって歩き出した。



「あーあ、遠回りになっちまった・・・・・」

時間に間に合うかなぁ?
アイツ・・・・・もう来ているだろうか?
――――――まさか、また赤い薔薇の花束なんか持ってねぇだろうなぁ?

以前もらった花束のことを思い出しながら、微妙に赤くなって。
そんなもの持ってきたら、速攻で叩き返してリゼンブールに帰ってやる!
そんなことを思いつつ、俯き加減で歩いていたら・・・何かが肩ににぶつかる衝撃。

「おい、肩ぶつけといてからそのままいくつもりかよ?」

グッと肩を掴まれて・・・・・今起こった事を理解したエドは、顔を顰めた。

『またからまれんのか』と、エドは深いため息を吐く。
実は・・・・・・チンピラに絡まれるのも、よくあるのだ。
どうやら自分は目つきが悪いらしく、『生意気なガキ』と彼らのカンに触りやすいらしい・・・・・
とは言え、いつもは弟が登場すると大抵相手がビビって逃げてしまうのだが。
―――でも、今日はその弟はいない。

エドはチラリと横目で相手を観察する。
相手は三人。見たところ、丸腰。あったとしても、折りたたみのナイフくらいか?
――――拳を交えたとしても、この位の小物ならなんとでもなる。

『やっちゃうか?』

とにかく早くここから抜け出して、大佐の所に行かないと・・・・・
そう思って拳を握りかけてから、戸惑う。

『でも、喧嘩したのバレたら怒りそうだなぁ、アイツ』

心中で葛藤しながら男達を見上げる。
すると、自分達を見上げてきたエドを、男達はどこか驚いたような表情でまじまじと見つめ。
そしてそのうち一人が呟いた。

「なんだ・・・・・ヤローじゃなくて、女の子か」
「!?」
「しかもすっげぇ可愛いじゃん♪なぁ、彼女・・・ぶつかったお詫びにこれから俺たちに付き合って・・・あっ、おい!!」

その科白を全部聞き終える前に、エドは肩に置かれた手を叩き落してその場から逃げ去る。
しばらく走って、後から追ってこないのを確認して、やっとエドは足を止めた。



『また・・・・・だ』

エドは震える左手を、右手で押えた。

何で、バレたんだ!?
偶然、なのか?

エドは深呼吸をして手の震えを止めると、あたりを見回す。
そこは、待ち合わせの場所からそう遠くないところ。
待ち合わせの場所には、ロイが待っている筈。
心細さが胸に広がり、この不安を受け止めてくれるだろう彼の顔が頭に浮かぶ。

『大佐・・・・・!』

エドは、とにかくロイのところに向かおうと再び歩き出す。
先ほどよりにぎやかな通り。それぞれの店の前にはワゴンが並び、セール品を売る店員が声を張り上げている。
エドはそんな声も耳に入らない様子で、ただロイを目指して歩く。
が、再び聞こえた、呼び声。

「ねぇ、そこの赤いコートのお嬢さん、チキン買ってかない?うちのは美味いよ〜♪」

ゆっくりと振り向くと、紛れもなく自分を見て笑う、店員。
エドは白くなった顔で首を横に振ると、足早にそこを過ぎ去る。

『どうして・・・・・?』

広がりだした不安が、大きくなる。
とにかく、とにかく・・・・・彼の所へ。

走り出そうとしたときに、横から何かが差し出される。
振り向くと、そこには籠を持った女性。

「今新色のサンプルお配りしてるの、よかったら使ってみて?若いお嬢さんに似合う可愛いピンクもあるのよ?」

彼女が差し出した物をよく見てみると・・・・・口紅のサンプル。
エドは泣きそうに顔を歪めて、首を横に振ると逃げ出すようにまたその場から走り去る。
走って走って、やっと待ち合わせ場所が見える商店街終わりにたどり着いて・・・・・ロイの姿を探そうと顔をあげて。


はっとしたように、立ち止まった。


待ち合わせのもみの木ノ下。
照らされたライトのお陰で、こちらからはその下に立つ人達の姿が良く見えた。
そして、その複数の中からあの目立つ男を捜すのは簡単で。
エドはすぐにロイに姿を確認した。がー―――

彼の隣りには色気たっぷりの大人の女性。
なにやら楽しそうに談笑する姿に、怒りが湧く。

『何だよっ、人がこんな思いしてるってのに・・・・・・』

鬱々とした気分も手伝って、走りよって怒鳴りつけてやろうかと、足を一歩踏み出そうとして、



――――――――踏み出せなかった。



ライトアップしたもみの木の下に立つ二人が、あまりにも似合っていて。
それは、周りを通り過ぎる他の人が、思わず視線を向けてしまうくらい。
あんな中に自分が割り入っても・・・・・・・・邪魔をしているようにみえるのはこっちの方だろう。
誰も、オレこそが本当の待ち合わせの相手だなんて、思いもしないだろうから。
エドは一度俯いて、くるりとロイに背を向ける。
その拍子に、走ったせいで解けかけていたマフラーを落としてしまったが、エドはそれにも気づかず、
沈んだ様子でのろのろと足を進めて、近くの街路樹の陰に隠れるようにして立ち止まった。

「馬鹿大佐・・・・・・」

そう呟いた時、また彼女に向けて掛けられる――――声。



「落としたよ?」

はっとして声の方を振り向くと、そこには老婆。
その手には自分が巻いていた筈の白いマフラーが握られていた。

「あっ、すみません・・・・・ありがとう」

皺が寄った手から、それを受け取りペコリと頭を下げる。
が、マフラーを受け取っても、老婆は動かずにじっと自分を見つめている。

「あの?」
「大丈夫かい?」
「え?」
「泣きそうな顔してるよ?」

自分までもが悲しげに顔を歪める老婆に、エドは慌ててた。

「あのっ、えっと・・・・・」
「今・・・大佐って言ってたね?広場に居たマスタング大佐の事かい?さっき、見てただろ?」
「!?大佐を知ってるの?」
「あたしゃね、昔セントラル司令部の近くで料理屋をやってたのさ。
安くてボリュームがあってうまい!!・・・それがウリでね。若い兵隊さん達が良く食べに来てくれた。
その中に若い頃のあの人もいてね。友達の眼鏡の男と良く来てくれたもんさ」
「へぇ・・・・・」

眼鏡の友人というのは、ヒューズ中佐のことだろうか?
でも、若い大佐を想像しようとしても、あまりうまくいかない。
元々童顔だし、今とあんまり変わらないんじゃないだろうか?

「あの人がこっちに着任して間もなく、街中でばったり会ったことがあってね。
あっちはすっかり忘れてるだろうと思っていたのに、覚えていてくれたみたいでわざわざ近づいて来て挨拶してくれた。
大層偉くなったってのにさ、こんなばあさんに・・・・・いい人だよねぇ」
「アイツ、女の人に優しいんだよね」

そう言うと、老婆はおかしそうに笑った。

「昔からいい男でねぇ。その上女に優しいだろ?当時からモテてたよ・・・あの人」
「だろう・・・ね」

なんか想像できるよ。
そう言って笑い顔を作った子供だが、声が沈んでいるのに老婆は気づいた。
じっとエドをまた見つめる。


「あの人の事が好きなのかい?」


寄越された言葉に、エドは息を詰めた。
しかし、我に返って否定しようと口を開く。

「ち、違うよ!オレ――――」
「ああ、隠さなくてもいいよ。誰にも言わないからさ?
―――今はちょっと若すぎるからあんまり相手にされないかもしれないけど、諦めちゃいけないよ?」

だってさ、あんたとっても綺麗な顔してるよ!!もう1.2年すれば別嬪さんになること間違い無しだ!
しかもあの人好みだよ、あんた。綺麗な金髪、少しきつめの瞳・・・・・きっと気に入る。
だから、そんな顔しないで!!

――――――――そう言って、老婆は自分を慰めてくる。
だが・・・・・・その科白はまたも『女』と分かっている言い方。
思わず、エドの顔が泣きそうに歪む。
それをまた勘違いしたのか・・・老婆は困ったように思案顔になって、また言葉を続けた。

「そうだ!!もう少し可愛い格好してみなよ?年相応なのでかまわないから、女の子らしい服着てさ。
そうすれば、きっとあの人の目に留まる――――」
「オレ、女に見えるの?」
「?・・・・・だって、女の子だろう?」

何をあたりまえなことを聞くんだい?といった感じで、老婆は首を傾げる。
エドが何を言わんとしているか良く分からなかったような彼女だが、
エドをもう一度一通り眺めてから『ああ、自分が男の子っぽいのを気にしているんだね』と、老婆はそう結論づけた。

「ちょっと喋り方も荒いみたいだし、服も男の子っぽいしね。・・・男に間違われることはあるかもしれない。
でもさ、大丈夫。ちゃんとあんたは女の子だよ」

老婆はそう言って、エドの両頬に手を添えた。

「だって、あの人を見つめるあんたの顔は、ちゃんと女の子の顔だった」
「!?」
「・・・・・・・ちゃんと、恋する女の子の顔だったよ?
いくらちょっと男の子っぽいからって、あの顔を見て男だと思う人なんかいないって」

だからさ、自信持ちなよ?
自信持って、もっと可愛い格好もしてみなよ・・・・・絶対似合うから!!
そう言って、老婆はにっこりと笑った。

その時、遠くで老婆を呼ぶ声。
彼女の孫らしい少女は、通りの向こうでこちらに手を振って入る。
それに気づいて手を振りかえした彼女は、またエドにもう一度向き直って手をぎゅっと握り締めた。
『頑張りなよ!』
すっかり勘違いしている彼女は、そう励ましの言葉を置いて、孫のもとへと帰っていった。



残されたエドは呆然としたまま、街路樹の下に佇む。

『こい・・・する・・・・・・・女の顔?』

オレが・・・アイツに、恋してる・・・と?
だから、オレが女に見えると?

違う
そんなんじゃない
オレがアイツを好きなわけない

ぶんぶんと、頭を横に振って否定する。

違う!
違う!!
違う!!!

そう何度も心の中で繰り返しているときに、後からまた掛けられる、声。


「こんな所にいたのかい?」


聞きなれた、しかし、今一番聞きたくなかった声だった。




「・・・・・その後は、アンタのせいだってアイツに怒鳴りつけて逃げ出して。
一度掴まっちゃったんだけど、また逃げ出した時に、中尉達に会ったんだ」

全て聞き終えたリザは、最初の自分の予想が外れていたことに心底安堵しホッと息を吐いた。
だが、この問題・・・・・本人にとっては大問題だろう。
女性だという事がバレたこと、その原因が『あの人に恋しているから』だということ。
『恋』の話など、この年頃なら当り前にあるはずのことだが・・・・・・彼女には受け入れがたいのだろう。
なぜなら、この子は自らに『男』として生きることを課しているのだから。

「そうだったの」
「うん・・・・」
「エドワード君」
「なに?」

「大佐が、好きなの?」

その言葉に、エドはビクリと大きく肩を揺らして。
そして、視線を彷徨わせた後、口を開いた。


「わからないんだ」


誤魔化しではなく、心底そうおもっているのだろう。
揺れる彼女の心のうちが見えるようだ。

「最初は、それはあのおばあさんの勘違いで・・・単に年齢的に限界が来たのかなと思った。
いつもアルがいってたから。『姉さんも15歳・・・だんだん誤魔化しきれなくなってくるよ?』って」

でも・・・思い出したんだ。東方に向かう列車の車内での事を。
切符を確かめた車掌さんも、しおりを拾ってくれたおじさんも『坊主』ってオレの事を呼んだ。
ここに来るまでのオレは、ちゃんと『男』に見えてたはずなんだ。
なのにここについた途端、皆オレのことを『女』だという。
だから考えてみた。
東方に着くまでの車内のオレと、着いてから街を歩いていた時のオレと、何が違うのかなって。

車内のオレは、賢者の石の事を考えていた。
歩いていたオレは・・・・・・・・・・・・・・アイツの事を考えていた。


――――そう、気がついた。


「でもやっぱり・・・・・アイツを好きかなんて、本当に・・・・・よく、分からないんだ。
だけど、オレ・・・アイツのこと考えると、アイツの近くにいると―――――女に見える、みたい・・・・・」
「そう・・・・・」

どこか空ろに彼女は呟くようにそう言う。
自分の中でこの事実を消化し切れてないのだろう・・・・・
苦しそうな彼女に、リザは優しく問い掛けた。

「でもね、エドワード君・・・女性である事は、そんなにいけないことかしら?
恋をするのは、そんなにいけないこと?」

リザの問いかけに、エドは彼女の顔をじっと見つめて。
しばらくして、泣きそうな顔を一瞬してから、決意を込めたようにキッパリと言った。



「良いか悪いかわからない・・・・・けど、ひとつだけいえるのは、
――――――――――――どっちも、今のオレにとっては邪魔なものだという事だ」



そう、今のオレには不必要なもの。
アルの体を取り戻すまでは、女になんて戻りたくない。
恋なんて、しりたくない。

――――――でも、アイツの側にいるとオレは『女』になっていく――――――



だから・・・・・


「だから、もう東方司令部には必要以上近寄りたくない」
「エドワード君・・・・・」
「もう、ここには来ない・・・・・・・アイツの近くにはいかない」

少女の決意の言葉を聞きながら、リザは思う。

彼女は頑なに、自分に『男』として生きることを課している。
・・・・・それは、多分弟への負い目がそうさせているのだろう。
彼女の弟は人ならざる姿で生きることを余儀なくされてしまった。
それに責任を感じているから――――――彼女は無意識に自分にも枷を嵌めてしまっているのだ。

リザは黒髪の上司に心の中で呟いた。


『大佐、あなたは時期を誤ったかもしれません。急ぎすぎてしまったのかも――――――』


そうリザは心中で呟きながら、すっかり俯いて口を閉ざしてしまった少女を抱きしめた。



******



「じゃ、エド君・・・・・気をつけてね」
「うん。色々ありがとう・・・中尉」

次の日の早朝。
二人はイースト駅のホームで、始発列車を待っていた。

あの後、二人で一緒にベットに入って眠った。
リザが抱きしめるようにしてやると、やはりエドは精神的に疲れていたようで・・・スッと眠りについていった。
そして、朝――――物音に気づいてリザが目を覚ますと、少女は既に着替えていた。

『始発でリゼンブールに帰る』という少女に、
『今日は私も休みだし、もう少しここに居たら?』と誘ってはみたのだが・・・・・
彼女は一刻も早くこの地から去りたいと思っているらしく、首を横に振った。
そんなエドに内心でため息をつきつつ、『では、見送りくらいさせて?』と申し出て、今にいたる。



「エド君・・・・・あんまり思いつめないでね?」
「うん、ごめん。心配かけちゃったよね・・・・・でもさ、中尉は・・・・・大丈夫?」

どこか心配そうに窺ってくるエドに首を傾げて見せると、言いづらそうにくぐもった声が返ってくる。

「中尉・・・・・アイツに怒られたりしないよね?」

どうやら、エドが帰るのをただ見送ってしまったリザが、ロイに責められたりしないか心配しているようだ。
こんな時にもこちらを気遣ってくる少女に、リザは笑顔を返した。

「平気よ。・・・・・・・・・・私を誰だと思ってるの?」

そうウィンクしてくるリザに、エドは目を瞬いて。
そして、やっと笑顔を見せた。

「そうだよね、中尉がアイツに負けるわけないか」
「ふふ、わかってくれたらいいわ。あなたは余計な心配はしなくて良いから、気をつけて帰って?」
「うん、じゃ行くよ!」

そう言って、先ほど滑り込んで来た列車に乗り込む、エド。
窓側の座席につくと、窓を開け放って身を乗り出して、もう一度リザに別れの挨拶をする。

「じゃーね、中尉!ケーキ美味しかった!」
「嬉しいわ。じゃあまた作ってあげるわね?・・・・・・エド君」
「なに?」
「今は無理にとは言わないわ。
だけど・・・・・・目的が達せられたら、女性として生きる事・大佐との事、もう一度考えてみて?」
「!?」
「ね・・・・?」
「うん――――――」


その時が来たら、ね。
エドがそう小さく呟いた時、列車はゆっくりと滑り出す。


「あと!!ここに来れなくても、私には連絡を頂戴ね!!」
「うん!!わかった!必ず手紙書くから――!!」

エドは大きく手を振って、そして列車はスピードを上げていった。




「いってしまったのか」

エドが乗った列車が見えなくなった頃、後から掛けられた声にリザは驚いたように振り向いた。
そこには、沈痛な面持ちで黒髪の上官が立っていた。

「どうしてここに?」
「昨日、彼女は『もうここには来ない』と言っていた」

だから、もしかして朝一番に立ってしまうのではないかと思って、来て見たんだ。
ロイはそう言って、エドが乗った列車が行ってしまった方向をみつめた。

「申し訳有りません、あなたにお知らせできなくて」
「いや・・・・・・彼女は、昨夜なんと?」
「―――昨日、私はあなたの部下としてではなく、”女性同士”として彼女の話を聞きました。
だから、あの子も素直に話してくれた。・・・・・ですから、それをあなたに詳しく伝える事はできません」
「中尉・・・・・」
「ですが、ひと言だけ・・・・・・・・・時期尚早だったのではないかと」
「時期尚早?」
「あの子はまだ15歳です――――そして、年齢にあわない重い物を背負っています。
・・・・・・・・・・普通の・・・年相応の少女ではいられないくらいに。」
「―――――そう、か」

それである程度のことを察したようで、ロイはそれ以上追求する事はなく、押し黙った。
そして、再びエドが去っていった方向を見つめる。
そのまま動こうとしないロイの背中を、リザは少し辛そうに見つめて。
でも、すぐに表情を戻して、彼の背中に声をかけた。

「では、大佐。私は非番ですので、これで」
「ああ」

リザが動いても、ロイはそのまま動かずにいた。
去って行く足音が小さくなってから、ロイはやっと小さく呟いた。

「それでも」



―――――それでも、彼女の背負っているものごと、抱きとめてやれたら―――――



そう思っていたのだよ。




誰もいなくなったホームに、ロイの呟きが消えていった―――



『空から色々降ってきた・5』





や、やっと終った!!
ダラダラと長引いて申し訳ない。
しかも、こんなオチで申し訳ない;
どうぞ見捨てず、最終話までお付き合いのほどを<(_ _)>



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