言葉を失うロイに、エドは皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「気が済んだかよ?」
「・・・・・」
その問いに返事をしあぐねて、ロイは黙りこんだ。
目の前に見えたものが真実だろうが、十中八九自分の考えは当っているだろうと思っていただけに、簡単には納得できない。
そんな様子のロイに、エドは溜息をついた。
「・・・気がすまねぇみたいだな」
呆れたようにそう言うと、エドはクイッと人差し指を動かしてロイを誘う。
ロイが歩みを進めて前に立つと、エドはタンクトップを自ら引っ張って、胸元を広げて見せた。
それを上から覗いたロイは、しばらく見つめた後、大きな溜息をついた―――――
『見知らぬ、君』・・・10
「すまなかったな・・・・・」
ソファーに深く身を沈めたロイは、落胆の色を浮かべながら・・・謝罪した。
そんなロイに、ジャケットの止め具を止めながら、エドはしれっとした態度で答える。
「納得してもらえて何よりだ・・・気色悪ぃのは変わんねぇけどな?」
「・・・・・すまん」
「アンタさ、夢でも見てたんじゃねぇか?」
「―――夢?毎日?しかも起きている時間に?」
「白昼夢ってやつもあるだろ?働き過ぎで頭がおかしくなって・・・って、サボリ魔のアンタじゃありえねぇか?」
エドは身支度を整え終わると、そう言って肩を竦め、背を向けた。
「・・・・・どこへ行く?」
「ここにいると、頭の沸いた上官に襲われるかもしんねぇからな?キズモノにされる前に避難するよ」
―――しばらく、俺に近寄るな。
冷えた視線でこちらを一瞥すると、エドはさっさと部屋を出ていってしまった。
その後ろ姿を見送って溜息をつくロイに・・・・・リザが声を掛ける。
「大佐・・・先ほどの話は本当でしょうか?」
「・・・・・・・少なくとも、嘘はついていないよ」
―――私は、確かに彼にそっくりな少女に連日会っている。
そう静かに答えるロイを、リザはじっと見つめた。
「・・・・・・・やはり、調べますか?」
彼女の瞳は真剣なものだった。
どうやら、ロイの態度に虚偽ではないと思ったらしい。
冗談やからかいの類でないとすれば、副官としてすべき事は、主の安全を確保する事。
指示を仰ぐリザに、ロイは少し考え・・・首を横に振った。
「そうだな・・・・・いや、いい」
「大佐?」
「少なくとも私に危害を加えようとして近づいた者ではないよ。その辺は私の勘を信じてくれたまえ」
「ですが・・・不審なところがあるのでしょう?」
「まぁそうなんだがね・・・でも、他の者が入ると、ますます彼女が遠ざかる気がする」
自分の素性を決して明かそうとしない少女。
・・・他の者が介入すれば、彼女はもう自分の前に姿を現さないような―――そんな気がした。
「・・・・・彼女の秘密には、私自ら近づかなくては」
ロイはそう言って瞳を閉じた。
******
「今日の演目も面白かったね!あの道化の役の人が凄く・・・・・・ロイ?」
今日も舞台を観劇した後、街灯が照らす夜の街を歩いていた二人だったが・・・
先ほど見た舞台の感想を興奮したように話していたエディは、うわのそらなロイに気がついて、首を傾げた。
「あ、ああ、すまん・・・・・・少し考え事をしていてね」
そう答えると、エディは可愛らしく頬を膨らませた。
「オレと一緒じゃ、楽しくない?」
拗ねたようにそういうエディに、ロイは慌てて首を振って見せた。
「そんな訳ないじゃないか?・・・楽しいよ」
「・・・・・本当に?」
「もちろんだとも」
真面目な顔で答えると、じっと見つめていた彼女はぷっと吹き出した。
「ん〜。今回はそう言う事にしてあげる!」
ウィンクと共に彼女は悪戯っぽく笑って、また踊るように歩き出した。
可愛い仕草と、街灯に照らされてキラキラと輝く金糸に目を奪われる―――
しばし見とれた後、ロイは溜息混じりに呟いた。
「・・・・・本心なんだがね?」
彼女の背を見つめて、ロイはそう切なげに呟いた。
彼女といると楽しい――――本当に『本心』だ。
最初は彼に似た彼女に興味を持ち。
次に謎めいた彼女の秘密を暴きたいと、近づいて。
―――――今では、すっかり心を奪われてしまった気がする。
彼女の秘密を知りたい。・・・その気持ちは今も変わらない。
だが、それは最初の頃のように「自分に何故近づいてきたか知るため」だけではない。
彼女の秘密を知りたい・・・・・
その一番の理由は、『このままでは彼女が確実に自分の前から消えてしまう日がくる』からだと、昨夜気がついた。
彼女を失いたくない。
それには、彼女が何者かを知らなくてはならない・・・・・
彼女に惹かれていくその想いが一日ごとに重なり―――
いつしか秘密を探ろうとする目的は、変化していた。
『だが・・・・・どうしたものか』
最初は彼が偽っているのだと思い。
次に、別人だと思い直した。
だが、付き合っている内に、やはり彼じゃないかと思いはじめ・・・
最後には、確証はないのに『彼女は彼だ』と確信めいたものを感じていた。
――――それなのに、今日見た彼の体は、完全に男性のものだった。
『鋼のではないとしたら、彼女はいったい誰だというのだ』
他人の空似・・・・・・・だというのか?
じっと見つめていると、エディはまた口を尖らせた。
「また他の事、考えてる・・・・・」
「あ・・・いや・・・・」
「もしかして、『はがねの』のこと?」
「!」
目を見開くロイをじとりと見つめ、エディは溜息をついた。
「ねぇ・・・もし、オレが『はがねの』なら、なんなの?」
「エディ・・・・・」
「その人に騙されているかと思って心配してるの?その人はロイを騙して寝首をかくような人?」
「いや、彼はそんな人間じゃない」
「なら、何をそんなに気にしているの?」
彼女はそう言ってロイを睨みつけた。
「オレは、『はがねの』なんて知らない!・・・オレはただ、アンタに一週間だけ恋人になって欲しいだけだ!アンタを騙して不利益をもたらしたり、その後しつこく付きまとったり・・・絶対しない!」
だから、『はがねの』じゃなくて、オレを見てよ!
そう叫ぶエディをじっと見つめて、ロイは静かな声で呟いた。
「・・・一週間じゃ嫌になったと言ったら?」
「え?」
「私が、一週間で君を手放すのに耐えられなくなったとしたら?」
「ロ、ロイ・・・なに言って・・・・・」
動揺して後ずさりする少女の腕を、捕まえる。
「私が君のことを本気で愛してしまったとしたら・・・どうする?」
エディの瞳を見つめて、そう言った――――