「・・・よぉ、大佐。久しぶり―――うわっ!?」
名前を呼ばれ、いつものように返した少年は、次の瞬間小さな悲鳴を上げた。
何故なら、ツカツカと大股で近寄ってきた男が、急にコートの襟のあたりを掴んだからだ。
「な、なんだよ!?」
少年の抗議を無視して、男はコートを肩から引き下ろす。
そして、次に彼のジャケットの胸の止め具に手をかけた。
―――パチンという留め具が外れる音。
左右の襟に、両手がかかる。
『これで、分かる』
その思いを胸に、彼は目的を果すため、手に力を入れた。
『見知らぬ、君』・・・9
そして、エドの両襟は大きく開かれ・・・・・・ずに、止まった。
何故なら、襟を少し開いたところで、ロイの腕がぴたりと動かなくなったからだ。
目的を果たすことなく止まった彼の後ろで、ひんやりとした声色が響く。
「大佐・・・・・気でもふれたましたか?」
後頭部にゴリ・・・と押し付けられた、冷たい感触。
ゴクリ・・・と一つ喉を鳴らして。
ロイはエドのジャケットから手を離して、そろぉりと両手を上げた。
******
「いったい、何事なんですか?」
驚いたまま固まっているエドの服をやさしく直し、整えてやってから、リザは冷たい声色でロイに問いかけた。
その氷の視線を向けられたロイは、冷や汗を垂らしながら弁明する。
「いや、その・・・ちょっと確認を」
「何故大佐が、力ずくで服を取り去ってまで『少年の体』を確認しなければならないのでしょうか?」
エド、ではなく『少年』というところに力を入れて言い放つ副官に、ロイは顔を引きつらせる。
「中尉・・・誤解の無いようにいっておくが、私は『少年の体』に興味があるわけではない。鋼のの体がちょっと見たかっただけ・・・」
弁明しようとそう言ったのだが―――
言葉が悪かったようで、リザだけに留まらず・・・そこにいたすべての者が冷えた瞳を向けてきた。
「大佐ぁ・・・そりゃあ、ちょっとマズイでしょう?」
「まぁ、趣味は人それぞれではありますが、未成年に強要するのはいかがなものかと?」
「大佐が、そんな人だったなんて・・・・・ショックです」
「とうとう女に飽きちまったんですかー?」
次々と寄越される側近からの非難の声に、ロイは額に怒りマークを浮かべて反論した。
「妙な捉え方をするな!私は別に少年に性対象を移したわけじゃない!!」
「・・・少年趣味じゃないけど、エドは別ってことですか?もしかして『純愛』だとか言い出すつもりですか?」
うげ、と。気味悪げに見るハボック。
「だから、そっちの捉え方をするなと言ってるだろうがっ!」
それに青筋立てて怒鳴り散らしてから、ロイは疲れたように側にあった椅子にドサリと座った。
「そんなんじゃなくて、私はただ、確めたいだけなんだ・・・」
「何を、ですか?」
返ってきたのは、クールな副官の声。
ロイは彼女の顔を見上げ、そして側近達の表情を見てから・・・バツが悪そうに渋い顔をした。
『ここで誤魔化せば、また誤解を招く・・・・・か』
仕方あるまい。
ロイは、ふう・・・と大仰にため息をついてから、向けられる視線達と対峙した。
「実は・・・ここ最近出来た恋人がいるんだが」
そう言うと、また側近達が反応する。
「うわ、また新しい人っスか!?」
「次々と、まぁ・・・・・」
「大佐って本当にもてるんですねぇ」
「羨ましい限りではありますな・・・これで長続きすれば尊敬するんですが」
「・・・・・・お前達がまことしやかにそんな事を言うから、妙な噂が広がるんだ!」
ロイは、投げられた言葉に噛みついた。
自分はそれほど女をとっかえひっかえしている訳ではない。
確かに女性と食事をする機会は多いが、実際は『仕事がらみ』がほとんどだ。
有力者へのご機嫌取りや高官の娘のおもり。
甘い恋・・・どころか、腹を探りつつの猿芝居。
誰かが代わってくれるなら、大喜びで交代してやりたい。
それなのに、人の苦労も知らずにコイツらが面白おかしくいいまわるから、「ロイ・マスタングは稀代の女たらし」などという噂がまことしやかに広まるのだ。
そして・・・その『噂』を、やっとフリーズ状態が解けた目の前の少年も、うのみにしている。
『まったく、勘弁してくれ・・・・・』
今まさに冷たい視線を向けているエドを目の端に捕らえながら、ロイは不機嫌に側近達を睨みつける。
・・・・・・それでも、彼らにはあまり効果がなかったりするのだが。
もう一言何か言ってやろうと口を開きかけた時―――先にりザの声が響いた。
「貴方達、話が進まないわ。少し黙って?」
「「「「アイ・マム!」」」」
「大佐、続きをお願い致します」
自分が一言言うと罵詈雑言が返ってくるのに、りザの言葉ではピタリと黙る側近達を忌々しく思いながら・・・ロイは話を続けた。
「それが、実に秘密の多い女性でね。彼女の秘密に近づきたくて・・・つい、ね」
「・・・・・・その女性とエドワード君と、何か関係が?」
「似てるんだ」
「その女性とエドワード君が似ているのですか?どの辺りが・・・・・?」
「すべて」
「え?」
「顔・髪・背格好・声・・・喋り方から、その珍しい瞳の色まで―――すべて、だ」
流石に驚いた顔のリザから視線を外して、ロイはエドに瞳を向ける。
そして、ゆっくりと立ちあがると、彼の前まで進んだ。
前に立つと、座っているためいつもより低い目線にある瞳が、戸惑ったようにこちらを見上げた。
「似過ぎているんだ。・・・・同一人物だと言われれば、手放しで納得してしまいそうなほどに」
「・・・・・・・・」
「知りたいんだよ、真実を」
独り言の様にロイは呟き、彼女と寸分変わらぬ色をした、その瞳を見つめた。
「教えてくれないか・・・・・・・・・・・・・・・エディ?」
金の瞳が、真っ直ぐにこちら向けられた。
「・・・・・気色わりぃ呼び方すんな」
聞こえてきたのは、ムッとしたような声。
ロイは、それにしれっと返す。
「そう呼べと、言われたんだが?」
「俺がいつそんな事いったってんだ?」
「言わなかったかい?」
すました口調でそう返してくるロイを、エドは睨みつけた。
「つまり・・・・・俺が女のフリしてアンタを騙していると?」
不機嫌そうにそう聞くエドに、ロイは首を横に振る。
「いや、『女のフリ』をしているとは思っていないよ。・・・だって、彼女は確かに女性だった」
ロイの科白に、リザが顔を顰めるのが見えた。
事情はよく飲みこめていないものの、ロイがエドと同じ年頃の少女の性別を『確認』しているという事に不快感を感じたのだろう。
だが、今度は銃口を向けられる事はなかったので、ロイは構わず続けた。
「・・・・・だから、私を騙しているとすれば『男のフリ』じゃないかね?」
「誰が女だって!?・・・だいたい、アンタいつだったか俺の体見たじゃねぇか!」
「ああ。確かに見たし・・・その時の君の体が少女のものとは思えなかった。だが・・・あれから変わったんじゃないかと思ってね?」
「・・・何言ってんだ?」
「色々考えたんだ。彼女は確かに女性で・・・腕も足も機械鎧ではなく、生身だった。そして、以前見た君の体は、確かに男だった。普通に考えて、同一人物ではない」
「なら、別人なんだろ」
面倒くさげに言い捨てるエドを見つめて、ロイはキッパリと言った。
「だが、どうしても別人だとは思えない」
驚いたような顔で黙りこんだエドに、ロイは静かに言葉を続けた。
「君・・・もう一度人体練成を行なったんじゃないのか?腕と足を取り戻し・・・そして、理由は分からんが、性別も変わった。・・・それとも、実は元々女性で、失っていた女性の部分を取り戻したのかもしれんが?」
私の仮説は当ってるかね?
そう言うと、こちらをじっと見つめていたエドが、突如肩の力を抜き、ふう・・・とため息をついた。
「鋼の?」
「・・・・・・答え合わせ、してやるよ」
そう言うなり、リザが直してくれた襟元の止め具を自らパチンと外した。
そのままジャケットを脱ぎ捨てて、ロイを見上げて腕を開く。
それと同時に、ロイの目が大きく見開かれた。
驚愕の表情を隠さず、言葉を失う彼に―――
エドはいつもの不敵な顔で言い放った。
「ハズレだ」
残念だったな?
タンクトップ姿で肩を竦める見せる彼の右腕は、ニブイ金属の光を放っていた―――――