室内に、カリカリとペンを走らせる音だけが静かに響く。


だが程なくそれは止み、その音を作り出していた者―――ロイはペンを置くと、受話器を取った。
受話器を置いて、数分後ドアがノックされる。
入室を許可すると、金髪をキリリと結い上げた女性、リザ・ホークアイ中尉が入ってきた。
―――デスクの前で、ピシリと敬礼する。

「お呼びでしょうか?」
「書類の確認を頼む」
「失礼します」

リザは差し出された書類の束をパラパラとめくっていたが、やがて彼女には珍しく・・・仕事中にも関わらず、笑顔を見せた。

「はい、結構です。全て揃っています。・・・・・お疲れ様でした」
「ああ。・・・・・ところで、頼みがあるのだが」
「はい?」
「この後、早退したい」
「早退ですか?」

リザは訝しげにロイを見つめた―――――




『見知らぬ、君』・・・8




リザは少し首を傾げた後、持っていたファイルをパラパラとめくり、そしてロイに視線をむけた。

「この後、特に予定は入ってはおりませんので結構ですよ」
「すまないね。埋め合わせは後でするから」
「いえ。―――ところで、どちらへ?緊急の場合もありますので、差し支えなければ行き先お聞きしておきたいのですが?」
「行き先か・・・・・特に宛はないんだが」
「え?」
「・・・・・実はね、探している人物がいるんだ」
「―――――調べますか?」
「いや、ごく個人的なことなのでね。君の手を煩わせるのは申し訳ないよ」

そう苦笑すると、ロイは立ちあがってコートを手に取った。



今日は、早めに出てエディがいつも消える方向を調べてみようと思っていた。
・・・彼女の話を信じるなら、何処か裕福な家で行儀見習をしているということになる。
めぼしい所は仕事の合間に地図であたりをつけてあるので、その周辺で聞きこんでみるつもりだった。

『まぁ・・・嘘というのも十分考えられるがな』

だが、毎日会いにきてあの時間に帰って行く所をみると、待ち合わせの場所からそう遠くに居る訳ではないだろうと推測できる。
―――となれば、見つけられるかもしれない。

『なにせ、彼女は目立つからな・・・・・』

本人はあまり自覚していないようだが、彼女の容姿はかなり目立つ。
あたりをつけた場所の近くの店などで聞いてみれば、案外手がかりはつかめそうだとロイは踏んでいた。

『ただ・・・・・・彼女が消える方向に住んでるとは限らないがな』

彼女は待ち合わせ場所に必ず私より早く来て、待っているし。
帰るときは、私をまくためにワザと違う方向に消えるのも考えられる。
だが、待ち合わせの店の近くに約束の時間より前に潜んでいれば、彼女がどの方角から来るかは、今日中に確認する事ができるだろう。

――――そんな事を考えながら、ロイはリザに振りかえった。



「取り合えず、市内から出る事はないから。後で一度連絡も入れよう」
「了解しました。お疲れ様でした」

リザがもう一度敬礼した時、執務室のドアがノックされた。
入室してきたのは、ハボック。

「大佐、失礼します・・・あれ、もうお帰りっスか?」
「ああ、ちょっと用事があってな・・・お前の用件はなんだ?急ぎか?」
「あ、いや・・・仕事じゃないんスけど。・・・美味そうな茶菓子もらったんで、ティ―タイムなんてどうかなーと思いましてね、お伺いに。」
「出かけるから私はいい。・・・ところで茶菓子の出所は?誰か来たのか?」

鞄にファイルなどをしまいながら何気なく聞き返したロイだったが・・・
返ってきたハボックの答えに、ピタリとその手を止めた。

「鋼の大将が久々に来たんスよ。そんで、土産にケーキ持ってきてくれたんで・・・」
「・・・・・・・・鋼の?」
「ええ。そのケーキがすごくうまそう・・・・・うわっ!?」

急に胸倉を掴まれたハボックは、驚いた表情でロイを見た。
射殺さんばかりの視線で見据えられ、思わずゴクリと喉を鳴らす。

「た、大佐・・・?」
「鋼のが来ているというのは、確かだな?」
「は、はい。今オレらの詰所に・・・・・」

冷や汗を垂らしながら答えるハボックから手を離し、腕に掛けていたコートを放り投げ。
―――ロイは、部屋から出ていった。

「・・・・・なんなんスか?」
「わからないわ・・・・・」

後に残された側近二人は、呆然と呟いてドアを見つめた――――



******



そのままエドが居るという部屋に向かったロイは、
ドアノブを回す時間も惜しいといった風に、乱暴にドアを開け放った。
そこには――――

「あ、大佐。仕事片付きましたか?」
「コーヒーでいいスか?」
「ケーキ、どれにしますー?えっと、チーズケーキとミルフィーユとモンブランと・・・」

ハボックに呼ばれて茶を飲みに来たと思っている側近達が代わる代わる声をかけるが、それに答えることなくロイは一点を見つめた。
見慣れた三つ編み。
赤いコート。
―――――まごうことなき、鋼の錬金術師。


「鋼の・・・・・」


名を呼び、見つめる。


「・・・よぉ、大佐」



――――――久しぶり。



視線の先の彼は、いつものように不敵な笑みを浮かべた。



                           



エディではなく、エド登場v
・・・関係ないけど、私はモンブランが一番好き♪



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