夜の街灯の下で―――
少女はまるでダンスをするように、くるりと回ってこちらをみた。
フレアスカートが、ふわりと丸みを持ってふくらみ・・・また、しぼむ。
――――それに、思わず見とれていると・・・少女の陽気な声が耳に届いた。

「楽しかったー!!俺、お芝居ってはじめて見たけど、結構面白いな」

言葉だけは、まるで少年のよう。
だが、そう言って街灯の下で微笑む姿は、舞台上でスポットライトを浴びていた姫君のように、美しい。
『いや、それ以上かな?・・・』
ロイはクスリと小さく笑うと、ロイは一歩進み出て少女の手をとった。


「あなたに喜んでいただけてなによりですよ・・・・・姫?」


そう少女に囁やいて。
先ほど舞台で見た王子よろしく、その白い手の甲に恭しく口付けを落とした――――




『見知らぬ、君』・・・7




エディに出会ってから4日、『恋人』になってから、三日目。

今日は彼女を劇場に連れていった。
丁度女性に受けそうな王子や姫君が出る舞台をやっていたので、昼の間にチケットの手配をしておいたのだ。
普通の女性であれば、喜んでくれる事間違い無しだが・・・果して彼女はどうだろうか?
容姿とは裏腹に中身は『男前』な彼女。
劇場を出た途端ブーイング・・・・・なども有り得るか。
―――と、思っていたのだが。

「なぁ!明日も行こう?」
「よほど気に入ったのだね。・・・だが、確か明日の演目は違ったと思ったが?」
「同じのじゃなくてもいいよ!『舞台を見る』なんての自体初めてだから、すごく面白かったんだ」
「そうか、ではそうするとしようか。しかし・・・気に入ってよかった。実はね、見終わった後の苦情も覚悟してたんだがね?」
「苦情?なんで?」
「演目がね・・・苦手分野かもしれないと思ったんだ」

いかにも女性向・・・だったからね?
そう言って苦笑すると、エディは可愛らしく頬を膨らませた。


「どうせ、女らしくないよ・・・」


フイッと顔を背ける彼女に苦笑して。
少し考えた後―――背中から、抱きしめた。

「すまない。だが、こうして拗ねる姿はたまらなく可愛いがね?―――それに、さっき街灯の下で回った時は、舞台女優かと思うくらい女性らしくて美しい仕草だったよ?」
「・・・くち、上手いんだから・・・・・」

抱きしめられたせいか、言葉のせいか・・・エディはほわりと頬を染めた。
そのまま顔を赤くして大人しく腕の中に収まっていた少女だったが・・・突然ロイの腕の中でくるりと回って、自分からも抱きつく。
そして、少し驚いたような黒い瞳を見上げて、悪戯っぽく笑った―――


「でも、許してあげる。・・・・・・・・恋人だしね?」
「それは光栄至極」


ロイもおどけてそう答えて、二人で笑いあった。




腕の中の笑顔を見ながら、思う―――

『不思議なものだな』

出会ってから、たったの4日。
一応『恋人』という名目になってから、3日。
それなのに――――こんな風に恋人として振舞っていると、ずっと以前から一緒に居るような気にさえなる。

『あの子と同じ顔というのが大きいだろうが・・・な』

良く見知ったあの子と寸分変わらぬ顔。
同じ声。
なのに―――その行動だけが、違う。

あの子が恋愛をテーマにした舞台を喜ぶとも思えないし。
あの子がこの様に私に抱き着いて甘えるなど有り得ない。
だが―――秘密を暴こうと今日も観察していたが、決定的なものは見つけられなかった。

「ロイ?」
「あ、ああ・・・すまない。君があまりに魅力的だから、見とれてしまったよ」
「やだぁ、ロイったらv」

少女はそうクスクスと笑うと、腕の中を抜け出して、また歩き出す。
夜の町をダンスするような軽いステップで進む少女は、時折後ろから付いてくる男をくるりとターンして、振りかえる。
――――また、スカートが花びらの様に広がった。


「ロイ!」


「・・・・・・・・・・・・・・なんだね?」

それを見ていたら・・・返事をするのが、少し遅れた。


「今日はありがとう・・・ロイと一緒にいられて嬉しかった!」


だがそれを気にする風も無く、少女はそう言って笑った。
その嬉しさが溢れるような輝く笑顔は―――とても、芝居に見えなくて。
思わず、錯覚してしまいそうになる。



――――彼女が、本当に自分に恋をしているのではないかと。



『困った・・・・・な』

ロイは心の中で呟いた。
恋人ごっこをはじめて、たった三日だ。
彼女が何者かも、まだわからない。
―――それなのに、彼女に惹かれ始めた自分を自覚せずにはいられない。

『彼女の正体を暴こうと思っていたのに・・・これでは、ミイラとりがミイラ、だな』

仕事中もついつい彼女のことを考えてしまう。
それは、彼女の正体を暴きたいからだと思っていたが・・・この感情はそれだけではない。
先ほどから彼女を目で追う自分の心理を、そう自己分析をして。
ロイは俯いて、密やかにため息をついた。
そして――――地面を見つめながら、思う。

『だが・・・・・惹かれはじめているからこそ、正体を確めねば』

彼女は、彼なのか。
彼では無かったとしても、このままでは彼女は後4日で自分の前から消えてしまう。
どちらにしても、彼女の秘密を暴かなければならない。
―――ロイは、疼く思いを一旦押えて、またにこりと笑顔を張りつけた。

「エディ」
「なに?」
「今夜は君を放したくないな」
「え・・・・・」
「朝まで一緒にいてくれないか?」

もう一度抱き寄せて、エディの覗きこんだ。
金の瞳が、困惑した様に揺れる。

「ロ、ロイ・・・あの、でも・・・・・」
「君は私の恋人だろう?・・・そう君が言ったんじゃなかったか?」


それとも、私が怖いかな?


耳元に囁くと、腕の中の体がピクンと跳ねた。
そのウブな仕草にクスリと笑い、ロイはエディを解放する。

「・・・・・まぁ、冗談はこれくらいにして」
「じょ・・・!?てめっ!!」
「ははは、怒らないでくれたまえ。―――君のご所望だったろう、『恋人』らしく振舞うのは?」
「そうだけど・・・・・底意地、わりぃぞ?」
「すまないね。・・・では、お詫びに送っていこう」

彼女の手を取って、歩き出す。

「ちょ、ちょっと!」
「ん?家はどこだい、どっちに向かえばいい?」
「いらねぇって!」
「遠慮するな」
「も、人の話聞け!!」

エディはロイの手を振り払って、数歩離れた。

「昨日も言っただろ?送らなくていいよ」
「何故だね?・・・送られたらマズイことでもあるのかい?」
「・・・・・言ったろう?俺、一応抜け出して来てんだよ。男連れでイチャイチャしながらなんて帰れるか!」
「だが、婚約者は『浮気公認』なのだろう?」
「そりゃそうだけど・・・俺が世話になってる家の人はそんな事情は知らないからさ、婚約者じゃなくてそっちに見つかるのが面倒なんだよ。・・・とにかく、送ってくれなくていいから!」

これ以上の論議は無用!
そんな感じで話を締めくくるエディに、ロイはやれやれと頭を振って見せた。

「女性を一人で帰すなど、私のポリシーに反するんだがね・・・だが、これ以上君を困らせるのも本意ではないし、今日は引こうか」

残念そうにそういうと、エディは少しホッとした様子で・・・ロイを見上げた。

「そんなに心配すんなって!オレは平気だから。・・・・・んじゃ、また明日!」

そう言ってひらりと身を翻して走り出すエディ。
その背中に、ロイは声をかけた。


「ああ、また明日!・・・そうだ、鋼の。明日の待ち合わせはもう30分遅くても構わないかい?」


その言葉にエディは立ち止まって振向いた。
笑顔でこちらに手を振って、叫ぶ。

「うん、今日より30分遅くね?わかった―!・・・・でもね、ロイ」



オレ、『鋼の』じゃないよ?



彼女はロイを見つめて、そう言って。
『名前間違えるなんて、失礼だぞー?お詫びに明日はいっぱい奢ってね!』と笑って・・・
闇の中に消えて行った。

「ふむ・・・やはり、一筋縄ではいかないか」

ロイはエディの消えた方向を見つめてそう呟いて。
そしてロイもまた、エディとは反対方向の闇へ消えて行った。



******



ロイの気配が完全に消えた街頭の下に、路地から影が滑り出てくる。
灯りに照らされた姿は―――――先ほど立ち去った筈の、エディ。
どうやら適当なところで曲がって引き返したらしい彼女は、ロイが今日は本当に帰ったらしいことを確認して、ホッと息をついた。
そして、ポツリと呟く・・・・・


「・・・やっぱ、怪しまれてるよな・・・ぁ」


ふぅと、ため息をつく。

「困ったな。・・・・・本当は、この辺で引くのが良策なんだろうなぁ」

でも・・・と、エディは街灯に照らされた地面を見つめた。

「・・・・・・もう少しだけ、側にいたい」



もう少しだけ、本当にもう少しだけだから。
――――――――――だから、オレの秘密を暴かないで。



エディの小さい呟きが石畳に零れ落ち、消えて行った・・・・・・

                           



ロイがあっさりと傾き始めました(笑)
き、急過ぎるかな・・・エディが可愛い過ぎるから!ってことで、なんとか。(激汗)



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