ピアノの音が優雅に流れるレストランで、一組のカップルが食事をしていた。
一人は、黒髪に秀麗な顔・・・そして、黒い瞳に力と艶を感じる青年。
もう一人は、輝く金髪の天使のように可愛い小柄な少女。
その瞳までもが黄金で、見つめていると誰もが引きこまれそうな魅力を持っている。
そんな二人が一緒にいれば、嫌が応でも注目を集めるもの――――
まわりの客はチラリチラリとその美しいカップルを見つめていた。
少女は、本日の魚料理・舌鮃のムニエルを食べているようだ。
フォークとナイフを持つ手は、まるでしらうお。
それが優雅に動いて、紅く色づいたふっくらした唇に魚を運んでゆく。
あくまでも上品に小さく開けられた口は、愛らしく――――。
美しい者は、食事する姿さえ美しいのだな・・・と、まわりの客は小さく感嘆のため息を漏らした。
だが―――それが何度となく繰り返されるうちに、少女の顔が何故か曇っていく。
それにまわりの客が気付き始めた時、とうとう少女は顔を盛大に顰めて、言い放った。
「だーっ!もう、めんどくせぇ!!」
・・・・・はい?
先ほど感嘆のため息を漏らした客達の動きが止まる。
その者達は、まるで瞬間冷凍されたようにしばしそのまま固まっていたのだった――
『見知らぬ、君』・・・6
客達の反応を気に留めるでもなく、少女はしかめっ面のまま、向いに座る男を見た。
「なんでこんなに小骨が多いんだよっ!!少しづつしか食べらんなくて、イライラするっ」
「・・・魚なんだから、小骨があって当たり前だろう?大体、君が自分で頼んだんじゃないか。魚の食べ方の復習するとか言って」
「だって、昼に習ったのはこんな面倒くさい魚じゃなかった!!大体、俺腹減ってんだ!すきっ腹抱えて、こんなにちまちま食ってられっか!」
ぷうっっと、頬を膨らます姿は本当に愛らしい。
愛らしいのだが・・・・・・ビジュアルと言動のギャップがありすぎる。
まわりの客がひっそりと涙している中、エディはじっとロイの皿を見た。
「俺、そっちがよかったな・・・・・」
ロイ、とっかえて?
強請るように上目使いで見上げるエドに、ロイはため息をついて・・・それでも、皿を取り替えてやった。
「やっぱ、肉だよな〜♪」
嬉しそうにステーキ肉を頬ばるエディを見ながら、苦笑する。
『ほんと・・・・喋らなければ天使なのだが』
―――そんな所も、あの子と同じだ。
黙って立っていれば、美少年。
着飾れば、どこぞの王子かと思われるほど。
・・・それなのに、喋ると出てくるのは悪口雑言。
美しい王子様は、しゃべった途端に悪ガキに変貌するのだ。
『勿体無い事だ』
そう思いつつも・・・だからといって、幻滅することもない。
彼女にも―――女の子なのだから、その言葉使いはないだろう?とは思いつつも。
次の瞬間、美味しそうにステーキを頬ばる君に、つい口元には笑いが浮かんでしまう。
『彼』も、私の側近達に『お前口ワリィなぁ』などと呆れられながらも、好かれていた。
そして、彼女も。
ロイは、さりげない仕草でまわりの客を観察する。
先ほどまで天使の変貌を見て肩を落としていた客達が、
今度はどこか微笑ましげに、彼女を見ているのがわかった。
自分をとり繕わなくても、君は皆を引きつけ――――愛される。
―――それも、あの子と同じ。
『なにもかも、彼と同じなのに・・・・・・』
なのに、彼ではない。
ロイはじっと彼女を見つめた――――。
******
彼女を見つめながら思う。
――――本当は・・・『エドワードが実は女性だった』と思うのが、一番しっくりくる。
実際、最初は小柄な彼を見て・・・女性なのではないかと疑った事もあるのだ。
彼は猛然と怒って、殴られそうになった。
その時は、書類を確認して確かに男だと納得したのだが・・・
口調や態度は別として、着衣体型だけで見れば鋼のは、『女性』が『男装』をしていると言っても違和感がない。
―――だが、彼が男装をした女性ではないと、ロイには言いきれた。
なぜなら・・・・・彼が怪我をした時、彼の裸体を見たことがあるから。
怪我をして軍医の治療を受けている場面に、偶然出くわしたことがある。
私が入っていったら、彼はぎょっとして『アホ大佐!俺がしくじったのを笑いにでもきたのかよ!』と暴れ出したので、早々に退散したが――――
でも、その時見た鋼のの体は、上半身だけだったが、確かに男性のものだった。
胸のふくらみが全くなかった。
例え鋼のが子供とはいえ、女性だったらあの年で全く乳房が膨らんでいないなど有り得ない。
しかも、それを見たのは彼とであったばかりの頃ではない。・・・つい、数ヶ月前のことなのだ。
だから、機械鎧が無い事は『腕を取り戻した?』と疑っても、エディがエドワードとは思えなかった。
・・・・・だが。
『わけがわからない・・・・・』
エディはエドワードではない。
そう答えを出したのは自分なのに・・・どうにも納得がいかない。
『彼じゃないのに――――何故、こんなに彼と酷似しているんだ』
埒があかぬ自分の思考に、ロイは我知らず眉間に皺を寄せていた。
******
眉間に皺を寄せじっと見つめていると、エディがこちらを見て、首を傾げた。
「ロイ、どうかした?」
「いや・・・」
「もしかして、やっぱりステーキの方がよかった?」
ワガママ言って取り替えたくせに、一応お伺いを立ててくる彼女に、笑った。
「そんなんじゃないよ・・・・・ただ」
「ただ?」
「君に見とれていただけなんだ―――君、食べる姿も愛らしいね?」
「やだぁ、ロイったらぁ」
頬に手をあて、身をよじる彼女。
―――恋人ごっこを満喫中の彼女に、ロイはクスリと笑った。
『ここは、彼とは違うか・・・・・』
彼にこんな事を言ったら、トリハダ立てて引かれるか、即効殴られるかだな。
・・・・・そもそも、恋人ごっこをしたいなどと、彼は言うまい。
ロイは自分の想像に苦笑を浮かべながら、手を伸ばして、テーブルの上にあった彼女の手に触れた。
「本当だよ・・・・・・・食べてしまいたいくらいだ」
最初、意味がわからないようにきょとんとこちらを見た後―――
エディはかあっっと、本当に顔を紅くした。
「バカ・・・・・」
小さい声でそう返しながら、俯いてせかせか食事をしだした彼女に。
ロイはくすくすと笑いながら、優雅に舌鮃を食べ始めた――――
「ええっ、もう帰るの!?」
「不満かい?」
「だって、食事しただけじゃん!!」
食事が終わって。
ゆっくりと夜の町を歩きながら帰る事を告げると、彼女はあからさまに頬を膨らませた。
拗ねられるのは予想範囲内だったので、ロイはあやすように彼女の髪を撫でながら言った。
「明日、早朝から会議があってね」
私だってまだ離れたくはないのだがね・・・・・。
軽口をたたきながら、彼女の反応を伺う。
彼女はジロリとこちらを一睨みしてから、つまらなそうにため息をついた。
「わかった・・・・・今日は、帰る」
「すまないね・・・では、送っていこう」
「いらない」
ロイの申し出をあっさりと断って、エディはとん、と・・・地面を蹴った。
「ロイ、また明日の夜ね!」
そう言うとひらりと身を翻して駆けていく。
―――それに手を振ってから、ロイはそろりと横の路地に身を隠した。
彼女の走り去った方向を頭の中の地図に置き換えながら、近道をする。
路地の影に身を隠し、彼女が現れるであろう通りを覗った。
程なく現れたエディは、軽快な足取りで向ってきた。
軽く鼻歌を歌いながらロイの横を通りすぎていくエディを見送ってから、ロイは彼女の後をつけ始めた。
******
気付かれぬ様に、つかず離れず後を追って。
エディが路地を曲がったのを確めて、自分も路地を覗きこんだ。
だが――――
『いない・・・』
ロイが辺りを見まわしていると、後から声がかけられた。
「ロイって、心配性だね」
送らなくて良いって言ったのに?
――――声に振向くと、いつの間にまわりこまれたのか、壁に背を預けてエディが立っていた。
「・・・どうしても心配でね?―――なにせ、恋人だし」
「うわ、俺って愛されてるんだね〜!女の幸せってやつ!?」
大げさに喜んで見せながら近づいてきたエディはロイの前に立つと、下から彼の顔を覗きこんだ。
「でもね、本当に一人で帰れるから?」
じっと見つめられて―――ロイは降参といった感じに両手をあげて見せた。
「わかった――――退散するよ」
「んじゃ、今度こそまた明日・・・ね」
ウィンク一つ残してエディはまた走り去り、今度こそロイの視界から消えた。
それを見送って、ロイはため息を吐く。
「・・・今日はしてやられた・・・か」
――――手ごわいところも彼と同じ・・・だな。
ロイはもう一度路地を見つめて、苦笑いを浮かべたのだった――――