彼女の言った言葉を脳内で反芻して。
―――――しばらくの間の後、ロイはやっと口を開いた。
「嫁・・・・・・・と、聞こえたのだが?」
「うん。そう言ったもん」
「・・・・・・・そうか」
目が合って、二人でにっこりと笑いあう。
その後、おもむろにロイは立ち上がった。
『見知らぬ、君』・・・5
立ち上がったロイをきょとんと見ていた少女は、彼が伝票を掴むのを見て、慌てて手を伸ばした。
―――伝票を掴んだ手を両手でしっかりと掴んで、留まらせる。
「ちょ、ちょっとまてって!!」
「・・・・・・悪いがね、人のものには興味がないんだよ」
このままじゃ、私は間男決定じゃないか?
嫌そうに渋面を作るロイを、エディは必死に引きとめる。
「そうかもしんないけど・・・・・話ぐらい最後まで聞いてくれてもいいだろ!?」
アンタ、意外に短気だな!?人の上に立つ者として、どうかとおもうぞっ!?
・・・そのままケチとか人でなしとか散々な文句を言い始めた彼女に、ロイは仕方なく席に戻る。
座って、ぎゅうぎゅうに掴んでくる白い手を残った片手でやんわりと外して。
―――自由になった両手を胸の前で組んで、彼女を見た。
「――――わかった。話ぐらいは聞いてあげよう」
「うっわ!態度、でかっ!?」
「――――嫌なら、このまま・・・・・」
「わ、わかったから!・・・・・・ったく」
再び腰を浮かしかけたロイに、エディは慌ててそう言って。
そして、ため息をついて――――――バツが悪そうに、視線を落とした。
「・・・確かに嫁うんぬんを言ってなかったのは悪かったけど―――だって、仕方ねぇだろ?アンタとは昨日あったばっかだし」
「まぁ・・・そういえばそうか。ところで、一週間後に結婚と言うのは、本当か?」
「ああ、本当」
「それなのに、どうして恋人探しなどしている?」
「結婚はするけど・・・・・・・恋はしてないから、かな」
「――――――つまり、政略結婚ということか?」
破談にする為の当て馬を探してたのか?
そう眉を寄せるロイに、エディは首を横に振った。
「勘違いすんなよ。俺はアンタに何かをさせようとしてる訳じゃない。―――まぁ、確かに愛があっての結婚じゃないけど、政略結婚を無理強いされてるってことじゃないんだ」
「どういうことだ?」
「いうなれば、等価交換・・・かな」
聞きなれたその言葉に、ロイはピクリと僅かばかり眉を動かした。
「ちょっとね、理由は言えないんだけど・・・・俺には目的があって、結婚相手はそれを俺に提供してくれるんだ。その見かえりに嫁に行くことにしたってわけ」
「・・・お互いが納得ずくの事―――というわけか?」
「そう。お互いの利害を考えると、結婚が一番効率がいいんだ。それについては何も不満もないし迷いもない。たださ・・・訳ありとはいえ、結婚は本当だからな。結婚まであと一週間って思った時に・・・」
『恋、一度くらいしてみたかったな』とか、おもっちゃったんだ―――――
エディはそう言うと、どこか儚げに微笑んだ。
「・・・・・・結婚相手と、これから愛を築くということはないのかい?」
「あー・・・多分ないなぁ?相手は好きな女いるみたいだし」
「なに!?・・・それなのに君と結婚するのか?」
「訳ありで好きな女とは結婚できないみたいだから、形だけの結婚なら誰とでも良いんじゃないの?オレを欲しがってるのは確かなんだけどね、欲しいのは伴侶でも愛人でもなく―――オレの頭だよ」
「・・・・・頭?」
「オレ、これでも頭イイんだよ。相手はオレを参謀として側に置きたいんだ。まぁ・・・なんつーか敵が多い奴でさ。信頼できるコマが欲しいんだよ」
「・・・・・」
「オレとそいつ、ダチでね。信頼できるから側に置きたい。けど色々問題があってさ・・・結婚が一番手っ取り早かったって訳」
俺は、結婚する事である目的を達する事ができる。
相手は、結婚することで信頼できる仲間を手に入れられる。
利害一致、等価交換成立!って訳。
・・・・・・・そう言って、少女はおどけた様に肩を竦めて見せた。
「だからね、オレが浮気したって例え相手にばれたとしてもなんのお咎めもないから、心配すんな」
にっと笑う少女にロイは眩暈を覚えた。
「そう言う問題なのか・・・・・・?」
「なんだよー、まだ不満なのか?」
「結局、色々秘密のままで詳しい事が煙にまかれたままだし」
チラリと探るように視線を送るが、少女はフンと鼻をならした。
「別に、それはアンタに関係のないことだろう?結婚を迫ってるわけじゃなし――――オレは、一週間恋人になって欲しいだけだ」
一週間の恋人に必要な情報は・・・その一週間でアンタに何か悪影響があるかどうかだけだろ?
さっき言ったとおり、アンタがこのことで何か被害をこうむる事なんかない。
オレは結婚するんだから、もちろんその後しつこく付きまとう事もないし、誓ってアンタには迷惑をかけない。
――――そう言ってから、エディは肩を竦めた。
「・・・っていっても、素性がしれないのに信じろっていう方が無理か。だからさ、アンタが今決めてくれ」
オレの恋人になってくれる?
少女は此方を真っ直ぐ見つめて、そう聞いた。
その金の瞳を見つめながら、ロイはもう一言返した。
「返事をする前にもう一つ質問――――相手は、誰だ」
「白馬に乗った王子様」
間髪入れずに返された返事に、苦笑する。
『――――隠していることは、山盛りだな。全て、本当かどうか疑わしい』
けれど、この少女は自分を落とし入れようとしてはいない。
――――なんの根拠もないが、ロイの第六感はそう告げていた。
何か言えない事情はあるらしいが、確かに罠などではない、そんな気がした。
『私がここで断れば・・・また恋人探しにでかけるのだろうか?』
その姿を想像して、ロイは顔を顰めた。
―――――それは、許せない気がした。
『許せない?』
ロイは、自分の頭に浮かんだ言葉に首を捻った。
少女を『悪の手から救うための正義感』とも少し違う、その感情。
ハッキリとは分からないが、この少女が自分の知っている少年に似すぎているせいじゃないかと思われた。
―――彼と同じ顔で、どこの馬の骨とも分からぬ男に誘いをかける姿を想像すると、気分が悪かった。
ロイは意を決める。
「わかった――――付き合おう」
「いいの!?」
「ああ。一週間よろしく」
ここで放り出したら、何かスッキリしなそうだ。
・・・・・何より、自分が彼女に酷く興味をそそられているのを感じて、ロイは彼女の誘いに頷くことにした。
少女は驚いた顔でこちらを見つめ返した後、花が咲いた様に笑った。
「うん!こちらこそよろしく!!」
差し出された右手を握ると、とても温かかった。
******
そして、また恋人ごっこが始まる。
差し出されたフォークから、ケーキを食べて。
少し甘すぎるな・・・と感じながらも、それはおくびにも出さずに微笑んで見せた。
「おいしい?」
「ああ。―――君の手から食べさせてもらえたかとおもうと、ますますおいしいね」
「やだ、ロイったら・・・」
照れた振りして自分の頬を押えて笑う少女。
その手を優しく攫って、甲に口付けた。
―――――とたん、彼女の頬は、本気で赤く染まった。
『こうなったら、この茶番にとことん付き合おうじゃないか?』
―――君の秘密にどこまで近づけるかな?
手の甲に口付けたままで、ロイは口元に笑みを浮かべて彼女に向けて目線を流す。
ますます赤くなった少女が『やっぱ、タラシじゃん・・・』と小さく呟くのが聞こえた。
こうして、二人の一週間限りの逢瀬が始まったのだった――――