ロイは目の前の少女を見つめる―――。
ケーキを美味しそうに頬張っていた彼女は、そんな視線に気がついたようで・・・
小首を可愛らしく傾げつつ、ロイに問いかけてきた。
「どうかした、ロイ?」
「いや・・・・・」
「あ、もしかして・・・食べてみたいの?じゃ、一口あげる」
否定する間もなく、彼女はフォークを目の前に差し出してきた。
先端には、生クリームたっぷりの、スポンジケーキ。
「はい、あーん!」
にっこり笑ってそう言う彼女を少々戸惑い気味に見つめてから、ロイは黙って口を開けた。
『見知らぬ、君』・・・4
少女と出会った次の日―――――
半信半疑ながら指定された時間にカフェを覗くと、奥の席で少女がこちらに手を振った。
「ロイ〜v」
「・・・・・すまない、待たせたね?」
「ううん、平気。今来たとこ」
向いの席に座ると、彼女はそう言って・・・すごく嬉しそうに笑った。
「よかったぁ、来てくれて。すっぽかされたらどうしようかと思っちゃった」
「・・・それはこっちの科白だよ、今日一日、狐にでも騙されたのでは?と、疑っていたところだ。
――――ところで君、食事は?」
彼女の前には、紅茶のカップ一つだけ。
「まだなら何所かに移ろうか?」
「あー、ごめん。今日は時間が時間だし、もう食べちゃったんだ。ロイがまだなら移動してもいいよ?」
「君が済んでいるなら、今日はここでいいよ」
水を運んできた店員に、夕食になりそうな物をいくつか頼む。
そして、少女の為にケーキを頼んでやった。
「昨日はあれから大丈夫だったかい?」
「ん?ああ、あれからは大丈夫。走って帰ったし」
昨日のチンピラとのいきさつなどを聞いていると、注文した品が運ばれてきた。
嬉しそうにケーキにフォークをつける少女を見ながら、切り出した。
「ところで――――二・三聞きたいんだがね?」
「何?」
「何故、こんな夜に君みたいな少女が恋人探しなどしている?」
ロイの質問に、少女は可愛くぷうっと頬を膨らませた。
「・・・・・なんか、尋問みたいな聞き方。恋人同士っぽくない」
とたん、拗ねてそっぽを向いてしまった。
そんな彼女に、ロイは小さくため息をついて。
少し考えるそぶりをしてから・・・・・タラシ全開の笑顔を向けた。
「拗ねないでくれないか?可愛い顔が台無しだよ?」
腕を伸ばして、テーブルの上にあった手を握る。
「私はね、愛し合う二人の間に秘密があってはいけないと思うんだ」
「愛し合う、二人?」
「そうだよ。――――だって、私達は恋人だろう?」
まぁ、私達はこれから始まるわけだが・・・
今から愛を深めていこうと言うのに、嘘はよくないと思わないかい?
にこりと笑って見せると、少女は唖然とこちらを見つめてから、ポッと可愛らしく頬を染めた。
「・・・・・恋人。良い響だよな〜」
そーだよ、こーいうのだよ!
少女は片手をこちらに預けたまま、もう片方の手を桜色の頬に当てて、もじもじしている。
酷く上機嫌。まさに、ご満悦?
『やはり・・・・・な』
どうやらこの少女は『恋人』を探しているというより、『恋人ごっこ』に付き合ってくれる相手を探していたらしい。
――――ならば、得意分野。
ごっごに付き合ってやるから、口を割ってもらおうか?
ロイは軽く握っていた手に、少し力を加える。
「君のことが知りたいんだ―――――話してくれないか?」
甘い声色で囁くと、また少女は頬を赤らめて。
そして、少し考えるそぶりをしてから、コクリと頷いた。
「うん・・・いいよ。話す」
そう言うと、彼女はこちらの手をやんわりと外し、一度俯いてからこちらを見つめる。
そこには、先ほどの甘い言葉に酔っていた姿はもうなく、どこか冷めた面持ちに戻っていた。
「アンタさ、結構スルドそうだし?ヘタに隠すとボロ出そうだから、白状しちゃうよ。―――そのうえで、また恋人になってもらう」
真剣な瞳でこちらを見つめる少女を見つめ返し。
ロイはもう一度先ほどの質問をした。
「ではもう一度。なぜ、夜に恋人探しなどしている?しかも、一週間の期限付だと言っていただろう」
「・・・夜探してたのは、昼は自由が利かないから。夜しか家を出れないんだ」
「出れない?」
「うん。昼はやらなきゃいけない事、沢山あるし・・・ついてくる人がいるから、あんまりあっちこっち行けないし。でも、夜は一人になれるから、抜け出してきてる」
「抜け出す?まさか監禁でもされているのか?」
「あー・・違う違う。昼はさ、いっぱい勉強しなきゃいけないことがあって、家庭教師がべったりくっついてんだよ」
「勉強?」
「うん。でも学校の勉強みたいなのじゃなくて・・・まぁ、行儀見習っていうか」
礼儀作法だのレディのたしなみだの、叩きこまれてるんだ。
そういうと、少女はげっそりとした感じでため息を吐いた。
・・・どうやら、聞くまでもなく不得意分野らしい。
「なるほど。意外に君はいいところのお嬢さまだったのか?」
「意外は余計だ!・・・・・っていっても、やっぱ育ちは出るよなぁ」
叩きこまれてるっていったろ?
いいとこのお嬢さんじゃなくて、いいところのお嬢さんにこれからなるんだよ。
そう言って、嫌そうに眉を下げる。
「オレ、両親いなくて。弟と二人だけなんだ」
「・・・・・養子にいくということか?名家に?」
弟、と言う言葉にドキリとしながらも、平静を装い聞き返す。
「違う。名家は当たってるけど・・・養子じゃない」
そこで言葉を切って、少女はニッと笑った。
「嫁にね・・・・・いくんだよ」
・・・・・・・一週間後にね?
そう言って、少女は悪戯を告白する様にペロリと舌を出した。